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ブレイカー  作者: フィール
2章
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2章;それぞれの防衛戦

トラルヨーク西側、町の外の門の前。


そこには100名程のトラルヨーク軍白兵戦部隊が陣形を組んで魔物の大群と退治している。


突如として現れたその魔物の大群と対峙する彼らには、それぞれ。


町を守るという使命感。


魔物の大群への緊張。


自分が死ぬかもしれないと言う恐怖。


戦闘前に人間が持つであろう感情がそれぞれ入り乱れていた。

それは東門や北門に配属された同僚達も同じであろう。


かといって、使命感に燃えている軍の人間達も恐怖という感情を持っていない訳では無い。

恐怖して身体を震わせる同僚に対し、特に叱責するような声が挙がっていないことがそれを証明している。


ダルゴ司令官から彼らに、魔物の大群の全体数の連絡があった時には皆一様に震え上がったのだから。



大群として1万はそこまで多くはない数である。


魔物達は、その数で北、東、西へと展開している。

つまり、この西門にいる魔物の数はそれよりも更に少ない、2500〜3000程度の数である。


その上で、大群を構成するのはノーマルが殆どである。

軍の人間であれば、確実に1人1殺は無理でも問題なく対処出来る。

ビーストに至っても、大勢で息を合わせて集中攻撃が出来れば、十分に葬ることが出来る。


しかし、それは銃や魔法などの飛び道具で支援がある場合に限る。


魔物の大群の中には、まばらにサールの町の住人であろう存在が紛れている。

そんな状況では銃や魔法のような、流れ弾による犠牲が出る可能性がある遠距離攻撃は不可能である。


その状況の中で、サールの町の住人を助けられる可能性がある白兵戦部隊が、率先して前線に立つ必要が出てきてしまったのだ。


彼らの緊張の殆どは、そんな異例な状況によるものの割合が大きい。


しかし、そんな彼らがそんな絶望的な状況であろうとも逃げ出さないのには1つの理由があった。


町を守るという意思があることは確かだが、それだけではない。


トラルヨーク軍の白兵戦部隊の戦列から、かなり魔物の大軍側に近い位置で立っている1人の男。


彼らの前に突如として現れ、三武家の男だと豪語した、様々な種類の武器を装備した男の存在が、彼らの緊張を多少弱めることに成功していた。


勿論、当の本人はそんなことは関係ないのだが。



(ムカつく……ムカつく!!)



最前列に1人で立つ、ミナのツヴァイであるガルドは、手に構えた1本の双剣を使って苛立たしそうに素振りしていた。


戦闘前の体慣らし、と言うよりは駄々をこねた子供が地面に転がるような、そんな意味合いの方がしっくりくるような、横に縦にがむしゃらに振るわれるその素振りを繰り返す、ガルドの脳内に浮かぶミナの顔を切り払うかのように。



(油断しただけだ……剣の腕はこのガルドの方が高かった、奴が急に体術を使って不意打ちしやがったから負けたんだ……剣では勝っていた!)



闘技大会の最後で自身を床に押さえつけ、首元に木剣を当てたミナの顔を思い出したガルドは、更に怒りを増幅させ、剣を振る速度を上げる。


目の前に魔物の大群がいるにも関わらず、そんなことは彼の視界には入っていない。


ここに彼がいる理由は1つ。


魔物の大群がこの町に侵攻してきた、とラハムから聞いた彼は我先にとこの西門へと向かった。

特に何も考えず、魔物相手存分に暴れる為である。


散々武器を振るっていたガルドだったが、不意にそれを辞めておもむろに肩に双剣を置くと、ようやく前に展開する魔物の大群へと視線を向ける。



「まぁいい、次こそは奴を倒す……それよりも。」



ガルドは前の魔物の大群へと歩きだし、肩に乗せた双剣を下ろして構えると、体の魔力を操作し始める。


元々は三武家の人間ではないガルドは、アーツの後継者であるミナよりも多少魔力量が高い。


それでも、子孫であるミナと実力が拮抗しているのがツヴァイの条件である、当主であるザベルはその辺も考慮して養子にしている為、ミナよりも多少高い程度である。


得意な魔法もミナと同じで付与魔法であり、そこまで差がある訳では無い。



「くくく……ひ……ヒャ……ヒャハハハハハ! さぁ……虐殺の開始だぜぇ!

