念のために下着も
「びっくりしたなあ。奈月は俺を何回驚かせたら気が済むんだよ……。
――あれ? みんなでいっしょに戻ってきたんだ?」
直人は、いつの間にか全員が揃っていることに気が付いた。
「うん。ゲームコーナーの前で桜子達と合流して戻ってきた。
それで、忍び足で近寄って」
悪びれもせず、奈月は答える。
「だから、なんで忍び足なんだよ……」
「変な話してたっぽいから、驚くと思って。何を話してたの?」
奈月は、覗き込むように直人の顔を見た。
「な、な、なんでもないよ」
「怪しい。遊ぶ約束でもしようとして、振られた?」
奈月は、直人への牽制をかねて、からかった。
「してないよ。奈月の許可なしにそんなことしないよ」
「じゃあ『奈月は結構面倒くさいとこあるから』の続きは? 『他の女の子と浮気したいんだよね』とか?」
「違うよバカだな」
直人はせせら笑った。
「簡単に言うと、奈月は結構面倒くさいとこあるから、何かあるたびに奈月のことあれこれ考えられて、ますます奈月のこと好きになれるんだよねって話をしてたんだよ。バスの中でもずっと奈月のこと考えてて、今も考えてたから。
この後の仮眠の予定があるけど、それだって俺が仮眠したいだけだよなって思って。
疲れたり眠かったりすると酔いやすいから、そうならないように仮眠したい。だけど、それに奈月を付き合わせるのは傲慢かなとか。仮眠したら奈月がつまらないかなとか、急に心配になったりして。
でも、そうやって奈月について考えられることがすごく楽しいなって話だよ」
「ふーん、とっさに考えたわりには上手い言い訳じゃん。でも、ウソついてるでしょ?」
「ウソじゃないよ」
「じゃあ隠し事だ。ウソじゃないって自信満々に言えるときは隠し事だもん」
「だ、大丈夫だよ、なんでもないよ。俺が奈月をどんなに好きか、聞いてもらってただけだよ。そしたら橘さんがちょっと感動してくれて、本人に伝えちゃえばって話になったみたいな、そんな感じだよ。――そうだよね?」
ややしどろもどろになりながら、直人は遥に助けを求めた。
「うん。森田くん、奈月さんの話ばっかりしてたよ。奈月さんは女神なんだって」
と、遥も話を合わせる。
「奈月が女神!?」
桜子が思わず聞いた。
「小学生の頃に、催眠にかかったフリしてエロいことされるのを期待してた奈月が女神って。森田くん騙されてるよ」
「ちょっと!?
そこまでは期待してなかったって、ちゃんと説明したじゃん!」
奈月は、桜子に強く抗議をした。
「そこまでは?」
亜紀が、わざとらしく強調。
奈月はさらにうろたえた。
「ち、違うの! どうせ変な要求してくるだろうから、一生脅してやろうと思って。そういう意味の期待で。弱み握りたかっただけで」
「どっちにしろ女神の考えることではないよね」
と、笑う桜子。
友達にからかわれて、奈月はあっという間に顔が真っ赤になった。
「もー! 森田くんのせいで、みんなに変な人だと思われちゃったじゃん!」
「俺のせい!?」
驚く直人。
「森田くんがあのときにちゃんと変なことしてきたら、シャレにならないからみんなに言えてないもん!」
「変なことしなかったの?」
直人は、まるで他人事のように聞いた。
「しなかった」
「えー。じゃあ、弱みは握れなかったんだ?」
桜子は、なんだかつまらなそうに聞いた。
奈月も、納得がいかないような顔をして考えこんだ。
「えーっと……なんか、そういう感じにならなかったんだよね。
森田くんが『ボクのこと、どうして好きになってくれたの?』って聞くから『優しいから好き』って言ったの。
そしたら――」
「あっあっ! 思い出した!」
直人は突然、慌てふためき、奈月の言葉を遮った。
「あれ催眠のときだったのか。ダメ、言わないで!」
「え?」
「お願い!」
「もちろん、嫌なら言わないけど……」
奈月はそう答えながら、なんだか不思議に思った。
直くんがそんなに嫌がること、あったかな? 私、何もされてないし。
たしか直くん、泣きそうでかわいくて。怖くないか聞かれて。その後は……ボク最近変になっちゃったんだけどって……。
――あっ、そっか!
