新婚旅行にはまだ早い!
「これ、メダルかなり増えたよね?」
ゲームが一段落した頃、奈月が聞いた。
「運が良かったね。五百枚くらい増えたんじゃないかな?
その代わりゲーム内のアイテムが片付いちゃったから、違うのをやるか、帰るかした方が良いね」
直人はそう言って、奈月に判断を促した。
「どうしよう?」
「とりあえず、奈月もメダル預けてあった方が、今後便利かな。メダルは他人への譲渡が禁止だから。
俺のメダルだけだと、最初は二人プレイ用のゲームからしか出来ない。奈月の預けてるメダルがあれば、最初から一人プレイ用のゲームを並んでやったり出来る。
昔二人で家でやってたダンジョン潜るゲームみたいなやつとか、今はゲームセンターにもあって。一人プレイ用ゲームも色々面白いんだよ」
「私のメダルとして預けられるの?」
「俺が引き出したメダルは全部この機械に入れてて、今持ってるのは機械から出てきたメダルだけなわけだから、今持ってるのは二人共有のメダルみたいな扱いなはず。そういうのでメダル没収されてるのは見たことない。パチンコで出したメダルを直接あげてる、みたいなのがダメってことなんじゃないかな。
そうじゃないと、父親の金で買ったメダルから二人向けゲームで増やして、そのメダルを娘が預けて……みたいなのも没収扱いになっちゃうじゃん」
「それじゃあ、私のメダルとして預けちゃおうかな」
「それが良いよ。本当は、正月なんてメダルゲームの設定きついかもしれないからね。またイベントの時に来よう」
「例のお好み焼きも食べたい」
「そうだね、お好み焼きランチに間に合う時間に来ようか。始業式の日とかは基本的にどこかのランチに行った方が良いね。十五時くらいまでのランチも多いから、計画的にランチに行かないと」
「楽しみがどんどん増えて、困っちゃうね」
「困ってるわりには嬉しそうだけど」
「困ってるけど、嬉しい」
「それなら良いよ。膀胱炎の時みたいに、本当に困ってると悲しくってさ」
「あの時も、直くんが優しかったから、困ってたけど嬉しかったよ」
「……あの頃って、親は途中から、膀胱炎をきっかけに俺たちが仲良くなってるの、分かってたのかね?」
「少なくとも、ウチのお母さんは嬉しそうにしてた」
「なんか、恥ずかしいなあ」
「反対されるより良いじゃん」
「そうか、そうだね。ラッキーだよね。普通、年越しを彼女の家で寝てたら怒られちゃうよね」
「いくらなんでもあれはないよねー、普通なら大変だよ?」
「え!? でも奈月も平気で寝てたんでしょ?」
「私の方が五分くらい後まで起きてたし」
「ほんのちょっとだけじゃん!」
「私の方が三分早く起きたし」
「合わせても八分じゃん!」
「あ、お正月に八って縁起が良いんじゃなかった?」
「足したりして良いならなんでも八に出来るだろ」
「そうだ、メダルも八百八十八枚にして預けようかな?」
「あー、たまにいるいる、そういう人。千枚ピッタリとか、七百七十七枚とか。早くしろよって思う」
「えー!?」
「普通そういうことするなら、店が今ガラガラだなって確認してからやるべきなのに、そういう人に限って確認しないからね」
「そっか。今日お正月で人が多いから迷惑かけちゃうか」
「まあ、俺が周りを見てて、待ってる感じの人や預けたい感じの人がいなかったらやってみる?」
「いいや。お店に悪いし」
「まあ、俺たち結局、今日ここでお金使ってないからな。こそこそと預けようか」
「そうだよね。揚げパンと牛乳もらったのに、私たちケチな客だなあ」
奈月は、つい笑ってしまった。
「まあその分おじさんがアイスとジュース買ったし、良いでしょ。今日は五百円デートだったんだから仕方ないよ」
「五百円デートなのに、本当に楽しかったね!」
奈月がはしゃいでるのを見て、直人は、デートの成功を喜んだ。
帰り道、二人は一日を振り返っていた。
「なんだか、食べ物も飲み物も無料で補給されてしまったし、メダルも増えちゃったから、五百円で遊んでるにしてはハングリーな感じがなかったね」
直人は、ペットボトルを飲みながら言った。
「全く困らなかったよね」
「けど、飯田に使わないとなると、二百八十円の使い道が本当にないな」
「なんとか別の日にもう一回デート出来るんじゃない?」
奈月は提案した。
「あっ、そうか」
「ねっ。残しておけば?」
「でも、良いの? 奈月つらくない?」
直人は心配した。
