第三の支援
「ねえ、着ぐるみの人が何か配ってるよ?」
奈月が、メダルゲームの最中、フロアの隅でイベントが始まっていることに気付いた。
「あっ、今日は朝食の日か」
直人は、メダルでターゲットを狙いながら、奈月の質問に答えた。
「朝食の日って何?」
「月に一度、モーニングサービスで揚げパンと牛乳が無料でもらえるんだよ」
「私達も!?」
「そりゃそうでしょ。後でこっちの方にも配りに来るよ」
「なにそれ、すごいラッキーじゃない?」
「飯田、もしかしたらこれ目当てで来たのかもなあ、タイミング的に。あいつの家って、親が医者やらでおせちとかないからな」
「悪いことしちゃったね」
「今度、あいつの好きな牛丼おごっとくわ」
「そうしてあげて」
「そうだ。俺、牛丼のクーポン持ってるから、ちょうど五百円の残りの二百八十円ピッタリでおごれる! すごくない?」
奈月は笑いながら、
「えー、クーポン使うのかわいそうだよ」
と飯田のことを思いやった。
「そんなん気にするやつじゃないけど、まあ普通におごるかあ」
「その方がもっと嬉しいと思うよ」
「あいつに嬉しがられても全く意味ないけどな。仕方ないか」
と直人は言ったが、奈月には、直人が少し嬉しそうに見えた。
「よく二人で牛丼食べたりするの?」
「中三から高一くらいは結構食べたけど、最近はお互いバイトあるからかあんまり食べなくなったな」
と、直人が言った。
奈月は、直人と飯田の話がもう少し知りたかったが、今は聞かないことにした。直人が、あんまり中学の話を自分からはしないから、どうも話が続かないのだった。
今度また話が聞けたら良いなと、奈月は思った。
揚げパンと牛乳が配られたので、二人は一時的にゲームを中断し、食事休憩。
「揚げパンも牛乳も、中学の給食以来だからか美味しい」
奈月は、言った。
「俺、中学の牛乳は嫌いだったんだけど、この揚げパンと食べると美味しいんだよね」
「そう。なんかさ、給食の牛乳より美味しいよね?」
「給食の牛乳って、多すぎるんじゃないかな? 半分牛乳、半分お茶とかにしてほしいよ」
「半分からがつらいよね」
「このパンの大きさにこの牛乳パックのサイズがちょうどバランス良いんだよ、多分」
「そうだよね、飲みやすいもん。すごい得した気分」
「気まぐれで来たゲームセンターで、こんなに喜んでもらえると思わなかったよ。来て良かったなあ」
「ゲームセンターがこんなことしてるって、知らなかったよ私」
「ここは変っていうか、特別な方かもしれないけどね。レディースデーは来ただけでスタンプもらえて、スタンプ貯まるとクレーンゲームとかやれたりするよ」
「なにそれ! なんで早く教えてくれないの!?」
「いや、そもそもなんで知らないの!? 女子も帰り道でゲーセンとか行くでしょ」
「駅前のとこしか行ったことないよ」
「あそこって何もサービスないじゃん。
ここの前のお好み焼き屋が、十七時まで五百円からドリンクバー付きランチ食べられて、レシートにここのクレーン一回無料券とか少量のメダルとか、時期によって付いてるから、女子が結構それやりに来てるよ。レシート渡してるのよく見る」
「なにそれ! 私そういうの聞いたことないんだけど」
「えー? 奈月の女友達とは層が違うのかな? 奈月達って、帰りに何食べてるの?」
「なんか、クレープとかアイスとか。五百円でドリンクバー付きなら、お好み焼き食べたがると思う。みんな知らないのかな?」
「まあ、五百円のやつはかなりショボくて、普通のブタ玉とかイカ玉とかだと多分六百円とかだと思ったけど」
「食べたことないの?」
「俺も飯田も、お好み焼き作れないんだよ。暇な時に入り口のメニューだけ見て、『うまそー』『彼女いたらなあ』『焼きそばランチなら作れそうな感じもするけど』って言って帰った」
「じゃあ今度行こうよ」
「奈月、なんか今日だけでいくつか行きたい場所増えてない?」
「だって、聞いてると行きたい場所ばかりなんだもん。お年玉がもらえて良かったー。お年玉がなかったら、行く場所をかなり厳選しなきゃいけなかったよ」
「というより、今日出掛けたらこうなることが分かってたから、お年玉くれたのかもね」
「そこまで分かるかなあ?」
「もしくは、五百円で一日遊ばないといけない娘をふびんに思って」
「それについては、すごく誉めてたから違うんじゃない?」
「じゃあ俺の作戦に騙されてるな。実は、二人でお金を大事にするフリをすることによって、大量のお年玉をゲットする作戦だからな」
と、直人は冗談を言って笑った。
「あー、直くんずる賢い」
奈月も笑う。