奈月は、直人が何をそんなに気にしているのか、分かった気がした。
「大丈夫だよ、森田くん。言わないから安心して」
「ありがとう」
「えっ、何々!? 森田くん、奈月に何をしたの!?」
と、桜子が騒ぐ。
「別に何もしてないよ?」
奈月が代わりに答えた。
「ウソだあ。森田くんの顔、赤いじゃん」
「森田くん、私に色々聞いてくれたの。『これからもぎゅってして良い?』とか『怖くないの?』とか、すごくかわいくて。それがちょっと、森田くんには恥ずかしいんだと思う」
奈月は、直人がバラされたくないことと関係のなさそうな部分だけ、かいつまんで説明した。
「森田さん、恥ずかしがることないですよ」
レナが、優しく直人に言った。
「小学生でそこまで配慮出来るって、むしろすごいことだと思います」
「私も恥ずかしいことじゃないと思うけど、森田くんは恥ずかしいみたい。
大丈夫だよ、嫌なら言わないからね」
奈月が、直人の頭をなでる。
「……というかさあ、冷静に考えるとさ」
直人は、そう言いながら奈月を見た。
「催眠かける前にちゃんと『もし催眠かかってないのにかかったフリしたら、嫌だからね?』って聞いたよね? なのに奈月、かかったフリして、あの話を全部しっかり聞いてたわけだよね?」
「あ、バレたか……」
「俺、奈月に絶対に嫌われたくないから、催眠かけてから聞いたのに。意味ないじゃん」
「でも、結果的に嫌われなかったんだから」
「そういう問題じゃないよ。それに奈月、大好きな人からの催眠なら簡単にかかるんだよって言って、俺を騙したよね」
「えっ。覚えてない」
「なんでだよ。なんでも出来るって奈月に言われて俺、ドキドキして……。
あーもう、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。たくさんセクハラ発言しちゃったよね?」
「でも、あれで森田くんの本音とか悩みとか分かったからこそ、もっとぎゅってして良いよって言えるようになったんだよ?
私は直くん怖くないからね、大丈夫だからねって、伝えたくて」
「あ。奈月が大人しくなったのって、それでなのか。
だからそれから先、あんまり怖いって言えなくなっちゃってたんだね。怖い思いさせてごめんね」
「ううん。あれは私も悪いの。森田くんが安心して抱きしめてくれるようになったのが、嬉しくて。
嫌われたくなくて、ギリギリまで我慢しちゃったから」
「うーん……今思うと色々理由があって、最終的にああなっちゃったんだね」
「だね。私が催眠にかかったフリしてなければ、あんなことにはならなかったかも。私のせいっぽい」
「そんなことないよ。俺がずっと奈月の気持ちを第一に考えられていたら、奈月を怖がらせたりしてないもん。俺が変になっちゃったのが一番悪いよ」
「仕方ないって。あの頃の直くん、私にメロメロだったもんね」
奈月が、冗談っぽく笑った。
「ちゃんと好きだったし、すごく大切だったんだよ? だけど、奈月を見ると変になって……」
「分かってるよ。大好きっていつも言ってくれるようになってたし」
「……あのさ。やっぱり、さっきダメって言ったのなしで。言わないでって言ったけど、あれ話しても良いから。
奈月が変に誤解されそうになったら、俺のことなんでも話して良いよ。奈月がみんなに勘違いされたらやだ」
「大丈夫だよ、心配し過ぎ。桜子とかも、ふざけて言ってるだけだから」
奈月はそう言うと、桜子を見て笑った。
「大体さ、私の行動より桜子の行動の方が問題でしょ。
知り合ったばかりの男の家に上がり込んで、肩を揉ませて誘惑して。ビデオ通話用に、わざわざ男受けしそうなパジャマを一時間かけて買って。見えちゃったときのために念のために下着も――」
「わーわー! その話はしないで。ごめん、許して」
奈月に反撃された桜子は、大慌てで謝った。
「もうお風呂行こ? お風呂で背中洗ってあげる。これからも仲良くしよ」
奈月をグイグイ引っ張る桜子を見ながら、一同はのんびり移動をする。
みんな、楽しそうに笑っていた。
今回で百話みたいです。ここまで続けることが出来て嬉しいです。
先月、第一部全体を修正していて、そういえばここまでしか考えてなかったんだよなと、ふと思い出しました。
初期にブックマークしてくれた数人のおかげで、続きを待っている人がいると分かって、二部を開始する勇気が出たわけです。
その後こんなに続けられたのも、次の部の心配をしながら書いていると、たまにブックマークが増えるからです。
読者のみなさん、いつも読んでくれてありがとうございます。