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接待しておいた方が良いよ

「森田くんに十秒痴漢されるって、そんなに危ないかなあ?」

 納得がいかない顔で、亜紀がたずねる。


「ダメですよ、危険です」

 夢子は、真剣な顔で進言した。


「そっかあ。

 真面目な話すると、私は触られても良いけど、奈月がヤキモチ焼くしねえ。諦めるか」

 と、いたずらっぽく笑う亜紀。


「二宮先輩って、森田先輩本人にも普段そういうこと言ってるんですか?」


「言わない言わない。友達の彼氏を誘惑したらシャレにならないし。

 その代わり、奈月にはガンガン本音言うけどね。森田くんの才能ってすごいよねとか」


「なんか才能あるんですか?」


「森田くんに許可取らないと教えられない秘密の才能があるんだけど、もうクラスに何人もファンがいるんだよ」


「秘密でファンって、なんですかそれ!? 変なやつですか!?」


「変じゃないよ、普通――とは言いきれないかもしれないけど、大体の人は大丈夫。軽蔑するような人は滅多にいないから」

 亜紀は、途中で直人の小説の内容――特に、女性の下着への情熱がこもったシーン――を思い出してしまい、若干弱気になった。


「ものすごく怪しいんですけど……。

 森田先輩と二宮先輩、ちゃんと()()()友達なんでしょうね?」


「うん、友達。すごく良い友達。私も森田くんも、普段は真面目だし。

 勉強会でも、一番ちゃんと勉強してるの森田くんなんだよね」


「そういえば森田先輩って、勉強どうなんですか?

 バイト続けて良いのかどうか悩んでるみたいでした。ちょっと本気で勉強した方が良いのかなって」


「それ初耳。今まで勉強してなかっただけで、奈月が言うには相当頭良いみたいだよ? 昔は森田くんが先に夏休みの宿題を終わらせて、奈月の分まで手伝ってくれてたんだって。

 奈月に何か勉強のこと言われて、頑張りたいのかもね。もしくは、恋で勉強どころじゃなかったのが、付き合えて落ち着いたとか。

 何か、理由とか言ってた?」


「どうだったか……スマホが手元にあればバイト関係のメールとか見直せるんですけど、ないですからねえ……」

 そう言って夢子は、湯船の中の自分の手を見つめながら考え込んだ。


 それまで黙って聞いていた里子が、ふとあることを思い出した。

「そういえばさあ。夢子が見せてくれた森田先輩の写真あるじゃん。あれって、奈月先輩にあげた方が良いんじゃない?」


「あー、そうだよね!」

 里子の言葉に、夢子が同意した。

「二宮先輩! 私のスマホに、森田先輩が猫に泣きそうになってる写真が入ってるんですよ!」


「猫に泣きそうになってる写真?」

 亜紀は、具体的なシチュエーションがイメージ出来ず、夢子に聞き返した。


「はい。さっき言った、着替え見たお詫びとして森田先輩にクレープおごらせた日の話ですよ。

 森田先輩が猫苦手なのって知ってます? 前に引っ掛かれたとかで、猫に触られるの怖いんですよ森田先輩」

 夢子は、説明しながら思い出し笑いをした。

「私がクレープ食べ終わるまでベンチに座って話してたら、猫が先輩に寄ってきて、森田先輩の足にじゃれついたんですよ。森田先輩、怖くて逃げられないみたいで、私に助けを求めてきて。猫どかしてほしいって言って。

 でもやっぱり、そういうときって意地悪したくなるじゃないですか。着替えを覗いた罰ですって言って、私が森田先輩の太ももにちょっとだけ猫を乗せてみたら『取って、取って。熱いよ猫の体温が。何かニャーニャー喋ってるよ。危ないよこれ』って涙目で訴えて。