フレイム・オーラ、サンダー・ブースト!!」



口数の少ない筈のガルドは、突如としていつもの性格とは真逆のような高笑いを始め、そして右手の剣に炎、左手の剣に雷を付与する。


ミナは炎しか付与出来ないが、ガルドは雷の使用も可能のようだった。


邪悪な笑みを浮かべながら、ガルドは魔法を付与した双剣を構えて魔物へとゆっくりと近付いていく。



「このガルド様の八つ当たりに……付き合って貰うぜぇぇぇええ!!」



ガルドは突如としてその場から跳躍し、魔物の群れに向かって突撃し、間合いに入ると同時に両手の双剣を数度振り回し、辺りの魔物を斬り裂き、燃やし、感電させた。


ガルドの急な襲撃に対して慌てていた魔物達だったが、仲間達がやられる様を見せつけられた魔物達は、気を取り直してガルドへと突撃する。


その中にはシドモークに操られたサールの住人も混じっている。

数人が襲いかかって来ており、中に顔を長い髪で隠した女を発見するが、ガルドにとっては誰であろうが関係ない。


しかし、彼らを見たガルドは、露骨に舌打ちをし始める。



「面倒だな……ぶった斬っちまいてぇ。」



ガルドは剣を人間に向け、魔物も人間も構わず切り捨てようとする。

向かってくる人間達に向かって剣を振りぬこうとするが、おもむろに彼は剣を裏返しにする。



「トラルヨーク軍にちょっかい掛けられても面白くねぇ……ついてるなてめぇら。」



ガルドは逆刃にした双剣を握り直し、彼らの背後へと素早く通り抜ける。

そして双剣を数回振り回し、彼らの首筋へと衝撃を加える。


峰打ちされた人間達は、わずかな時間とはいえ剣に接触した影響で、それぞれ炎での火傷、そして体に一瞬電撃が走る。


気まぐれで斬り捨てるのを辞めただけのガルドにとっては、彼らの状態など知ったことではないのだ。


そして、次々と負傷した上で気絶していくサール住人達を見限ったシドモーク数体が彼らから飛び出すが、ガルドは素早く彼らが動き出す前に斬り裂く。



「けっ……ビースト最弱のクソ魔物が調子乗ってんじゃねぇぞ!!

おい、トラルヨーク軍!! 邪魔だからさっさと回収しやがれ!!」



ガルドの怒号を聞いた白兵部隊の面子は、慌ててガルドが気絶させた人間達に向かって恐る恐る走り出す。


それを確認したガルドは、すぐにそれらに興味を無くして再び魔物達へと向き合う。


そして、トラルヨーク軍の1人が抱えた首の後ろを火傷している女性。


ガルドは彼女の事は知らないが、ナム達が見ていたら助けられたことを知って安心、またはガルドの所業に怒りを燃やす存在。


アンナの親友の1人、()()()は町の方へと担がれて運ばれていく。


しかし、そんなことは露知らずに、ガルドはただ自分のうさを晴らすためにだけに剣を振るい続ける。



「さぁ、遊び続けようぜ……このガルド様となぁ!!」



炎と雷を纏った双剣を、高笑いと共に顔を邪悪に歪ませながら振るうガルドの戦いは続く。


サールの町の人達も、負傷しながらも次々とガルドによって助けられていった。


やり方に問題はあれど、彼の行いは結果的にトラルヨーク防衛へ貢献となったのだった。





トラルヨークの東門。


そこに対峙するトラルヨーク軍達は、突如として現れた男に驚いていた。



「あー、スマンスマン、驚かせる気は無かったんだ……仲間だよ。」



驚き、中には武器を向けてくる軍の人間達に向かって手を振りながら弁解するラハム。


ナム達に言った通り、東門へと辿り着いた彼は、背後から彼らの1人に話しかけて驚かせてしまったのだった。



「俺はブロウの人間だ、あのナムの兄弟みてぇなもんだ、助太刀するぜ。」



ラハムの言葉に、トラルヨーク軍の人間達は大きく息を吐いて安堵する。

そしてラハムが我先にと前に出ると、彼らも武器を再び魔物の大群に向けて構えた。


眼前には約3000匹程度の大群が、不気味なほどの静けさを保ったまま待機している。



(ガルドの奴……ちゃんと抑えてるか?)



