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絶対にバレるなよ

「女子、遅いなあ……」

 飲み干したコーヒー牛乳の瓶を握った飯田が、手持ちぶさたな子供のように、ギシギシと椅子を揺らしている。


 隣に座っている直人が、飯田の愚痴を聞いてニヤついた。

「だから言ったろ、女子グループの方が入浴時間が長いって。

 今日初めて話す人が混ざっちゃってるから、なかなか『もう飽きたから出よう』って言えないんだよ。

 かといって、何も言わずに勝手に出たら他の人が心配するかもしれないし」


「なるほどなあ。色んなトコから人を集めたらそうなるか」


「俺らも、お互いのクラスの友達が混ざってると帰り道で会ったときとか困るじゃん。合流はしても、ゲームの話はしなかったり」


「困る困る。『今日はカツカレー食って帰りたいけど、あそこはちょっと高いから良く知らんこの人たちを誘うのもな』とか」


「それの十三人バージョンだからな。まだ手探りで話をしてるだろ」


「となると、中でちょっと険悪になってる可能性もあるか?」


「それはないんじゃないかな。険悪になるような話題にならないだろ」


「森田の話とかになったら分からないぞ? 誰かが『彼女でもない人に歌を作るってどうなんですかね』とか言い出したらケンカになるかも」


「ないない。

 あるとしたら飯田の話でだろ。橘さんと広瀬さんで恋の話になったや、気まずいんじゃないか」


「そういや橘さん、大丈夫かな?」


「何が?」

 聞き返す直人。


「いや、参加者全員に楽しんでほしいじゃん。中で男の話題とか振られてたら大丈夫かなって」


「誰か一人は常にガードに付いてるでしょ。橘さんを一人きりにするようなメンバーじゃないよ」


「だと良いなあ。何事もなく無事に帰れたら良いよな」


「バスの中の全体的なムードはどうだったの? 俺は歌を作ってたからよく分からん」


「ああ、みんな仲良くしてたよ。頑張って交流してた感じ。あの雰囲気のままなら、今日は退屈する人とかいないかもな」


「というか、俺と飯田以外はわりと忙しくなると思うよ。

 ほぼ全員、帰りにまた風呂に入るだろうし」


「こんだけ入ってまた入るの!?」


「朝からの健康ランドって、女子は二度風呂が主流みたいだよ。行ってすぐ入って、帰る直前にまた入りたくなって入る。あくまで、風呂に入りに来てるんだろうな」


「そういや、健康ランドに着いたら解散して良いはずだったのに、全員で風呂に向かったもんな」


「結局は俺たち、好きな人と仲良くなるのが目当てでここに来てるからな。だから風呂が長く感じたんだよ。

 純粋にお風呂が好きで集まった他の人たちは、風呂に入ってる間の時間の感覚が俺らと違うんだよ」


「そう考えると、すぐに風呂を出たってバレたら恥ずかしいな」


「バレたら下心見え見えだからな。こいつら女目当てで来たんだなって思われる」


「バレたくねえな」


「絶対にバレるなよ。ついさっき風呂から出たんだよって言えよ」


「了解。実際、俺らってワリと長湯(ながゆ)した方だしな」


「俺らが早く上がったんじゃなくて、女子が長過ぎるだけだよな」


「良く飽きないよな」


「奈月は来たことあるわけだから、みんなより少し早く飽きてもおかしくないんだけどなあ……」

 直人はそう言いながら、アクビをした。


 そのとき、恋人が直人を見付けていた。微笑み、早歩きで近付いていく。


 直人は接近者に気付かず、指で目をこすりながら話の続きをする。

「奈月は奈月で、中で遠慮しまくってそうだからなあ。いるらしいんだよ、温泉行って肩こりが悪化する人。大丈夫かな奈月」


「大丈夫だよ」

 声を掛けつつ、直人に手を振る奈月。

「直くんに言われてからは、ちゃんと自己主張してるから」


「あ、奈月。なんか、すごく待ち遠しかったよ」

 直人は、奈月を見るなり立ち上がった。

「子供の頃は言えなかったけど、奈月の館内着って好きだから、早く見たくてさあ」


「な、なにそれ……。ありがとう」

 奈月はやや驚いたが、それ以上に嬉しかった。


「実はさあ、これ着て並ぶのって楽しかったんだよね。奈月と同じ柄の服になって、仲良しーって感じで」

 直人は空きビンを持ちながら服の袖を伸ばして、奈月の腕と見比べた。


 奈月も嬉しそうに手を伸ばしたが、直人の手の中の空きビンを見るなり

「あ、コーヒー牛乳がもうカラッポになってる!」

 と、目を鋭くして睨んだ。

「早くお風呂上がったんでしょ! ちゃんと出る前にしっかり温まったの?」


「温まったし、今出たばかりだよ」

 そう言いながら、直人はうろたえている。


「じゃあ指を見せてみ」


「えー、なんか嫌な予感がする」


「えーじゃない。早く」


