無理しちゃって
「なんか、こうしてみんなで食堂で座っていると、修学旅行みたいな感じだなあ」
飯田がポツリと言う。
「本当だよね。
飯田くんと森田くんがいるから、なんか中学を思い出しちゃって懐かしい感じ」
遥はそう言うと、隣の親友に腕を絡ませ、笑顔で食堂のメニューを眺める。
「真といっしょだから、修学旅行より楽しいし!」
「遥、楽しみにしてたもんね」
と、真。真もニコニコしている。
小柄なので、遥とくっつくと姉妹のよう。
「うどんも美味しそうだよね」
「でもさでもさ、唐揚げも良くない?」
遥と真は仲良くメニューを見ながら、目移りしている。
他のみんなも、大テーブルを囲んで、何を頼もうか盛り上がっている。
飯田が遥たちと喋りながら食べることにした結果、結局十五名全員が自然と集まってしまったのである。
唯一、直人だけはやや落ち着いていた。
思い出のチーズポテトだけを頼むと、前から決めていたからだ。
帰りのバス酔いが怖い直人は、ここで満腹になるわけにはいかない。
好きなだけ食べられる他の人を少しうらやみながら、奈月の隣で微笑んでいる。
奈月も、直人のそういった気持ちには気付いていた。
「直くん、お腹ペコペコで車に乗るのも良くないんでしょ?
身体が昔より大きくなってるから、お風呂に入り直したりしてる間に結構お腹も空くかもよ?」
「うん。俺もちょうど奈月と同じこと考えてたんだけど……まあ、チーズポテトを食べてみて様子見するよ。ありがとう」
そう答え、直人は笑ってみせた。
奈月の気遣いが嬉しかったのだ。
それを聞いていた桜子。
「ねえねえ奈月。そういうのって、自然に相手の考えとか分かるようになるの?」
と、興味津々だ。桜子は今、飯田の気持ちが知りたくて仕方ないのである。
「うーん、何を考えてるかなんとなく分かるときがあって……。
特に昔は、助けてほしいって顔で直くんがよく見てきたから、それで注意深くなったのかも」
「さすが奈月」
亜紀が、からかうような口ぶりで笑った。
「相手が好きな人だもんね」
「あのねえ。亜紀とかは、私が積極的だったみたいに思ってるんだろうけど、わりと直くんから甘えてきたんだからね」
と、奈月がむくれた。
「え? 最初は奈月が森田くんをいじめてて、森田くんは奈月のこと怖がってたんでしょ?」
「それは最初の最初で、私たちが覚えてないくらい古い話だし」
奈月は恥ずかしそうにそう言うと、直人を見た。
「私たちが覚えてる範囲だと、もう直くんが私の後をついてくる感じだよね?」
頷く直人。
「うん。記憶だと、奈月には優しくしてもらってるイメージしかない。奈月としか駄菓子屋に行ったことないような」
「そうそう! 弟と間違えられたときあったよね!」
奈月はクスクスと笑った。
「大きな公園の隣に駄菓子があるんだけど、直くんはお店の人と話すのが怖くて駄菓子が買えないから、私が代わりに買ってあげてたの。
そしたら弟だと思われて、お姉ちゃん偉いねって」
「他にも、弟に間違えられたことあったよね?
この健康ランドでも間違えられたような」
「あー、それ直くんの髪の毛を拭いてるときだっけ?
ドライヤーの使い方が分からなかったんだよね、直くん」
クスッと笑う奈月。
「アレはたしかに弟っぽいよね」
と、照れる直人。
「……そういえば、今日も奈月に髪の毛拭いてもらっちゃったけど、知らない人にはどう見えたのかな?」
「今は直くんの身長も伸びたし、弟には見えないんじゃない?」
「ただの知り合いっぽいかな? それとも友達っぽいかな?」
「あー、どうなんだろうね?」
「うーん……」
お互いの顔を見ながら、うなる直人と奈月。
「いやいや、完全に恋人同士に見えるでしょ」
あきれた顔をした桜子が、そう言い切った。
「もし学校の教室で奈月が森田くんの髪の毛をいじってたら、かなり教室ザワつくと思うよ」
「それなんだけどさあ、広瀬さん」
直人は急に真面目な顔になった。
「奈月と付き合ってるってクラスでバレないようにするには、どうしたら良いの?」
「私に聞かれても。そういうのって、奈月と話し合ってるんじゃないの?」
「話すんだけど、いくら話しても足りないんだよね。
いっしょに登校するのを見られたらこう言おうとか、彼女がいるか聞かれたらこう答えようとか……」
「彼女がいるか聞かれたらなんて言うの?」
彼氏持ちになったばかりの桜子が、思わず質問した。
「いるけど、相手に迷惑がかかるから教えられないって感じで言う。
からかう人とかいるだろうから」
「森田くんっぽいねえ」
桜子はニヤニヤしながら、奈月に視線を向けた。
「奈月は? 奈月は彼氏いるか聞かれたらどうするの?」
「私は相手次第だけど、直くんとも私とも仲が良い相手に聞かれたら、一回で誰か当ててみてって言おうかな」
「一回じゃ無理じゃない?」
「だからこそ、ちょうど良いかと思って。
一回で当てられたら、かなり怪しまれてたってことだし」
桜子と話していた奈月は、ふとあることを思い出し、直人を指でつついた。
「そういえば直くんさあ、私に彼氏がいるか聞いておいて、いないって言ったらクリスマスまで放置したよね。ひどいよー」
「ほ、放置したわけじゃないよ……」
「だって普通、途中で好きな人とか聞かない?」
「いや、俺がそんなこと聞いたらおかしいじゃんか」
「聞いたら絶対に面白かったのに」
「それは奈月が面白いだけだろ」
直人は、奈月にわざと嫌な顔をしてみせた。
「……それに、奈月にもし好きな人がいても、奈月が大切なのは変わらないって思ってたから」
「えー? みんなの前だからって無理しちゃって」
そう言いながらも、嬉しさを隠せない奈月。顔を赤くしてニンマリしている。
「無理してないよ。奈月と昔みたいに会話が出来るだけで幸せで、絶対に大切にしないとって――」
「も、もう良いから!」
奈月は恥ずかしさのあまり、直人の言葉をさえぎり、うつむいてしまった。
「ご、ごめん……」
怒られたかと思った直人は、ションボリ。
しかし、すぐに直人は笑顔を取り戻した。
テーブルの下で、奈月の手が直人の手を握りしめたのである。
直人は握り返しながら、心の中で奈月への想いをつぶやく。
――大好きだよ。