ラハムは、()()なガルドの気性を心配するが、今から心配だからと見に行く訳にも行かない状況なので、とりあえず信じることにした。


一先ずは眼前の敵を何とかするため、ラハムは右手に1つ装着されたブレスレットを取り外す。


ナムと同じく自身の筋力を抑え、訓練にも使われる筋力低下の呪いが付与されたブレスレットを外したラハムの体は一回りほど大きくなる。


そして取り外したブレスレットをまじまじと見つめながら、彼は何故か大きくため息を吐いた。



(アイツ……3つも着けてたな、やはり()()()()()()()()よなぁ。)



ラハムは、おもむろに地面を足で思いっきり踏みつけるように衝撃を与え、直撃した箇所を中心に地面から土や石が舞い上がる。


そしてその砂埃が晴れると、足の周りの大地が抉れ、小規模のクレーターのようなものが発生していた。



(俺にはこれが限界……いや、これが普通だ……ブロウとしてもな。)



ラハムは過去を思い出す。


ナムの筋力は昔から異常だった。

いくらブロウの直径の子孫だとはいえ、彼はあのガイムと互角の筋力を当時は持っていた。


ツヴァイとして養子に取られてから、ラハムは必死に訓練したが、彼ほどの筋力は手に入れられなかった。


彼の右腕に唯一装着されていたブレスレット1個がその証拠である。



(力で勝てない……それが俺にとってどれほど厳しかったか。)



ラハムは過去に受けた訓練の数々を思い出す。


ガイムは彼に厳しい訓練を課し続けてきた。

戦闘技術、筋力トレーニング、魔物の知識。


戦闘技術に関しては、昔からナムが真面目でなかったおかげで、僅かに自分の方が高いと自負している、それは魔物の知識についても同じであり、彼よりは多少博識であると感じている。


しかし、筋力だけは違う。



「驚いたよなぁ……過去の当主達の写真が写った写真、絵画なんかをガイムに見せられたが……どいつもこいつもブレスレットは1()()だった。」


「何か言いましたか?」



ラハムの呟きに、トラルヨーク軍の1人が対応してきてしまい、慌てて彼は咳払いをする。



「ん……いや、独り言だ。」


「そうでしたか、申し訳ありません。」



話しかけてきたトラルヨーク軍の人間が自身から離れていくのを確認したラハムは、首を横に振ってから前の魔物達へと意識を向ける。


今は前の問題が先である。


ラハムはそれを意識の中で確認すると、ブレスレットが装着されていた右の手首の辺りを見つめる。


そこにはまるで隠すかのように刺青が施されていた。


それをラハムはひと撫ですると、左手を懐に入れる。


そして懐から左手を抜き取ると、そこには40cm程の長さを持つ4本の鉤爪の付いたガントレットが装着されていた。


ナム達に見せ付けるように装着した、右手に装着されているナムの物と同じガントレットとはまた違った物のようだ。



(力で勝てない俺が辿り着いたもの……それは。)



ラハムは左手の鉤爪の刃を確認し、手入れがしっかりされていることを確認すると、拳を構える。



(奴とは違う戦闘スタイル、ブロウの主義には反するが、鉤爪やのような切断武器を使っての戦闘を極めること。)