「楽しいよ。またゲームセンターに来ても良いじゃん」
「奈月、変わってるなあ。ゲームだと、デートでゲームセンターに二連続で行くと激怒されるのに」
「なにそのゲーム。変なゲーム?」
奈月は鋭い目付きで問いかけた。
「あ!? い、いや、いや、変なゲームじゃないよ。ごく普通の野球ゲームだよ」
直人は、なぜかあわてふためいた。
「野球ゲームにデートとかあるの?」
と、奈月は追及した。
「なんか知らないけど、彼女と仲良くならないと、彼女が爆死したり怪物になったりして、バッドエンドになっちゃうんだよ」
「そんな野球ゲームないでしょ!?」
「本当にあるんだよ」
「ふうーん」
「あ、明日見せてあげるから」
「今日じゃないんだ。ふうーん」
「いや、今日は、もうこの後じゃ疲れてるかと思って。俺は今日でも良いけど」
「じゃ、帰ったらすぐにウチに持ってきて」
「分かったけど」
直人は、まだおろおろしていた。
奈月は、こっそり作っておいたミニおせちを直くんに自然に見せられる、と思ってひそかに喜んだ。
直人は、奈月の部屋に行くと、奈月の出したミニおせちをペロリと平らげた。
「まさか、おせちまで作ってくれてたとはなあ」
直人は食べ終わるとすぐに、奈月の膝を枕にして、ゴロンと寝転がった。耳掃除をしてもらってから、直人は奈月の太ももの感触の虜で、本当は早くまた膝枕をしたかったのだ。
「五百円じゃお腹が減るかもと思って、念のために作っておいたんだけど、そういう意味ではあんまり要らなかったね」
「アイスや揚げパンとタイプが違うから美味しかったよ。普通のおせちと違って、俺の好きな物ばっかりだし」
「直くんが正月に食べるものを聞いたから。ちゃんと作れて良かった」
「美味しかったけどさ、今度から、材料も二人で買いに行くとかしない? 隠しておきたい場合はレシート取っておくとか。
せめてお弁当費用だけでもワリカンにしないと、奈月のお金がすぐなくなっちゃうでしょ」
「何をやるにもお金だねえ」
「何も考えずにデートしてたら、かなりお金かかりそうだよね」
奈月はちょっと考えて、
「節約考えないとかな……お父さん、わりとバイト反対派なんだよね」
と言った。
「そりゃそうでしょ。俺の場合、家にいたってどうせ勉強なんてしないんだから、だったらバイトしてた方がまだましって話で。奈月は家で勉強した方が良いじゃん」
と、直人が、奈月の父親の意見を支持する。直人も、奈月にはなるべくバイトをしないでほしいのである。男の知り合いが増えると心配になるからだ。
「威張って言わないでよ」
と、奈月は笑った。
「とりあえず、クリスマスのピザ代とかのお返しもあるし、健康ランドかどこか、おごらせてくれない?」
「大丈夫?」
「今のところ、奈月の方が明らかにお金使ってるでしょ」
「じゃあ、健康ランドの値段次第ということで」
「分かった」
「楽しみがまた増えちゃった」
「……今日、どうだった?」
「私は楽しかったよ」
「俺も楽しかったけど、今日全体通して、お金ってすごいなって感じた」
「そうだよねー。大切にしなくちゃね、本当に」
「なんかバイトのお金が使いにくくなるなあ」
「そういえば、バイトのお金ってどうしてるの?」
「どうって、どうもしてないけど」
「使わないの?」
「最初の二ヶ月くらいはゲームや漫画買ってたんだけど、あんまりまともに遊ぶ時間がないんだよね。なんかショックで買うの止めたよ」
「あー、忙しそうだもんねバイト」
「しかも、バイトやると金にケチになるんだよね」
直人は嫌な顔をしながら言った。
「そうなの? 逆なんじゃないの?」
「十円高いペットボトルとか買わなくなるし。飲食店に行っても値段差がめちゃくちゃ気になって悩む。お菓子の新商品とか、すげえ買いにくい」
奈月は笑って、
「でも、むだ遣いするより良いじゃん」
と言った。
「そうかもしれないけど、でもそう考えるとさ、新婚旅行に行く人たちって、すごいよね。いくらくらいするのかな?」
「海外だと五十万とか?」
「五十万ってことは、五百円の……千倍か」
「千倍ってものすごいね」
「今日の予算の千倍だもんね。五十万あったら、ファミレスで百回以上、豪遊出来るんじゃないかな?」
「出来る出来る!」
「二十八万におさえても、二百八十円デート千回分」
「わりとありそうな二千八百円デートでも百回」
「いやー、それでも新婚旅行に行きたくなるのかな?」
