2章:解き放たれた者達
トラルヨークを包囲する魔物達。
それが突如として放たれた魔法のような爆発と共に、町に向かって突撃して来るのを見たトラルヨーク軍司令官のダルゴ。
彼はこの展開を予想していた。
勿論望んでいた訳ではないが、この展開はいずれ間違いなく来ると読んでいた。
「魔物が来るぞ!! 銃部隊、白兵部隊は応戦しろ!! サールの人間には当てるな!!」
「はっ!!」
伝令役の大型の携帯型電話を持った軍人が、各所に連絡するのを尻目に、ダルゴは更に頭を働かせる。
(魔法はダメだ、確実にサールの奴らを巻き込む……しかしこのままではトラルヨークが壊滅する。)
ダルゴは拳を強く握り込む。
今、彼の頭に浮かんだ考えに対しての怒り、それを考えてしまう自身への怒りで。
(サールの住人を見捨てる……それは……最後の手段だ。)
トラルヨークの防壁の上に存在する兵器は、バリスタや大砲だ。
それらの威力は高く、魔物……あのビーストに対しても有効打になるが、細かく狙いをつけられる兵器ではない。
サールの住人さえ居なければ大群に向けてそれらを連射していたところだ。
しかし、今それを行うことは出来ない。
あくまで彼らを救うのなら、だが。
「防衛兵器部隊、準備しておけ……そして、いざとなれば覚悟しろ!!」
ダルゴの命令を聞いた防衛兵器部隊の人員達は顔を強ばらせる。
いざとなれば……彼らはその意味を悟ったのだ。
その時が来ると同時に、彼らが取らねばならない行動、それよって引き起こされるその最悪の事態を。
自らの手で人間を殺す羽目になるかもしれない、その可能性を。
「その時が来たら……躊躇するな……だがまだだ、奴らを……信じろ。」
ダルゴの言葉の後、トラルヨーク軍の人員達は前で戦い続ける5人へと視線を向ける。
魔物と戦いながらサールの住人を助け続ける、ナム達三武家へと。
彼らこそが希望だった。
防壁の上で待機し続ける彼らの視界の先には、ダルゴの命令の元で移動を開始した同僚達、白兵部隊のメンバー達がいた。
魔物と接近戦をする彼らの中からは、間違いなく犠牲者が出る。
ノーマルであろうとも普通の人間には脅威なのに、それが大群で存在する。
いくら軍が対魔物のエキスパートとはいえ、この数相手の経験など無い。
「ランド・ガーディアン……この町の英雄のあの男が生きておれば……くそ。」
過去にその力でこの町を守り続けた男。
町の広場に象が設立されているこの町の英雄。
彼の使う強力な守りの力、手に触れてさえいれば維持ができ、どんな形も自由自在に作れるバリアの力を持ったあの男が生きていれば。
そう思ったダルゴ司令官だったが、彼は15年程前に病死している。
「……もう居ない男を頼るのはいかんな……それよりも。」
過去の英雄を頭から払い、ダルゴは壁の上から戦況を見る。
白兵部隊と魔物達は、今まさに激突を始めた。
予想より早いが、進行する魔物と迎え撃つ為に移動した軍。
両方の距離が必然的に縮まったからこその、この速さの激突である。
その後ろには、魔物の大群から距離をとるように陣を構えた銃部隊も展開している。
「……ケンジよ、まだか?」
しばらく前にこの場から逃げるように立ち去った副司令官であるケンジに向けて、静かにダルゴは呟く。
敵前逃亡にしか見えない彼の行動に対して、ダルゴは怒りなど覚えていない。
彼の思考は高確率で状況を好転させるのだ。
「何か思いついたなら早くしろ、馬鹿者が。」
トラルヨーク軍と魔物の戦いに集中しながらも、彼が最も信頼する部下の行動に期待するダルゴ。
最悪の命令を出さなくてもいい状況を、彼は待ち望んでいる。
「ノーマルを最優先で倒せ! ビーストは1人でやるな!」
ノーマルであるカマキリ型の魔物と剣を交える白兵部隊の隊長の怒号が響く。
ノーマルであれば、トラルヨーク軍の部下であれば1人で接戦、2人で損害無しで倒せる。
安全を取るなら2人だが、この大群の前ではそんな贅沢な事は言っていられない。
