そういうの
仲良し少女が二人、露天風呂を楽しみながら空を眺めていた。高一コンビの夢子と里子だ。
「疲れたねー」
里子が、つぶやくように言った。
「まだ何もしてないじゃん」
「だって、知らない人ばかりだから神経使ったもん。しかも全員年上だし。夢子と違ってこういうの苦手なんだって」
里子は愚痴を言いながら、軽く自分の肩を揉んだ。
「みんな良い人だから、そこはホッとしたけどさ」
「私も、平気なわけじゃないから怖かったよ? 優しい人ばかりで良かったよね。
私はよく森田先輩とバイトしてるからまだ良いけど、里子は相当不安だったでしょ?」
「まあね。そういう意味では安心した。不良っぽい人いないし。
でも今回の件、夢子に貸しだからね」
「あ、悪いのはバス貸し切りになるまで人数集めようとした森田先輩だから。金は森田先輩から取ってね」
「それなんだけど、本当に私まで森田先輩におごらせちゃって良いのかな? 彼女いる人なのに」
「彼女いるかどうかなんて関係なくない?」
「彼女からすると、他の女にご飯をおごる彼氏って、心配にならない?」
「えー? そんなの、私たちが考える必要ないよ。
私は先輩のワガママに付き合わされて連れて来られたんだから、絶対におごらせるよ。
逆にさあ、おごらせるの目当てで来ましたってアピールしまくった方が彼女側も安心しない? 見返りなしで後輩がついてきたって方が、普段仲良さそうに見えてかえって怪しいじゃん」
「夢子はバイトの後輩だから良いけど、私と森田先輩は繋がりが希薄だから、調子に乗ったら怒られそうで怖いんだけど」
「気にし過ぎなんじゃないの。少なくとも怒りはしないでしょ。もっと安い店でとか、交渉くらいはあるかもしれないけどさ。
まあどうしても気になるなら、里子は自腹でざるそばでも食べてれば?
私は先輩のお金でエビフライ食べるけどね」
「ヤダヤダ、私もエビフライ食べたい」
「じゃあ払ってもらえば良いじゃん」
「うーん……。バスの中でも先輩たちにお菓子たくさん貰っちゃったのに、良いのかな?」
「どうせお菓子の持ち込み出来ないんでしょ? バスの中で食べきるしかなかったじゃん」
「でも先輩たち、食べようと思えばまだ食べられたんじゃない?」
「そうかもね。でも良いじゃん。私たちが緊張しないようにお菓子くれてたんなら、私たちが遠慮なく食べた方が先輩も嬉しいし」
「夢子、楽観的過ぎない?」
「だって、バイト先の人におごられたときに森田先輩に相談したら、そんなようなこと言ってたんだもん。
先輩が勝手におごってるだけだから、俺は何をおごられても気にしたことないって。心配し過ぎだろって言われた。
あの人、タダ飯大好きだからね」
「あー、言いそう」
「ただ、男が女におごるパターンはかなり危険だってさ」
「じゃあ、森田先輩におごってもらったら危ないじゃん」
「いや、頼んでもないのに喜んでおごってくる男は危ないって話で。
森田先輩は普段、ラーメン屋のトッピング無料券すらくれない人だから大丈夫。暇で財布を見せてもらってたとき、これ下さいよって言ったら、余ってる券じゃないからダメって言われた」
「そんな人にエビフライ頼むの、ハードル高いんだけど」
「私もあの値段は心配になるけど、写真が美味しそうなんだもん」
「先輩との友情よりエビフライ優先?」
「だって私、かなり良い後輩じゃね?
こんなの来ないよ普通。ただのバイト先の先輩の頼みだよ? エビフライくらい良いと思うんだけど」
「その理屈だと、夢子以上に先輩との関係が薄い私の方が、さらに良い後輩だし」
「だから、里子もエビフライ食べれば良いのにって言ってるじゃん」
「じゃあ、体調とか機嫌が直ってたら頼んでみようかな」
「そうそう。そうしてくれないと、私だけ性格悪いみたいで恥ずかしいから」
「それが本音かあ、こいつ」
夢子と里子が、どちらからともなく笑い合った。
二人の笑いがおさまった頃、それまで黙って話を聞いていた少女が、ふと口を開いた。
「そういえば森田くん、私にたこ焼きくれたことあるんだけど。なんでくれたんだろ?」
一人で檜の湯を堪能していた先客、亜紀だった。
夢子も里子も、急に声を掛けてきた亜紀に驚き、思わず背筋を伸ばした。
「あれっ!? バスいっしょの先輩でしたか!?
