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奈月が怖すぎて

「もー。ただでさえ拭くの恥ずかしいのに、もっと恥ずかしくなること言わないでよ」

 奈月は文句を言いながらも、直人の髪を丁寧に拭き続けている。


「もっと甘えておけば良かったなって、思っちゃったんだよ……」

 みんなに笑われてしまった直人が、弱々しくうったえた。


「思っても、みんなの前で『もっと甘えておけば良かった』なんて言ったら笑われるって分かるでしょ」


「つい言っちゃったんだよ。

 やっぱりさあ、みんなに付き合ってるってバラすのって良くないんじゃない? なんか、緊張感がなくなって危ないよ。

 奈月は、友達と話してるときに口が滑ったりしないの?」


 奈月は、直人の言葉にハッとした。直人の小説と歌の情報を公開してしまっていたことを、思い出したのだ。

「あ、言い忘れてたけどごめん! 私、お風呂でアレもコレもバラしちゃったの!」


「なんだ、奈月もミスしてるみたいじゃんか」

 と、安心したように笑う直人。


「そうでした、私も言うの忘れてました!」

 後輩の夢子が、慌てて口を開いた。

「先輩! 怒らないなら、ご飯おごって下さいよ!」


「何だって?」

 直人は、ワケが分からず夢子に聞いた。


「私と里子、悩んでたんですよ。特に里子は、秘密をバラされたことに森田先輩が怒ったらご飯おごらせにくいって。

 だけど怒ってないから、遠慮なくおごってもらいます。良いですよね?」


「まあ、バス貸し切りにするために来てくれた里子さんには感謝してるから、里子さんにはおごること自体は良いけどさ……」

 直人は、軽くため息をついて微笑した。

「なんで俺が怒ってないって分かるの? 二人きりになったら急に奈月に怒るかもしれないじゃん」


「だって先輩、笑ってるじゃないですか。普通に話を続けてるし、何をバラされたのか聞きもしないし。なんというか、どうでも良さそうじゃないですか。

 それで実は怒ってるとか、先輩そこまで大人じゃないでしょ」


「まあ奈月の顔を見た感じ、心配なさそうだからね。本当にバラしちゃいけないことをバラした場合は、奈月の顔が真っ青になってる。

 だから、怒るような内容じゃないって分かっちゃっただけ」

 直人は言いきった。


「うわ、なにそれ。ちょっと格好良いじゃん先輩」


「格好良いのは、顔を見ずに信じられる奴な。俺はそうじゃない」

 直人は、遥に告白してからの過ごし方を思い出し、自嘲した。

「ただの経験則なんだよ。

 奈月はさ、もし大変なことをしちゃったって心底反省してたら、もう俺に抱きついて泣いてるから。俺がどんだけ怒ってないって言っても、そんなこと全然関係なく必死で謝る。それが奈月。

 例えばさ、奈月が昔、指紋だらけの俺のゲーム機を拭いてくれたことがあるんだけどさ。タッチパネルに触ってゲームのセーブデータを消しちゃったとか、そんなことで泣くんだよ?

 ケンカで俺をベッドから出したまま寝ちゃった日なんて、大泣きだったし。

 俺の作った湯飲みを割っちゃっただけで泣いちゃうし。次の日に四つ葉のクローバーをあげてみたら、ごめんねってまた泣いちゃう。

 奈月がそんなだから、奈月が泣いてないなら大した話じゃないだろうなって分かる。ただそれだけ」


「いくらなんでも私、今は湯飲み割っちゃったくらいじゃ泣かないよ……」

 奈月は、恥ずかしそうに小さな声で抗議をした。


「でも、今も俺にちょっと迷惑がかかっただけで泣きそうになるだろ?」


「それは直くんもでしょ。バスで酔ったからって、しばらくショボンとしてたくせに。どうせ、迷惑かけちゃったとか思ってたんでしょ?

 そのくせ髪の毛は濡れたまま出て来て、心配させて。気にしなくて良いことは気にして、気にするべきことは気にしないんだよね」


 反撃されてしまった直人は、誤魔化すようにアタフタと自分の髪の毛をなでた。

「……髪の毛、そんなにダメかなあ?」

 直人は、ちょうど目が合った桜子にたずねてみた。


 桜子は、直人の首筋に手の甲で触れると、困ったような顔をした。

「冷たいね。うーん、これじゃたしかに湯冷め心配だね」


「えー。飯田は?」


「飯田くん? 飯田くんは……」

 飯田に手を伸ばす桜子。先ほどと同じように、手の甲を飯田の首筋に当てる。

「――あ、あったかい。ポカポカして良い感じ」

 と、桜子は笑顔になって手のひらで触り直す。


「飯田、残念だったな。お前は湯冷めしてないから、誰にも拭いてもらえないぞ。

 ふふん、うらやましいだろ」

 直人はそう良い、自慢げにのけぞった。


 奈月は直人の冗談に一瞬微笑んだが、みんなの手前ニコニコしてはいられない。

 ペチンと直人の頭を叩き

「ちゃんと反省しないと、帰りのバスで置いてっちゃうからね」

 と、直人の耳元で凄んだ。


 直後、直人はブルブルっと、びしょ濡れになった犬のように大きく震えた。


「きゃっ! 直くん、まさかもう風邪をひいたんじゃ――」


「ち、違う違う!

 奈月が怖すぎて震えただけだよ!」

 直人は慌てて弁明した。

「小さな頃から奈月に叱られ慣れてるから、体が反応しちゃったんだよ!」


 それを聞いた奈月の友人たちは遠慮なく笑い、直人は奈月にギロリと睨まれてしまった。

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