2章:危機への方針
トラルヨーク軍基地内部の中心に存在する執務室……ではなくその下の作戦室内で、司令官であるダルゴを始め、副司令官のケンジ、高齢で彼等のサポートを良く行っているジン。
そして他数名の高階級の軍人達は、トラルヨークに迫った危機について会議を行っていた。
「状況はどうなっておる?」
「はっ、トラルヨークの北東辺りから突如として現れた魔物の大群がこちらに向かっています、中には人型と見られる魔物も複数存在が確認されていますので、恐らくヒューマンではないかと。」
「補足として、ビーストの存在も確認されております。」
高階級の軍人達は、防壁の上で警備を行っている部下達からの情報を滞りなくダルゴに伝える。
報告を聞いたダルゴは口元に手を当てると、作戦室の机の上にある町周辺の上面図と睨めっこを始める。
魔物がやってきている方向に赤丸で書き込みがされており、ひと目で侵攻の危険のある場所がわかるようになっている。
そしてその赤丸内と町の防壁が描かれている場所には、数個の2色の凸型の置物が置かれている。
軍が使用する、敵軍と自軍の位置を示す為の物である。
「多くのヒューマンとビースト、それに無数のノーマル……ダルゴ司令官、流石に我々だけでは手に余る相手です!」
「ケンジ、貴様は弱音を吐くために副司令官をしているのか!?」
「そ、それは……しかし!」
強い叱責をしたものの、ケンジの心配も分かる。
普段は自信の塊であるダルゴからしても、今回の襲撃は非常に不味いことは明確である。
単体でも被害が甚大となるヒューマンが複数。
更にヒューマン程ではないにしろ強力な個体であるビーストもかなりの数が確認されている。
更にノーマルはそれ以上、というより攻めてきている魔物の9割はノーマルであろう。
「数は5〜6千匹……って所ですかねぇ……見える範囲では、ですが。」
特別な階級に就いている訳では無いが、単純な経験年数と高い銃の腕で重宝されているジンは、片手に持った部下達からの報告が書かれた紙を読み上げる。
その紙には防壁から撮られた写真も添付されている。
敵の数を聞いた作戦室のメンバー達は、1人を除いて一斉に顔を曇らせる。
唯一顔を曇らせていない人物は勿論ダルゴである。
「その6千の殆どはノーマルであろう、数の問題でない!!
憂慮すべきはビーストとヒューマンだ馬鹿者共……してジン、その写真に人型は写っているか?」
「はい、見た感じ人間ぽい姿をした存在がかなりの数いますねぇ……これはどう言う事でしょうかねぇ……あくまでヒューマンは偶然の産物、神のイタズラと呼んでも良い存在のはず……それがこんなに。」
ジンの発言の後、すぐさまダルゴは彼へと手を差し出す。
ジンはその手の意味を悟ると、書類と写真をすぐさま彼へと差し出した。
無言でそれを受け取ったダルゴは書類を不機嫌そうにジンへと投げつけ、写真だけを手元に残す。
慌てて書類を拾い集めるジンを無視しながらその写真を睨みつけたダルゴは、しばらくの時間の後に机を拳で叩き付けた。
「ジン!!」
「え、はっ!」
突然怒鳴りつけるように名前を呼ばれたジンは、小動物のように背筋を伸ばす。
それに対して目もくれずにダルゴは続けて怒鳴りつける。
「貴様、報告はしっかりやれと何度も言っているはずだ……よく見ろ!!」
ダルゴは手を伸ばし、写真をジンの目元に叩きつける。
突然の司令官からの攻撃とも取れる行動にしどろもどろになりながらも、1歩体を後ろに動かしてからもう一度その写真を見始める。
しかし、ジンの目には彼が激昂するような異常は見受けられず、内心で疑問生まれ始める。
「早くしろ、貴様の目は節穴なのか!? 右下だ!!」
