2章:獄犬の隙
ナム達の前に立ちはだかる敵。
それは今迄に相手にしてきた中でも上位に位置する存在だった。
ビレイドと名乗るヒューマンであり、ネイキッドに属するその男は、5人を相手取りながらも余裕の表情を崩さない。
獄犬の2つ名を持つ最強の四天王は、格闘と剣術、そして魔法を極めた異次元の存在だった。
ヒューマン自体が既に人間よりも遥かに高い身体能力を持つ。
そこに技術まで加わってしまったことにより、初手の小競り合いではナム達全員が競り負けてしまった。
「さぁ……このオレを楽しませてくれよ、三武家ぇ!!」
上位魔法をその身に受けたナムだったが、彼はすぐさま起き上がると、ビレイドに向けて拳を構える。
ナムの視線の先では、拳を受けたトウヤとミナも立ち上がっている上に、1番心配であったリィヤもタイフに肩を担がれながら起き上がっており、彼は安堵する。
トウヤとミナ、そしてタイフは元々が戦闘を得意とする人間達だが、リィヤに至っては割と最近まで普通の生活を送っていた一般人に近い。
手を掴まれて投げ捨てられただけでも相当なダメージを負っているはずだ。
彼女はバリア能力が異次元に高いが、本人は非常に貧弱なので、彼女が投げ捨てられた時には流石のナムも背筋が凍りついたものだ。
しかし、すぐにでも殺そうと思えば殺せたはずのリィヤを腕を掴んで投げただけに留めた辺り、ビレイドの言う「戦いたいだけ」という言葉に嘘は無いのだろう。
そうでなければ、犠牲者が出ていたのは間違いない。
「やるなビレイド……そこまで強ぇのに、よくあのネネのワガママに素直に応じたもんだ。」
「オレは世話になった女の子には優しくするタチなんだよ、それよりまだやれんだろ?」
「当然だ。」
その問いの答えに満足したビレイドは、手に持った巨大剣を軽々と頭上で振り回し始め、その威力により周囲に突風が吹き荒れる。
「そう来なくっちゃなぁ!」
ビレイドは剣の回転を1度止めると、それを肩に乗せて腰を低くする。
それは体のバネを利用して突撃する為の姿勢だった。
(アレだ……アレだけは受けちゃいけねぇ。)
ナムの視線は、ビレイドの持つ剣に真っ直ぐ向けられている。
4m近くあるその剣の攻撃を受ければいくら三武家と言えどもミンチになるのは避けられないだろう。
ビレイドの格闘と魔法も脅威だが、それら2つはまだ即死するようなものではない。
しかし、あの剣だけは違う。
(あんなもの……どこで手に入れやがったんだ?)
あれは普通の人間が使えそうな武器ではないことはナムでもわかる。
重量も大きさも規格外であり、何の目的で作られたものかも検討もつかない。
そんなことを内心で思っていたナムは、ビレイドから突然に声を掛けられ驚く。
「昔滅ぼした国の王の城から拝借したんだよ、装飾目的の剣だったらしいな、何せ玉座の上の壁に飾られてたからな、懐かしいぜ……あの頃はオレも青かった。」
「よくわかったな。」
「ずっと見られた状態でそんな不思議そうな顔向けられてたら馬鹿でもわかる、これで疑問はないか?
