2章:ドウハとザベル
曲線を多く取り入れ、黒を基調とした頑丈な鎧を二重に着込んでいるネイキッドであるドーガ。
鎧と同じく、適度な曲線を採用した背丈より大きい大盾2つを構え、鎧のサイズもプラスされ3m近い身長になっている彼は、三武家の中の一つであるマギスの当主、ドウハと対峙していた。
ドウハの放つ魔法の数々に対し的確に盾で防ぎ続け、ドウハに向かって進み続ける。
ドーガのもつ巨大な盾は、本来は硬い装甲を貫通する雷属性の魔法すらをも見事に防ぐ。
魔法の力を完璧に防ぐ破魔系統の付与がされている盾の前には、ドウハの魔法ですら例外では無いようだ。
しかしそんな状況であろうと、ドウハはドーガに向けて魔法を放ち続ける。
ドウハも既に盾に破魔の付与がされている事にはとっくに気付いているだろう。
それにも関わらず、ドウハの放つ膨大な数の魔法は途切れない。
1発1発は高くて中位魔法程度だが、あまりにも数が多い為、ドーガも防ぐだけで手一杯になっていた。
しかし、その膨大の数の魔法を防ぎ切るドーガの守りの技術も高いのは明確だ。
普通のヒューマンであれば、この膨大な魔法の前に何も出来ずにとっくに死んでいるだろう。
「素晴らしい……素晴らしいぞマギス当主!!」
「この数の魔法を防ぎ続けるとは……予想以上に厄介なヒューマンだ。」
ドウハは、自分の両手の指全てに魔力を集中させ、それを次々に変換して魔法を放っている。
魔法を撃つと同時に再び集中させ、再び変換して放つ。
それを途切れなく行う、ドウハの得意とする戦術だ。
ドウハの膨大な魔力量、魔力操作技術、20近い魔力集中箇所。
それぞれが極限にまで高められた彼だからこそ出来る戦法である。
ドウハの表情は冷めており、目の前の敵をただ葬ることだけを考えているような冷酷な表情を浮かべている。
彼の子供であるトウヤ、そしてリィヤと接している時の優しげな笑顔がまるで嘘のように。
最初は浮かべていた殺意も既に消え失せ、ドーガを殺すことを作業のようにしか感じていないようにも見える。
これが、敵対する者に対して一切情を持たない、ドウハの本性である。
それを薄々と感じているドーガは、僅かに背筋を凍らせながらも懸命に戦っていた。
(本当に人間か……この男。)
前から迫り来る魔法の数々を、ドーガはひたすらに防ぎ、少しずつではあるが歩みを進める。
ドウハはその場から動いていない。
彼はひたすらに、自らの指から連続で魔法を放ち続けている。
ドーガ相手には動く必要がないとでも言うように。
「だが……それを超えてこそ吾輩の力が示される!」
ドーガは超えるべき敵を見つけたことにより、自分にも言い聞かせるように大声でそれを叫ぶ。
自らの守りの力を試すべき相手。
ドーガのような守りの力を持った存在にとって、本来であれば天敵とも取れる存在の頂点。
破魔の力を持った盾を持ってしても近付くことすらままならないほどの強敵、マギスの当主。
「盛り上がってるところ悪いんだけどね、死にたくないならこっちに来ない方がいい、今ならまだ間に合う。」
「こちらからも助言をしてやる、吾輩相手に油断すれば死ぬことになる!」
いくら三武家の当主と言えど、あくまで人間である。
肉体の強度は高くない。
つまり、強力な攻撃を素早くドウハの体に叩き込めば倒せるのだ。
彼はあくまで魔術師であり、恐らく他の2人よりも打たれ弱い筈だ。
「ならば……!!」
魔法の雨とも言える状況の中でドーガは盾での防御を軽く緩め、先程よりも早く歩みを進める。
前に進むことに意識を向けた結果、多少であるが盾さばきが鈍り、結果的に体に命中する魔法も増えるが、ドーガはそれに気付いていながらも気にすることなく、前へととにかく進んだ。
「やめておけ、死ぬだけだ。」
ドウハから放たれた言葉も意に返さず、ドーガはどんどん速度を早めていく。