ダルゴのヒントを聞き、ジンはその写真の右下辺りへと視線を動かす。
そこには他の部分と変わらず、魔物の集団や人型の集団が入り乱れた光景が写っている。
ジンはさらに目を凝らし、その右下あたりの集団の特徴を確認する、
「多くのノーマル……そして……服を着た人型のヒュー……ん?」
「遅い!!」
ジンの視線に違和感が映り、思わずダルゴの叱責すら無視して、彼から写真を無言で奪い取ってしまう。
ダルゴはそんなジンに対して不満は漏らさず、彼がそれに対して気付くのを待っていた。
その写真は防壁から撮られており、姿形は朧げである。
その上に集団を撮影しているため、前の存在で隠れるようにしか写っていない人型のような存在しかいない状態であった。
しかし、その写真の右下の辺り。
よく見るとその辺りには、唯一1人だけ列からはみ出て歩いている人型が映っていた。
その人型だけは、着ている服装の色合いまでもが微かに映る。
いや、本来は遠くから撮っている写真であることから、姿は見えようが色合いなど分かる筈もないのだが、その人型の着ている服は、不思議とその色合いまでもがはっきり分かる。
「この服装……まさか、いやしかし。」
「事実を述べろ、貴様の常識等いらん!!」
「はっ……この服装……この特徴的な派手な色合いを持つこの服装……恐らく。」
ジンは流れる冷や汗を腕で拭う。
ポケットの中にハンカチがあることすら忘れてしまう程の衝撃を受けただろうジンは、口元を震わせながら目の前の事実を上司であるダルゴへと告げる。
「この人型……いえ、人間の集団は……サールの町の住人かと。」
ジンはその報告の後、写真を机の上に置く。
その言葉の意味を悟った作戦室の人間達は、ダルゴとジンを除いてその写真へと群がるように集まり、その写真の人型の存在を確認すると、一斉に驚愕した。
「馬鹿な……何故。」
「サールの町はヒューマンの町だったのか!?」
「ありえない、三武家が倒したサジスとかいうヒューマンは彼等ごと爆発に巻き込もうとしていたのだぞ!?」
「実はそのサジスだけは人間で、彼らを殲滅するために。」
「それこそ有り得ん!!三武家が善良な人間を殺したと言うつもりか!?」
言い合いを始めた作戦室のメンバー達を横目に、ケンジだけは黙ってその写真を見つめ、しばらくするとその場から急に移動し、部屋にある棚を探り始める。
その様子を、ダルゴは感心したように見つめていた。
(やはり貴様は有能だ。)
机の周りで相も変わらず無駄な言い合いをする連中に失望していたダルゴは、自らが信頼する副司令官に対してだけは内心で褒める。
そんな事は露知らず、ケンジは棚から1つの箱を取り出すと、今だに言い合いを続ける彼等に叱責をするように机に叩き付けた。
ケンジのその行動に、作戦室のメンバー達は一斉に視線を向けて、慌てて口を閉じた。
「これは数ヶ月前の事件の証拠です……持ち込んだ人物はブレイカーと名乗る男。」
ケンジはその箱を開封すると、手に手袋を嵌めた後に中に入った物を取り出す。
それは袋に収納された、破損した彫刻のような物の欠片だった。
それと同時に、彼は同じくこの箱に収納された紙も同時に取り出す。
「この事件を覚えていますよね、ゼンツと呼ばれた村が一夜にして全滅し、そこの守備隊の1人が重傷を負った状態で警察に駆け込み、犯人が判明した事件。」
ケンジの持つその紙は、お尋ね者を世間に周知する為のものである。
そこに描かれている犯人、タイフという男は数ヶ月前、状況的に致し方なし、と不問にされた男だった。
「覚えている……しかしケンジ副司令、それが?」
「この事件の概要、それはタイフという男が、ある魔物に取り憑かれたことにより起こった事件だった。」
