ひどいよね
「ここのお風呂って、リラックス出来ちゃいますね。二宮先輩や私たちも、ここで散々騒いじゃいましたよ」
夢子は、不思議そうに言った。
「中学の修学旅行のお風呂は、早く出たくて仕方なかったんですけど……今日はすごく楽しいです。騒ぎ過ぎて誰か来ないか心配なくらいで」
「そうそう! 特に檜風呂は、景色が外だし人がいないしで、大きな声が出ちゃうんだよね。
私と直くんも、お母さんたちに一番怒られたのがこの檜風呂」
湯船を見渡しながら、奈月がため息をついた。
「懐かしいなあ」
「当時からあったんですか?」
「もしかしたら改装とかしてるかもしれないけど、檜風呂はあったよ。檜風呂は少し温いから、直くんはプールと檜風呂が好きで。
当時も檜風呂は露天風呂だったから、冬は特に檜風呂に喜んでた。それでも直くんには熱いみたいで、すぐお風呂から上がるの。そこの椅子――当時はあんなお洒落なリゾートっぽい椅子じゃなかったけど、そこにあった椅子に座って。私としりとりとかして、しばらく経ったらまた入りに来て」
「わー、楽しそうですね」
「直くんがバカやった日からは、私が休憩管理するようになったけどね。
冬な上に雨も少し降ってた日があって、直くんに寒くないのか聞いたんだけど、寒くないって言われて。
気持ち良さそうにしてたし、まあ寒ければまた入りに来るよねと思ってたんだけど、一分後にクシャミしたのよ直くん。慌てて風呂に入れ直したんだけど、結局次の日にはもう喉も鼻もおかしくて、大風邪引いて。
こいつはちゃんと休憩管理しなきゃダメだって思って、その次からはいっしょに休憩するようになっちゃった。
椅子が混んでたら一つの椅子に二人で座って、ほくろ数えたりして遊んで。のんびり景色を眺めてる人とかいたから、今考えるとすごい迷惑っていう」
「大丈夫ですよ、微笑ましいですよ」
「そうかな?
――とにかく、檜風呂とプールが一番思い出が多いの。檜風呂が残ってて良かった」
「他のお風呂も大体覚えてるんですか?」
「私は牛乳風呂のスベスベ感が好きだったんだけど、直くんは熱い熱いって。でも、檜風呂以外だと牛乳風呂と泡風呂はわりと付き合って入ってくれたかな?」
「へえ。森田先輩、優しいじゃないですか」
「違う違う」
奈月は笑いながら、顔の前で手を横に振った。
「牛乳風呂は透明じゃないし、泡風呂も泡で手元が見えないから、どっちもイタズラがしやすいでしょ? 他のお客さんがいっしょに入っててもバレずにくすぐったり出来るから、それが好きってだけなの。足の裏とか背中とか触ってきて」
「あらら、そういう理由ですか……」
「でも、極端なんだよね私たち。恋人ごっこみたいの始めてからは、イタズラはしなくなって。すごく落ち着いてお風呂に入るようになった。
牛乳風呂でこっそり手を繋いで。たまにギュッギュッて握りしめてみると、握り返してくれて。見つめ合って笑って。子供の私にはそれだけでも秘密のデート気分で、幸せだった。
――今は、本当に小さい男の子しか女風呂にいないよね。どこも年齢制限厳しいのかな?」
「今ってお風呂の法律どうなってるんですかね?
中学のときにお風呂の機械壊れてお父さんと行った銭湯は、十歳だか九歳だかまでオーケーって書いてあった気がしますけど」
「十歳かあ。十歳のときは私もう、本気で恋してるつもりでいたかも」
「つもりじゃないですよ。聞いてると相当本気で恋してますよ。もうお互い夢中って感じじゃないですか」
「夢中だったなあ。直くんが私を抱きしめるの大好きになった頃なんて、もう直くんは私にメロメロだって思って有頂天で。私を抱きしめてるときの直くんの切なそうな目を見て、嬉し過ぎてゾクゾクッて感じたことある」
「大人顔負けですよそんな恋愛」
「暴走しちゃってたね。反省しなきゃ」
「でも、好きになっちゃったんなら仕方なくないですか?」
「いくらなんでもやり過ぎだったと思う。あのままエスカレートしてたら二人とも不幸になってたかもしれない。
私がもっと恥ずかしがってブレーキかけなきゃいけなかったのに、アクセル踏んでたもん。直くんは、私が何度も抱きしめさせなきゃあんな風にならなかったと思うんだよね。
我慢の限界がきた直くんに押し倒されて、やっと怖くなって止まれて」
「やっぱり、押し倒されると怖いですか?」
「怖いなんてもんじゃないよ。
ベッドに乱暴に投げ飛ばされて、もう直くんがまるで別人みたいで。優しい直くんに戻ってほしいのに、声が上手く出せずに体が震えて。
でも、直くんが私の態度とか見て我に返ってくれて。心配して優しく謝ってくれたとき、ものすごく安心して抱きついちゃった。
理解されにくいだろうけど、もっと好きになっちゃったんだよね。ちゃんと謝ってくれたのって初めてだったから、嬉しくて。
私からすると、悪いのは直くんじゃなかったから。直くんを変にさせたのはお菓子の口移しとか強要した私だって思ってて、直くんはギリギリで我慢してくれたっていう……んー、説明難しい」
「大丈夫です、分かります。ねっ?」
夢子が里子に聞く。
「はい。森田先輩は本来、襲いかかるような性格じゃないってことですよね。分かります」
里子も頷く。
「そっか。いやほんと、あいつは絶対にそういうことしないタイプで。キスも抱っこも、それから『好き』の言い合いも、全部私からけしかけた形だから。
直くんのせいにしたらいけないんだけど、安心し過ぎてエスカレートしちゃって」
「でも、嫌がってるって分かったらしっかり我慢してくれて、その後は大丈夫だったんですよね?」
「うん。次に会ったときは優しく遊んでくれた。
その後、あんまり遊ばなくなっちゃったけど、たまに会ったりするといつも優しかった」
「好きになるなら、やっぱりそういう安心出来る人が良いですかね?」
里子はフォローもかねて、聞いてみた。
「私は安心出来る人の方が良いと思う。
乱暴っぽい男子とか、あと女子に悪い意味で慣れてる男子は、襲ってきたらすごく怖いと思う。
隣で安心して寝られるような人じゃないと私はダメ」
「そういう人じゃないと、やっぱり怖いですか?」
「怖いと思う。当時の小さい直くんですらあんなに怖くなっちゃうんだから、普段からちょっと怖いみたいな人は絶対ヤダ。
添い寝を百回くらい我慢してくれそうな人が良いよ。怖さゼロの人」
「そんな人いますかね?」
「いないよね。だから、他の人を好きになれなくて。
直くんのせいで、直くん以外を好きになれなくなっちゃったのかも。そうだとしたら、直くんひどいよね」
奈月が幸せそうに愚痴ると、夢子と里子が笑顔で直人をけなした。