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のんびり始まった新年と、触れられずにいた思い出と

「――ん?」

 鼻にコチョコチョと何かが当たる感覚がして、直人は起きた。


 直人の鼻に当たっていたのは、奈月の髪の毛だった。直人が目を開けると、奈月がもぞもぞと布団の中から出ようとしているところだった。

 奈月と目が合った直人は、本能のまま奈月を抱きしめてキスをした。


「――ごめん直くん。起こしちゃった?」

 唇を解放された奈月が、照れながら聞く。


「いや、起こされたにしてはスッキリしてる。ちょうど起きかけてたんじゃないかな?」

 直人は奈月と喋りながら、寝る前のことを思い出そうとした。

 年越しそばを食べて、すぐ寝てしまったのかな? 何時になったんだろう?


「起こすの嫌だったんだけど、トイレに行くのを我慢してお腹壊したら、直くんが心配すると思って」


「うん、それで良いよ。我慢するのはやめよう。奈月が元気だと、すごく嬉しい。

 ……奈月は、ずっと起きてたの?」


「私もいっしょに寝てたよ。ほら、ボサボサ。今起きたの」

 と言いながら、奈月は自分の髪を触って見せた。


「年越しそばを早めに食べて『もう寝ちゃっても大丈夫だね』って言ってたら、本当に寝ちゃったのか。いきなり計算が狂ったな」


「ほらー、直くんのせいだー」

 奈月は、ふざけた口調で直人に文句を言った。


「俺のせい?」


「直くんがベッドに行くの大好きだから」


「いや、俺はお腹を冷やさないように純粋に心配して」


「えー、本当かなー?」

 奈月は、ブラッシングをしなから話を続ける。


「今って何時だろ?」


「朝の五時。あけましておめでとうございます」


「あけましておめでとうございます。初日の出、見てみる?」

 五百円でデートをすると決めた後、いくつか用意していた候補の一つが初日の出だった。今からなら初日の出がちょうど良いんじゃないかと、直人は思った。


「ゆっくり支度して、行こうか?」


「うん」


「直くんも軽く髪の毛セットする?」


「そうだね、お願い。ありがとう」

 直人は最近、奈月に髪の毛をセットしてもらうことがある。彼女に髪の毛をいじってもらうのが、直人は好きだった。


「あ、けどとりあえずトイレ!」

 奈月は、思い出したように部屋を出ていく。


 大して恥ずかしがらずに宣言した奈月を、笑顔で見送る直人。ずいぶん仲良くなれたなあと、直人は嬉しく思った。




 外はまだ薄暗く、小道は人通りも少なかった。


「この公園だよ」

 奈月が、ブランコに座りながら、公園を見渡す。直人と奈月の二人以外は、誰もいない。


「覚えてないなあ。あのレンガの色合いとかはやけに覚えてるんだけど」

 と言いながら、直人もとりあえずブランコに座る。


 直人と奈月が昔遊んでいた――いや、直人が奈月によくいじめられていたという公園である。


「あそこの砂場で直くんが遊んでたんだよ。こっちでいっしょに遊ぼうって言っても、来ないの」


「なんでだろうなあ。今なら、そんなことを言われたらすぐに行くんだけどなあ」

 直人は不思議がった。


「あんなにかわいかった直くんが、すっかり女好きになってしまった」


「奈月が好きなんだよ」


「じゃあ、砂場壊したの許してくれる?」


「俺が覚えてないんだから、あんまり気にしてなかったんじゃないかな」


「つらい記憶で封印されてるのかも」


「いや、俺の思い出の奈月って、いつもすごく優しかったような。小学三年くらいからはずっと優しかったんじゃないの?

 健康ランドに行った時にゲームコーナーで親にもらった五百円、奈月はいつも百円か二百円残しておいてくれて、使うか聞いてくれたじゃん」


「え? 覚えてない」


「ほら、大食堂でビンゴ大会しながらチーズポテト食べてさ。あれって、ビンゴ完成しなかった人もビンゴカードをゲームコーナーのメダルと引き換え出来るから、親のビンゴカードと合わせて――」


「あー! そうだった、ご飯を食べた後、私達はゲームコーナーなんだよね」


「思い出した?」


「直くん、絶対にチーズポテトしか頼まなかったよね」


「あれが好きなんだよ。また食べたいなあ」


「そっかー、良く考えると昔からチーズ好きだったんだね」


「なんか、たまに少し思い出してくるね。わりと遊んでたんだなあ」


 奈月は懐かしく思って、

「また健康ランド行きたい! 五百円くらいだよね?」

 と聞いた。


「もう値上げしてるんじゃないの? それに、ご飯とかもあるから結構しそう」


「あー、そうだよね」


「でも、行きたいなあ」

 そう言いながら直人は、奈月の湯上がり姿を想像した。


「行こうよ」


「けど、奈月はもうお年玉なしなんでしょ? わりと計画的に使わないと怒られるよなあ」


「あ。言い忘れてたけど、なんかお年玉もらっちゃった」


「なんで? いつ?」


「さっき出てくるときに、手紙付きで置いてあった。お父さんから一万円と、今日どうしても足りなくなったらって、今日の分に五百円。お母さんから五千円。両方、二人で大切に使いなさいって」


