第一の支援
「ナゲット、すごく美味しかったね」
直人は、自分のお腹をなでながら言った。
「良かった」
奈月は、自分が美味しく感じたことよりも、直人が喜んでくれたことが嬉しかった。
「まだ疲れてない?」
「一回寝たし、大丈夫」
「さっきメダルゲームの話をしたから、なんかやりたくなってきたなあ。
ゲームセンター行く? 預けてるメダルあるんだよ、俺」
「もうやってるの?」
「この辺はもうやってるよ」
「知らなかった。朝からお客さんいるの?」
「わりといるよ。奈月って、深夜や早朝に出歩いたりしなそうだもんね」
と、直人は言った。
「家族以外とは出たことないと思う」
「それが良いよ。奈月は危ないよ」
「直くんは深夜に出掛けたりしてるの?」
奈月は気になって、聞いてみた。
「去年の夏休みとかは、かなりご飯食べに行ったりしたなあ」
「危なくないの?」
「何も起きなかったけど、同じ通りで翌日に通り魔事件があった時があって、それからあんまり深夜に外に出るなってなったよ」
「ニュースでそれ見た! めちゃくちゃ危なかったじゃん!」
「そうなんだよね」
奈月は心配になって、
「ちょっと本当に気を付けないとダメだよ」
と注意した。
「まあ、それからはむやみに深夜に出てないよ。奈月もなるべく、一人であまり歩かないようにしてほしいな。心配だよ」
「じゃあ直くん、たくさん遊んでくれる?」
「良いよ」
「よーし、期待しとこ」
「あんまり期待はしないでもらいたいです」
直人の行きつけのゲームセンターまで、二人はのんびり歩いた。
歩いてる途中、思い出のある建物を見付ける度に、また子供の頃の話で盛り上がった。思い出の中の二人も、今の二人と同じくらい仲が良かった。
ゲームセンターに着くと、二人はメダルコーナーに直行した。
話し合った結果、お金を使うゲームについては、メダルゲームに飽きてから考えるということになったのだ。何しろ、予算五百円のデートなのだから二人も慎重になる。
直人がメダルを引き出すのを見ていた奈月が、
「なんか今、すごい枚数のメダルが書いてなかった?」
と、驚いた。
「ここはメダルが無限に増やせるんだよ」
「なにそれ?」
「やってみせようか?」
「うん」
直人は予備の椅子を持ってパチンココーナーに行って、奈月を隣に座らせて説明を始めた。
「ここにメダルを二枚入れると球が少し出てきて、真ん中が数秒開くんだけどさ。開き終わった後にメダルを入れるとまた開くから……」
直人は、慣れた手付きで同じ作業を繰り返す。
「ほら、二回目以降は球が真ん中に入りまくるから、メダル二枚で二枚分以上戻ってくるんだよね。それで球が一定以上になるとメダルに変換されるから、メダル二枚入れたら三枚か四枚出てくるようになる」
「ええーっ!? 何これ、壊れてるの?」
「変だけど、パチンコ台でこれだけ、メダルが謎仕様のままなんだよね。こんなんで儲かるのかな?」
「儲からないでしょ」
「まあとにかく、サービスなのか何なのか分からないけど、これでメダルを無限に増やせるんだよ。うちの学校は結構知ってるよ。俺の友達が回転寿司のバイトに誘ったのも、ここの近くだったからだし」
「そういえば、その友達って誰?」
「奈月は知らないかもしれない。飯田一保って言うんだけど」
直人は、作業を続けながら答えた。
「なんか背が低くて恐そうな人?」
「ああ、そうそう」
「仲良しなの?」
「同じ中学で、暗いやつ同士で家とか行くようになったんだよ。中学では一番仲が良かったかなあ」
「私あの人、不良なのかと思ってた」
「俺はその辺のこと一度も聞いたことないんだけど、暗くて真面目な不良なんじゃないかな? 十六歳になったらすぐにバイクに乗ってたよ。今はバイク便のバイトして――あっ」