頑強な鎧を着込んでいるとは思えないほどの速度で突き進むドーガの体には次々に魔法が命中し、体へのダメージに繋がっていく。
「吾輩が守りだけの存在だと思っているなら、貴様の負けだマギス!!」
ドーガは高速でドウハに近付きながらも2つの盾のうち、盾の側面が刃になっている方の盾を下側に、もう片方の棘の付いた盾を上側にして上下に取り付ける。
体全体を守れる程の高さを持った盾が2つ重なり、一見巨大な剣のようにも見える代物へと変化する。
「……!?」
「守り……それは力にもなる!!」
棘の付いた盾の方を手に持ち、側面が刃になった盾が刃先になるような形で構える。
盾を武器に変換したことにより守りの力は弱くなるが、彼の来ている鎧も頑強な為、多少の魔法なら問題にすらならない。
驚愕するドウハを攻撃範囲に捉えられる程に肉薄したドーガは、その巨大な武器を振りかぶる。
「守りだけと侮ったな……マギス!!」
ドーガは全力でその巨大な武器を振り抜き、見事にドウハの体へと刃が命中する。
ドーガの狙い通りだった。
マギスは確かに魔法力は並外れているが、身体能力は三武家最弱なのだ。
こんな大振りの攻撃にすら命中したのがそれの証拠だ。
他のブロウやアーツであれば簡単に避けられていたであろう事は容易に想像出来る。
「吾輩は……マギスを下したのだ!」
ドーガの攻撃を受けたドウハは、その質量によって吹き飛び、地面へと強く打ち付けられ、転がった。
ドーガは自らの力が、人間最強の存在ですら問題にならないほどに高いことに誇りを持つ。
「吾輩と……ピードとワパーが集まれば……敵無しだ!」
ドーガは喜んだが、他の仲間2人はまだ戦っていることを思い出すと、どちらかに加勢しようと移動しようとした。
「……!?」
しかし、それは叶わなかった。
疲労で体が動かない、訳では無い。
理由はわからないが、何故か足が動かない。
「なんだ……!?」
ドーガは体の様子を見ようと首を動かそうとするが、それすら不可能だった。
足だけではない、腕も……指すらも動かせない。
「私は警告した、近付かない方がいい、死ぬことになる……とね。」
ドーガは聞こえた声に驚く。
それは先程致命傷を与えたはずの男、マギス当主の声だったからだ。
しかし、それを確認しようとしても首が動かない。
ドーガが混乱している中、彼の体は勝手に動き始める。
いや、正確には違う。
自らが着込んだ鎧によって、ドーガの体が無理矢理動かされているのだ。
「魔術師の強さはなんだと思う? 魔法の強さ? 魔力の高さ? 集中箇所の数? どれも違う。」
勝手に動く鎧により、ドーガの体はドウハの方向へと向けられる。
鎧によって無理矢理体を動かされる影響で、若干の軋みすら覚えるほどだ。
「応用力だよ……魔法の力は目に見えるものだけでは無い……これのようにな。」
ドウハは地面からゆっくりと立ち上がると、体に纏ったアース・メイルが崩れ去っていく。
その魔法には覚えがあった。
どんな攻撃でも一撃は必ず防ぐ上位強化魔法。
ドーガも是非とも習得したいと考えていた……しかし、今はそんなことはどうでもよかった。
「君はポルター・ガイストという魔法を聞いたことがあるかな? 魔術師が落とした杖等を戦闘中に遠くから回収する為に使われる魔法だ。
つまりは人工物を操る魔法だよ。」
ドウハは体の土を払ったのち、右掌をドーガに向けるように差し出す。
「ポルター・ガイストは応用が効いてね、杖の回収だけでなく……剣を操って安全圏から遠隔攻撃したり、投擲武器を確実に敵に命中させたりできるんだ……そこまでやるには訓練が必要だけどね。 息子なら簡単にやれるだろう。」
ドウハは向けた右手の指を少しずつ曲げ、同時にドーガの鎧も少しづつ内側へと移動する。
「後は……言わなくても分かるね、今まさに君が受けているそれ……それもポルター・ガイストの効果さ。
極めればこんな事も出来るようになる。」
