思っちゃうのは仕方ない
「どれくらい入ればスベスベになるかな?」
直人は、牛乳風呂に入ると同時に、飯田に聞いた。
「俺が知るわけないだろ」
と、飯田。
「そのプレートに説明とか書いてあるんじゃないのか?」
「……んー、オススメ入浴時間とかは書いてないな。
奈月が手を繋いでくれるかもしれないから、手がスベスベになるまで入ってて良いか?」
「おう。俺も、一応スベスベになっておきたいしな。
でも、大丈夫なのかお前。熱いの苦手だろ」
「牛乳風呂は他よりちょっと温いみたいだから、なんとか頑張る」
「おいおい、無理はするなよ?
のぼせたら心配されるぞ」
「大丈夫。無理はしない。今日は、バスで酔って既に心配させちゃってるし、気を付ける」
「そうしてくれ。俺、一応森田を見ておいて欲しいって言われてるから」
「そんなこと言われてたの?」
「酔い止めの副作用がまだ効いてるから、念のためにと」
「奈月は心配性だなあ」
「それだけ森田のことが大切なんだよ」
「なら、あんまり心配かけないようにしないとか。バカなことばかりしてると嫌われちゃいそうだ」
「俺もバカやらないようにって思ってるんだけど、調子に乗るとバカやっちゃうんだよな。
俺さあ、広瀬さんと話せるだけで嬉しいのに、ちょっと優しくされるとダメなんだよ。すぐにどうしようもなく興奮しちゃって。まともに会話が出来なくなって。
冷静に冷静にって思ってるけど、絶対に興奮してるのバレちゃってるよなあ」
「それくらい良くない?
広瀬さんは理解してくれてそうじゃん」
「理解出来るもんなのかな?」
「少なくとも、もっと飯田と仲良くなりたいって思ってるのは確実」
「……ダメだ。やめよう。
なんか、これ以上こういうこと話してたら、しばらく広瀬さんの顔を直視出来なくなりそう」
「じゃあ話題を変えるか」
直人はそう言うと、一度目を閉じて奈月の顔を思い浮かべた。
「――女子は、今どんな話してると思う?」
「全く分からん」
飯田は、ろくに考えずにそう答えた。
「基本的にさあ、女子って色んな風呂に入ろうとするんだよね。中でやたら歩く。サウナも好きでさ、何が楽しいんだってくらい何度もサウナに入って。とにかく相当ウロウロするんだよね。
だからその分、腹も減るんだよ。だから、食べ物の話をしてる可能性が高いと思うんだよね」
「なんか、説得力あるな」
「当時、奈月がそうだったんだよ。『私がラーメンにしたら私のナルト食べる?』とか『直くんがカレーにするなら福神漬けのところ食べてあげるよ?』とか。
今も、みんなで何食べるか考えてるかも」
「でも、みんなバスでちょこちょこお菓子交換して食ってたっぽいぞ?」
「そんなんじゃ足りないと思う。風呂出たら、半分くらいの人はもうお腹空いてるんじゃないかな。運動量が俺らと違う」
「マジか」
「飯田は一時間後、腹どんな感じになりそう?」
「一時間後なら、もう俺は食べられるな。お前は?」
「俺も、多分食える。満腹にすると帰りが不安だから、チーズポテトだけしか食わない予定だけど」
「そのチーズポテトってやつ、そんなに美味いの?」
「多分ポテトのオーブン焼きみたいな感じだと思う。俺って猫舌だから、ポテトグラタンのグラタン部分が少ない料理って、最高なわけ。大好きだったなあ。
でも、おそらく今の胃の大きさで食べたら、量が少ないと思う。他人にはオススメしない」
「あー、量は少なそうだよな。そうなると、俺は何を食うかなあ」
「カツカレーとか、ご飯大盛り無料系が良いんじゃないの?」
「カツカレー美味そうだよな。他に大盛り無料に出来るのって、定食だけだっけ?」
「たしか、そう」
「定食は、ちょっと高過ぎるんだよなあ」
「まあ、牛丼屋ですら定食の値段はわりときついしな。こういう場所の定食となると、どうしてもな」
「だから結局、いつも丼かカレーを食うんだよな」
「女子が、なんかタイの刺身とか食べ残してくれないかな」
「そこは残さないべ。メイン部分じゃん」
「昔は、奈月がお刺身定食を頼んでタイの刺身を半分くれたよ。食べられるお魚くらい食べろって言って」
「それはさあ、好きだからくれたのであって、残したわけじゃないだろ」
飯田が冷静に指摘した。
「ああ、そっか。
――奈月って優しいな」
「自慢かよ」
飯田が笑った。
「いやいや、確認というか。毎日感謝して、謙虚にならないと。
隣にいてくれるだけで幸せっていう気持ち、二度と忘れないようにしなきゃ」
「そういう気持ち、大事だな」
「……昔みたいに、奈月といっしょに風呂入りたいなあ」
「おい!? 急に謙虚さが消えたぞ!?」
「いや、思っちゃうのは仕方ないじゃん。
好きな人が今お風呂入ってるって考えたら、そりゃ頭もおかしくなるって」
「分かるけど、今のはあまりに直球過ぎるだろ。大声出そうになったぞ」
飯田はそう言うと、周囲を気にしながら遠慮がちに笑った。
直人も微笑み、奈月と牛乳風呂で遊んだ思い出を飯田に語り出した。