「お父さん優しいなあ」


「今日のお金、足りなくならないよね?」


「多分ね。その五百円は後で返せば良いんじゃないかな?」


「だね。真面目な所を見せないとね」


「……二人で使いなさいってことは、付き合ってるの、やっぱりバレてるのかなあ?」


「そりゃあバレますよねえ」


「なんで許してくれたのかな?」


「直くんの人柄? あとまあ、反対してもどうせ聞かないだろうなって思われてるかも」


「うーん……」


「あれっ!? もう初日の出、出てるよ!」

 奈月がふと太陽を見付けて驚いた。


「本当だ」

 直人は、わりとどうでもいいような口調で反応した。直人にとっては、初日の出だろうがなんだろうが、デートのメインは奈月なのだ。


「ちゃんと見てないとダメだね」

 そう言って奈月が笑う。


 (わず)かな日の光に照らされた笑顔の奈月のシルエットに、直人は思わず見とれた。直人はもう少しこの場所に二人きりでいたいと感じ

「まあ、懐かしい話が出来たし良いじゃん。あんまり寒くないし、ナゲットもここで食べちゃう?」

 と、提案した。


「そうだね、手も洗えるし」

 と奈月は言い、荷物をベンチに置いて、手洗い場で手を洗い始めた。


「俺のこの完璧なデートプラン、どう?」


 奈月は、

「ただの行き当たりばったりでしょ!」

 と、笑いながら言って、ハンカチで手を拭きながら、

「直くん、ハンカチ持ってる? 私、予備持ってきたよ」

 と言った。


「なんかそれ、ずっと前にもここで言われたことあるような。そして、そのときも今も、ハンカチは持ってない」


「成長していませんねえ、直くん」

 と、奈月は直人にもう一つのハンカチを渡した。


 直人は手を洗ってハンカチで拭きながら

「昔は、奈月が手を拭いてくれた気がするんだけど。思えば良い時代だったんだよなあ」

 と、しみじみと言った。


「今年からは厳しくいかなくちゃ。ハンカチ持った? ティッシュ持った? 宿題やった?」


「それじゃ、母親だよ」

 直人は、嫌な顔をした。


「おままごともたくさんやったよね」


「俺、記憶にないよ」


「たしか『あなた、好き嫌いはいけませんよ』とか。恥ずかしい」


「今、やってほしいなあ」


「いまあ!?」


「あなたって言われたいなあ」


「えっ、えー? ……あなた?」


「いっ、いや、恥ずかしいなら良いんだけど」

 直人は、喜びながら遠慮した。


「あ、あなた。今日はあなたの大好きなナゲットですよ」


「ほう。今日は結婚記念日だから豪勢だな」


「えっと、おままごとってどんなんだっけ……?」


「だから、俺は覚えてないって」


「無理無理。はあ、恥ずかしい」

 と、奈月はおままごとをあきらめた。


「あ! 俺さっき嘘言ったわ。一つだけすごく覚えてるおままごとがある」


「え? どれ?」


「あのさ……」

 と言いながら、直人は奈月の近くに寄り、小声で、

「五年生くらいの時かな、俺のベッドで、お医者さんごっこしようって俺が言って――」


「ああー! 忘れろ! 忘れろ!」

 奈月は、直人の話をさえぎった。


「ええっ!?」


「あれ、あれはねえ!? あれはものすごく恥ずかしくて、めちゃくちゃ直くん怖かったんだから!」


「そうだったの?」


「直くん怖いし、お母さんにも言えないし……多分それから私達、遊ばなくなったんだよね」

 奈月は、そう言って苦笑いした。


「やっぱりあれが原因?」


「分からないけど、それ以外に特に理由なさそうだもん。私は許してあげたのに、直くんが遠慮するようになったよね」


「俺、奈月は怒ったんだと思って、嫌われたんだと思って。拒否されるまで、そんなに怖がってるなんて知らなくて。ごめん、俺……」

 直人は、肩と手を震わせながら奈月の手を握った。


「もう今さら良いよ。というか、謝ってくれたでしょ」


「えっと、俺の記憶だと、赤のスカートめくって水色の縞々のパンツの上から触ってたら、奈月がやだって言ったので、すぐに止めて謝って、それからは変なことをしないようになった。それで合ってる?」


「なんでそんな詳細に覚えてるの!?」


「お風呂とこれだけは、どうしても忘れられなくて」


「もー、直くん最低人間……」


「ごめんなさい」


「あの日の直くん、変だったよ。そんなに私とお医者さんごっこしたかったの?」


「あの頃、奈月にキスたくさんされてたから、変になりそうだったんだよ」


「うそっ!?」


「何が?」


「子供の時のキスって十回くらいじゃないの?」


「軽く百回以上されたよ」


「えええ!?」

 奈月は驚いた。

 なんで覚えてないんだろうか。それが日常だったの?


「ほら、ポテトチップスを歯と唇を使わずに、お互いの舌だけで半分こして食べた日とか。枚数分キスしたわけだから、あの日だけで数十回キスしてることになるし」


「そういうことさせてたね。思い出した」

 奈月は、思わず頭を抱えた。


「それで、キスしながら抱き合うのがすごく気持ち良くなって、奈月の胸とか触りたくなって。それで、お医者さんごっこを……」


「うーん、私も悪いね」


「いや、奈月は純粋な好意だから。俺がちゃんと我慢すれば良かっただけで」


「小学生でそれ無理でしょ。もっと前には私も直くんの砂場を破壊してたんだし、お互いに話し合いがすごく下手だった。私も悪い、お互い反省、それで仲直りにしよ?」


 直人は、どう考えても自分のやったことの方が悪質な行為に思えたが

「奈月がそう言ってくれるなら」

 と頷いた。


「よし、指切り!」

 笑顔で奈月は小指を出す。


 直人は、懐かしさのあまり笑みがこぼれた。

「これも、よくやったよなあ」

 直人も小指を出した。


「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーら、はーりせーんぼーんのーますっ、ゆーびきった!」


 直人は、もう二度と自分勝手な行動で奈月を悲しませたりしないと、心に誓った。

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