「ポルター・ガイストは下位魔法のはず……!? こんな力が!?」
「わかってないねぇ……いや、魔術師じゃないか君は。」
ドウハは更に指を曲げ続け、握り拳まであと半分といった場所まで到達する。
それと共に、ドーガの体を圧迫する鎧の圧力もどんどん増していく。
「マギスにとって……下位だ中位だ上位だ最上位だなんてのはね……ただの飾りなんだ。」
ドウハは更に指を曲げる。
「流石の私でもあまりにも対象が遠いと、この魔法の制御は上手くいかないものでね、だから言ったんだよ。
近付いたら死ぬと。」
ドーガは今更ながらにこの魔法の意味を悟る。
ドーガの着込んだ鎧。
それは全て人工物だ。
「君は凄いヒューマンだった……それは誇っていい、この私に一撃与えたんだ、あの世で十分に自慢したらいいさ。」
「ま……まて」
ドーガの言葉を全て聞く前に、ドウハはその指を完全に曲げて拳を作る。
それと共に、ドーガの着込んだ鎧は全て中心に強引に集められ、中からは絞られた果汁のように赤い血液が噴出する。
「こんなヒューマン……昔はいなかったけどね……魔物の超強化は本当のようだ。」
ドウハはポルター・ガイストを解き、強引に纏められた鎧は金属音と共に崩れ去る。
中身の状態は言うまでもないだろう。
「さて……他の2匹は2人に任せて私は休むとしよう、久しぶりに疲れた。」
ドウハはそういうと、その場で座り込んだ。
「歳はとりたくないね。」
ドーガという強力なヒューマンを1人で倒したとは思えない程に、彼はあっけからんとそんなことを言うのだった。
三武家の1つ、アーツの当主であるザベルとピードは、激しく剣を交えていた。
ザベルの剣術の腕は高く、それに追従するピードも同等の腕前を持つだろうことは簡単に読み取れる。
しかし、ピードの持つ刀。
バラモ・ブレイドの特殊な力により、ピードの動きは更に予測不能となっていた。
高い剣の腕と予測のできない動き。
その2つを兼ね備えた敵相手に、流石のザベルも冷や汗を流している。
(厄介な力だ。)
バラモ・ブレイドは使用者を操ることが出来る。
それも操った瞬間が空中で滞空していようと無理矢理にもう一度跳躍や後方への移動を可能にするレベルでだ。
しかもそれは剣からの体の操作を、使用者が奪い取ることによっても発生する。
ピード程の速度と剣の腕を持った存在がその力を持つ。
その意味はとても恐ろしいものだ。
「この剣の力を使った拙者と互角に切り結ぶとは……流石でござる!!」
空中に跳躍したピード目掛けて剣をふるったザベルに対し、その状態から更に上へと跳躍して回避したピードは、そこから更に下に向けて跳躍するように高度を下げて剣を振りかぶる。
ピード自身が跳躍し、剣に操作が移ってもう一度上へと跳躍させ、ピードが体の操作を奪い取って下に高度を下げたのだ。
人間技ではない動きをするピードに対し、ザベルは冷や汗を流しながらも冷静に対処し、その剣を受け止める。
「本当に厄介な剣だ。」
「これすらも対処するでござるか……人間なのに化け物じみてるでござるな!?」
空中からの振り下ろしを受け、カウンターでもう一本の剣での薙ぎ払いを繰り出したが、ピードはそれを更に空中で跳躍して避け、地面へと降り立つと同時に高速で突撃し、突きを繰り出してくる。
地面に降り立つと共に間髪入れずに突撃してくるなど、普通は対処出来ないが、ザベルはそれを予測していたかのようにさばき、反撃の剣を振るう。
「くっ!?」
ピードは咄嗟に後ろへと跳び去り、その剣を避ける。
本来であればバラモ・ブレイドの力を使って追撃をする予定だったが、ザベルの反撃があまりにも早かったせいで跳び退くしか出来なかったのだ。
「相棒、あの男やべぇな。」
「拙者とお前の力を合わせて互角……ありえんでござるよ。」
ザベルはいまだに息を切らせた様子はなく、対するピードは能力の行使をし過ぎたせいで普段よりも消耗していた。
