お弁当はまるで金塊?
大みそかの夜、スーパーの中で食材を吟味している若者二人。
「いや、安いねえ。卵が半額、鶏肉半額、大根半額。天ぷら六割引」
多くの商品に割引シールが貼られていて、直人が驚く。
「去年よりすごいね。これなら何か作れそう」
と、奈月も喜んだ。
「あ、豆腐が十五円だけど。お弁当にしにくい?」
「直くん、豆腐好き?」
「好きでも嫌いでもないけど、十五円ならかなり好きだよ」
奈月は笑って、
「それじゃ、ナゲットは?」
と直人に聞いた。
「好き」
「お弁当、量が多いのとオカズが多いの、どっちが良い?」
「量が多い方が良いなあ」
「安めに出来たら、ナゲットだけとかでも良い?」
「もちろん良いけど、そんなに安いの?」
「いくらまで使って良い?」
「ここで五百円全部使っちゃっても良いと思うよ。公園とか行って、ゆっくり食べたりすれば良いし」
「じゃあ、何を買ったかちょっと秘密にしたいから、外のベンチで待っててくれる?」
「おっ? 分かった。それじゃ、これ」
料理に期待をしながら、直人は五百円玉を奈月に渡した。
「うん。……この五百円玉ともお別れなのかあ」
奈月がしみじみとそう言ったので、直人は笑ってしまった。
直人は、ベンチに座って、奈月の作ろうとしている料理について考えていた。
ナゲットだとすると、安く工夫出来る部分はソースになるのだろうか。美味しく作れなかったら逆にその方がもったいないから、調味料とかは家にあるものを使って良いと決めていたし……。
奈月が、買い物を済ませて出てきて、直人に手を振った。直人は、にやけながら手を振り返してから、同じ学校の人がいないか慌てて周りを見回した。
奈月は、全然気にしていない様子で直人に近付くと、
「レシートもらってから気付いたんだけど、よく考えたら、お釣りとレシート渡したらどうせバレちゃうよね」
と言った。
「別に、まだレシート渡さなくても良いよ」
そう言いながら立ち上がる直人。
「そっか。私が大事に持っておくね。後で返す」
二人は、帰り道をゆっくり歩き出した。
「……俺も気付いたことあるんだけどさ。バレたくないなら俺、料理手伝えないよね」
「あ、そっか。ごめん」
「いや、正直料理なんてあんまりしたくないから、手伝わずに済むなら、俺としてはラッキーなんだけど」
「そう、それが分かってて、直くんが料理しないで済むようにしてあげたの。優しいでしょ」
と、奈月は芝居っぽく言った。
「絶対ウソだよそれ」
「バレた?」
「だって明らかに無計画だし……。けどまあ、買った荷物くらいは俺が持とうか?」
「軽いから別に良いよ?」
「重さで何を買ったか推理するんだよ」
「中を覗いちゃダメだよ? 分かるかなー?」
そう言って、奈月は直人に食材の入った袋を手渡す。
「うんうん。おっ、このくらいの重さかあ。なるほど」
直人は袋を受け取り、重さを確かめた。
「分かった?」
「……いや、よく考えたら俺、食材の重さとか全然知らないや」
「じゃあダメじゃん」
「うーん、なんだろうなあ。楽しみだなあ」
「美味しいかどうか分からないから、試食してダメだったらもう一回、何か作らせてくれる?」
「うん、もちろん。ありがとう」
「うわー、緊張するよお」
「大丈夫だよ。もし失敗しても、五百円で頑張った思い出は残るじゃん」
「そうだよね」
「けど、奈月のエプロン姿っていうのかな? 料理してる姿が見られないのはちょっと残念だな。制服にエプロンとか、今度見たいなあ」
「なにそれ、なんか直くんエッチ……」
「なっ、なんでだよ」
「直くん制服大好きだし。私服も、どんなのが良いか聞いたらスカートが良いって必ず言うし」
「だって、聞くんだもん。スカートの方がかわいいよ」
「もう、好みが超分かりやすいよね」
「いや、俺は奈月は足がきれいだからスカートの方が魅力的だと思って」
「へー」
「きれいだって。今日のスカートもかわいいし、似合ってる」
「……直くん、口が上手くなってきたからなあ」
「正直になってきたって言ってよ」
「だって、かわいいとかきれいとか……」
「実際すごくかわいいって。他の人にも言われない? 裏ではかわいいって言ってるよ、男子」
「うーん、たまにはね……」
「ほら」
「でも、他の人に言われても『恥ずかしいからやめてほしいなあ』って感じなのに、直くんに言われると……なんか、身体がぎゅって一瞬押し潰されたみたいになるから」
「えっ!? 気持ち悪いとか?」
