2章:特別な存在
鎧の重ね着により、3mを超える巨体となっているドーガ。
そんな彼の前には一人の男が立っており、彼は右手に生成した炎をまるで遊ぶように自在に操っていた。
「突然すまないね……たまたま帰ってきたらとんでもないことになっていたから助太刀することにしたんだよ。
私はマギスの当主を務めているドウハだ、短い間だがよろしく頼む。」
「当主……だと?」
ドーガは自身の持つ盾を前へと持っていき、敵の魔法攻撃に備える。
マギスの当主となれば、今ベルアの元に向かっているあの3人よりも更に強力な存在であり、人間の魔術師の最高峰でもある。
そんな存在がこの侵攻戦に現れるとは全く想定していなかったドーガは、普段見せないほどに緊張しているようであった。
「マギス当主……人間最強の魔術師……そうか。」
「どうしたのかな……震えているよ?」
ドウハの言葉を聞き、自らの体の状態を初めて自覚したドーガは驚く。
彼の言うとおり、ドーガの体は震えていたのだ。
しかし、ドーガはそれを自覚した上で、大きな声で高笑いを始める。
「何がおかしいのかな?」
「ハッハッハ……すまない、吾輩は確かに震えていた。
だが安心してくれ、この震えは恐怖からではない。」
ドーガは前に構えた盾を1度横に外すと、それを横に置いて空いた手を横へと広げる。
「マギス当主、貴様を吾輩が倒すことが出来れば……吾輩の守りを貫ける者は最早存在しないことの証明になる、それが吾輩には嬉しいのだ!」
「なるほど……確かに私の魔法を防ぎきった上で倒すことが出来ればその通りだろう。」
ドウハは静かに微笑み、右手のそれぞれの指に1つずつ魔力を集中させていく。
その5つの魔力一つ一つが上位魔法を放てるほどの量である。
「だが……それは儚い夢だったと君は最期に悟る、私が甘いのは愛する息子や娘に対してだけなんだ。」
ドウハは優しい微笑みから突如として殺意に溢れた真剣な顔へと変わり、その指から各属性の上位魔法を5つ同時に発動する。
その全ての魔法の速度は弾丸のようであり、ドーガは後ろへ盾を咄嗟に置き、更に前にも盾を設置する。
前の盾に5つの上位魔法が炸裂し、莫大な威力がドーガに叩きつけられるが、後ろに置いた盾で体を支えて辛うじて全てを防ぎ切る。
まさか防がれるとは思っていなかったのか、流石のドウハも目を大きく見開く。
「おお……! 今のでその辺のヒューマンならば塵すら残らずに消え去るというのに……君はヒューマンの中でも相当な手練みたいだね……ならば私も遊んではられないな。」
ドウハは、目の前の魔物が予想外の強敵だと経験から気付いたようだ。
ドーガも余裕の姿勢を崩しておらず、お互いに余力を残しており、激しい戦いは避けられないだろう。
2人はそれぞれの武器を活かすための行動を最速で取り始め、ぶつかり合い始めたのだった。
「しっ!!」
突如現れた双剣使い。
いや体に装備した各種様々な武器を見るに得意なのは双剣だけでは無いのだろうが、ピードはそんな敵の双剣を躱し、自らの武器を敵に向かって振るう。
しかし、双剣使いの男はピードが振るった黒を基調とした禍々しい刀のような物の刀身に足を乗せて後ろへと跳び下がった。
「拙者の武器に足を……!?」
ピードは確実に敵を斬れる速度で攻撃を放った筈だった。
しかし、この寡黙な人間はそれを容易く避けてしまった。
ピードは本能で敵の強さを悟り、さらに緊張感を高める。
「何か話したらどうでござるか? 喋れない訳では無いのでござろう?」
「…………。」
双剣の男は後ろへと跳び下がると同時に、地面を足で蹴りつけ、再びピードへとその神速の剣を奮ってくる。
ピードは喋らない敵にイラつきながらも、その神速の剣を防がなくては両断されてしまうので全力で捌く。
周囲に連続で金属音が鳴り響き、軽めではあるが衝撃波すら周囲に広がり続ける。
「…………アーツ当主、ザベル。」
「今名乗るでござる……か!?」
ピードは横薙ぎに振るわれた剣閃をしゃがむことにより紙一重で躱した。
しかしザベルはそれを予測しており、腰元からいつの間にか抜き取った投擲ナイフを至近距離でピードへと投擲する。
「……!?」
驚くピードに投擲ナイフが迫り、しゃがんでいる彼は絶対に回避が不可能。
そうザベルも考えていた、普通ならばその通りだからだ。
しかし、ピードはしゃがんだ状態から突如後方へと跳び去った。
