十秒間痴漢する
「それで、なんで私の下着の色が二宮先輩にまで伝わってしまったんですか?」
夢子がたずねた。
「私が森田くんの日記を見ちゃったの。
かわいいんだからもっと盗撮とか警戒しないと危ないとか、色々書いてあって」
小説のことを勝手に話せない亜紀は、そう言って誤魔化した。
今はこう言うしかないよね。後で森田くんに、夢子ちゃんに小説のこと教えちゃって良いか聞いてみよう。
「日記に何を書いてんですか、あの人は……」
夢子は、呆れながらもあっさりと信じた。
「森田くん、儲かったって書いてたよ。クレープごときで着替えが見れるなら、何回でも見たいものだって」
「そんなに嬉しいんですかね?
私、すぐ服で胸隠したからほとんど見えてないはずですけど」
「あの肩のラインとかは当分忘れられない。しかもこれまで通りの態度で接してくれたし、なんだか罪悪感で興奮してしまう。
――って書いてあったと思う」
「何で興奮してんですか。バカですねあの人」
夢子は恥ずかしくなった。
「……二宮先輩のことも、何か書いてありましたか?」
「えっと、たこ焼きの日のこと書いてあったかな」
亜紀は、直人の小説は一通り読んでいるが、特に自分の分身の『秋ちゃん』の出る場面は何度も読んで、大まかに覚えてしまっている。
「俺の方は気付いてなかったのに、なんでわざわざ俺に声を掛けてくれたのだろう。女子って、声を掛けるだけで興奮されてるの知らないのかな。家に帰ったら妄想されまくるのに、良いのだろうか。
まあとにかく、俺を嫌っていたら声を掛けるわけがない。少なくとも、あの人は俺を強く警戒してはいないわけだ。そう思うと興奮して、仲良くなりたくなるのが俺で。
帰宅して、あの人の笑顔を思い出した。ろくに話せなかった現実は、なかったことにした。妄想の中で涙が出るまで笑わせて、話足りないと思わせて、俺のベッドに押し倒した。最初は驚いて抵抗するが、口説き続けて、どちらからともなくキスをする。
いつも通りの都合の良い展開に満足すると、いつも通りの罪悪感が俺を襲った。またクラスメイトを脳内で彼女にしてしまった。明日から、あの人の顔を見るのが気まずいなあ。まあ、二度と二人きりで話したりしないだろうけど。
――みたいな感じだったかな?」
「森田先輩の妄想ヤッバ! それ読んだ後、どうしたんですか?」
「さすがにちょっと恥ずかしくて、読んじゃったって言えなくて。ごめんなさいって思いながら、仲良くなるまで隠してた」
「どうやって仲良くなったんですか? 森田先輩が積極的に声掛けてきたとか?」
「ううん、向こうからはほとんど会話なかった。森田くんはその頃、女子への緊張すごかったみたいで。
みんなで森田くんの部屋に行ったのが仲良くなるきっかけだとしたら、どちらかというと私から仲良くなったのかな?」
「すごいこと書かれてたのに、よく自分から仲良くなりにいけましたね」
「だって、多かれ少なかれみんな妄想はしてるでしょ?
私もしてるし」
「そりゃあそうですけど……」
「森田くんが私たちを家に呼ぼうとしたときに、前に森田くんに押し倒されたって奈月が言って。そしたら森田くん、自分の性欲の話をしてくれて。
マンションの玄関で『許せないとか、気持ち悪いとか、怖いとか思ったら、帰ってくれても大丈夫です』って言ってくれたんだよね。
なんかそのとき、ちょっと胸が締め付けられちゃって。私で妄想しちゃったことも、ずっと気にしてるのかなって思って。
帰るなんて出来なくて。目の前にいた森田くんは、むしろ優しい目をしてて。森田くんの性欲がすごくても、私は友達になりたいなって思ったの」
「森田先輩、細かいこと気にしてそうですもんね……」
夢子は空を見上げ、つぶやくように言った。
「……夢子ちゃん、森田くんと距離置きたくなっちゃった?」
「そういうのはないです。ちょっとびっくりしただけで。
森田先輩、なんだかんだ優しいし。下着が見れたら喜んじゃうのは、仕方ないことだとは思うし。
ただ、私の下着でそんなに喜ばれると、やっぱり恥ずかしいですけど」
「良かったー。
森田くんの女友達を減らしたら、奈月に怒られちゃうからね私」
「逆じゃないですか? 普通、彼氏の女友達が減ったら喜びません?」
「普通ならね。奈月は、森田くんが友達少なかった時期にも森田くんをずっと見てたからね。森田くんの女友達が減るのをストレートに喜べないみたいなのよ。