 思ったより本気で怖がってそうだったんで、急いで写真撮ったらすぐに猫をどかしてあげて。

 その写真の森田先輩が、猫といっしょに不安そうにこっち見てて、妙にかわいいんですよー。奈月先輩は欲しがるかもしれないです」


「それ絶対に欲しがると思う! その写真とクリスマスの話を交換条件にして、奈月と交渉してみる。

 森田くんは、奈月に嫌われたくないから許可なく言えないだけなの。奈月が言って良いって許可出せば、大抵話してくれて」


「奈月先輩の方が森田先輩より立場が上なんですか?」


「そうじゃないけど、奈月は森田くんの宝物だからね。

 この人の気持ちより大切なものなんかないって、中学校の作文に書いちゃってるから」


「そんなこと書いたんですか!? それなのに、好きかどうか分からないとか言ってたんですか!?」


「かわいいよね。

 遥さんをたまたま町で見掛けたときに輝いて見えて、こんなにドキドキするなら奈月は好きじゃないってことだよねと思ったんだって。

 それで安心して奈月の体調不良のお世話を申し出たら、実は奈月のことはもっと大好きで。何日か仲良くしただけで、すっかり奈月にメロメロにされたっていう」

 亜紀は、話しながら思わず微笑んだ。


「そんなに好きなのに、自分の気持ちとか分からないもんなんですかね?」


「ね。もし相談してくれたら、それは絶対に好きだから大丈夫だよって言ったのになあ。もっと早く森田くんと友達になっておけば良かった」


「男子って、誰かに相談しないんですかね……?」


「あのカップルの場合、奈月も隠してたからね。幼馴染みってことすら言わなかったし、当然恋愛相談もギリギリまでなし。

 急に、森田くんすごく優しいんだよって言い出して。当時は知らなかったけど、その頃の奈月はもう森田くんに毎日会いに行ってて。二人とも溜まってた愛情が爆発してるのよ。

 その勢いのままクリスマスに付き合い始めたわけでしょ? だから私からすると、クリスマスに何があったのかはめちゃくちゃ気になるわけ」


「なるほど……」


「まあ、無理に聞く気は全然ないけどね。

 奈月も森田くんも、隠したいことは絶対に隠すタイプだし。私のせいで二人がまた昔みたいにギクシャクしたりしたら、絶対に嫌だから」


「そうですね。それが良いですよ。

 ……なんか今日、森田先輩の話ばっかりしちゃいそうですね」


「まあ、女子十三人の共通する知人としては森田くんしかいないしね。

 他の人たちも、服脱ぐときとか森田くんの話してたよ。帰りも()()だと森田くん大変だねって」


「そっか、バスで酔ったから目立ちましたよね」


「今日のメンバーってバラバラに行動する予定で集められたけど、森田くんの体調をみんなで心配してる内に、わりと知り合い同士になれちゃったよね。

 私は結構集団行動苦手なタイプなんだけど、今日はみんなで仲良く行動出来ちゃうかもしれないって思ってて」


「私もそう思います。全員同時に入浴する感じになるって思ってなかったんですけど、修学旅行の団体入浴と違って全然気楽で。

 なんでこういう雰囲気になったんですかね。なんだかんだ森田先輩のおかげだったり?」


「そうかも。森田くんには悪いけど、今日は森田くんの笑い話たくさんしてさ。女子の友情のための生け贄になってもらっちゃおうよ。

 ――あれ、奈月が来た」

 亜紀が奈月に気付き、湯から手を出して小さく振る。


「お邪魔しまーす」

 奈月が、明るく湯船に浸かった。


「一人だったの?」

 と、亜紀がたずねる。


「亜紀たちのセクハラから逃げたみたいに、また逃げてきたの」


「今度は誰にセクハラされたの?」


「セクハラじゃなくて、桜子たちが盛り上がっちゃって。桜子・遥さん・長友さん。

 森田くん、あんなに余裕なさそうにしてたくせに、バスの中で歌を作っててさ。ほら、前に遥さんと会ったとき、曲作ってほしいって言われてたでしょ? さっきバスの中で曲作って、二人になれたときに遥さんにプレゼントしてたわけ。

 全く、油断も隙もないよね。私に隠れてさあ」

 奈月は愚痴っぽくそう言ったが、笑顔を隠しきれていなかった。

 直人の作った歌詞に自分のことが書かれていたので、奈月はご機嫌なのである。


「森田くん、歌も作れるんだ。すごいね」


「すごいのかは分からないけど、桜子が大興奮しちゃって。私もこんな曲をプレゼントされてみたいって」


「桜子がそういうってことは、良い曲なんだ?」


「どうだろ。私はほら、森田くんのことが好きだから。こんな風に思ってくれてるんだって、嬉しくなっちゃったから。

 作文のときと同じで、感動しちゃって客観的な評価が出来ないのよ」


「作文みたいな感じなの!? 聞かせて!」


「私がここで一人で歌うには、相当恥ずかしい歌詞なんだけど。

 サウナがまたメンバー貸し切り状態なら、みんなが歌ってくれるかもよ?」


「じゃあ私、サウナ行ってくる。

 奈月は、森田くんが膝に猫を乗せてる写真がほしかったら、夢子ちゃんと里子ちゃんに接待しておいた方が良いよ!」

 亜紀は早口で(まく)し立てながら、大慌てで去って行った。


「え? 何? 猫がどうしたって?」

 奈月は困惑して、夢子と里子の顔を見た。


「ごめんなさい」

 と、夢子。

「私、嫌がってた森田先輩の膝に猫を乗せて、写真を撮っちゃったんです」

 夢子は緊張しながら、自分の悪事を白状した。


「見せて下さい!」

 懇願(こんがん)する奈月。


「な、なんで敬語なんですか奈月先輩!?」

 奈月の予想外の反応に、夢子は笑ってしまった。

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