「違くて、なんかくすぐったい変な感じになるの。頭をなでてもらってる時とかもそう」
「だ、大丈夫なのそれ?」
「なんだろ。直くんのこと、好きになりすぎちゃったのかな?」
「ええっ!? そういうことなの!?」
「あーもう、怖くてやだ! 直くんのせいなんだから、もし私がわがままになったら、責任取って構ってよ」
「そんなの、すごくかわいくなりそう」
「だから、そういう攻撃がさ……やばいんだってば」
奈月は目を潤ませて、文句を言った。
直人は、今もし個室にいたら抱きしめちゃってるな、と思った。
奈月が料理をしている間、直人は奈月の部屋で待たせてもらうことになった。
寝ても良いと直人は奈月に言われたが、たまに奈月が部屋に顔を出して、質問をしたり休憩をしたり。
「普通のとちょっとからいの、どっちが好き?」
「からいの」
「直くん、バーベキューソースとマスタード、どっちが好き?」
「バーベキューだなあ」
「私って味覚に自信がないから大丈夫かなあ、失敗したらごめんね」
「大丈夫だって」
結局、料理が出来るまで直人は起きていて、
「あ、直くん起きてる。じゃあこれ、試食お願いします」
と、奈月に頼まれた。
直人は奈月か持ってきた小皿に乗ったナゲットを見て、
「美味しそうだね」
と、まずは見た目の感想を言った。
「味はどうか分からないけど」
「いただきます。……うわ、美味しい!」
直人は、奈月の顔を見ながら喜んだ。
「変じゃない?」
「かなり美味しいよ。お店のより美味しい。ガリンガリンで好きだあ」
「良かったー、好みとかもあるから不安で不安で」
「コショウかな? ちょっとからくて、すごく好き」
「ほっとしたー」
「五百円でこんなのたくさん作れるんだね」
「二百二十円だよ」
「二百二十円!?」
「よし、びっくりさせられた」
「二百二十円しかしないの?」
「これ、何で出来てると思う?」
「鶏肉でしょ?」
「鶏肉と?」
「鶏肉と……。いや鶏肉だけじゃないの?」
ナゲットの材料なんか知らない直人は、見当もつかなかった。
「豆腐がかなり入ってるんだよね」
と言いながら、奈月は直人にレシートを見せた。たしかに、豆腐を購入していた。
「豆腐?」
直人は、改めて食べかけのナゲットの断面図を見てみたが、豆腐にはとても見えなかった。
「分からなかった? 嫌な感じとかしなかった?」
「全然ない。俺、前に間違えて豆腐ハンバーグ食べたことあるけど、食べてる最中に分かったし、味にがっかりしたもん。これは分からないよ」
「よっし!」
奈月は手を握りしめて喜んだ。
「なんでこんなの作れるの? 奈月って、もしかして料理がすごく上手いの?」
「ううん。これ前にお母さんが作ってくれて、簡単って聞いてたから。良いかもって」
「いや、びっくりしたよ」
「やったね。お弁当、これだけでオーケー? こんな感じになるんだけど」
奈月はそう言い、弁当箱を見せた。ナゲットがギリギリまで詰まっている。
「オーケーどころか、最高だよ。こんなにすごいお弁当にしてくれるなんて、ありがとう」
「えへへー。今からソース作るからね」
「あっ、もっと美味しくなるのか!」
「なるようにやってみるけど、市販のソースじゃないから分からない」
「奈月って、結構、色んなことに自信がないタイプだよね。もっと自信持てば良いのに」
自分に自信がない人代表のような直人にそう言われたので、
「それ、直くんには言われたくないんだけど!」
と、奈月は笑った。
「あー、ごめんごめん」
直人も、自分の発言がおかしくなって笑ってしまった。
「……でも、ありがと」
「だけど、本当にすごいよ。正月料理っぽいし。ナゲットって、英語で金塊って意味だよね? お正月っぽいというか、おめでたくない?」
「そうなの? じゃあ私、気付かない内に金塊をたくさん見付けちゃったんだ。ラッキー」
嬉しそうに話を合わせる奈月。
「二百二十円でこんなに美味しいナゲットを作れるなんて、信じられないっていうか、尊敬しちゃうなあ。後で本格的に食べるのが楽しみだよ」
直人は、思った以上に楽しいデートになりそうな予感がして、わくわくした。
「たまたま上手くいっただけかもしれないけどね」
こんなに喜んでくれるなら、もう少し料理を覚えてみようかな。
奈月は密かにそう考えながら、台所に戻っていった。
奈月の後ろ姿を見送りながら、直人は微笑んだ。
……俺も、奈月っていう宝物になかなか気付けなかったなあ。