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分かってないなあ

「それにしても、飯田の首と俺の首で全然温度が違うなんてね。同じ時間に風呂から出たのに」

 直人は、ぼやくように言った。


「私も触ってビックリしちゃった。髪の毛が濡れてると、すごく冷えちゃうんだね」

 と、桜子。


「悪い。俺が森田を急かしたからだよな」

 飯田が謝った。

「外で相談に乗ってほしいなんて言ったから」


「いや、それは関係ないよ」

 直人はハッキリと言った。

「そもそも、しっかり拭いたつもりだったんだよ。どうやって拭けば良いのかなあ?」


「丁寧にやってないでしょ?」

 奈月が、優しく声を掛けた。


「やってないけど、そもそも完全に乾かすのって無理じゃない?」


「拭き方とか一回も調べたことないんじゃないの?

 今は、分かりやすい動画とかたくさんあるよ」


「そうなのか。今まで興味なかったからなあ」


「こうやって、挟むようにするの」

 と言いながら、奈月は直人の毛先をポンポンと優しい手付きで拭く。


「ガシガシしないんだ? 昔はガシガシ拭いてたよね?」


「あの摩擦させる拭き方って、あんまり髪に良くないんだって。だからこの拭き方を覚えてね」


「えー、こんなことしないとダメなの? 男風呂、誰もこんな風にチンタラ拭いてなかったよ?」


「健康で元気な人は別に良いの。直くんは偏食で、すぐ大風邪ひくんだから、これくらいは我慢してやりなさい」


「奈月、俺がこれやらないと心配になっちゃう?」


「というより、やらないと怒るよ私」


「うう、分かったよ。やるよ」


「あとね、髪の洗い方もあるんだよ? 知らないでしょ」


「知らない。

 飯田はそういうの知ってた?」


「俺? まあ、最低限は気を付けてるつもりだけど、合ってるのかな。

 バイクはヘルメットで禿げるって先輩から聞いて、怖くてさ。洗い方っていうか対処法みたいなの教えてもらった。一応、そのやり方を守ってる」


「なんだよ飯田、ずるいなあ。自分だけ髪の毛しっかり拭いて」


「だって森田、そういう情報に興味ないじゃねーか」


「今は興味あるよ。ちゃんとしないと奈月に怒られちゃうもん」


「だったら、押田さんの言うことをしっかり聞いとけよ。俺よりお前の方が、そういうラーニングみたいなの得意だろ。

 服の畳み方でも、ご飯の食べ方でも、言われたらすぐ身に付くじゃん森田は」


「教えてくれた人がその場にいればわりと思い出せるんだけど、風呂の場合は誰もいないから忘れそうだなあ……」

 直人は、不安そうな顔で奈月を見上げた。


「私、注意してたのに忘れたとか、頑張ってたのに失敗しちゃったとな、そういうことについては怒らないよ?」

 と、奈月。

「頑張ろうとしてるかどうかは伝わってくるもん」


「でも、忘れると心配かけちゃうし、一回でしっかり覚えたいなあ……」

 そう言い、直人は少し考えてみた。

 そして、かつて遥に服の畳み方を教わったときに、迷惑をかけまいと必死で覚えたことを思い出した。

「――ねえ、奈月。今度いっしょにお風呂入って、洗い方とか拭き方とかじっくり教えてくれない? 水着で良いから」


 さすがに奈月も、みんなの前でそんなことは承諾しない。

「なんで私がそんなサービスしないといけないの?」

 と、わざと強く睨みつけた。

「別に、忘れたら何回でも教えてあげるから」


「えー。お風呂入ろうよ。昔から、奈月とお風呂入ると楽しくてすごく記憶に残るんだよ。前みたいに、お風呂でトランプとかして遊ぼうよ。本当に水着で良いよ? 変な目的じゃないから」


「水着でも恥ずかしいし」


「いっしょに入ってくれたら、洗い方も拭き方も絶対にしっかり覚えるから。お願い」


「ダメダメ、この話は終わり。もう髪の毛も拭き終わったから、タオルを返してくる」

 奈月は話を一方的に打ち切り、小走りで去って行った。


「行っちゃった」

 直人は心細そうにそうつぶやき、奈月の後ろ姿をさびしそうに見送った。


「そんな顔をしなくても」

 と言い、桜子がクスリと笑う。

「すぐ戻ってくるでしょ」


 直人は、疑いの目を桜子に向けた。

「さっき広瀬さん、今日の奈月は俺にメロメロになってるって言ったけど、全然メロメロになってなくない? あっさり断られたよ?」


「むしろ、今の奈月メロメロっぽいじゃん。

 髪の毛を良く拭きなさいよなんて、かなり覚悟しないと言えないもん」


「なんで言えないの?」


「だって、好きな人に変に文句言って嫌われたら嫌じゃん。

 二人きりならともかく、みんなの前だよ?

 まだ友達だったときなら絶対に言えないでしょ」


「ああ、そういうことか」

 直人はかつて、遥に文句を言ったことがなかった。しかし、今なら気楽に言える。だから、桜子の言葉が非常に理解しやすかった。

「なるほど、そういえばそうかも。たくさんの人の前で叱ってくれたことなんて、小学生以来かも」


「そうでしょ?

 奈月も、叱ってて全く怖くなかったワケじゃないと思うんだよね。こんな場所で言ったら嫌がらないかなとか、ちょっとは考えると思う。

 奈月の中で森田くんが大切になり過ぎて、髪の毛が濡れてるのが心配で我慢出来なかったんじゃないかな。そんな風に感じた」


「そういえば奈月、恥ずかしいって文句言いながら、しっかり拭いてくれたもんね」


「それについても、自分の恥ずかしさよりも、森田くんの健康を優先したってことでしょ?

 やっぱりメロメロ状態なんじゃないかなあ」


「そう考えると、なんか嬉しいなあ。

 いっしょのお風呂じゃないと覚えられないなんて、そんな甘えたこと言ってられないや。頼むの止めよ」


「えー止めちゃうの? つまんない」


「あんまり調子に乗ってると、奈月に幻滅されちゃうし。

 明らかに奈月に迷惑かけすぎてるよ」


「奈月も同じような心配してた」


「奈月が? なんで?」


「たくさん助けてもらったけど、恩返し出来てないとか」


「そんなことないよ。俺がちょっと何かしたら、奈月はいつもその何倍もお返ししてくれるよ?

 奈月、まだ全然分かってないなあ。いつも言ってるのになんで安心してくれないの?」

 直人は、思わずムッとした。


 桜子がたじろぐ。

「そ、それは奈月に言ってあげて。私に言われても」


「あ、ごめん。ビックリしちゃってつい……」

 直人が赤面して謝る。


 モジモジと恥ずかしそうにうつむく直人の様子は、一同の微笑みを誘った。

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