すみません、なるべく覚えようとしたんですけど、服がなくなったらもう全然分からなくて」
夢子が慌てて謝罪する。
「あ、大丈夫。私も確信持てなくて、二人が入って来たときに挨拶出来なかったの。
話を聞いてたら、やっぱり森田くんの後輩だあって思って。
私、二宮亜紀です。森田くんと同じクラス。盗み聞きになっちゃったけど、ごめんね」
亜紀は説明をしながら、ちゃぷちゃぷと湯船の中を移動し、二人の向かいに座った。
「二宮先輩ですね。よし、覚えました。
……えっと、何の話をしてましたっけ?」
たずねる夢子。
「私、たまたま森田くんがたこ焼き食べてる所に通りがかって。隣に座ったらたこ焼きくれたの。どうしてたこ焼きくれたんだろうって思って」
「それ、いつですか? 森田先輩に彼女が出来てからですか?」
「ううん、出来る前」
「それはかなり怪しいですよ。狙われてたのかもしれません」
夢子は、自信ありげにそう言った。
「夢子、そんなこと言ったら後で森田先輩に怒られるんじゃないの!? たこ焼き一つくらい、普通にくれる人いるでしょ?」
里子が、半分笑いながら夢子の意見に疑問を述べる。
「だって、森田先輩は私にトッピング無料券くれなかったんだよ!?
ラーメン屋のトッピングとたこ焼き一つって値段同じくらいじゃん。私にはくれないのに二宮先輩にはあげるなんて、絶対に怪しいって」
亜紀は夢子の意見を微笑ましく聞きながら、夢子を改めて眺めてみた。
人懐っこい性格に、小柄でスリムな体つき。亜紀には、むしろ夢子は直人の好みのタイプな気がした。それに、苦手だったらそもそも夢子を連れて来ないだろう。そう思い、亜紀はさらに考えた。
もし、森田くんの好みの問題じゃないとするなら、なんだろう……。
「もしかしたら、私が無理矢理気味に隣に座ったから、森田くんプレッシャー感じたのかもね。
夢子ちゃんと森田くんは、先輩後輩の関係だから嫌なら嫌って断りやすそうだし」
「あー、あの人って女に弱いっていうか、無抵抗になるときありますからね」
と、納得する夢子。
「あ、そういう話聞きたい。森田くんの女絡みの話、大好き」
亜紀は一気に笑顔になった。
「えっ。つまらないですよ?
バイト先って更衣室がなくて、電気を消して着替えるくらいしか出来ない感じで。でも私、着替え見られるのも嫌だけど真っ暗もなんか怖くて。
ある日、今なら大丈夫だろって思って、私が電気を消さずに着替えてたら、森田先輩にブラ見られちゃって。
わざとですよねってちょっとからかっただけなのに、本気で謝ってくれて。最終的にクレープ買わせることに成功したっていう、それだけの話で」
「あれ? なんか記憶にあるような……」
亜紀は、直人の小説の中に似たようなエピソードがあったことを思い出した。その小説の中で、主人公は水色の下着に大喜びしていた。
「もしかして、水色のブラだった?」
「へ!? 森田先輩、私のブラの色をわざわざみんなにバラしてるんですか?」
「あ、そういうのじゃないんだけど」
亜紀は、慌てて否定した。
「じゃあなんでですか? 事と場合によっては、森田先輩に焼肉おごらせますよ私」
「えーっと……」
どうしよう、マズイこと聞いちゃったかもしれない。
森田くんが小説を書いてることは、森田くんの許可なくバラせないし。……さて、どうやって誤魔化そうか。
「ちょっと待ってね。本当にそういうのじゃないから。安心して良いから」
言いながら、亜紀はなんだかおかしくなって、笑ってしまう。
「そういうのがどういうのかが、そもそも分からないんですが!?」
そう言いながら、夢子もつられて笑ってしまっている。
「良い人なの! 森田くんは絶対良い人なんだけど、説明が難しいから」
檜の露天風呂に、女三人の笑い声がこだました。