バカなんだから
「食堂で小学生カップルがひざまくら、かあ。もしそんなの見たら、私たまらないですよ」
里子が、うっとりとしながら空を見上げた。
「やっぱり彼氏ほしいなー……」
夢子が、小さくため息をつきながら
「作れば良いじゃん。合コンでもすれば?」
と、雑に返した。
夢子からすると、里子の恋愛の愚痴は何度も何度も聞かされている。どうしても少し適当に聞いてしまうのである。
里子は、夢子の態度を気にする様子もなく、のんびりと自分の肩にチャプチャプと風呂の湯をかけながら
「けど森田先輩の話だと、そういう人は危ないらしいじゃん。やっぱり女慣れしてる人はダメだよ。私なんか遊ばれちゃうって」
と、笑った。
「私も里子が合コンに行ったら危ないと思うけどさあ、それしかないし。
女漁りする人を外したら、積極的に彼氏を作るのはほぼ不可能でしょ。
毎回あれこれ考えてみるけど、結局は無理だよねって結論になるじゃん」
「うー、そうなんだよね……。
誰か私のこと好きになってくれないかなあ。結局それが一番気楽なんだよね、失恋の心配もないし。
男の人が最初にアプローチしてくれないと、仲良くなるの不可能な気がする」
そうぼやくと、里子は奈月に視線を送った。
「奈月先輩も、森田先輩としばらく仲良く出来てなかったわけですもんね」
「そうだね。私もほぼアプローチ待ち状態だったよね」
奈月が、照れるように笑った。
「困ってるときに声を掛けてくれるって、理想ですよね。自然に甘えられるし」
「たくさん甘えちゃった。
直くん、ワガママだなんて一度も思ったことないって言ってくれて。今までで一番ワガママになっちゃうよって聞いたら、頼って良いんだよ、嬉しいよって」
「森田先輩めちゃくちゃ優しいですね」
「そうなの。朝の時点では昔の口下手直くんのままだったクセに、その後一日中、優しいことばかり言ってくれて。
会話をしてくれるだけで嬉しいから見返りなんて要らないとか、元気になってくれればそれで十分とか、欲しいものがあったらなんでも買ってくるとか」
「それもしかして、遠回しに告白されてたんじゃないですか?」
「されてないされてない。少なくとも、直くんは全然そんなつもりで言ってない。
好きってバレたら嫌われるかもって思ってたみたいで」
「それ、本気で心配してたみたいですね」
夢子が笑う。
「奈月先輩にクリスマス誘われた後ですら、告白なんてしたらクリスマス会キャンセルされるって言ってました。
みんな説得してたんですけど、ダメでした」
「でもその説得、すごくありがたかったんだよ。バイト先に迎えに行ったら直くんと先輩が私の話をしてて、おかげで直くんが私のことを好きって言ってるの聞けちゃって」
「おお! じゃあ私とバイトメンバーの頑張りも、ちょっとは意味あったんですね」
と、嬉しそうに言う夢子。
「ちょっとどころじゃないよ。早い段階で両想いって知れたから、それからクリスマスまで気楽に過ごせたもん。
直くんで遊び放題で、すごく仲良くなれちゃって。笑いをこらえるのが大変だったくらい」
「どんなことしたんですか?」
夢子が聞いた。
「まず、足のマッサージは毎回させて。スカートをこっそり短くしていって」
「それ完全に誘惑してますよね?」
今度の質問は里子。
「誘惑はしてない。治療行為」
「治療行為なら、スカートを短くする必要はないじゃないですか」
里子は、言いながらつい笑ってしまった。
「だって、スカートの裾のとこまでしか揉めないって言うんだもん。じゃあズラしてあげようって思って。
マッサージの後に『上の方まで揉みやすいようにスカート短くしてみたんだけど、気付いてた?』って聞いたら、直くん『それはまずいよ。なんかギリギリ過ぎると思ったよ』って顔を真っ赤にして。