無理矢理体を動かす能力を代償も無しに使えるわけでない。
生き物としてありえない体の動きは、確実にピードの体力を奪っているのだ。
「疲れているな。」
ザベルは敵の様子を確認すると、ホッと安心したように息を吐く。
流石のザベルも、敵の能力を際限なく使われていたら手こずるところだったのだ。
しかし、敵の疲労がザベルの予想以上に早いとなれば、立ち回り次第では有利に取れるからだ。
しかし、ピードもヤワな存在ではない、ザベルが有利になる程に疲労を蓄積させるのも楽では無い。
ザベルもそれはわかっている為、今の状況に希望を持ちながらも楽観視はしない。
「拙者の疲労を待つつもりなら、それは期待できないでござるよ……確かに普段よりは疲れやすいでござるが、まだまだ余裕でござる。」
「安心しろ、そこまで姑息ではない。」
ザベルは面倒そうにそう答えると、おもむろに右腕に魔力を集中させる。
ミナやガルドと同じように、ザベルも僅かではあるが魔力が存在するからだ。
そして、アーツの当主である彼も、ミナやガルドと同じように魔法による付与魔法を使っての戦闘こそが本領である。
「フレイム・オーラ。」
ザベルの放った付与魔法の効果により、ザベルの持つ双剣の刀身に炎が纏い、彼はその双剣を素早く回転させる。
その行為により刀身を纏う炎はみるみる大きくなり、発動時の3倍近い炎となった。
「剣士でありながら魔法も使えるとは……でござる。」
「安心しろ……武器への付与しか使えん。」
ザベルの言葉が終わると同時に、彼はその双剣を全力で横薙ぎに振るい、その炎が纏った刀身から炎の柱のような物がピード目掛けて伸びるように襲いかかる。
ピードは目を見開き、慌ててその場から横に飛び退いて炎の柱を間一髪で避ける。
ドルブの町で遭遇した、ベルアの部下であった3体のビーストの1体、ドロイドとの戦闘でミナも使用したアーツの奥義、火炎柱である。
ミナは相当な準備をした上で放てる技であったが、ザベルはそれを非常に簡単な手順で放つことが出来るのだ。
「ほう……付与で発生した炎を放つ技でござるか。」
「そうだ、カラクリとしては簡単なものだ。」
ザベルは両手の双剣を更に回転させ、炎を再び巨大化させてからピードに向けて2発の火炎柱を放ち、ピードはそれを素早く体を動かして避けながらザベルへと突撃する。
ザベルは火炎柱を何度も放ち続け、ピードは剣の能力を使いながらの異常な身体能力を使いながらザベルへと肉薄する。
「その技……直線的だから避けやすいでござるなぁ!!」
「……。」
ピードの振るう高速の剣に合わせ、ザベルの炎を纏った剣も振るわれ、異次元の速さでぶつかり合うお互いの剣の衝突音が連続で辺りに鳴り響く。
その激しい戦闘中であっても、ザベルは極めて冷静であった。
(コイツの速さの前には、アーツの奥義すら有効打にならない。)
全てを燃やし尽くすアーツの奥義、火炎柱。
威力は確かに強力だが、当たらなければ意味は無い。
武器戦闘術の権威であるアーツの勝利条件は2通り。
剣を始めとした武器による攻撃と、炎を使った奥義である。
ピードへの対策を考えている中、ザベルは不意に放たれた敵からの攻撃をすんでのところで回避する。
(敵が油断している……今がチャンスだ。)
ザベルは背中から殴打武器を取りだし、ピードに向けて振るう。
敵はその武器による攻撃を武器で受けるのはマズいと判断し、その場から跳びさってそれを避け、ザベルから数メートル程の距離を取った。
(……狙い通り。)
しかし、それこそがザベルの狙いだった。
距離としては大したことないが、ザベルにとっては意味を持つ。
「フレイム・オーラ。」
ザベルは双剣の炎は解除しないまま、更に殴打武器や弓、その他の武器に見境なく炎を纏わせる。
炎が纏った武器は総数で8本にもなる。
(何を狙っているでござるか?)
