私でも分かるのに
「――なんか、やっぱりお風呂って仲良くなれますね」
里子がしんみりとそう言って、笑顔を見せた。
「中学の卒業文集に、みんなでお風呂に入ったことを書いてた人が結構いたんですけど、仲良いクラスだと今日みたいな感じだったのかもしれませんね」
「私も、二人と今日こんなに話せたのは予想外。私の悩みをたくさん聞いてもらえて、本当に嬉しい」
と、奈月も笑顔で返した。
「私、お風呂ではずっと桜子辺りに恋の相談されてるかもなって思ってた。初美と理子も悩んでたから、今日は誰かの聞き役になれたらそれで良いって気持ちで来ていて。
なんだかんだいって、私はもう付き合えてるからさあ。みんなの悩みの方が切羽詰まってて、私はあまり相談してる場合じゃなくなっちゃってるんだよね。聞くのも楽しいんだけどね」
「それ、三人とも恋の悩みなんですか?」
奈月に里子がたずねる。
「そう。だから、良かったら話を聞いてあげて。広瀬桜子・笹原初美・高橋理子の三人。見付けたら言うから」
答えてから奈月は、ふと桜子たちがどうしているのか気になった。
「……もしかして、この位置に露天風呂があることって、あまり気付かれてないのかな? そろそろ会いそうなもんなのに、やけにみんなと会わないし」
「そうかもしれませんね。少し位置的に離れてますもんね。他のお風呂に行ってみます?」
「うーん……どうしようか。中はわりと混んでたよね。
知らない人がいないお風呂の方が、思いっきりお喋り出来るんだけど……。
今のうちに、みんながこっちに来てくれないかなあ?」
「ここから移動するのは、少しもったいない気がしますよね」
夢子が言った。
「そもそも、他の人たちも私たちみたいにどこかのお風呂で話し込んでるのかもしれないし……」
「あー、あるかも。桜子とか友達作るの得意だもんなあ。仲良くなってそう」
奈月は、桜子が飯田や遥たちとすぐに仲良くなれたのを思い出した。
「――それじゃ、知らない人が来て話がしにくくなったら、理子たちを探しにいこっか?
理子も初美も桜子も、もう相手の人と付き合ってあげたいって思ってて、背中押すだけで大丈夫」
「ようするに、もう三人とも両想いな感じですか?
なんで付き合わないんですかね?」
と、夢子。
「他の二人は正式な告白待ちな感じなんだけど、理子だけちょっと深刻で。
理子の状況は、もう好きな気持ちは相手から聞いてて、デートもしてみて。お互いにすごく好きだと私は思うんだけど、理子としては、付き合っても無理させちゃうんじゃないかって心配みたい。
直くんは『男から告白してきたんだから、気にすることないのに。好きかもしれないならとりあえず付き合ってあげて、嫌いになったら別れれば良いだけじゃないの?』って意見なんだけど」
「私もその意見ですね。付き合わないと分からないですよ」
里子も頷き
「そうですよね。気になるなら、付き合ってみた方が良いと思います」
と、同意した。
「そっかあ。……私は少し分かるんだよね、両想いでも付き合うの怖がる気持ち。
直くんが私のことまた大好きになってるって分かったとき、すごく嬉しかったんだけど、盗み聞きしちゃったことを言えなくて。
もし、クリスマス前に気まずくなったら嫌だなって思って」
夢子が、不思議そうな顔で奈月を見た。
「よく知らずに付き合い始めたカップルならともかく、奈月先輩と森田先輩が付き合って、すぐに気まずくなる可能性ってほぼなくないですか?」
「これ以上ないってくらい幸せだったから、関係を変えるのが怖くて。
まず、直くんが私のことを好きって確定したから、勝手に手を繋いだりしても嫌われないことが分かったでしょ。足のマッサージっていう、毎日二人きりで会う口実もあって。そうなると、直くんの部屋で好き勝手出来て、喋り放題・遊び放題・からかい放題なわけで。しかもクリスマスも予約してあって。
私が告白しなければ、とりあえず直くんに大切にしてもらいながらクリスマスまでは過ごせる。なら、このまま過ごしたいなって。
……私が調子に乗ったせいで直くんとの関係がギクシャクするの、実際に一度体験してたし」
二人の話を聞いていた里子が、天を仰いだ。
「んー、まあ気持ちは分かりますけど。そんなに怖いんですね……。
なんか話を聞く感じだと、みんなわりと本気の恋っていうか、重たいですね。
クラスでみんなの盗み聞きしてると、塾のみんなで先生に遊園地おごらせたとか、部活同士の合コンで仲良くなったとか、もっと気楽に恋愛してる感じなんですけど」
「一年のときの直くんのクラスはそんな感じだったみたい」
と、奈月が言う。
「大っぴらに言えるのは、明るい性格の人の明るい恋だからね。
言えない人も多いと思うよ。好きな人に絶対に迷惑かけたくないって思って、好きな人がいるって言わない人もいるはず。
直くんも、幼馴染みってみんなにバレたら迷惑になると思って、私のことを『押田さん』って呼ぶようになっちゃったし」
「好きな人ならともかく、幼馴染みでそこまで警戒する必要あります?」