装甲を持つ敵に対し破壊力のある右手、そして生物全般に効果のある鋭利な鉤爪を持つ左手。


その2つを自己流の訓練で極めたラハムの戦闘スタイルは、自身の思惑通りにナムとは全く違う強さを持つに至っている。


良くも悪くもブロウの方針に忠実に訓練したナムは、拳の鎧のようなガントレットを除き、武器の扱いが上手くない。


だがラハムは鉤爪や懐剣のような近接武器を扱うことが出来る。


ブロウの格闘技術から繰り出されるリーチの長い鉤爪での攻撃程に恐ろしいものは無いだろう。


まだナムにも、ガイムにすら知らせていない事実である。



「俺が真っ先に切り込む、君達はノーマルをメインで相手をしながら、俺が助けたサールの住人達を保護してくれ。」



ラハムの言葉に、トラルヨーク軍の人間達が同意の咆哮をあげ、それと同時にラハムは魔物の群れへと突撃した。


右手の拳を腰元で握り込み、左手の鉤爪は胸の横へと持っていき、すぐにでも繰り出せるよう構えたラハムは、自身の足で魔物の1匹へと近付いてそれを鉤爪で斬り裂く。


近くにいたもう1匹の魔物は、鉤爪での攻撃の隙を突いてラハムに襲いかかる。

この魔物にとって、この人間の中で最も目立つ鉤爪が封じられている今こそが攻め時と感じたのだろう。


しかし、その魔物に対してラハムが今度は右手の拳を突き出して魔物の体を貫通させ、その魔物は絶命した。



「鉤爪だけが俺の強さじゃねぇぞ。」



ラハムはそう言うと絶命した魔物を腕を払って放り捨て、更に向かってくる魔物達を鉤爪を連続で振るって複数匹を斬り裂く。


4本爪の鉤爪の特性上、魔物はかなり細かく切り裂かれることになり、空中や地面に大量の血飛沫が舞うこととなり、ラハムの体にもその血のりが付着していく。


しかし、彼はそれらを拭うこともせずに更に魔物の群れへと突撃し、同じように鉤爪や拳で魔物達を血祭りにあげていく。


そんな中で彼らは慌て、ようやくラハムの近くに例の操られた町の人間達が迫ってくる。


ラハムは後ろを確認し、トラルヨーク軍の人間達がしっかりついてきていることを目視すると、彼は容赦なくサールの住人達の首元に手刀を叩き込んで昏倒させていき、それに釣られて姿を現したシドモークを鉤爪でバラバラに切り刻む。


マギスであるトウヤのツヴァイ、アークによってこの鉤爪にもアンチ・イマジナリを付与されている為、問題なくシドモーク達を葬ることが可能となっている。



「……む、女か。」



そんなラハムの目の前に、あの町の住人としては地味目の服装をした女性が立ちはだかり、その後ろに魔物達がまるで彼女を盾にするかのように集まる。



(参ったな……女性を殴る趣味はねぇんだが。)



ラハムは心の中で大きなため息をし、何とか攻撃を加えずにシドモークの支配から逃れさせようと考え始める。


こんな戦いの最中でそんなことを思案するほどの余裕が彼にはあった。


そして、そんな彼は迫り来る敵達軽く確認しながら考え事を続け、その隙を突いて近付いてきた魔物を鉤爪でついでのように斬り裂くと同時に頷いた。



「うん、これなら言い訳出来そうだ。」



ラハムは言葉でそう呟くと同時に、最前列を歩いてくる女性へ向かって姿勢を低くして突撃する。


その女性を操るシドモークは驚く、まさかこの状況で突っ込んでくるとは思わなかったからだ。


しかし、彼は冷静になり向かってくる人間を注視し、何処に向かっているか判断しようとする。

この人間の身体能力は高くないが、人間へのダメージはシドモーク本人には影響が出ないのを利用し、無理矢理にでも体を潜り込ませて攻撃を止めることが可能だ。


人間は情を持つ。

特に同族……しかも異性ともなれば必然的に攻撃を止めるものだとベルア様から聞いている。



(ココダ!!)



女性を操るシドモークは、彼が向かってくる方向に体を動かし壁となるよう行動する。

これであの不気味なほど強い人間は止められる。


そう思っていた。


しかし、ラハムはおもむろに右手の拳を開くと、その女性の首を掴み、頸動脈を数秒だけ強く絞める。


途端にこの女性の体は瞬時に失神状態に陥り、シドモークの支配から外れてしまった。

シドモークが操れるのは意識を保った人間だけである。



(クソ……!)



慌てたシドモークは、瞬時にこの女性から飛び出すが、それを予見していたラハムの鉤爪により、彼はその生を終えたのだった。



「攻撃……だろうけどこれなら傷も残らねぇ。」



ラハムは倒れこもうとしていた女性を受け止め、後ろのトラルヨーク軍に渡そうとした時、彼女の服に名札があることに気付いた。

なにかの職種の従業員に配布される名札であり、これが彼女の名だと分かるようになっている。



「ヨウコちゃん……ねぇ、後でナム達に知り合いか聞いてみるとするか。」



ラハムはそれだけ呟くと、魔物達が迫ってきていることに気付き、ヨウコと言う女性を地面へと優しく寝かせてから、その魔物達を拳や鉤爪で葬っていく。



「さぁ、まだまだ俺はやれるぜ……いくらでもかかってこいよ。」



ラハムの宣言に魔物達は怖気付くが、それでも敵は1人と勇敢な魔物達が彼へと突撃する。


背後では遠距離攻撃を持つ魔物達もそれぞれの力で攻撃を開始した。


それをラハムは拳と鉤爪で全て打ち落とし、迫りくる魔物達と戦い始める。


多くの魔物達を葬り、その返り血で汚れ続けるラハムだったが、その表情はどことなく楽しそうである。



東門と西門、それぞれの防衛戦は図らずともナム達の目的を達成しながら続いていくのだった。

ツヴァイメイン回です。


同時にサールの3人娘の内2人を救出に成功しました。


今回初めて表現出来たラハムの戦闘スタイルは、とある格ゲーの仮面と鉤爪のキャラに近いものとなっています。

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