彼らは周りを囲まれないよう陣形を組み、1人1殺を狙う戦術を取っていた。
しかし、それが出来るのも周りにノーマルしかいない今だけである。
ビーストが襲いかかって来た場合、一瞬で崩れ去る脆い作戦だ。
ビーストは2人なんかでは倒せない。
100人いるこの部隊全員で連携を取らなければ全滅も有り得る存在だ。
「とにかく数を減らせ! ビーストが来る前に!」
敵のカマキリ型のノーマルの首を斬り飛ばした隊長は、襲い掛かる次の魔物へと剣を向けながら、部下に向けて出来る限りの大声で叫ぶ。
白兵部隊の隊長である彼は、あのケンジ副司令官の次に腕の立つ軍人である。
トラルヨーク軍の副司令官であり、軍内で最強の剣士でもあるケンジとは何度か手合わせをしてきたが1度も勝てた試しがなかった。
それもその筈だ、ケンジ副司令は元々は白兵部隊の隊長だったからである。
ダルゴ司令官が着任してすぐ彼は副司令官に任命され、その後を今の隊長が引き継いだのだ。
ケンジ程ではないにしろ、彼の腕もかなり高く、ノーマルであれば1人で倒すことが可能である。
しかし、ビーストに至ってはそうはいかない。
(ビーストらしき存在はまだ遠い、奴らとぶつかる迄にこの数を何とかせねば……全滅する!)
こちらを狙っていた、遠距離攻撃を持つハリネズミ型の魔物へと近付いてそれを斬り捨て、更に近くの目玉に手足が付いたような見た目の魔物も斬り捨てる。
その動きはとても勇敢であり、彼の強さを示している。
しかし、それは彼の焦りを示してもいた。
僅か数匹の魔物を斬り捨てただけで彼の息は上がるが、それでも疲れを見せないよう必死に平静を装う。
(急がねば。)
隊長は視線を動かし、部下達の様子を確認する。
彼の部下達は、時にバラけ、時に協力しながらノーマル達の数を少しずつでも減らしていっている。
更に後方からの銃部隊からの攻撃によっても同様だ。
しかし、やはり混戦となると全てが順調とはいかない。
銃撃、そして白兵戦中に襲いかかられたことによる、咄嗟の反撃によりサールの住人達、更に魔物や操られたサールの人間の攻撃より部下にも負傷者が出始めているようだ。
(まずい……!!)
北門の白兵部隊は100人程度、他の門に部下達は展開しているのでそれが全員ではないが、今この場には彼らしかいない。
負傷であろうとも戦力が落ちることは痛手であり、一般人を傷付けたという罪の感情によって、部下達の士気が落ちる可能性もある。
今は負傷で済んでいるが、今後もそれで済むとは限らない。
(俺が……俺が守らなければ!)
隊長は戦線から1度引き、部下達の近くへと舞い戻る。
そして部下と戦闘していた魔物を後ろから斬り捨て、部下と農具や工具等で鍔迫り合いをしていたサールの住人の後頭部を剣の柄で殴る。
そして、サールの住人から飛び出したシドモークと呼ばれるビーストを注視し、彼の体の中にある核を確認すると、剣でそれを切り払った。
核を破壊されたシドモークは咆哮を上げながら消え去り、隊長は上手く行ったことに対して安堵する。
この対処の方法、そして核の見た目の情報等は既にケンジから聞いていた。
しかしそれは情報だけであり、実際にやったことのない対処を実際の戦闘で実行するという緊張感は計り知れないものだった。
しかし、自分達の隊長がサールの住人を助け、更に仮にもビーストであるシドモークを葬った。
その現実に部下達は鼓舞し、希望に溢れた彼らの咆哮が上がる。
その光景を見た隊長は、危険な賭けを行った甲斐があると感じるのだった。
「敵はまだ多い……お前達の力を振るい続けろ!!」
隊長の言葉の後、部下達はもう一度咆哮を上げると、近くの魔物の集団と戦いを続ける。
(いける……この士気なら勝てる!)
隊長は心強い部下達を誇りに思い、部下達に向けていた視線を敵の陣営の方へと戻す。
その時だった。
「……!?」
その光景を見た隊長の目は大きく見開かれる。
彼らの近く、距離にすれば僅か100mも無い距離。
そこにはもう既にビースト数匹が迫ってきていた。
(早すぎる……!!)