「それももちろん知っている、そもそも以前にマッド・ウルフ、そして炎のヒューマンからこの町や軍を守ってくれた男だ、知らないはずがない。」
ケンジの発言を理解出来ない彼等を見たダルゴは、彼らにも聞こえるように大きなため息をつく。
「作戦室のメンバーを再考する必要がありそうだな、ケンジ?」
「ええ、今回ばかりは自分もそう思います。」
ケンジは苦笑しながら、今度は片手に持つ袋を机の真ん中に置く。
作戦室のメンバー達は釣られるようにその袋の中を見ると、ようやく数名がケンジの言いたいことを理解したようだった。
しかし、今だ理解していない数名は、その袋に書かれた内容を確認していた。
「分類、ビースト……シドモークと呼ばれる霧状の実体の無い魔物、それの本体……能力は人間に取り憑き操る……操る?」
1人が声に出して読み上げたおかげか、ようやく全員がケンジの言葉を理解した。
袋に入っているもの。
それは柱のような物の上に髑髏頭が乗った造形をした、僅か10cm程の黒い彫刻の破片である。
ブレイカー、つまりナムが事件の解決後に警察に持ち込んだ証拠品だ。
操られていたタイフ自身によって破壊されたこの物品が持つ意味は一つである。
「そ、そういえば……サールの町である彫刻が話題になっていたと聞いたような。」
「なんだと、なぜ報告しなかった!?」
「危険性も町人達が確認しており……問題ないと……。」
ダルゴは机を1度全力で叩き付け、机にヒビを入れる。
報告をしなかったメンバーのひとりはそれ見て縮こまるが、ダルゴはそれを無視して今後の事を考える。
「ダルゴ司令官。」
「なんだケンジ?」
「彼等がこの町に来ているようです。」
「知っておる……うむ、仕方あるまい。」
3度目だ。
この対魔物のスペシャリスト、トラルヨーク軍が3度目だ。
1度は人間、2度は魔物。
ダルゴは自身の不甲斐なさに怒りを燃やし、更にケンジやジンを除くこの作戦室メンバーの体たらくにも怒りを燃やす。
ダルゴは思わず前の机を殴りつけ、ヒビの入った箇所から机は割れた。
ダルゴの筋力は高い。
軍を守る為、日々鍛錬している。
そんな彼の拳でも、流石に机を割ろうものなら血が滲む。
しかし、そんな事すらも気にならない程に怒りに燃えていた。
「お怪我を。」
「うるさい、そんなことより貴様は早く奴らを探せ!!」
「はっ!」
ケンジはすぐさま部屋の扉へと近付き、その扉を開ける。
しかし、彼はその部屋から出ることをせずに固まった。
それを横目で見たダルゴは不審に思って扉の先を見る。
「その必要はねぇぜ、クソオヤジ。」
「来ておったか馬鹿者……いや、今回ばかりはこの部屋の人間より馬鹿者では無さそうだ。」
「話はある程度壁越しに聞いた、壁が薄いんじゃねぇか?」
「考慮しよう。」
ズケズケとケンジを横に押し退け、中に入るナム。
そして押し退けられたケンジに謝るミナやトウヤ、後ろを黙って付いてくる、何処か心配そうな表情をしたリィヤ。
そして話題の渦中であるタイフ。
タイフの表情はいつもと違い、彼にしては珍しく怒りに染っている。
「基地に入るのも顔パスだったぜ? セキュリティーは大丈夫かクソオヤジ。」
「マッド・ウルフにも入られ、更に貴様らにも入られたか……ここのメンバーを解雇して設備に金をかけるとしよう。」
作戦室のメンバー達はそれを聞き、冷や汗をかく。
ダルゴは冗談を言う性格ではない。
作戦室の割れた机の周りに、ナム達が集まる。
床に落ちた上面図を拾い上げて確認した彼等は、自分達が間に合ったことを悟ると大きく安堵したようだった。
「軍からの戦力はいくら出せそうだ?」
「愚問だな馬鹿者、全てだ。」
