別にあんな奴
「四つ葉のクローバーを七つも貰っちゃったんなら、奈月先輩すごく幸せになっちゃいますね」
「里子、奈月先輩はもう森田先輩に幸せにして貰ったから」
「あ、そっか。奈月先輩、既に幸せですもんね?」
会話に慣れてきた後輩二人が、奈月をからかう。
奈月は照れながらも
「まあ、人生で今が一番幸せだけど……」
と素直に答えた。
「そうですよね。二人を見てると幸せそうですもん」
里子はそう言ってから、急に大きなため息をついた。
「……あーあ、うらやましいなあ。
そういう気持ちになる体験だけでも、してみたいですよ」
「里子ちゃんは、いっしょに過ごしたいって思った人とかは?」
「いませんよそんなの」
自嘲気味に里子が言う。
「だから、何かでちょっと男子にドキドキさせられたら、その度に不安になるんですよ」
「うーん……やっぱり、里子ちゃんはまだ恋してないのかな。
里子ちゃんって、格好良くて優しそうな人に突然『付き合って下さい』って頼まれても、その人を良く知らなかったら『考えさせて下さい』って答える人じゃない?」
奈月は、里子に聞いた。
「そうですね。ビックリしちゃうし、即答出来ないです。考えます」
「だよね。
けどさ。もし自分に大好きな人がいて、もしその人が告白してくれたら、当然オーケーするはずだよね?」
「そうですね、はい。両想いで告白されたら大喜びですよ」
「つまりオーケーをすぐに出せない場合って、この人と付き合っても良いのかなって心配だからで。
その『付き合って下さい』が『友達になって下さい』とか『ちょっと今話せますか』とかでも、やっぱりオーケーするときはすごく小さなハードルがあって、すごく小さなドキドキがあって。
お付き合いオーケーのハードルは大きなハードル、お友達オーケーのハードルは小さなハードルってイメージ。そういう小さなハードルをジャンプしてるときのドキドキを、里子ちゃんは感じてるんじゃないかな」
「なるほど……なんか、森田先輩の説明と少し似てますね」
「そうだね。『ちょっとしかドキドキしないのは恋じゃない』って部分は直くんの話と同じ意見。大好きな人とのハードルは、小さなハードルでもすごくドキドキして。
好きな人に『いっしょに帰ろうよ』が言えずに、そのまま告白も出来ずにろくに会話しないで卒業しちゃう人ってたくさんいると思う。
挨拶だけでもすごく大きな勇気が必要で、返事を返されただけで一日頑張りたくなる感じ?」
「そのドキドキの大きさが、ちょっとよく分からないんですよね。大きなドキドキってどんな感じですか?」
「私が直くんとまた友達になれたときはね、もう夢みたいで。隣を直くんが歩いてくれることが、こんなに嬉しかったんだなって。
幸せな気持ちで頭の中が埋まっちゃうの。ふわっふわになっちゃって。
勝手に直くんのバイト終わりに迎えに行って、なんで連絡もしないで外に出ちゃったんだろって途中で気付いて。連絡しないで会いに行ったら迷惑だよねとか、そういう当たり前の常識すら忘れちゃってるわけ。だけど、それに気付いても帰りたくなくて。
それまでは勝手に迎えに行く人とか信じられなかったのに、自分がやってて。これ重症だなって思った。
だから、里子ちゃんも誰かを本当に好きになったら、舞い上がってるって自分でも分かるくらいひどくなると思う」
「それ、森田先輩も言ってました。
好きだって認めるしかないくらい好きになっちゃうって」
「そうでしょ?