私、あんまりお腹に力入れたくなかったのに、笑い過ぎてお腹痛くなっちゃって。
なんとか笑いがおさまった頃に、森田くんのせいでお腹が悪化したかもしれないって冗談言ったら、わりと本気でオロオロしながら謝ってくれて。
本当に私のことを好きなんだなあってしみじみ感じて」
「いやいや、何しみじみ感じてるんですか。なんか森田先輩かわいそうですよそれ」
「でもね、安心してたら反撃されたの。
私が『やっぱりスカート短い方が、マッサージしてて嬉しい?』って聞いたら『今はなるべく暖かい格好をしてくれた方が嬉しいかな。一日でも早く押田さんに健康になってほしいから』って言われて。
私、すごく恥ずかしくなっちゃって。こんなに私のことを思いやってくれてるのに、悪化したとかウソまでついて心配させて、何やってんだろって」
「本当ですよ!」
「かなり良くなってるから大丈夫って、慌ててフォローした。
さすがに調子に乗り過ぎたかもと思って」
「そうですよ実際」
「だけど、ひどいんだよ直くん。
付き合ってから、私ふとその日のこと思い出してね。
改めてそのことについて謝ったら、あんなの好感度上げるためのウソだから気にしなくて良いのにって、笑って」
「いや、そりゃ仕方ないですよ。本音はそうに決まってますよ」
「でもさ、私がウソついて直くんもウソついたわけだから、厳密にいうと私はそこまで反省する必要なかったわけじゃない?
本当はスカートの中を見まくって大喜びしてたらしくて、なんか反省して損したなって思って……」
「そんなことないですって。反省するべき場面でしたよ」
「だけど、直くんに文句言ったら謝ってくれたよ?」
「それは森田先輩が優し過ぎるだけですよ!
なんなら、とっさにウソってことにしただけで、本当にスカート長い方が安心って思ってたのかもしれませんよ」
「そういえば、文句言った後にパンツ見れたときの感想聞いたら、嬉し過ぎて忘れちゃったって言ってたんけど……何年も前のパンツの色や柄を覚えてる人が、至近距離で見まくったはずのパンツのことを忘れちゃうかな?」
「それ、本当はスカートの中なんて見てないんじゃないですか? やっぱりウソついたんですよ。見えたパンツの色とか聞いてみた方が良いですよ」
「もしウソだったら、どういうことになるの?」
「まず、スカートの中は見てないわけですよね。
なんでスカートの中を覗いたなんてウソをつく必要があったのか、と考えると……スカートを長くしてほしいって言ったのは、森田先輩の本心ってことになるんじゃないですか?」
「それって、すごく格好良くない? 隠す必要ある?」
「奈月先輩が謝ってきたから、気にしないでほしくてウソついちゃったとか?」
「……ありえるなあ。後でパンツの色を覚えてるか聞いてみる」
「うーん……わりと良い話なはずなのに、肝心の証拠になる部分がパンツの色って……。なんか聞くの恥ずかしい感じですね」
里子が静かに笑った。
「直くん、誤魔化すの下手っていうか、雑だから」
奈月が言った。
「私、過去に直くんから四つ葉のクローバーを七回貰ってるんだけどね」
「七回も!?」
「毎回『すぐ見つかったからあげる』って言われて、私も『すごいね。運が良いね』って言ってたんだけど、今考えると絶対にウソだよねっていう」
「七回はありえないですよね。きっと、奈月先輩に幸せになってほしかったんですね」
「子供の頃に、そこまで考えてるかなあ?」
「子供の頃だからこそ、本気で幸せに出来ると思って探したのかもしれませんよ。七回も見つけるなんて、すごく時間かかったはずですよ」
「……だったらちゃんと、苦労してやっと見付けたんだよって言えば良いのにね。
ほーんと、昔からバカなんだから……」
奈月は、顔を真っ赤にして微笑んだ。