かわいいけど
遥たちが食堂に向かうのを見送ると、飯田と桜子の恋模様を知っている数人が残った。自然に円陣を組んで、内緒話をするような雰囲気になった。
「飯田、ご飯どうする?」
直人が聞く。
「どうするも何も、先に食事の約束したのはみんなとだから。俺もみんなと食べたいし」
飯田はそう訴える。
「私は、飯田くんといっしょじゃなくても大丈夫だよ?」
と、桜子。
「今日までに、何度も言ったでしょ。
私とは毎日会話出来るんだから、その日しか会えない人と話してあげてねって」
「でも俺、広瀬さんとたくさん話したいよ」
「私も飯田くんと話したいよ?」
桜子は、飯田の手を握ると「でもね」と付け足した。
「飯田くんの隣で話を聞いてるだけでも楽しいよ?」
「我慢してない?」
「してないしてない。私、さっき気付いちゃったの」
桜子は微笑んだ。
「えーっと……桃子さんだっけ? 飯田くんのクラスの人」
「ああ、うん」
「桃子さんと、飯田くんがお好み焼きを作らせるなんて怪しいって話になったとき、悔しくて。
放っておいて飯田くんへのみんなの好感度を下げた方が、恋のライバル減るのに……どうしても我慢出来なくて。
飯田くんの困ってる顔を見たら、飯田くんはそんな人じゃないよってみんなに言いたくなって。なんか、黙ってるの無理で。
これ、奈月がバカになっちゃうやつと丸っきり同じだって思ったんだよね」
「ちょっと! バカになっちゃうやつって、どういうことよ!」
と、奈月が抗議する。
「奈月、すぐバカになるじゃん。好きだった人に再会するのを許したり、女友達たくさん作るの許したり。
私はさっきまで、正直そこまで遠慮しなくてもって考えで。だけど、遠慮じゃないんだよね。
自分の好きになった人が良い人ですごい人だって、みんなに分かってほしくて。私のために飯田くんが何か我慢しなくちゃいけないとか、そんなの嫌で」
桜子はそう言って、飯田から手を離した。
「だから、もしバンドの話に興味があれば、話を聞いてあげて?
自分にウソはつかないでほしい。私も奈月と同じで、好き勝手にされるのが嬉しいみたい」
「……ありがとう。俺、広瀬さん大好き」
飯田は声を震わせて、桜子を抱きしめた。
「もし広瀬さんが今から彼女になってくれるなら、安心してバンドの話を聞けるんだけど。付き合ってくれますか?」
桜子も、腕を飯田の背中に回した。
「付き合う。彼女になるよ。なりたかった」
「広瀬さん、食堂でバンドの話を聞くとき隣で食べてくれる?」
「食べる食べる。もう彼女面して食べる」
「なんなら、みんなに俺の女って紹介して良い?」
「それはダメ、恥ずかしい」
「え? 電話で『俺の女だ!』みたいなのが好きって言ってなかった?」
「それは、男友達に紹介するときだから! 私、昔太ってたから、かわいいだろって感じに自慢されるのが夢で」
「おお、なるほど。なんか意外だな」
飯田は納得すると、桜子の頭をなでた。
「もっとたくさん話をしないと、分からないことだらけだね」
「たくさん話そ?」
「うん、話す。広瀬さんのこと、もっと知りたい。
早速一つ覚えられた。かわいいって自慢すれば良いんだよね?」
「自慢までしなくて良いけど、聞かれたら彼女って言ってほしい。
男友達に紹介してもらえると、ちょっとだけ自信付く気がするんだよね」
すると飯田は、ニヤリと直人に笑って
「森田。この人、今日から俺の彼女。めちゃくちゃかわいいだろ」
と、自慢してみせた。
「かわいいけど、俺は奈月が一番好みかな」
奈月の照れ隠しの膝蹴りを食らう直人を見て、桜子は涙をぬぐいながら笑うのだった。
更新お待たせしました!
更新がストップしていたのにブクマも思ったより減らず、なにより評価を貰えました! とても励みになりました。
今後更新を再開していきますが、リハビリや再手術なども有り、どのくらいのペースでやれるか分からないというのが現状です。
かなりお待たせしてしまうと思うので、書き溜めしてあった五作品を公開しました。正月休みで暇になった時には是非読んでみて下さい。