投擲ナイフは虚しく空を切り、地面へと深々と突き刺さる。
「…………!?」
流石のザベルも目の前で起きた現象に驚き、後ろへ跳び去ったピードを追うことをせずに警戒するだけに留める。
そんな時、ザベルの耳に聞きなれない声が聞こえてきた。
「だぁぁぁ! テメェ馬鹿か! そんな避け方したら死ぬぞ!」
「た……助かったでござるよ、まさかあの距離で投擲ナイフを使うとはでござる。」
ザベルは視界にピードを捉え続けながら、可能な限り周囲に視線を向ける。
しかし、その視界に声の主を捉えられなかったザベルは珍しく困惑しているようだ。
「テメェに任せてたら死んじまうぜ、オレも参加してやるよ!」
ザベルはもう一度聞こえた声の方向を今度こそ聞き取り、そこへと視線を向ける。
それは彼の手に握られている刀のような武器からではないかと、彼は驚く。
「おっと……お前が五月蝿いから早速バレたようでござるよ。」
「オレのせいにするな、さっきのテメェの攻撃すら避けるやつに隠しても意味ねぇだろがよ!」
「その刀……いや武器は……バラモ・ブレイドか?」
ピードは武器の名を当てられて目を見開くが、相手がアーツの当主であることを思い出すと、納得したようだ。
「流石武器戦闘術の権威でござるな……ご名答、これはバラモ・ブレイドでござるよ。」
「まさか、実在するとはな……それならばあの動きも納得する。」
ザベルはそれだけ言うと、無言で剣を構える。
「自我のある剣……いや武器として不定形、持ち主の得意とする武器に姿を変え、持ち主の体を操作することすら可能とする、過去に現れた悪魔を封印したとされる魔剣……貴様が持っているとはな。」
「急に饒舌になったでござるな……そこまでバレているとは驚いたでござるよ。」
バラモ・ブレイド。
ザベルの言った通り自我を持つ武器である。
持ち主を操作……というよりその場から強制的に動かすことを可能とする。
それこそ、持ち主が地面に寝転んでいようが、強制的に真上に跳躍させることすら可能な程の力を持つ。
そしてこの魔剣に体を操作されている状態でも、持ち主は無理矢理体の操作を自分へ戻すことが可能であり、その時は逆にどんな無理な姿勢でも、ありえないほどの動きを取ることができる。
ピードの異常な行動はこの剣の能力によるものであり、元から異常な速度を誇るピードに強力な撹乱能力が追加されてしまっている。
そして、ザベルもその力を知っているので先程のような無理矢理な攻めを行えなくなってしまった。
「急に慎重になったでござるな……流石にこの武器……いや、拙者の相棒の力が怖いでござるか?」
「…………そうだな、厄介だ。」
ピードの煽りに対し、ザベルは素直に認めた。
いくら人間最強の剣士として名を馳せるザベルであろうと、物理的にありえない動きを可能とする強敵相手には慎重にならざるを得ないのだ。
「さて……ここからが本番でござるよ、アーツの当主を斬れる……剣士の一人としてはこれ以上ない喜びでござる……!!」
「…………光栄だな、久しぶりに本気を出せそうだ。」
そう言うと、ザベルは突然構えた双剣を上へと放り投げ、自らが着込む男用の着物に手を掛けてそれを脱ぎ去ると、空中から落ちてきた双剣を再び手に取る。
「……ほう。」
装甲自体は薄目の非常に動きやすい作りの甲冑が、脱ぎ捨てた着物の下から外にさらけ出された。
着物に隠されていた甲冑の至る所にナイフやチャクラム、背中に小型の弓、その他多数の武器が装着されている。
「……この姿を見せたのは久しぶりだ。」
「恐ろしい数の武器……これは楽しめそうでござる!!」
ピードとザベルは再び衝突し合い、周囲に多数の金属音と衝撃波を飛ばし続けるのだった。
無数の拳同士がぶつかり合い続け、地面の至る所には小規模のクレーターが発生している場所。
ワパーと腕に着いていた6つのブレスレットを全て外し、体の大きさが一回り大きくなったガイムは、お互いの自慢の体で勝負していた。
ブロウが使う筋力低下の呪いが付与されたブレスレットと同じ呪いが付与された鎧を無理矢理着せられていたワパーは、久しぶりの全力に感動しているようだ。
ワパーの格闘術はなんと全力のガイムに引けを取らない。
背中に背負っていたバトルアックスはワパーにとっては邪魔な武器であったらしく、自らの手でその辺の地面へと雑に捨てられていた。
筋力低下の呪いの効果で無くなった力を、彼は無理矢理武器を振り回すことにより補っていただけなのだ。
