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昔のクセで

「すごいなあ、あの人たち。両手にあんなにお皿を持って、ぶつからないで歩いて」

 直人がつぶやいた。大食堂の座敷を行き来する従業員を眺めて、感心している。


「特に今は、()()も配ってるのにね」

 と、奈月。手には、ビンゴカードが一枚。


 奈月の目線の先の配布係が、一人一人にビンゴカードを手渡ししている。

 健康ランドはこの日、月に一度ある記念日。もうすぐビンゴ大会が始まるのだ。


 頷く直人。

「これを配るだけでも大変だよね。俺のバイト先よりかなり忙しそう。

 子供の頃は気付かなかったけど、中腰になりながら配り続けるのは相当しんどいよ」


「私たち、昔は店員さんなんか見てなかったもんね」

 奈月も同意する。

「ご飯に漫画コーナーにゲームコーナーにお昼寝。どこから行こうかって相談するのに忙しくて。

 ……しかも結局、予定通りには行かないし」


「ビンゴゲームで、少し多めのメダルが当たったりしちゃってね」

 直人は、手元のビンゴカードをヒラヒラさせながら笑った。


「今日は当たるかなあ?」


「当たり人数が昔の頃のままなら、誰か一人くらいは当たりそうだけどね」


「真ん中の穴、押させてよ」

 奈月は、直人の返事も待たず、直人のビンゴカードのフリーポケットに指を押し込んだ。

 そして、二枚のビンゴカードを二人の間に並べて、満足げに微笑んだ。


 それを見て、直人もクスリと笑った。

「奈月、未だに他人のビンゴカードを押すの好きなの?」


「あ、バカにしてる」


「バカにしてるワケじゃないけどさ」

 直人がそう言いながら懐かしい気持ちに浸っていると、食欲をそそる香りが漂った。


「お待たせしました」

 従業員が、慣れた手付きで直人らのテーブルに料理を並べていく。


「わ、一気に半分くらいきた」

「あー、そっちも美味しそうじゃん」

「良いでしょー」

「なんで同じの頼んだのに私の来ないのー?」

 食べる前からそれぞれの皿を見て、はしゃぐ一同。


 直人の前にも料理が運ばれ、チーズポテトがグツグツと音を立てている。

 直人は既に空腹だったが、猫舌の直人にはまだ食べる勇気が出なかった。

 皿に顔を近付けて、クンクンと嗅いでみる直人。

「おー、昔と同じ匂いがする。嬉しいな」


 それを見ていた奈月が、クスッと笑った。

「直くん、昔もそうやって様子見してたよね」


「だって、熱そうだし」


「しょうがないなー。昔みたいに、熱くないか味見してあげようか?」

 奈月はからかうつもりでそう言ったのだが、直人は「うん」とフォークを差し出した。


「えっ。本当に良いの?」

 奈月は嬉しそうな顔で焦げたチーズを眺めて、フォークでツンツンとつつく。

「私はコゲが好きだから、この一番美味しそうな所をもらっちゃうよ?」


「どこを食べても良いよ。昔みたいに気楽に食べてよ」

 と、直人が促す。

「どっちにしろ、奈月にも少し食べてみてほしかったから」


「あ、じゃあ私の皿うどんが来たらウズラの卵あげる。

 そしたらちょうど、昔といっしょだね」

 奈月はポテトにチーズをたっぷりと絡ませてから、すくいあげて頬張った。


「どう?」


「ハフハフ……うん、美味しい。もうすぐ直くんも食べられるよ」

 奈月はそう言うと、もう一度ポテトをフォークで刺し、吐息を吹き掛けた。


「フーフーまでしなくても大丈夫だよ……」

 直人は、気まずそうな顔をしてうつむき、小さく訴えた。


「あ、ごめん! 昔のクセで……」

 我に返った奈月は、慌てて周囲を見回した。

 そして奈月は、友人たちがニヤニヤと自分たちのやりとりを眺めていたことに気付く。


 奈月と直人の顔は、みんなが奈月をからかうのに飽きるまで、しばらく赤いままだった。

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