「警戒っていうか、邪魔になったら嫌だなって感じかな? 直くんの小説に、直くんの気持ちっぽいことが書いてあった。
幼馴染みと知られたら、いくら『ただの友達』と言っても茶化す奴が出るかもしれない。そしたら、あいつが恋をしたときに邪魔になる可能性がある――みたいな感じなんだけど」
「えー!? それ、勝手に決めるなよって感じなんですけど!」
夢子は、納得がいかずに声を荒らげた。
「私も、その部分を読んだ瞬間はそんな感じだった。
これって私は大丈夫だけど、他の読者は主人公への好感度下がるんじゃないかなあって」
「そうですよね。勝手に行動すると、気持ちがすれ違いになるじゃないですか」
夢子は、不愉快そうな口ぶりで奈月の意見に同意した。
「でもね、その後に主人公が幼馴染みのなっちゃんへの恋心を自覚するシーンがあってね。
大雨の日に、なっちゃんが傘を盗まれて主人公と相合傘で帰る話でね。なっちゃんの家の玄関で、靴下とか上着とか二人で脱いで。なっちゃんにタオルで頭を拭かれてるときに、主人公がすごく嬉しくなって泣いちゃうの。
涙を隠すために『後は自分でやるよ』って乱暴にタオルを奪って顔に当てるんだけど、なっちゃんは『ごめんね、もう高校生なのに馴れ馴れしかったね』ってションボリして。違うんだよって言いたいんだけど、涙声になりそうで声が出せなくて。
そのとき、本当は今すぐに抱きしめたいのにって主人公がふと思って、幼馴染みのことが好きなんだって自覚するの」
「気付くシーンあるの良いですね、そういうの大好きです」
今度は機嫌が良くなる夢子。
「あ、私も好き。
――でね、その後の二人はちょっとギクシャクしたんだけど、見送りみたいな感じで二人でいっしょに玄関から出てね。ついでに外の様子見たら、雨があがって虹が出てて二人でビックリ。
子供の頃みたいに虹を背景に写真が撮れないかって話になって、二人で頑張るんだけど、なかなか撮れなくて。
やっと撮れた写真を見ながら笑い合うんだけど、ふと気付いたら二人の顔がすごく近くて。二人ともドキドキして、照れちゃうの。
なっちゃんが『ごめんね。今謝ったばかりなのに、また馴れ馴れしくしちゃった』って謝るんだけど、主人公が『謝らなくて良いよ。いつも仲良くしてくれてありがとう。――なっちゃん』って、昔の呼び方で返事して。
そこで感想とか評価がもらえてて、読者の反応良かったみたい」
「へえー、良いじゃないですか。実際、主人公への印象かなり変わりますよね。そこ聞いただけで、もう主人公を応援したくなりましたよ。
小説早く読みたいです。かなり楽しみになってきました」
「じゃあ、試しに読んでみてあげて。一話目のアクセスが増えるだけでも嬉しいんだって」
「読んでみて、もし面白かったら他の人に教えても良いんですか?」
「うん、直くんが書いてることさえバラさなければ大丈夫。
アクセス数倍になってるらしくて、相当宣伝してくれてるって喜んでた」
「そういうのって、奈月先輩も嬉しくなるんですか?」
「なる。一回も直くんに言ってないけど、毎日アクセスとか見てる。感想やお気に入りしてくれた人がいた日は、良かったねって心の中で言ってる」
「それ、言葉に出して応援した方が励みになるんじゃないですか?」
「プレッシャーかからないかなあ?」
「森田先輩がプレッシャーかかるタイプか、ある程度予想つかないんですか?」
「分からない。私の前で直くんが努力してるの、最近まで見たことなかったし」
「見たことないんですか!?」
「私が応援しながら自転車の練習するとか、そういうことなら何度かあったけど、本人はかなり嫌々で。直くんが自主的に何か頑張ろうみたいなのって、私は見たことなくて。
だから、ちょっと体育の授業で直くんが頑張ったら私、着替えの時間に泣いちゃって。
直くんの努力を目撃することに、全く慣れてないの私」
「あー……そういや私も、お父さんが努力してる場面とか特に見たことなくて、友達のお父さんが筋トレしてるの見てビックリしました。
努力してるところって、あんまり見ないのかもしれないですね」
「そうでしょ? 結構見ないんだよね。
直くんはスポーツとかやりたがらなかったから、努力するところ見てなくて。だから、応援して良いのか分からないの。
小説の話たくさんして良いのか、見守ってた方が良いのか、どっちなんだろっていう」
「意外と基本的なことが分からなかったりするんですね」
「そうなんだよねー。だから私たち、まだまだお互いに不安で。
早く、もっと仲良くならないと」
「お互いにって、森田先輩も不安なんですか?」
「えっとね。私の好みとかまだ全然知らないから、嫌われないか怖いんだって」
「えー!? そんなの私でも分かるのに」
里子が言った。
「奈月先輩が好きなのは、森田先輩に決まってますよね! で、頑張ってるときの森田先輩は特に大好きで、ドキドキしまくり!
こんなの、恋をしたことなくても分かりますよ」
「あうう……」
当てられてしまった奈月は、恥ずかしさに自分の顔を手でおおった。