ワパーの本領は格闘術である。
「やるじゃねぇか!!」
「お前もおいどん相手にやるでごわす……流石はブロウ当主!」
お互いの無数の拳は、それぞれの拳同士でぶつかり合い続け、蹴りも同様だ。
長い時間拳を交えているが、未だ体へのダメージ自体はない。
唯一の違いとしては。
ガイムの拳を拳や腕で直接的に受けるワパー。
ワパーからの拳の衝撃を寸前で自身の拳を僅かに引くなどして力を受け流す形で受けるガイムの違いだけだ。
その違いから、僅かではあるがダメージが入ってるのはワパーであるが、当の本人はそんなことも気にせず、何故か少し不思議そうな表情をしていた。
ピードやドーガと違い、唯一鎧を着込んでいないワパーはその表情を見ることが出来るので、ガイムもそれを察せられるのだ。
しかし、ワパーが何かを考えたことによる僅かな隙。
そのせいでこの戦いの流れは少しだけ変わった。
考え事をしたせいで僅かに反応が遅れたワパーの腹部、そこにガイムの拳が叩き込まれたのだ。
「ぐぅ!?」
腹部の痛みに耐えながらワパーはガイムに対して拳を振るい、その場から跳び退く。
2人の距離は自然に離れ、息もつかぬ攻防は一旦終わりを迎えた。
「どうした、何を考えてやがる?」
「ぐっ……スマンでごわす、戦いに集中していなかったでごわす。」
ワパーは殴られた腹部を1度撫で、それからその撫でた掌を何故か凝視し始めた。
あまりの隙の大きさにガイムも攻めあぐねてしまい、戦いの最中とは思えない空気が漂う。
「……1つ聞きたいでごわす。」
「なんだ、聞いてやるよ。」
「心が広いでごわす……ならば遠慮なく。」
ワパーは拳を下ろすと同じように拳をおろしたガイムの様子を見て、不意打ちはないという確証を得たことにより本心から安堵する。
「実は、前に東の森でお前の息子……ブロウの跡継ぎと戦ったことがあるでごわす。」
「そうか。」
ワパーの発言を静かに聞いたガイムは、不思議と表情を強ばらせる。
それは何か嫌な予感を感じたような、そんな微妙な表情であった。
「その時、おいどんは残りの2人……ピードとドーガ共に3対1で戦っていたでごわすが、おいどんだけ奴の拳をモロに腹に受けたでごわす。」
「ほう、……お前だけってことは、負けたなアイツ!」
ガイムは急に高笑いを始めてしまう。
自分の息子が負けたという情報を聞いたとは思えない程の清々しい笑いだった。
「本題はここからでごわす。
おいどんは偶然にも、お前と跡取りの拳を両方受けたでごわす。」
「何が言いてぇ?」
ニヤニヤとしたガイムを睨みつけるように、ワパーは言葉を続けた。
「お前達のそのブレスレット……それはおいどんの鎧と同じものの筈でごわす……そうなると不思議なことが起こっておるでごわす。」
「……あ?」
訝しみながらも、不思議とワパーが話そうとしている内容を悟っているかのように、ガイムは何故か諦めたような表情でその言葉を待つ。
その様子を見たワパーも、相手の考えが全くわからずに困惑し続ける。
「森での跡取りはブレスレットを3つの内の2つを外していたでごわす。
だが、今のお前は6つも外しているでごわす。」
「おお、そうだな。」
ワパーはそこまで話すと、本題をとうとうガイムへと投げた。
「それなのに……なぜお前の力は……跡取りより弱いでごわすか?」
ワパーのその言葉が原因か、不思議と周りの音が小さくなり、静かな空気に変わったような錯覚を覚える。
勿論、周りではノーマル達の喧騒に、サールの町の住人達が減ったことにより、トラルヨーク軍の防壁上からの攻撃も始まっている為、相当な轟音が続いている。
しかしそれすらも遠くに聞こえるような、そんな静かな空気がこの周りにだけ漂っていた。
しかし、そんな空気を真っ先に破壊したのはガイムだった。
僅かに首を下に向け、肩を震わせる。
それはどんどん大きくなり、ワパーは相手の様子を警戒しながら眺めている。
そんな中でも、ガイムの口からは言葉とも取れない声が発せられ続け、そして決壊する。
今までにない程の大声で笑い始めたガイムは、前に敵がいることすら忘れたかのようにそれを続ける。
本気で面白い何かを見たような、戦闘中とは思えない程に楽しげな笑いが1分ほど続いた。
そして、その笑いが治まらないままであるが、辛うじてガイムは言葉を発し始めた。
「お……おいおいナムよぉ……ガッハッハッ!!