「何?」
「当たっちゃったかも、これ」
奈月がパチンコ台の中の液晶画面を見ると、数字の付いた猫がなにやら頑張って走っている。
「同じ数字が三つ揃えば当たりなんだよね」
それくらいは、ドラマや漫画で奈月も知っていた。
「そうそう。あーあ、当たりそうだなあ。七割くらい当たるやつになっちゃったよ」
「当たったらダメなの?」
「ダメじゃないけど、今日はメダル増やす目的でやってるわけじゃなくて、増える仕組みを説明してただけたし。奈月がつまらないでしょこれ。
話をしながらやってたから、やりすぎたな」
「ううん、楽しいよ。私、猫大好きだから」
「そうなんだ。俺は昔、マンションの扉の前で家の鍵を出したら、急に猫に飛び付かれて手を引っ掛かれて、なんだかそれから少しこわいよ。あれは、びっくりしたなあ」
直人は、痛みを思い出してしまい、手の甲をさすった。
「私その猫、知ってるかも! 中学の夏に廊下に一日いた猫?」
「うん。普通の猫って感じのやつ」
「かわいいと思って遊んでたけど、直くんにそんなことしてたなんて。かわいいと思って損した! かわいくない!」
奈月は怒り出した。
「数年前のことで何言ってんだよ」
直人は笑った。
「あー、まだ当たりが続くなあ。ごめん」
パチンコ台を見ながら、直人は言った。
「猫のしぐさがかわいいよ。よく分からないけど面白いし」
奈月は、猫をなでるボタンを押しながら答えた。
「奈月、このゲームセンターのメダルのこと知らなかったの? 結構、男子がメダル増やして、女子をデートに誘う口実に使ってるらしいよ。飯田が言ってた」
「直くんも女子を誘ってるの?」
「誘ってないよ! 初めて女子と来たんだから」
「えー、本当?」
奈月は少しだけ疑った。直くん、どうも女好きっぽいから、付き合う前については怪しいぞ。
「ハハハ、本当だよ。その子はいつも一人だよ」
と、隣のパチンコ台に座りながら、おじさんが言った。
「あっ、こんにちは」
直人が挨拶をする。
「おはよう。すごい久しぶりだね」
おじさんは、親しげに言った。
「メダル出す時に履歴見たら、二十五日ぶりでした。毎日来てたんですか?」
直人も、気楽そうに話を続ける。
「正月も来てるんだから、分かるだろ。あけましておめでとう」
おじさんは笑った。
その時、直人のパチンコ台から、けたたましいサイレンのような音が鳴り、虹色に光りだした。
「おっ、七揃い?」
おじさんが、自分のことのように喜ぶ。
「そうですね。これは今年はついてるかもしれませんね」
奈月は、直人と、小指がないおじさんが話してるのをしばらく黙って聞いていた。
当たりやすい状態が終わって二人でパチンコ台を離れてから、奈月はやっと気になってたことを直人に聞いた。
「い、今の人、小指がなかったよね?」
「え? あの人、小指がないの?」
直人は意外そうに答えた。
「なかったじゃん」
「小指なんか見たことなかったなあ。今度見せてもらおうかな」
「やっ、やめときなよ」
二人がそんなことを話していると、直人に少年が声を掛けてきた。
「おー森田、なんか全然会わなかったな」
さっき噂をしていた飯田である。
「パチンコの角台のおじさん、指がないんだってよ。知ってた?」
「アイスやジュースくれるおっちゃん?
あの人、会社で昔、事故ったんだってよ。それで、俺バカだから聞いててよく分からなかったんだけど、会社から? 毎月金が入ってきて、もう遊んで暮らせるんだって」
「すげえなそれ。小指くらいでそんなに金がもらえるなら、俺も事故りたいな」
「おいおいお前、そんなこと言って良いのかよ。赤い糸は小指にあるんだぜ?
