五百円デート!
直人がトイレから戻ったとき、奈月は部屋に居らず、食べ物も消えていた。
直人は、俺のお腹が冷えないように食べ物を温め直しに行ってくれたのかな、と思った。
しかし、大丈夫だろうか? 様子が変だとか、奈月のお父さんに不審がられないだろうか?
直人は不安になり、服装と髪型がおかしくないか大急ぎでチェックして、ドアが開くのを正座で待った。
「ただいまー。って、なんで正座してるのよ。トイレ、大丈夫だった?」
奈月が料理を皿に乗せて戻ってきた。やはり、直人の予想通りに温め直されている。
「温め直してくれてありがとう。トイレは平気。それより、奈月のお父さんってまだ起きてた?」
直人はテーブルの前であぐらをかくと、さっそくピザをかじった。奈月がわざわざ温め直してくれたのが、直人は嬉しくて、早く食べたいと思ったのだ。
「テレビ観てるよ」
「怒ってない? 挨拶もしないでみたいな」
直人は、どうしても奈月の父親のことで不安になった。
「大丈夫でしょ。来年からお年玉要らないから、今日だけは好きにさせてって言ってあるもん」
「そんなこと言ったの!? その時に何か聞かれなかった? 相手は誰だとか」
「私は聞かれなかったけど。後でお母さんに聞いてるかもね」
「そしたらバレてるじゃん俺」
「バレてても大丈夫だと思うよ。
前にお父さんと違うおかずでご飯食べてた時に、『森田くんが心配してくれるから早く治したくなって、好きな食べ物を我慢するのがあんまりつらくなくなった』って言ったら、お父さんが直くんのこと誉めてた」
「そんなの、相手が奈月なら大抵の男は心配するでしょ。誉める要素ある?」
「すごく純粋に心配してくれてるってちゃんと言ったもん。あと、タクシーの話とかしたら、森田くんの言うことはよく聞いておけって」
「タクシーの話って何?」
直人は、タクシーと聞いて最初に思い出したことは、手を繋いだことだった。
「ほら、『トイレを我慢しないでほしいんですけど迷惑なんですかね』とか」
「うわー、やばいよ。彼氏面してるよ俺」
「彼氏面って、彼氏だし」
「今はそうだけど、タクシーの時は違うじゃん。ただのクラスメイトなのに、偉そうだよ俺」
「偉そうっていうか、実際に偉いって言ってたよ。五百円玉の話をしたら、若いのにお金の大切さをよく知ってるって。見習えって」
「ええー? なんかお父さん、奈月に騙されてるんじゃ」
「騙してないじゃん、本当のことじゃん全部」
「いや、悪いこと一つも言ってないし。例えばさあ、俺が『ちょっと来てくれませんか』ってデリカシーなく廊下に呼んだ話とかさ」
「それ、一生懸命言ってくれたのに、私が怒っちゃったって言ったら、迷惑をかけすぎるなって言われちゃった」
「だから、そうやって一生懸命とか言うから、なんかいいひとっぽくイメージされちゃうんだよ。後でまずいことになるよ」
「いいひとだもん」
「そんなことないよ」
「膀胱炎をものすごく心配してくれたり、五百円を大事にしようとするなんて、なかなか出来ないと思うよ」
「その五百円も、使わせてもらおうかって今は思っちゃってるし」
「どうして?」
「この前、くれた人と話をして。『あげたものだから好きに使ってくれて良いんだよ。お金っていうのは使わないともったいないからね』って言われたんだよね。
だから『これなら使っても良いと思うような、大切な使い道が見付かったら使わせてもらいます』って、そのときに言って」
「うんうん」
「奈月、俺のせいでお年玉なしになったんでしょ?