なにしろ、森田くんが中学の頃に告白した相手と再会させちゃったくらいで。今日のメンバーで、橘遥さんって分かる?」
「あ、名前は覚えてます。顔はまだ分からないかも」
「さっき、戻ったときに森田くんと二人だけで残ってた人」
「うわうわ、きれいな人じゃないですか。ヤバくないですか?」
「ね。実際、すごく人気があったみたいで。品行方正で、勉強も運動も出来て、卒業生代表に選ばれたような人で。
もし惚れ直しちゃったら、どうする気だったんだろ」
「卒業生代表ですか!? またすごい人に惚れましたね。ウチの中学は卒業生代表は男子一人だったけど、やっぱりモテる人でしたよ。
そりゃ、卒業生代表には振られますよ。無理ですよ卒業生代表は」
「でも、奈月も中学で卒業生代表だったらしいよ」
「そうなんですか!? 森田先輩って、そういう人に縁があるんですかね?」
「奈月と森田くんは縁がありそうだよね。まず、隣に引っ越したってのが縁だし。
小さな頃の奈月が森田くんにしつこく絡んだのは、直感的なものっぽいし」
「良いなー。ロマンチックですよね。
なんか、私なんかと比べると先輩たち全体的にすごく大人って感じですよ。彼氏いる人も多いっぽいし、男が嫌いな人も多いし。
ウチのクラス、男女の関係が希薄で。誰も好きとか嫌いにそもそもならないんですよ」
「ウチのクラスは、最近急に男女関係進んだの。森田くんが取り持って、カップル二組出来そうなところ。
私もたまに、勉強会って名前の恋愛相談会に参加するんだけど、もうどいつもこいつも悩みがかわいくって」
「うわー、良いなあ。
私も恋愛相談されたいんですけど、里子が全然恋をしてくれないんですよ」
話を振られた里子は、慌てて照れ笑いをした。
「私、まだ恋をしたことなくて。大丈夫なのかなって思っちゃいます」
「大丈夫大丈夫。ウチのクラスの桜子も似たような感じで、ずっと『恋したい恋したい』って愚痴ってたんだけど、相手が見付かったらすぐだったから。
桜子、今月に出会った人を好きになっちゃって、デートしたり部屋に行ったりして、もう積極的過ぎるくらいで。
だから里子ちゃんも恋したらすぐだよ」
「恋って、したらすぐ分かりますか?」
里子は、真剣な表情でたずねた。
「どうだろ。
森田くんは去年、まだ橘さんのことも好きだったらしくて、奈月への気持ちが良く分からなかったって。
奈月がタイプだからドキドキしてるのか、それとも愛情なのか、悩んでたみたい」
「異性にドキドキしたら、そういうよく分からない感じになりますよね!? 良かった、みんなそうなんだ。
森田先輩は、どのタイミングで恋って確信したんですか?」
「奈月にひざまくらされて耳掃除してもらって、クリスマスに二人でパーティーしようって言われて、その次の日にはバイト先で恋愛相談したのかな?
そのときにはもう、奈月を大好きになっちゃったって確信してたみたい」
「あーそれ、知ってます!」
と、夢子。
「私はその日はバイトしてなかったんですけど、森田が店に彼女連れてきたとか話題になって。私もからかいました。
私にクリスマスの結果報告しなかったら、教室まで行って、誰かとクリスマスパーティーしたことバラしちゃいますよって」
「それって、実際に報告してもらえたの? 私たちは奈月たちのクリスマスのこと、あまり教えてもらってないんだけど」
「あ、しっかり報告させましたよ。無理矢理ですけど」
亜紀の目が輝いた。
「うわ、すごい! 教えて教えて」
「えっ。私、絶対に学校でこの話はするなよって、口止めされてるんですけど。言ったら十秒間痴漢するからなって、脅されました」
「学校じゃないから大丈夫じゃん」
「いや、多分そういう意味じゃないですよ。奈月先輩を知ってる人に言うなってことだろうから、絶対にヤバイですよ。
森田先輩に確認してみて下さい」
「そんなに濃い内容なの?」
「そうですね……私の感覚からすると、あまり他人に言いふらすべきじゃないですかね」
「すっごく気になる……」
「私も言いたいので、代わりに二宮先輩が十秒痴漢されて下さいよ」
「私でも良いのかな?」
亜紀は思わず聞いた。
「じょ、冗談です! そんなことさせられないですよ」
「私、森田くんなら別に十秒くらい良いんだけど」
そう言って亜紀が大人っぽく微笑んだ。
「それはそれでマズイですから! 十秒で相当なことしてきますよ」
「十秒で!?」
三人の少女は、直人に十秒与えたら何をしてくるか、しばらく予想し合って、笑い続けた。