奈月が勝手に
「それにしても、飯田たちと来て良かったよ。一人だったらとっくに風呂から出てた。
今後のデートは、二人きりで行って大丈夫か考えてから行く必要があるな」
直人は、相変わらず寝風呂に寝そべりながら、隣の飯田に喋りかけた。
「そういえば、そろそろ風呂から出ても良いんじゃね? あんまり入ってると、逆に女子を待たせるかもしれないし。俺たちが一番風呂長かったら、なんか気まずいぞ」
飯田が心配そうに聞いた。
直人は「分かってないなあ」と笑った。
「まだまだ大丈夫。基本的に、女子の方が風呂での長話は得意だと思った方が良いよ。
一人で入る場合の平均時間は男女差少ないけど、人数が増えると一気に女子の方が長くなるってデータがあった。
これはファミレスとかでもそうみたい。女子だけ複数だと滞在時間が倍になる」
「へえ、そこまで違うんだ。良くそんなこと知ってるな」
「小説書くときに気になって調べた」
「そういうの調べなきゃいけないのか。書くの大変そうだな」
「いやそれがさ、小説のおかげで結構助かってるんだよ。知らなかったら奈月に嫌われてたかもってこと、たくさんあって。
例えば、彼女へのプレゼントとか調べると、歌は絶対ダメってあってさ。
だから俺、バスの中で橘さんに頼まれてた歌を作ったんだけど、奈月には聴かせないでって言って」
「歌、本当に作ったの!?」
「暇だから作った。
スマホ見ると酔うから、歌を作るくらいしか時間を忘れて集中出来るようなことがなくてさ」
「簡単そうに言うけど、すごくねえか?」
「橘さんにも似たようなこと言われた。奈月にも聴かせたいって言い出しちゃってさ、橘さん。
多分、歌を彼女に贈ってはいけないって知らなかったら、奈月に聴いてもらうことオーケーしてた」
「じゃあ、秘密にするのか?」
「奈月がその曲を気に入ったらバラしても良いって言ったけど、彼氏の作った歌を気に入る確率は一割だから気に入るわけない」
「そんな低いんだ?」
「逆に聞くけどさ。
飯田ってかなり音楽好きだよな。けど、今週のランキング一位から十位まで全員好きってことは、さすがにあまりないだろ?」
「ああ、一回もないな。というかむしろ、好きな曲は三つくらいしかないかも」
「だろ? 日本で一番音楽の才能がある人たちが何ヵ月もかけて曲を作って、それでも音楽好きが三割気に入る程度。
素人が一瞬で作った歌なんて気に入るわけないよ。橘さんがおかしいっていうか、少数派」
「なるほどなあ。
でも、喜ぶのは少数派って分かってて橘さんに曲を作るって、わりと勇気あるな。かなりプレッシャーだったんじゃねーの?」
「その点は、あんまり気にならなかったな。
橘さんが曲を作れって言ってきたんだから、クオリティについては知らないよ。
俺はただ、頼まれていたことをふと思い出して、曲を作ればバスの中にいることを忘れられそうだと思っただけだし」
「そんなもんかね」
「まあ、歌をやけに気に入ってくれたことは嬉しかったけどね。
……奈月に言うなよ、これ」
「わざわざ言わねえよ。別に、また好きになったとかじゃないんだろ?」
「もちろん。今は奈月が大好き。
未だに、橘さんはすごい人だなとは思うけどね」
「俺もそれは思う。
ああ、そういえば……」
飯田はそう言い、上半身を起こした。
「この前、広瀬さんに、俺が橘さんを好きになった理由を聞かれて」
「おお。それ、俺も知りたいな」
直人も起き上がり、風呂の中であぐらをかいた。
「お前には言ったことあるだろうが!