ピエロのような見た目をしたビースト。
鋼鉄の殻を持った巨大なアルマジロのような見た目のビースト。
ボロボロの法衣を羽織った魔術師のような見た目の骸骨の見た目のビースト。
顔以外が毛むくじゃらのゴリラのような見た目をしたビースト。
それらの存在は、真っ直ぐに白兵部隊目掛けて全速で近付いてきており、最早衝突は避けられないようだ。
「ビ……ビースト!!」
「た、隊長……あれは我々だけでは!!」
部下の隠しきれない恐怖が篭った言葉を聞いた隊長は、歯噛みをしながらもそのビーストへ視線を向け続ける。
自身と部下達全員で戦えば、あの中の1匹位なら倒せるかもしれない。
しかし、4匹同時はあまりに分が悪い。
「それはわかっている……わかっているが……俺達は立ち向かうしかない……覚悟を決めろ!!」
隊長からの命令を聞いた白兵部隊のメンバー達は、震え上がりながらも剣を構え直し、ビーストや周りのノーマル達に立ち向かう意志を強くする。
死ぬかもしれない……いや、ビーストが相手であれば犠牲は避けられない。
それでも自らの町、家族を守るために彼らは勇気を奮い立たせる。
しかし、そんな彼らの決意を踏みにじるかのように。
ビーストの中の1体、アルマジロのような見た目をしたビーストが体を丸め、転がりながら高速でこちらへと向かってくる。
「……まずい、避けろ!!」
隊長の叫びと共に、大多数の部下達はその場から立ち退き、その場をアルマジロ型の魔物が通り過ぎた。
何とか避けた隊長であったが、その魔物の体を見た時に信じたくもない現実が見えてしまう。
その魔物の鋼鉄の殼。
そこには赤い液体が付着していたからだ。
(クソ……!!)
隊長は慌てて部下達を見回すが、見慣れた顔が5名程見当たらない。
彼らが何処に行ったか、その答えは恐ろしい程に明確であった。
「お……おのれぇ!!」
部下を失った隊長は怒りの声を上げ、アルマジロ型のビーストに向けて突撃してしまう。
あまりの怒りで我を忘れ、仇であるビーストしか視界に入ってないようであった。
「隊長、危険です!!」
「気を確かに!!」
部下達の必死な制止の声すら届かず、彼はアルマジロ型の魔物へと全力で近付いて行き、構えた剣を振り上げる。
そしてそれを魔物の体へと振り下ろすが、アルマジロ型の魔物の殻に剣は弾かれ、その刀身は見事にへし折れる。
「なっ……!!」
「バカナニンゲンヨ。」
ノーマルと違い、知能が高いビーストは人語を話すという話を過去に聞いていた隊長は、あまりの実力の乖離の前に放心したのか、絶望したのか。
戦闘中にも関わらずに、その話は本当だったと感心してしまう。
そんな隊長の目の前で、その魔物はこちらへと振り返り、再び体を丸めようとする。
この距離であの攻撃をされたら、確実に隊長は巻き込まれ、後から来ているビースト3体の前に部下達も漏れなく皆殺しにされるだろう。
(くそ……俺の……力では……すまない……)
最早これまでと感じた隊長は、これから死ぬであろう部下達へ謝罪の念を込める。
ビースト相手に深追いしたのが不味かった、そのせいで彼らは死ぬ。
彼は後悔の念に押しつぶされそうになりながら、自分の死を待つだけとなってしまう。
しかし。
「いくよアンタら、グラビティ・ホール!!」
「……!?」
聞き慣れない女性の声。
前で戦い続ける三武家の女性とは違う声。
それを追うように、隊長は顔を上げ、視線を向けた。
必然的にアルマジロ型の魔物の姿も視線に入るが、この敵はグラビティ・ホールの中に取り込まれ、足止めを食らっていた。
「危機一髪、無茶すんじゃないよバカタレが!」
アルマジロ型の魔物の先、トラルヨーク側の方向。
そこには赤い衣を纏った人間達が立っていた。
先頭にいるのは、同じく赤い衣装を着込んだ女性。
隊長は、その人間達に見覚えがあった。
「下がりな、あとはこの……マッド・ウルフ幹部が1人、デルダに任せな!!」
「これは……!!」