 せかされた直人は、おそるおそる手のひらを奈月に差し出した。


 奈月は直人の指を揉みながら

「ほーら、手がしわしわじゃなくなってきてる。ウソつき」

 と、機嫌良さそうに指摘した。


「げーバレた。ごめんなさい。……あ、奈月の指先すごいしわしわ。なんか懐かしい」

 直人は、奈月の指先のふやけている部分を、愛おしそうに撫でた。


「あ、やめてよ。くすぐったい」


「なんで? しわしわ触り合うの気持ち良いじゃん」


「昔からそう言うけど、絶対くすぐったいって」


「あ、たしかこの指で唇や耳を触ると気持ち良いんじゃなかったっけ?」


「バカ、変態! そんなことばっかり考え――」

 奈月は直人に文句を言いながら手を振り払おうとして、ギョッとした。


 直人と奈月の会話を聞いていた飯田が、肩を震わせヒイヒイと笑っているのだ。


「飯田、どうした急に?」

 心配そうに飯田を見る直人。


「ほら! 直くんの趣味がマニアック過ぎるから、笑われちゃったじゃん。もー」

 奈月が、改めて文句を言った。


「いや、違うんだよ」

 飯田は言った。

「バレたのがおかしくなっちゃってさあ。『絶対にバレるなよ。ついさっき風呂から出たんだよって言えよ』って俺に言っておいて、一瞬でバレたもんで」


「奈月ってズルいからなあ。俺のウソを見抜く上手い方法を閃いたら、絶対に忘れないんだよ」

 と、直人。ちなみに、まだ奈月の指先をいじくっている。


「つまり、それだけ何度もウソをついてるってことでしょ。反省しなさい。しばらく握手なし」

 奈月が、今度こそ手を振りほどいた。


「えー、なんでだよ。奈月が来るの遅過ぎるんだよー」


「そんなこと言うんだ。ゆっくり館内着に着替えてたときに直くんのさびしそうなチャット見て、急いで来てあげたのに」


「急いで来てくれたの?」


「そうだよ。みんなにからかわれるの覚悟で、大急ぎで来たんだから」


「からかわれちゃった?」


「からかわれたよ! 中で十五分話してから出るねって言われちゃった。

 絶対にすぐに来てよって言っておいたけど……来そうにないね」


「じゃあさ、みんなに悪いからさ、早く合流しよう。

 今のうちに手早く写真を撮ろうよ。飯田に撮ってもらおう。

 それで、もう話は済んだからって呼びに行こうよ」


「おっ、良いね。ぜひ撮らせてよ」

 飯田が大喜びで賛成した。

「俺がビビって早めに風呂から出ちゃって、森田に悪いことしちゃったからさ。少しくらい償わないと」


「飯田くん、ありがとう」

 と、奈月。


「俺も奈月にありがとうって言われたい……」

 直人が、ヤキモチを焼いている。


 小さくため息をつき、微笑む奈月。

「いつも、ありがとうって思ってるよ?」


「本当? なら、写真を撮るとき手を繋いでても良い? なんか緊張する」


「色々と言えるようになってきたじゃん。付き合う前は、あんなに手を繋ぐの恥ずかしがってたのに」

 奈月は嬉しそうな顔をして、直人の手を握った。

「直くんは素直が一番。ね」




 直人と奈月が寄り添い、笑顔を飯田に向ける。

 飯田はその二人の写真を撮りながら、センチメンタルな気分になった。自分もこんな風に、広瀬さんと恋人になりたい。そう思ったのだ。

 撮影した写真を直人と奈月が嬉しそうに眺めている間、飯田は桜子にどう告白しようかずっと悩んでいた。




「飯田くん、女風呂に入っちゃうよ!?」

 奈月の声。


 飯田が我に返ると、目の前に女湯ののれんがあった。

 考え事をしながら奈月の後ろを歩いていて、ギリギリまでついていってしまったのである。


「うわ、すみません!」

 慌てて、謝りながら後退する飯田。


「もうダメだなこいつ」

 直人が笑いながら、飯田にデコピンをした。

「奈月、早くみんなを連れてきてよ。飯田はもう、あの人のことで頭がいっぱいみたいで、さっきからずっと落ち着かないんだ」


「分かった! 飯田くん頑張ってね!」

 そう言って、奈月はのれんをくぐっていった。


 飯田は、顔を真っ赤にして

「やべえ。脳内で広瀬さん勝手に抱きしめちゃってて、夢中になってた。今の状態で会ったら、変なこと考えてたって見抜かれて嫌われそう。絶対に気持ち悪いよな今の俺」

 と、真剣にたずねた。


「何言ってんだよ」

 直人は一笑した。

「いつも通りだよ。広瀬さんの大好きな、優しくて格好良い飯田くんにしか見えねえよ」


「……サンキュ」


「……やっぱ、なんか気持ち悪いな今日の飯田」


「おい! テンション下がること言うなよ」




 奈月たちが出てきたとき、直人と飯田はゲラゲラと笑い合っていた。

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