「あと、奈月を大事にするフリして奈月もゲットする作戦も成功したし。あとはもてあそぶだけだな」
「あ、ひどい! だったら私も、直くんを好きなフリ作戦で、直くんを好きになったし」
直人は笑って、
「それだとなんのフリにもなってないだろ」
と言った、
「あれ!? じゃ、じゃあ、えーっと……。膀胱炎になって、直くんに私のことばかり考えさせる作戦」
「それは成功したなあ」
「大成功?」
「奈月がもし、バイトのお姉さんみたいに痛みで突然しゃがみこんだらって思ったら、胸が張り裂けそうになったよ。俺が恥ずかしがってる場合じゃない、絶対に力にならないとって思った」
「そんな風に思ってくれたんだ?」
「あくまで、今思うとそういうことかなって感じだけどね。当時は、自分の気持ちが全然分析出来てなかったよ。ただもう、話すようになったらあっという間に好きになって、好きなことがバレないようにしないとって必死だった」
「かわいかったなー」
「バレてた?」
「そもそも私、直くんが私のこと好きって言ってるの、聞いちゃってるんだよね」
「えっ!? どこで!?」
「直くんのバイト先に行った日。直くんがバイト終わって、バイト先の出たとこで、『告白しないの?』みたいな話をしてる時」
「えええ!? あの時いたの!?」
「迎えに行ったんだけど、人がいたから声を掛けられなくて、盗み聞きになっちゃったの。ごめんね」
「あんな所で話してるやつが悪いんだから、それは良いんだけどさあ。
言い訳すると、奈月がかわいいから仲良くなろうとしたんじゃなくて、仲良くなったら一気に好きになっちゃったんだよ。好きになっちゃいけないと思ったんだけど」
「知ってる。それも全部言ってた。まだ告白出来ないって」
「あーそっか。気持ち悪くなかった?」
「私、感動して泣いちゃったよ」
「あんな所で泣いたの!?」
直人は驚いて、想像してみた。あんな暗い場所で女の子が泣いてたら、恐いものがあるのではないか。
「だって、ずるいよあんなの。私、直くんの顔がどうしても見たくなって、わざわざお店に戻ったんだよ? そんな時に、あんな風に思われてるって分かったら、世界で一番信じられる言葉だし」
「どんなこと言ったかなあ?」
直人は思い出せなかったので、まずいことを言っていないか心配した。
「すごく好きになっちゃったとか、あの人は落ち着くとか」
「なんか、大したこと言ってないんだね」
「違うの、それを良い感じで言ってくれたの! もう私にベタボレみたいな説明してくれたの!」
「奈月、結構思い込み激しいからなあ」
「もっと仲良くなりたいって言い方をしてくれたんだよ!? 付き合いたいとか、好きになってほしいとかじゃなくて、そんな風に思えるのすごくない!?」
「うーん……だって実際、もっと仲良くなりたかったし」
「なんで分からないかなあ、あの時の直くんのかわいさが。
まずさあ、私からしたらあの手紙読んだばっかりで、直くんはやっぱり人に優しいんだ、安心して頼って良いんだって気持ちがあったわけよ。それで、顔を見に行ったらいきなり、『あの人の体調が悪い内は告白したくない』って話をし始めて、そこでもう心臓を鷲掴みにされて、それなのに私のこと優しいとか、失敗しても許してくれるとか、見てると吸い込まれそうになるとか、心の底から話が出来るとか、もうね、優しいのは直くんの方だよって思いながら聞いてて、――」
奈月は、あの時の自分がどれだけ嬉しかったか、夢中で語った。
「――だけど何日か経つと、言ってほしかった言葉過ぎて、現実味がなくなってきて。本当にあんなこと言ってくれたのかな、夢じゃないかな、とか変なこと思ったりして。クリスマスイブまで私、ずっとドキドキしてたんだよ」
直人は、奈月があまりに嬉しそうに説明するものだから、顔が真っ赤になってしまった。
「そんなに、喜んでくれてたんだね」
「今も、吸い込まれそうなくらい私のこと好き?」
「今はちょっと違って、抱きしめたくてたまらなくなるよ。前は、抱きしめたいけど抱きしめられないから、ふわっとそのまま吸い込まれてしまいそうな感覚がした。あれは切なかったなあ」
「そう思わせる作戦だったからね」
「また作戦!? どんな作戦だよ」
「あえて冷たくして気を引く作戦?」
「そんなのあったっけ?」
直人は、いつ冷たくされたか思い出せなかった。
奈月は少し考え、
「中学の時とか?」
と答えた。
「何年がかりだよ! 作戦が壮大過ぎるだろ!」
「ふふっ。あーもう、笑わせるから、パンの粉こぼしちゃったじゃん!」
「奈月のせいだよ」
二人は勢いよく笑って揚げパンの粉を吹いてこぼしてしまい、それがまたおかしくて、服や椅子を笑いながら拭いた。