恋をしてると、里子ちゃんが男子に感じた『この人は、誰でも良いから彼女がほしいのかな?』みたいな、怪しむ気持ちは全然なくて。それ考えられるってことは、多分まだ冷静で。
体目当てかもとか誰でも良いのかもとか、そういう考えは浮かんでこなかった。どんなに優しくされても、他の子にもこんな風に世話してるんだろうな、なんて一度も思わなかった。
直くんが体目当てにこんな演技出来るわけないって感じ? 私のためならなんでもしてくれる人だって思ったの。
私のことを好きだって発覚してからはもう、ほんの少しの不安も消えて全面的に信じてた。
今思うと、他の人もみんなそうやって相手の言葉を信じて付き合うわけだし、実際それでも結婚詐欺とかあるわけで。もし直くんが悪い人だったらどうするんだよって話だけど」
「森田先輩が悪い人だったら、もうそれは仕方ないですよ。そんなに優しくされたら、私だって騙されますよ。
そこまで優しくしてくれる人を警戒してたら、恋なんて出来ないですもん」
「そうだよね。私はそういう部分ではすごく安心だった」
奈月はそう言って空を眺めると、ふと友人のことを思い出した。
「――そういえば、私のクラスメイトの男子がね、好きな人と勉強したいって勉強会に来るようになって。
図書室や図書館で、みんなもいて。デートっぽくない普通の勉強会。
好きな人と話したりは滅多に出来ないよって言われたんだけど、いっしょに勉強会出来るだけで幸せって言って、苦手な勉強をすごく頑張ってるの。
――これ、もし夢子ちゃんと里子ちゃんだったら、その男子を信用する?」
「私はとりあえず信用しますね」
夢子は即答した。
「私は……」
里子は言いよどんだ。
「真面目そうなら信用します。誰かいじめてる人とかなら、ちょっと無理ですね」
「里子、そういうのの嫌悪感すごいもんね」
夢子が言った。
「だって、誰かにすごくきつくあたる人って、友達になるの嫌だし。
みんなに優しい人じゃないと、話してて怖いもん」
「じゃあ里子ちゃん、頑張って優しい彼氏を見付けないとね」
と、奈月。
「そうなんですよ! どうしたら見付かりますか?」
里子がたずねる。
「えっとー……。
公園に行って、男子に意地悪してみるでしょ。反撃しないで泣くだけの子は優しいから、その子と仲良くなると良いわけ」
「それ、奈月先輩と森田先輩が子供の頃の話じゃないですか! 私の年だともうその流れは無理ですよ!
今の話です今の。高校生活で、誰が優しいか見分ける方法ですよ」
「高校までくると本音と建前あるから、分からないんじゃない? 直くんが一年のときのクラス、男子しかいないときは結構ひどいこと言ってたらしいよ。
見た目が格好良い人や女慣れしてる人には注意してねって、直くんが当時から言ってくれてた」
「そうなるとやっぱり、女子に変に積極的に声を掛けてくるような人ってちょっと怪しいですよね」
「そうとは限らないから難しいんだよね。
また私のクラスメイトの話になっちゃうんだけど……ある女子を好きでご飯誘ったりしたんだけど、ちょっと普段ふざけてる感じの誘い方をしちゃう男子がいてね。本気だと思ってもらえてなくて。
嫌われてるかなあ、もう声を掛けない方が良いのかなあって、悩んでて。
だけど誤解を解いて話をしてたら、相手の女の子の初恋の人が、実はそのアタックしてきてた男子と同一人物だったの。もう二人ともびっくりして」
「えー!? すごくないですかそれ。どうなったんですか?」
「とりあえず付き合えば良いのに、女の子側が悩んでるみたいで。付き合う前から怒らせてばかりだから、付き合ったらすぐケンカしちゃうんじゃないかって。
高橋理子さん、分かるかな? バスに乗る前に自己紹介で『男友達をからかって傷付けてしまって……』って言ってた人なんだけど」
「あ! その人の名前聞いたとき、同じ『さとこさん』だなって思ったんですよ私。
なんか、その先輩には上手くいってほしいです」
「じゃあ相談に乗ってあげてよ、喜ぶから。
もう情緒不安定で、すぐ泣いちゃうんだよね。誰かに愚痴を聞いてもらえるだけで嬉しいって時期だと思う」
「私で良ければ話聞きたいです。後で紹介して下さい」
「分かった。今日はもう、みんなでたくさん話をしようね」
「はい!」
「いや、奈月先輩は森田先輩に譲ってあげないと」
夢子が、里子の頭をコツンと叩くフリをした。
「バスがあんなに苦手なのに、奈月先輩のためにバス乗ったんだよ?」
「あ、そっかそっか。森田先輩、準備のときから張り切ってたもんね。奈月先輩と遊ぶために頑張ったんだ」
後輩二人が顔を見合わせ、笑い合った。
「別にあんな奴、放っておけば良いよ」
と、奈月はぶっきらぼうに言った。
――しかし、彼女の顔は真っ赤になっていて、夢子と里子にまたからかわれるハメになった。