「それならいい……ビビったクソオヤジが逃げねぇことを祈るぜ?」
「それはこちらのセリフだ。」
作戦室内にて、再び再会したナム達とダルゴ司令官含むトラルヨーク軍達は、町に迫り来る魔物の集団への対処をする為に、ギリギリまで話し合いを始める。
「先ずはサールの人達を何とかせんことには、いくら屈強なトラルヨーク軍と言えど攻撃が出来ない。」
「そうね、間違いなく敵はサールの人達を盾替わりに使うはずよ、シドモークに一般人を操らせる利点なんてそれしかないもの。」
シドモーク本人はビーストでありながらも戦闘能力は高くない。
代わりに、操った人間の能力をそのまま行使できる都合上、間違いなく操らせるなら戦闘要員にした方が戦力になる。
ゼンツ村での悲劇は、村の中で最強の存在だったタイフが操られてしまった事が大きな原因だった。
しかし、それを知った上で戦闘が出来ない一般市民を操るということは、自ずと狙いはわかる。
「シドモークとやらから人間を解放する手段は?」
副司令官であるケンジは、当時の事件を記録でしか知らない為かそんな質問をしてくる。
たまたま1番近くにいたトウヤは記憶を辿って答える。
「俺様の記憶だと、人間を気絶させるなり瀕死にするなりしかないはずだ、そうだろナム?」
「そうだトウヤ、間違いねぇ。」
瀕死、という言葉に、部屋の中の軍の人間達はザワつく。
つまり、一般市民を攻撃するという行為は避けられないことになるからだ。
「厄介だねぇ……軍の装備じゃ瀕死は無理だし、気絶も無理だろうねぇ。」
ジンはそう言うと、大きくため息を吐く。
それは諦めから、というより自分達の非力さを嘆くもののように聞こえた。
「大丈夫です、町の人達はわたくし達が。」
「そうだねリィヤ、僕みたいな人間を増やしちゃいけない!」
過去にシドモークに操られ、村人達をその手で皆殺しにしたタイフは、過去の自らとサールの人達を重ねていた。
同時にリィヤにとって、サールの町の人達が敵の中に紛れている、ということに対して強いある不安を抱えていた。
(アンナさん……。)
例外はないと彼女は感じていた。
つまり、敵の集団の中に間違いなく彼女も居る。
彼女の友人だったヨウコとサリーの2人も当然例外ではないだろう。
「決まりだな、サールの人間達の解放、恐らく居るであろう強力なヒューマンの対処、それを俺らがやる。」
「ビーストとノーマルは任せろ、それも貴様らが如何に早くサールの人達を救えるかによるがな?」
「安心して待ってやがれクソオヤジ。」
ダルゴとナムは、どちらからというでもなく拳を合わせる。
マッド・ウルフとの事件の後から謎な友情のようなものが生まれている彼等らしいやり取りであった。
「ケンジ、防衛陣形は!」
「完了しています、後はここのメンバーだけです。」
「移動するぞ、防壁の上にな!」
ナム達は一斉に作戦室から出ると、基地内部を走り始める。
作戦室内から出てこなかった人間達が居ることに気付いたナムは、ダルゴに視線を向けた。
「ふん、奴らは戦えん、頭しか使えん……その頭も今回で怪しいと知ったがな。」
「相変わらず厳しい奴だぜ。」
理不尽のダルゴと呼ばれる彼だが、その真意は非常に部下思いであることをナムは理解している。
確実に無理な要求をするのも、部下がなんとかそれを達成しようと努力をするのを期待してのことだろう。
単純に後者に関してはナムの思い込みだが。
「この町を、トラルヨークを守る役目の意味を、再び奴らに叩き込まねば。」
作戦室のメンバー達への処遇を決めたダルゴは、ナム達と共に防壁へと進み続ける。
自ら前線に立つ為に。
自分の部下を守るために。
トラルヨークにとって最大の危機との戦いが始まろうとしていた。