敵の突然の奇行に困惑するピードだったが、何かを狙っていることだけは分かった為に、無理に突撃することはしない。
それこそがザベルの狙いだとも気付かずに。
「貴様は速い、ならば動けなくしてしまえばいい。」
「そんなことが出来るでござるか?」
「可能だ。」
ザベルは炎を纏わせたそれぞれの武器を巧みに操つり、8本全ての武器の炎を巨大化させる。
「アーツの奥義である火炎柱は確かに直線的だ……しかし。」
炎を満遍なく巨大化させたザベルは、それらをまるでお手玉をするように空中に投げ、掴み取るを繰り返す。
「アーツがその弱点を……そのままにしているとでも?」
ピードはその言葉を聞き、何故か嫌な予感がした。
あの炎の柱を飛ばす技は、どうやっても直線的にしか撃てない。
それならば何発放たれようとピードに当たることはない。
なのに何故か彼は嫌な予感を感じていた。
(よく分からんでござるが……奴がなにかする前に殺すべきでござるな!)
ピードはそう決意し、素早くザベルへと突撃する。
それと同時に、お手玉のように武器を操るザベルの手元に戻ってきた武器の1つを全力で振るい、火炎柱を1つ放つ。
ピードはそれを先程と同じように右に動いて避け、ニヤリと笑った。
(心配して損したでござる……ただの連続攻撃でござるか。)
ピードがそう思うと同時に、再びザベルから同じ技が放たれる。
今度はピードの右側目掛けて放たれた。
絶対に当たらない位置だったのを確認したピードは、あえて避けず、2本の火炎柱の間を通るような形となった。
(当ててこない? いや、避けると思ってわざと逸らしたでござるか?)
そして、ピードとザベルとの距離が縮まっていくにつれ、更にザベルから同じ技が連続で放たれる。
1本目の技が消えない内に、次々と放たれる火炎柱は、それのどれもピードを狙ったものではなかった。
「何を……!?」
「馬鹿野郎! まだ気付かねぇのか!?」
困惑していたピードは、自身が持つ武器からの怒鳴り声を聞き、そこで初めて気付く。
ピードの周り。
下を除く8方向に火炎柱がまるで壁のように伸びていたのだ。
驚くピードを眺めながら、ザベルはそれぞれの武器を放り捨て、双剣だけを手元に残してから、今度はザベルがピードに向けて走りだす。
「先代から引き継いだ奥義を、更に昇華させたものだ。」
ザベルは炎の柱の中心に捕らえられたピードに向けて、真っ直ぐに突撃する。
「火炎神殿……ここまで使わせたお前を……賞賛する。」
「ま……まず!?」
ピードは剣の能力を使おうとするが、周りはあの炎の柱に塞がれている。
逃げ場などない。
「さらばだ。」
ザベルは、慌てるピードに向けて剣を振るう。
「多頭蛇。」
ザベルの放った技。
それは全ての剣閃が同時に放たれたと思えるほどの高速連続攻撃。
高速で動くピードを仕留める、まさにこの時の為に今迄の戦闘中で隠していた切り札。
ピードは慌てて防ごうとするが、そんな速度の剣を全てさばくことなど出来ず、彼の体に何発も剣が命中し、切り裂いていく。
「拙者が……この拙……!?」
ザベルの振るった最後の攻撃が、見事に彼の首に入る。
強力な一閃は、それを防ごうと掲げていたバラモ・ブレイドの刀身ごと、ピードの首を斬り飛ばした。
「切り札を2つも使わせるとは……ミナではまだコイツには勝てなかったな。」
自らがこの強敵と戦えた事に安堵したザベルは、それぞれの武器を拾い集め、体の至る所に収納する。
収納と共に、首を斬り落とされたピードの体は力なく倒れ込み、刀身を折られたバラモ・ブレイドも、もはや喋ることは無い。
(終わったな。)
ザベルはそう内心で安堵すると共に、久しぶりに自身の全力を出したという現実に危惧もした。
ザベルとピードの戦いは、こうして終幕したのだった。
2つの勝負の決着です。