俺がもらったあの五百円玉、奈月のために大切に使わせてもらえたらなって思った。工夫して五百円で一日デート出来たら、とても大事にお金を使ったって言えるんじゃないかなって」
「なんかそれ、すごく嬉しい」
奈月が喜んだので、直人も嬉しくなった。
「俺さ、くれた人もこの使い方なら許してくれるって思ったんだよね」
「うん、きっと分かってくれると思う」
「ただ、予算五百円じゃ、あんまり楽しいデートに出来ないかもしれないけど。良いかな?」
直人は聞いた。
「ううん。すごく楽しそう。大事な五百円なのに、ありがとう」
「けどこれ、奈月のお父さん怒るかな? 一度は宝物にした五百円玉なわけで。『あっさりそんなことに使うなんてけしからん』とか言わないかな?」
直人はまた、奈月の父親のことが気になった。
「さっきから心配しすぎだよ、絶対に大丈夫! そんなに心配なら私、お父さんに聞いてきてあげるから」
奈月はそう言うと立ち上がった。
「えっ、やめた方が……」
直人が止める間もなく、奈月は部屋から出ていってしまった。そして、直人はまた、怖がりながら正座で帰りを待つのだった。
「もちろん使って良いって! お父さん、感動して泣いちゃったよ。ぜひよろしくお願いしますだって、えへへ」
戻った奈月からそう言われて、今回も非常に美化された説明があったのではないかと、直人はますます心配になった。
ピザを食べ終わったら、二人は再びデートについて考え始めた。
「五百円デートといっても、今思い付いたばかりだからまだ何も考えてないんだよね。そもそも、ご飯はどうしようか?」
直人が言った。
「店で食べるの? それともお弁当にするの?」
奈月は、ちょうど直人が考えて触れていたことを聞いた。
「俺個人としては、やっぱりお弁当が食べてみたいんだけど、しっかり作ったらなんだかんだ高いよね?」
「しっかり作って二人分だとね」
「お弁当といっても、ご飯とオカズがしっかりあって……みたいなやつじゃなくて、少なめだったり軽食な感じでも良いと思ってるんだけど。俺、未だに偏食気味っていうか、たまに飲食店にあるコーンだけのサラダとかすごく好きなんだよね」
「美味しいよね! 私、お好み焼き屋でコーンバター頼んだ時、焼く前に少し食べちゃう」
「じゃあ、お弁当がコーンサラダだけとかになっても大丈夫な人?」
「私そういうの平気だよ。平気っていうか、わりと好きだし」
「だったらさ、スーパーで探すのはどうかな?
駅前のスーパー、去年の大みそかに荷物持ちで行ったんだけど、ソバが売れ残って十九円になってたんだよね。今年もなんか安くなってくれたら、五百円で良いお弁当作れるかも?」
「私もその時スーパーにいたよ! 直くん、『これ絶対安いよ』って言って、たくさんソバ買ってもらってたよね」
「えー、見てたの!?」
「お母さんが里芋買い忘れたから、私が買いに行ってたの」
「参ったなあ、見られてたなんて」
「あの時、私も勝手にソバ買っちゃった。他にも安いのあったよね。たしかに、お弁当作るチャンスかも」
「ただ、俺って料理作ったことないから、奈月の負担が増えちゃうかな」
「バイト先で作ってるじゃん」
「あれはほとんどタイマーとかで決まってて、技術要らないからなあ。料理のこと、ほとんど何も分からないんだよね」
「手伝ってくれるの?」
「まあ、俺がわがままで予算五百円にしたんだし。手伝えることがあれば」
「ありがと」
「じゃあ、とりあえず大みそかの夜まで様子見する? 色々考えながら」
「そうする!」
「なんか、付き合い始めたばかりなのに、変なことに巻き込んじゃって、ごめんね」
「ううん。すごく楽しみ。素敵な考え方が出来る人だなって、改めて思った」
奈月はそう言い、直人の頬にキスをした。
「そんなこと言われたら、帰りたくなくなっちゃうよ」
直人は、恥ずかしがりながら言った。
「良いじゃん。いっしょに寝ながら、たくさん話をしよ?」
奈月は直人の手を引いた。
「まずいよ絶対」
と、言いながら、全然抵抗しない直人。そのまま、ベッドに引きずり込まれてしまった。
……結局、直人は泊まることになった。