テメェがあまりに鈍いせいで、よりにもよって先に魔物にバレたじゃねぇか!!
どうしてくれんだアイツ……! ガッハッハッ!」
「バレた……? 知っていたのでごわすか!?」
「たりめぇだろうがよ!!」
ガイムは散々笑った後、おもむろに外したブレスレットを5つ取り出し、それをなんと1つずつゆっくりと腕に着け始める。
「まさか……本当に気づいて欲しいあのバカ息子じゃなくて……お前にバレるとはなぁ?」
ガイムは1つ目を腕に着けるが、体のサイズは変わらない。
更に2つ目を装着するが、やはり体のサイズは変わらない。
「ご明察だよ……魔物にしちゃあ頭良いじゃねぇかよ。」
3つ目、変わらない。
4つ目、変わらない。
「ご覧の通り……本物は。」
5つ目。
変わらない。
「1つだけだ。」
ガイムは最後のひとつを腕にはめる。
途端にみるみる体のサイズが変化し、一回り小さくなる。
筋力が低下したことによる体の変化だ。
ワパーはそれを見て驚愕したように目を見開く。
「何故……飾りを5つもでごわす!?」
「簡単だよ……あのバカ息子は……ナムはサボり癖がありやがるんだ、困ったもんだろう?」
急に友達に家族の話をするかのように軽い口調で同意を求められ、ワパーは言葉につまる。
これはあくまで戦闘中であり、そんな空気を出すようなタイミングでは決してないのだ。
しかしガイムは更に笑うと、雑談続けるような口調で更に言葉を重ねる。
「皮膚ならしの訓練!? あれは傑作だよ、俺が咄嗟に思いついたせいでスゲー安直な訓練の名前になっちまった、そんな訓練ねぇよ!! おもしれぇだろ!?」
過去の失敗に対して思い出し笑いを続けながら同意を求め続けるガイムに対し、ワパーは引き気味で話を聞き続ける。
「とっくのとうに、力だけなら俺を超えてるサボり癖のあるバカ息子のやる気を出させる為に苦労したぜ?
飾りの腕輪作ったり。
奴の怪力を奴に気付かせねぇようにうまーく力を受け流して受け止めたり……モロに受けたら俺の腕が折れちまうからな。
後はブレスレット3つ目を外させた時に皮膚が裂けたのは驚いた……思わず変な訓練法思いついてテメェが未熟なだけだと無理矢理納得させたなぁ。」
ガイムはひとしきり笑ってから、周りに自分の息子が居ないことをもう一度確認すると安堵したように息を吐いた。
「アイツが自分の力に気付いた時に明かそうとしてたのに、アイツがバカのせいでこんなところで魔物にバレちまった……跡継ぎ決めたの早まったかぁ?」
それを聞いたワパーは、抱いていた疑問の原因に気付いた。
いくらブロウとはいえ、あの四天王。
城塞のハルコンを人間が破壊できるものなのかと。
あのゴーレムはジカルが作った物だ。
地下に存在するレアメタルだけで体が構成されていた上に、破損自動修復機能まで付いたゴーレムの破壊は簡単なことではない。
ワパーの全力であれば破壊できるが、つまりは鎧が装着されていたら破壊は不可能だったのだ。
「そういうことでごわすか……つまりお前はあの男より弱いと。」
「おっと、勘違いすんなよ。」
ワパーの軽率な発言により、周りの空気が急に変わる。
ガイムの表情が引き締まった為だ。
「確かに……力ではあのバカ息子に負けてるぜ……だがな。」
ガイムは拳を構え、戦闘の構えを取る。
先程までの笑い転げていたガイムとは思えないほどの本気の構えだ。
「テメェはあのバカ息子を最初に見たから勘違いしたんだろうが……ブロウはあくまで格闘術の家系……怪力なんておまけでしかねぇんだ。」
ワパーは自分の認識の甘さに気付く。
ワパーの力の強さは、魔物の高い身体能力のお陰もありナムと比べても謙遜ない程だ。
このガイムという男はそんな状態のワパーと真正面から拳を撃ち合っている。
力で完全に負けている相手にだ。
「あんな未熟者と比べんなよ、流石に不愉快だぜ?
このブロウ当主……ガイムの力を見せてやるよ!」
本気になったガイムと、ワパーの戦いが始まろうとしていた。
ナムの秘密が1部明かされました。
ガイム初登場時、ブレスレットを6つ外していたにも関わらず、体が一回りしか大きくならなかったりと伏線は張っていました
ナムは外す度に変わっています