さぁ、続きと行こうぜ!」
ビレイドは腰を低くした姿勢から加速し、ナムに向けて肉薄する。
遠くからそれを見ていたミナとトウヤも慌ててこちらに近付いてきているが、恐らく間に合わないだろう。
ナムは肉薄してきたビレイドに向け拳を振るい、ビレイドはそれを首を逸らして避けると共に剣を横薙ぎで振るう。
それをナムは姿勢を低くして避け、素早くビレイドに向けてアッパーを繰り出した。
「流石は格闘の権化だな!」
ビレイドは素早くそれを後ろに飛び退いて避け、ナムに向けて掌を向けると、事前に集中させた魔力を変換し、巨大な氷の塊を真っ直ぐ放った。
「上位魔法、アイス・ストライク!」
ビレイドの手から放たれた氷の塊は高速でナムに向かう。
ナムは目を見開き、咄嗟に拳を氷の塊に向けて放ち、それを完全に砕き壊す。
しかし、その氷の破片によって視界を防がれていたナムの目前にビレイドが再び迫っていた。
「クイック・ベール、パワー・ブースト!」
「ちぃ!?」
速度を1.5倍ほど引き上げる魔法、クイック・ベール。
筋力を同じく1.5倍ほど高めるパワー・ブースト。
全身をその2つの魔法の効果により赤と青に点滅させたビレイドは、魔法の力で先程よりも更に早い速度で剣を振るう。
速度だけではなく力も増強されており、ナムが避けたビレイドの剣の振り下ろし攻撃は、地面へ巨大な轟音と共に亀裂を発生させる結果となる。
「楽しい……楽しいぞ三武家!」
剣を振り下ろした隙を突いたナムの反撃の蹴りを難なく避けたビレイドは、掌を地面へと当てる。
「中位魔法、フレイム・サークル!」
地面に魔法陣のようなものが同時に3つ、ビレイドとナムの間に壁を作るように発生し、そこから強力な炎が噴き出す。
ナムは咄嗟にその場から跳び去り、辛うじてそれを避けたが、鼻に髪が焦げたような匂いがまとわりつき、髪が少しだけ焼けたことを悟る。
「厄介な野郎だ!」
「言っただろ、オレは全てを極めた存在だとな。」
「羨ましい限りだ、俺は魔法だけはダメでな。」
ビレイドは再び掌をナムに向けると、今度は氷の槍を数発発生させ、それをナムに向けて放った。
「下位魔法、アイス・ニードル!」
不規則な軌道でナムに襲い掛かる氷の槍を、ナムは両拳を使って片っ端から破壊し、たたき落とす。
しかし、迫り来るのは氷の槍だけではない。
ビレイド自身が振るう巨大剣も同時にナムを苦しめる。
(くそ、なんて野郎だ!)
魔法と巨大剣の波状攻撃の前に、流石のナムも防戦か反撃だけになってしまう。
攻撃に移れないのだ。
「ブロウはその程度なのか!?」
「舐めんじゃねぇ!」
剣の攻撃の隙間で、ナムは無理矢理蹴りを差し込む。
しかし、ビレイドは余裕そうな表情でそれを避けると、彼はそのまま体を回転させ、反撃に転ずる。
全力の力と、クイック・ベールの効果、更に遠心力で振り抜かれた横薙ぎの攻撃は、ナムでも対応しきれないほどの速度に達していた。
(しま……!)
巨大剣がナムの体を薙ぎ払おうと迫り来る。
回避は不可能な距離と速度だった。
ナムは自身の死を覚悟し、仲間達も同じく末路を辿る可能性を危惧した。
しかしその時、ビレイドの周囲に突如として重力フィールドが展開され、彼の剣速が鈍った。
ナムは咄嗟にそのタイミングで間一髪で姿勢を低くして横薙ぎを避け、ビレイドに向けて拳を振るう。
「良いね……ようやく揃ったか!」
ビレイドはその拳を右側に跳躍して避け、それと同時にビレイドが立っていた場所に振るわれたメイスの攻撃も同時に避けた。
「悪いわね、遅くなったわ。」
「間一髪か、俺様もヒヤヒヤしたぞ……無理するなよ、ナム。」
「助かった、タイフとリィヤは?」
「向こうでタイフさんは未来眼で援護してくれる手筈よ、リィヤちゃんは……しばらく無理ね。」
目線をやると、タイフの近くで座り込んでいるリィヤが見える。
彼女の身体中は傷だらけになっており、あそこからしばらくは動けないだろう。
タイフを守るだけの力は残っていそうなのが救いかと、ナムは考えた。
「仕方ない、ビレイドは俺達3人で倒すぞ。」
「了解だ、俺様の可愛い妹をあんなにしたツケは払ってもらう。」
ナム達3人は、ビレイドに視線を向ける。
彼は3人の話が終わるのを律儀に待っていたらしく、その巨大な剣を肩に携えたまま立ち尽くしていた。
