不安にさせられる
「それにしても、夢子に相談してるときと比べて充実感がすごいですよ」
里子は、尊敬の眼差しで奈月を見た。
「夢子に相談すると、何言ってんだこいつって顔で見られるんですよ。冷たいですよね」
夢子は笑い、
「里子が分からないことばかり聞くんだから、仕方ないじゃん。私は彼氏とかいたことないもん」
とぼやいた。
「それね!
二人とも恋愛知らないから、私たちで話しててもダメで。夢子と恋の話をしてると当てずっぽうで予想するだけだから、不安になるんですよね。
やっぱり、恋愛経験ある人に聞くと恋愛研究が捗るっていうか。勇気が出ました。
なんか、いつかは彼氏が出来るかもって気がして」
奈月は照れた様子で
「私もあんまりまともな恋愛してきてないから、参考にならないかもしれないけど……」
と微笑んだ。
「いや、怖い人に押し倒されたらものすごく怖いってのは、絶対に合ってますよ。たしかに、考えただけで怖いですし」
里子は力強く肯定した。
「ちょっとでも怖いと思ったことがある人は、全員彼氏候補から外します私。この人へのドキドキは違うぞ、怖いからだぞと」
「また里子は、極端な……」
夢子が苦笑いをした。
「この見分け方、私に向いてると思うんだよね。怖くない人じゃないと、そもそもまともに喋れないし。
変に男の人を怒らせて、殺されたりしたら嫌だもん」
里子は、拳を握って夢子の肩をペチペチと攻撃し、夢子にじゃれた。
「……あんたそもそも、森田先輩より気楽に話せる男友達って何人いるの?」
夢子はふと気になり、里子に質問した。
「男友達ゼロ」
「ゼロ!? 男友達自体いないの?」
「男友達って、ようするに遊んだりする人でしょ? いないよ多分」
「中学もゼロ?
私、中学で男子が学校にけん玉とかヨーヨー持ってきたら、やらせてもらったりしたんだけど」
「そんなの無理だよ私」
「ええ? そんな恥ずかしい」
「だって、夢子みたいに男子に偉そうに出来ないもん」
「私、偉そう!?」
「偉そうっていうか、夢子は堂々としてるもん。相手に気を遣わせないで済むでしょ?
夢子はさー、森田先輩に着替え見られても『お詫びにおごって下さいよー』みたいに先輩と笑い話に出来るじゃん。
私、そういうとき何も言えないタイプだと思うんだよね」
「私もそうだし! 森田先輩が謝ってくれるから気まずくならなかっただけで、普通なら無理!
中学のときにクラスの奴に着替え見られたときは、その後謝りに来なかったから何も言えなかったよ。
森田先輩が文句言いやすいのよ。後で、あんなにふざけて大丈夫だったかなって思った日が何度かあるもん」
「それ、私もある!」
奈月は強く同意した。
「私も去年、直くんに優しくされた最初の日の夜にはもう調子に乗っちゃってて、文句や愚痴を言いに直くんの部屋まで行って。散々からかって、たくさん迷惑かけて帰って。
一人になってから、やり過ぎたかなって心配になって」
「やっぱり! 森田先輩が相手だとそうなりますよね?」
「なるなる。仕方ない。なんか平気そうにするんだもん」
「森田先輩、私が太ももに猫を乗せたときもそうですけど、嫌がり方と怒り方が弱いんですよね。
そんなに猫が苦手だったら先にもっと強く主張すれば良いのに、されるがままで。
私が同じ立場だったら、かなり怒って焼肉おごらせてますよ」
「そうそう、昔っから主張が弱いの。
遊園地とか行っても、どこ行きたいとかなくて。この健康ランドに来てるときもそう。『なっちゃんが行きたいとこ行く』とか『なっちゃんは?』とか、私を優先して。
私に怒るってことも、ほとんどなくて」
「あー、そんな感じっぽいですよね。怒らないですよあの人は」
「だけど、直くんが久しぶりに声を掛けてきたと思ったら、私の体調管理のダメなとこを叱ってくれたんだよね。今のままじゃ絶対に良くないって、ハッキリと言ってくれて。
私がやることを直くんに強く反対されたことって、滅多になくて。もうビックリした。すごく心配してくれてるのが伝わってきて。
すぐに直くん大好き状態に戻っちゃった」
「それは惚れ直しますよ」
「でもズルいよね直くん。私を放置して、中学で違う人を好きになってたくせに、急に優しくしてきてさー……」
奈月は照れ隠しに、愚痴っぽく喋った。
「奈月先輩が元気でいてくれないと嫌だって、気付いたんじゃないですか?」
「そうだと良いんだけどね。その辺、詳しく聞けてないんだよね」
「後で聞いちゃいましょうよ」
夢子は、直人をからかってやろうと思った。
「みんなの前では聞かないであげてほしいな。
去年、直くんが町で遥さんを偶然見つけたら輝いて見えて、たまたま見れたことに感動して泣いて、やっぱりまだ好きだなって思ったらしいの。
だから遥さんや遥さんの友達がいると、説明しにくいと思う」
「え!? 去年の時点でそんなに遥先輩を好きだったんですか?」
「そう。それで、押田さんを見ていつもドキドキするのは好きだからじゃなくてかわいいからなんだなって、安心したんだって。だけど、私と話すようになったらすぐに大好きになっちゃったらしくて」
「それ、前から奈月先輩のこと好きだったってことですよね?」
夢子が聞いた。
「前からっていつから?」
「いつからか知らないですけど、ずっと気になってたってことじゃないですか?」
夢子は答えた。
「同じクラスになったとき、どう思ったんだろ」
「それ大事ですよね。遥先輩たちがいないときに、森田先輩にコッソリ聞きましょうよ」
「でも、変に振り返って意識させて『やっぱり遥さんも同じくらい好きなのかも』ってなったら怖いから……」
「さすがに、そうはならないんじゃ?」
「絶対にならない?」
「そりゃ、絶対とは言えないですけど。
……そんな心配しちゃうって、本当に大好きなんですね」
「うん。私は大好き」
「お互いに大好きですよ。
片方は、相手への気持ちを歌にしてるし。
片方は、それを知っても心配してる。
どう見ても大好き同士ですよ」
「そっか。直くん、バスの中で私のことばかり考えてたんだもんね」
「そうですよ! ……といっても、私はまだ歌詞ちょっと聞いただけだし、どんなのか忘れちゃいましたけど」
「あなたがいるだけでいつも笑ってられる、心の中にいつもあなたがいる――って歌。
思い出すだけで恥ずかしくなっちゃうくらいのやつ」
「遥先輩のことなんて全然考えてない歌じゃないですか。大丈夫ですよ、奈月先輩に夢中ですよ」
「けどさあ、もし歌詞が全くのウソだったらショックだよね」
奈月が言った。
「ウソでそんな一途な歌詞を作れちゃう人なら、前に好きだった人のことなんて、もっと上手く誤魔化せてるんじゃないですか?」
里子が、話を聞いていて思ったことをそのまま伝える。
「たしかに!」
奈月が笑った。
「まったく。不器用で正直に話す彼氏を持つと、すぐ不安にさせられるんだよね」
里子と夢子も笑い、直人の性格をほめたたえた。
奈月は、まるで自分がほめられたように顔を真っ赤にして照れた。