壁の上で信じられないものを見たように驚愕するダルゴ。
それもその筈だ。
本来ここに居ていい存在ではない者達が戦場に出ているのだから。
赤い衣を纏ったその集団。
それは、過去にトラルヨーク軍基地へと侵攻し、ダルゴの命を狙った集団。
マッド・ウルフのメンバー達である。
彼らの先頭に立つ細身の男は、魔物用に威力を高めたマシンガンを肩に置くと、くるりと向き直り、壁の上にいるダルゴへと視線を向ける。
「久しぶりだナ、ダルゴ。」
「ビネフ……!? なぜ貴様がそこに!」
マッド・ウルフのリーダー。
ビネフはダルゴの言葉に反応するように首を傾げると、訝しげに答える。
「おやおヤ、お前の忠実な部下が来たけド、お前は知らなかったんだナ……ここに来た理由は言うまでもないだロ?」
ビネフはダルゴに背を向け、そのマシンガンの銃口を魔物の群れへと向ける。
「お前には借りがあル……仕方ないから助太刀してやるヨ。
アルフ、ガマー、ベダ、先に行ったデルダに続いてそれぞれあのビースト達を葬レ!!」
ビネフの号令と共に、赤い衣を着た人間達は、それぞれの幹部を中心に移動する。
彼らは道中のノーマルをいとも簡単に屠っていき、迫り来るビースト達へと向かっていく。
その光景を驚きの表情のまま見守っていたダルゴだったが、背後に迫る気配を感じ、その主へと声をかける。
「貴様か、貴様が奴らを牢から出したのか?」
背後に迫る気配はどんどん強くなり、彼はとうとうタルゴ司令官の隣へと立つ。
彼の隣に軽々しく立つ存在、それは一人しかいない。
「はい、自分です。」
ダルゴ隣に立った存在、ケンジは若干オドオドし、冷や汗を流しながらそう答えた。
「なぜそうしようと思った。」
「彼らは強い……幹部でもないタダの構成員が、我々トラルヨーク軍の人間相手に1人で数名を相手取れる程に……今この場に彼らが絶対必要だと自分は感じました、勝手な真似を許してください。」
それを聞いたダルゴは、ワナワナと手を震わせ始め、その表情はみるみる怒りに染まっていく。
ケンジは彼からの叱責を覚悟していた。
そればかりか、本来であれば軍法会議物の行為を行っている、叱責程度では済まない。
怒りに震えたダルゴの視線がケンジへと向き、ケンジの緊張感は高まる。
「貴様今なんと言った?」
「はっ……ど、どの言葉でしょう?」
「貴様は最後になんと言ったかと聞いておるのだ……貴様は言ったな、勝手な真似を許せと!!」
ダルゴは隣のケンジの後頭部を掴み、無理矢理防壁の淵へと立たせる。
それはそのまま頭から防壁の外へと投げ捨てられると感じるほどの力だった。
その力に内心恐怖しながらも、ケンジは自らが解き放ったマッド・ウルフのメンバー達の戦いを見る。
「馬鹿者が……よく見ろ、貴様がやったことを!!」
ダルゴはそう言って指をさし、ケンジは恐る恐る視線を向ける。
そこでは、白兵部隊達が下がり、その代わりにマッド・ウルフ達がそれぞれのビースト達と戦闘を開始しようとしている所だった。
白兵部隊には負傷者もいる上に、元の数より多少減っているようにも見える。
「貴様がこの状況を作った……貴様が奴らを放たなければ白兵部隊は全滅していた……それを誇らないでどうする、何が許せだ! 貴様は危機的状況を覆した、なのになぜ許しを乞う、この馬鹿者が!!」
ダルゴはそうやって強く叱責した後、ケンジを解放する。
(そうだった……この人はこういう人だった。)
解放されたケンジは襟元を正すと、目の前の戦況を静かに観察し始める。
彼の直属の元部下達が、無事に防壁近くへと退却していく様子を見ながら、彼は安堵のため息を吐く。
「間に合って良かった。」
彼はダルゴの叱責の通り、内心で自らの行った行為に対して、仲間を守った自身の行動に誇りを持つのだった。
トラルヨーク軍メイン回です。
ビーストの恐ろしさを書いた回でもありました。
ナム達があっさり倒してるので誤解されやすいかもですが。
普通の人間たちにとってはこういう存在です。