「終わったか、じゃあ行くぜ?」
ビレイドは自身の周りに魔法を数発展開させ、右手に持った剣を軽く振り回し、左の拳を開いたり握ったりした後に軽く数度前へと突き出す。
彼なりの準備運動なのだろうが、見た目だけなら遊びにしか見えない。
しかしその動作を笑うのは、彼の実力を知らない者だけであろう。
ナム達3人はそれぞれ散開すると、別々の場所からビレイドに攻撃を開始する。
ナムはビレイドの東側、ミナは西側から、そしてトウヤはビレイドから距離を取った上で魔法を展開している。
彼等の基本的な布陣であり、過去にも様々な強敵との戦闘で実績のあるものである。
「そうだ、もっとオレを楽しませてくれ!」
ビレイドはそう咆哮すると共に、ナムに向かってその巨大剣を振るう。
結果的にナムとの距離は近付き、ミナとの距離は開く。
突然近付いてきたビレイドに対して驚いたナムだったが、ビレイドから振るわれる剣を辛うじて避け、反撃の蹴りを見舞うが、ビレイドはそれを体をひねらせて間一髪で避けると、ナムに向かって展開した魔法の1つ、フレア・ボムを放つ。
「またそれか!」
爆発を避けるため、ナムはその場から大きく跳躍するが、フレア・ボムの爆発の威力を多少受けてしまい、その場から吹き飛ばされる。
そのタイミングでミナがビレイドに肉薄し、メイスを振るうも、ビレイドはそれを跳躍して避け、展開していた魔法の1つ、ウインド・カッターを放つ。
「そんなもの!」
ビレイドの放ったウインド・カッターをミナはその素早い身のこなしで余裕で避けるが、空中から降ってきたビレイドは突如としてその巨大剣を上へと放り捨て、拳を構えてミナに向けて数度の殴打を繰り出す。
ミナのメイスの攻撃を掻い潜りながら放たれる拳は、僅か2発程であるがミナの体を捉えて彼女を怯ませ、最後に腹部へと蹴りを見舞って吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
ビレイドはそれを見送ると、頭上に放り投げた巨大剣を受け取り、トウヤの放った魔法に向けてそれを振り回す。
「この剣にはアンチ・イマジナリが付与してあるんだ!」
実態のない物や存在への干渉を可能とするアンチ・イマジナリ。
ナムのガントレットやミナの武器には基本全てに付与されているものだが、どうやらビレイドの巨大剣にも抜け目なく付与してあるらしい。
それを聞いたトウヤは苦い顔をするが、それでも彼は魔法を少しでも命中させようと、魔力による操作を行い、ビレイドへと突撃させる。
しかし、その全てはビレイドの剣によってひとつ残らず斬り払われてしまう。
4m近くある剣を操ってるとは思えない程の正確さと速さにトウヤは驚くが、それでも諦めまいと魔法を再度展開する。
「何度やっても同じだぜ、マギス!」
ビレイドはトウヤに向かって走りながら、放たれ続ける魔法を次々と剣で斬り払い続ける。
どんどん距離は縮み、このままではさっきと同じ末路を辿ると感じたトウヤは、かなりの魔力を消費して背中に巨大な鋼の翼を展開した。
「スティール・ウィング!」
トウヤはその翼で空中へと移動し、間一髪で横薙ぎに振るわれた巨大剣を避け、そのままその翼を空中からビレイドへと振り下ろした。
「知らない魔法だな!? 流石はマギス!」
ビレイドは咄嗟に下から巨大剣を振り上げ、トウヤのスティール・ウィングをまるで打ち払うかのように激突させた。
お互いの攻撃は一瞬だけ硬直したものの、地面に足をつけたビレイドに力で適うはずもなく、トウヤは打ち払われてしまう。
「どうしたどうし……む!」
ビレイドは後ろに迫る気配を察し、慌てて姿を確認すると、その巨大剣を再び上へと放り投げる。
そこに迫っていたのはミナであり、双剣に持ち替えた彼女が背後から迫っていた。
「いいぞ、その尽きない闘志!」
ビレイドは向かってくるミナに対し、最後の魔法を放つ。
放たれた巨大な電撃の玉、ボルテック・キャノンはミナに向けて真っ直ぐに襲い掛かる。
「当たらないわよ!」
ミナはそれをサイドステップして避けるが、ビレイドはそれを予知しており、避けた彼女に向けてその拳を構える。
先程のように、彼の拳によってミナがダメージ負う流れ、それは変わらない筈だった。
「俺もいるぜ?」
吹き飛ばされたナムだったが、その高い身体能力で素早くビレイドに肉薄していた。