小指なくなったらお前、振られるかもよー?」
と言いながら、飯田は自分の小指を立てて、直人の前で振ってみせた。
奈月は、少し意外に感じた。飯田がこんなジョークを言うようには、見た目からはとても思えなかったからだ。
「げっ、それやばいな」
直人が動揺をする。
「お、やっぱり付き合ってるんだ」
と、飯田がニヤっとした。
「あっ」
直人は、しまったと思ったが、もう遅く。
「マジ隠し事出来ねえ奴だなお前。面白いわ」
「やばいよ、一瞬でバレちゃった。ごめん」
直人は奈月に謝った。
「私は大丈夫だけど」
と、奈月は答えた。元々、どうしても隠したかったら、二人で正月に近場を歩いたりしていない。
「二人、付き合い始めたばかり?」
飯田が直人に聞いた。
「もう何も喋らないぞ俺は」
先程の失敗を反省して、直人は警戒した。
「いやさあ、二人の写真とかまだなら、俺が撮ってやるよ。どうせお前、言い出せないんじゃねえの?」
「う……」
直人は、飯田の言う通りにするのはシャクだが、写真はほしいと思った。
「ほら、お前のスマホ貸せって」
「写真、撮ってもらっても良いかな?」
直人は、不安そうな顔で奈月に聞いた。
「うん。私のスマホでも撮ってもらお?」
奈月がそう答えると、直人は笑顔になった。
「ここじゃ落ち着かないから、休憩所の辺りに行くか?」
「そうだな。ここうるせえしダメだろ」
設備の配置を知っている飯田と直人が、歩き出す。
奈月は、直くんと飯田くんは、私が思ってたよりかなり仲が良さそうだ、と思った。もしかして、親友とかなのかな。中学の話とか聞きたいな。
「はい、彼女さん」
飯田が、撮影が終わったスマホを奈月に返した。
「ありがとう飯田くん」
「ところで、今日の森田の頭をセットしたのって彼女さん?」
「あ、うん。ちょっと整髪料で整えただけだけど」
「やっぱな。イケメンになりやがってよお前、彼女さんに感謝しとけよ」
飯田はそう言い、直人の腹を殴るフリをした。
奈月は、自分のセンスを誉められた気がして嬉しかった。
「よし。じゃあ俺、帰るっす」
飯田がそう言う。
「もう? 飯田、遊びに来たんじゃないの?」
直人は疑問に思った。
「俺がいたら二人が遊びにくいだろ? 他のゲーセンのイベント行くわ」
「ごめんね飯田くん」
奈月は、飯田に謝った。
「良いの良いの、暇だから。バイクだし俺。森田、後で手ぐらい握れよな」
と、笑いながら飯田は立ち去った。
「やったー。写真、ほしいと思ってたから嬉しいな」
奈月は言った。
直人は、奈月が喜んでいるのが少し悔しかった。
「俺、写真なんて、飯田に言われるまで気付かなかった。せっかく奈月が髪の毛セットしてくれたんだから、今日は写真撮っても良かったよね。
奈月のことも、全然気付けてないんだろうなあ、多分」
「そんなことないよ。直くん、さっきゲームセンターに行く前に、『まだ疲れてない?』って、聞いてくれたじゃん」
「それだって、膀胱炎のこととかでずっと心配してきたから、なんかたまたま聞けただけで。飯田なんて、ちょっと見ただけで奈月が俺の髪をセットしたって気付いてさ、すごいよ。奈月にだけで良いから、飯田みたいにもう少しスマートに気付いてやれたらなあ」
たしかに飯田くんは、社交的でよく気が付く方だと、奈月も思った。
けれど、私が好きになったのは直くんだ。少し不器用かもしれないけど、私が膀胱炎になった時に、真剣にサポートしてくれた、直くんだ。
「私は直くんがすごく優しいことを知ってる。飯田くんも知ってるでしょ。ウチのお母さんもお父さんも、バイト先の人達も。さっきのおじさんも多分知ってる。直くんの気持ちは、きっとみんなに伝わってるよ」
奈月は、直人の頭をなでながら、そう言った。
「……うん。ありがとう。でも、奈月をもっと楽しませてあげたいって、どうしても思っちゃうんだよね」
奈月は、直人のその気持ちだけでとても嬉しくなった。
「直くんと付き合い始めてから、毎日すごく楽しいよ? ほら、遊ぼう?」
奈月は、直人の手を引っ張った。
直人は引っ張られながら、奈月と飯田に心の中で感謝をした。
……そして、撮影に邪魔で休憩所の椅子に置いてあったメダルのカップを、慌てて取りに戻った。