俺が間違えて学校にタバコとライターを持って行ったときに助けてくれて――」
「ああ、あれか。それ聞いたとき、笑ったなあ」
「俺、正直にそのこと話したんだけどさ。失敗だったかな?」
「正直に話した方が良いだろ。そういうのって後でバレるぞ。
奈月なんて、俺がテストで悪い点を取ったり通学路に落ちてるエロ本持って帰ったりすると、すぐ気付いてたからな。『何か隠してるでしょ』って」
「すげえな」
「誤魔化したりしたら怪しまれる。だから、正直に言った方が良い」
「俺もそう思って、こういうワケで橘さんを好きになったんだよって話したんだけどさ。
広瀬さんを好きになった理由も言えた方が良かったかなって思って」
「それはそうかもな。その方が安心するだろ」
「だよなあ。ただ、説明出来なくてさ。広瀬さんの優しさと明るさを好きになりましたって感じなんだけど、ダメかな?」
「良いんじゃないの? 俺も、奈月が優しくしてくれるから好きになったわけだし」
「橘さんについてはどうなの? だんだんと好きになったの?」
「うーん……橘さんは、奈月と考え方が似てる所があるんだよ」
直人は言った。
「奈月が公園で俺の手を洗って拭いてくれてたのと、橘さんが俺がこぼした給食を拭いてくれたのとか。周りに友達がいても、勝手に噂してればって感じで世話してくれて。
途中から俺のこと好きだった奈月はともかく、橘さんはそうじゃなくて。しかも、中学だからね。普通、そんなに気軽に俺の世話出来ないよ。
体操服とか給食着とかもそう。俺の服は畳むのに飯田の服は畳まないって話になるわけで。下手すりゃ、なんであいつだけ畳んでもらえるんだって話になる」
「そういえばそうだな。なんか、自然過ぎて誰も気にしてなかったけど」
「きっと、俺が教えられないと何も出来ないタイプって分かってくれてたんだよ。だから色々教えてくれたんだと思う。
それがなんか、奈月と同じ感じなんだよな。これからは畳まなくちゃってなるわけ。親が畳めって言っても畳めないのに、橘さんに言われたら畳める。
奈月に泳げるようにしてもらったときと同じなんだよ。親に言われても、泳げるようになんてなりたくないって思ってたわけで。でも、奈月に手伝ってもらうと申し訳なくなって。
苦手なことでも、少しは頑張らないとって気持ちにさせてくれる人なんだよね。なんか、上手く説明出来ないけど」
「いや、分かるよ。接し方が特殊な人ってことだろ?」
「そうそう。
俺はさ、女子に世話してもらえた方で。墨汁こぼしても、みんなで助けてくれた。でもさ、他の人に世話してもらってもダメなんだよね。悪い意味でどんどん甘えちゃって、成長ゼロ。
だけど奈月と橘さんだけは、あんまり迷惑かけたくないなって気持ちになるんだよ」
「俺も同じ。広瀬さんと話してると、たまにすげえ情けなくなる。とにかく意見が鋭くてさ。
広瀬さんと話してたら、色々と考え変わった。もっと成長したいって思うようになった」
「好きになるとそうなるよな。嫌われたくなくなるから、努力したくなる」
「だなあ。さっきの、森田が小学校で告白を目撃した話を聞いて、本当にそう思った。告白しても振られる人もいるんだよな……」
「おい! 俺は昔、お前のせいで橘さんに告白して振られたんだからな!」
「やべえ、そうだった!」
「振られる人もいるんだよな……じゃねーよ。まったく」
「わりいわりい。いやさあ、俺は広瀬さんに気に入ってもらえて良かったなってつくづく思って」
「自慢かよ」
「これくらい良いだろ。今は森田、幸せなんだから」
「遠回りしちまったけどな」
ニヤリと笑い合う二人。
直後、真剣な顔になる直人。
「飯田は今日さ」
「ん?」
「後で、上手く二人きりになれたら、広瀬さんに告白するんだろ? 頑張れよ」
「おう、サンキュー。まあ、二人きりになるの難しそうだけどな」
「奈月が勝手に手伝うだろうから、なんとかなるだろ」
「お前は手伝ってくれねえの?」
「俺は、慣れないことはしたくない。変なミスして奈月に嫌われたら困る」
「そりゃそうか。じゃ、頑張るわ」
「悪いな。
せめて、早めに風呂から上がって相談に集中しようか?」
「それ助かる。なんて言って告白すりゃ良いのかとか心配でさ」
「じゃ、出るか。――あ、最後に牛乳風呂だけは入らせてくれ」
「なんで牛乳風呂?」
「牛乳風呂でスベスベにしておかないと、後で奈月と仮眠室で寝るときに嫌われるかもしれない。こいつ、ろくに風呂に入らなかったなって」
「そういうのってバレるのか!?」
「肌を擦り合わせたときの感じが普段と全然違うんだよ。俺が覚えてるってことは、奈月もあの感覚を覚えてるはず」
「なんだ、触ったときか。俺には関係ねーや」
「飯田も、広瀬さんに添い寝を頼めば良いじゃん」
「出来るわけないだろ!」