流石にもう少し掛かると思っていたビレイドは、予想外の存在の参戦に珍しく慌ててしまう。
(魔法はねぇ……剣も上だ……仕方な。)
「遅せぇよ!」
ビレイドは咄嗟にナムに向けて拳を振るうが、ナムはそれを呆気なく捌き、逆にビレイドの体へと数発の拳を叩き込む。
「あがっ!?」
最後に、ビレイドを吹き飛ばさないよう内部へとダメージを与えるように力を調整した蹴りを受けた彼は、その場で吐血をした。
それはこの戦いが始まってから初めての彼のダメージであった。
「……!?」
しかし、ビレイドは痛みから復帰して跳躍し、空中の剣を受け止めてからナム達3人から距離をとる。
それに驚いたのか、または他の何かに気付いたのか。
ナムはそれを呆然と眺めていた。
「ちょっと、どうしたのよ折角のチャンスを。」
「あ、あー……すまねぇ、それより今俺は違和感を感じた……気がする、なんだ?」
ナムは距離を取ったビレイドから視線はそらさずに、今感じた違和感を思い出す。
ナムにとって、それは無視出来ない違和感だった。
恐らくもう彼の中では答えが出ている、後は思い出すだけなのだ。
「なぁ、お前らビレイドにどんな攻撃された?」
「こんな時に何よ全く……私は大体魔法か格闘受けてるわ。」
「俺様はさっきから剣と格闘だな。」
空中に吹き飛ばされたトウヤもスティール・ウィングでゆっくりと降り立つ。
ナムはそんなトウヤに目もくれず、今の言葉を吟味していた。
そして突然、彼は顔を上げる。
「わかったかもしれねぇ。」
ナムは視線を真っ直ぐビレイドへと向けている。
彼は先程の攻撃で多少慎重になったのか、無闇に突撃してこない。
「俺も話しておこう、魔法か剣だ。」
「それがどうし……ん?」
ミナも何かに気付いたように考え込み、トウヤはまだ分かっていなさそうで、何か小さく呟いていた。
「俺様が格闘と剣、ミナさんが格闘と魔法、ナムが剣と魔法……む?」
自分の放った言葉で、トウヤも何かに気付いたようだ。
「わかったか? アイツは……俺達の得意とする分野では攻撃してこねぇんだよ。」
ナムの言葉を聞いたビレイドは、苦笑いをしていた。
それは痛みに耐えるようなものにも、秘密に気付かれてしまったとでも言うようなものにも見えた。
「そして、俺が今偶然奴と格闘勝負をした……正直に言わせて貰うと……技術がまだまだ甘い……つまりだ。」
ナムは人差し指をビレイドへと向ける。
「奴は……全ての技術を高水準に鍛えてはいるが、俺たちみたいな本当に1つを極めた存在には遠く及ばねえんだ!」
ナムの考察は合っていた。
ビレイドは全てを満遍なく鍛えた。
そのせいで、一つ一つを完全に極めたと言われればそんなことはなく、むしろ全てが中途半端になっているのだ。
例えるなら、ビレイドは3つの戦術全てを10段階中9まで極めている存在だ。
だからこそ、それぞれの分野だけを10極めたナム達には単体では敵わないのだ。
ビレイドもそれはわかっていた。
だからこそ、相手が得意とする戦法とは違う戦法で必ず戦うようにしていた。
高位の格闘家相手に格闘でやっても隙を突かれる。
それならば、魔法や剣で攻撃をすることにより、その弱点を紛らわせることにしたのだ。
「光明が見えたぜ、良いか? 連携して奴の攻撃手段を、俺達の得意分野に合わせてやればいい!」
「そういう事ね、了解よ!」
「やれる、勝てるぞナム!」
盛り上がるナム達をビレイドはしばし眺めた後、彼は突如として大笑いを始めた。
「ハーハッハッ! いいぞ……そうだ、オレを……もっと楽しませろぉ!」
ビレイドは剣を肩に構え、再び周りに魔法を展開する。
「そうさ、オレは確かに全てが中途半端かもしれない……だがな、それがわかった所でどうやってこのオレに狙った戦法を取らせるつもりだ?」
弱点を知られて尚、ビレイドは余裕を崩さない。
彼はそれだけの弱点を有していながら、最強の四天王として君臨している。
それはつまり、弱点を知られて尚戦えるだけの知恵と力を持つからだ。
「オレの圧倒的有利から、互角になっただけの話だ。
これで終わりじゃねぇぞ、ここから仕切り直しだ……三武家ぇぇえ!!」
ビレイドの咆哮を皮切りに、ナム達は再び激突するのだった。
ビレイドはいわゆる器用万能型です。
戦闘が予想以上に長くなったので切ります!