「なるのかなあ?」
奈月は、答えが分からずにオウム返しをした。
「多分、それなりにお金にケチな人達も新婚旅行に行くわけでしょ? 結婚するってすごい覚悟だよね」
「そうだね。本当にすごい」
「しかも、結婚するほど二人が仲良くなってるのに、ある程度の人が新婚病になっちゃうんでしょ?」
「あー、そうだよね。新婚病になる人がいるんだもんね。まだ、緊張とかしてるのかな?」
「緊張するんだとしたら、すごいね。お互い、ものすごく好きなんだろうね。だから新婚旅行のお金も頑張って作れるのかな」
「なんかもう、想像出来ないね」
「俺なんて、今日だけですごく仲良くなれた気がしてたのに」
「私も思った! 仲良くなれたよね!? だけど、なぜかまだスタート地点なんだよね」
「こういうデートをたくさんしてる人達が新婚病になっちゃうって、どういうことなんだろうって感じで、なんか遥か遠くに思える」
「遠いよね」
「普通のおじさんとかも、結婚指輪をしてたら大恋愛をして結婚したかもしれないわけだし。先生の中にも、家族がいる人が結構いるし。なんか、ピンと来ないよ」
「不思議な感じするね」
「なんで新婚病になる人がそんなにいるんだろって、前は思ったけど……今はすごく分かるなあ。多くの人の一大イベントなんだね」
「そうだね」
直人は、奈月がさっきから相づちばかりで口数が少ないのが気になった。深く考え込んでいるのだろうか。奈月は今、どんな気持ちでいるのだろう……。
「……好きな人に遠慮しすぎるのはダメだけど、ずっと大切に想う気持ちに関しては、見習わないといけないね」
「いつまでも忘れたくないね」
「……来年も仲良くいられたら、良いね」
「良いねー」
「来年のお正月はさ、五千円デートに行けたら良いと思わない?」
「すごいすごい! 行きたいね」
「今日の十倍だから、色んなことが出来ちゃうね」
「何しようか?」
「結構色んなことが出来ちゃうだろうから、五千円デートも意外と悩むね」
「ね。みんなデートって、悩むのかな」
「全然分からないね。みんなどうしてるんだろ」
「私達、カップル初心者だしね」
「でも、新婚旅行に行く人たちもわりと慣れてない感じだよ?」
「じゃあ、ずっと初心者だね」
「大変そうだなあ。でもそれって、素敵だね」
「ねー、素敵だね」
「俺、決して気楽な気持ちで奈月と付き合おうとしたわけじゃなくて、自分としては真剣に好きになったつもりだったんだけど。もう、百点中の百点くらいまで恋心育って、爆発するんじゃないかなってくらい好きになれたと思ってから、付き合ったんだよ。けどなんか、まだ上があるみたいだよね?」
「うん。私も、百点になってから何点増えてるんだって感じ。溢れちゃいそうで心配なのに、『まだ入るまだ入る』って直くんが入れてくるイメージ」
「なんだよそれ」
と直人が笑う。
「だって、本当にそんな感じがするんだよ?」
「じゃあ、奈月が俺のことばかり考えるように、たくさんデートしちゃおうかな」
直人はそう言うと、起き上がり、奈月を軽く抱き寄せた。
「もうなってるよ」
「もっとだよ」
「これ以上無理だよ」
「もっともっと、俺のものにしたい」
二人は、どちらからともなく、キスをした。
「――直くん、カップル初心者なのにキスばかり上手くなっちゃダメだよ……んっ……」
「昔、奈月にたくさんキスさせられてた時、気持ちよくってたまらなかったからね。仕返しに、奈月も、あの時の俺と同じくらい気持ち良くして、俺のことしか考えられなくしたい」
「そんなの恥ずかしい……」
「いや?」
「……いやじゃないよ……」
「好きだよ、奈月。本当に好き」
「うん……直くん……」
「ずっと大切にするからね、奈月」
直人は、心を込めて、奈月を強く抱きしめた。
「ん……」
奈月は、とても幸せな気分だった。奈月は、心の中で直人に「愛してる」とつぶやいた。
新婚旅行に行くような人たちほどじゃないのかもしれないけど、私は絶対に直くんを愛している。奈月はそう思った。
すると、直人が言った。
「まだ大げさかもしれないけど、愛してるよ」
「愛してる。私も愛してる」
奈月は、自分の想いを口にすると、涙が溢れてきた。その涙を、直人はからかわなかった。
二人は、自然とベッドに入って、お互いの気持ちを確かめ合うように、何度も何度も愛を囁きあった。
第二部【新婚旅行にはまだ早い!】完




