2章:アーツ同士の決戦
ダガンから闘技大会の話を聞いた翌日、ナム達は沢山の人々の喧騒の中にいた。
これから開催される催し物、闘技大会への興奮で沸き立つ人々である。
周りを囲うように設立された観客席と、その中心にある石で出来た戦闘フィールド。
そして野外ではなく、天井の存在するドームのような建物。
典型的な闘技場である。
勿論、世界の中心であるトラルヨークの闘技場なだけありかなりの規模ではあるが。
「マジで出るなんてな……。」
熱狂する人々とは真逆に、少し引き気味のナムは観客席でやる気なさげに座っている。
それも同然である、彼の周りには変わらず仲間達とツヴァイが居るが、その人数は5人である。
2人ほど足りない。
「この大会に出た参加者達が可哀想だな。」
「三武家がお忍びで参加してるからね……僕が参加者だったら嘆くよ。」
そう……タイフの言う通り今この大会に参加しようとしている仲間の2人が居る。
ミナとガルドである。
幼少期からそこまで仲の良くなかったアーツの跡取りミナと、そのツヴァイであるガルド。
ガルドからの挑発を受けたミナは、本来参加するべきでは無い闘技大会への参加を決めてしまったのだ。
「結果はどうなるんでしょうか……。」
「そりゃ、ミナとガルドが決勝戦まで進むさ。」
「あ、いえ……どちらが勝つのかと。」
リィヤの疑問に反射で答えてしまったトウヤは、彼女の言葉に頭をかく。
「あー、そりゃそうだなスマン……それは俺様もわからないな……あの2人は同格だからね。」
お互いに幼少期から同じ訓練、手合わせをしてきた2人に戦力差などない。
勿論、どちらかが訓練をサボっていたらその限りではないが、宿屋でのガルドの自信の高さから間違いなく訓練は継続している。
そうなると結果は全く分からない。
「個人的には結構楽しみだけどな。」
「マジかよラハム……俺はもう帰りたいぜ。」
三武家のしきたりで15歳で独り立ちしてから、5年もの長い間離れていた跡取りとツヴァイ。
ラハムはそんな2人の戦いの結果が気になって仕方ないようだが、ナムはそんなことに興味がないようである。
「お前は相変わらずだなぁ?」
「どっちかが勝つし、どっちかは負ける……戦いなんてそんなもんだ。」
ナムのボヤキが終わると同時くらいに、会場の喧騒が一斉に静かになる。
ナム達は突然に静かになった会場に驚くが、この町の人間達にとっては開催時間は承知済みのものである。
静かにするべき時間はみんな心得ているのだ。
『猛者達が集まる闘技大会の時間が今年もやってきました!!』
うるさいほどに響き渡る声に、思わずナム達は顔をしかめる。
数年前に発明された、声を増幅する機械。
マイクと呼ばれるものを使用した独特な音質の声である。
かなり高額な機械の筈だが流石はトラルヨークの闘技場、しっかり配備されているようだった。
『例年通り、今年も32名の猛者達の熾烈な戦いが始まります!!』
マイクから聞こえてくる、恐らく進行役であろう人間の言葉に、再び沸き立つ観客達。
「意外と少ねぇな?」
「この町の闘技大会はレベルが高いって噂があって、参加者は本当の自信家が参加する程度らしいよ。」
「なるほどな、噂を怖がって参加者も絞られてる訳か。」
マイクからの発言を適当に聞き流しながら、トウヤとそんな事を話していたナムは、納得したように頷いた。
『トーナメント方式、Aブロック16名、Bブロック16名、両方で勝ち残った2人で決勝戦を行います!』
大会内容は一般的な物であるようだ。
事前に決められた組み合わせ通りに戦い、それぞれの勝利者同士で再び戦い合い、勝ち抜いていく方式である。
『先ずはAブロックからの開催です!』
その言葉に、観客達は一斉に上へと顔を向け、ナム達も釣られるように上へと視線を向けると、天井にぶら下げられたトーナメント表が見えた。
見たことも無い名前が並ぶ中、ナム達はミナとガルドの名前を発見する。
ミナがAブロック、ガルドはBブロックのようだった。
「決勝でぶつかるね。」
「ほらな、俺様の言う通りになった……AB別れると聞いた時にはもしかしたら予想が外れるかもと思ったけど。」
両者ともどちらかに固まっていたら、極端にいえば1戦目からぶつかる可能性もあった訳だが、それは見事に回避されたようだった。
彼ら2人が道中で負けることは確実にない。
となると必然的に決勝で2人はぶつかるだろう。
「まぁ、2人の実力を見ようじゃねぇか。」
ラハムは相変わらず楽しそうにそんな事を言うのであった。
その後、大会自体は滞りなく進んだ。
人数は少ないが、フィールドは1つしかない為にそこそこの時間が掛かる。
ミナは問題なく……どころか相手を一瞬で打ち倒して1戦目を通過していた。
この大会での武器は木製の模擬剣である支給品を使用する決まりになっており、拳で戦う者もグローブと呼ばれるものを装着していた。
魔法は危険な為禁止となっているらしい。
アーツであるミナにとって、たとえ木製の模擬剣であろうが武器に変わりはない。
一般人に勝ち目などないのだ。
『Bブロック5戦目!この大会お馴染み、鋭い剣術が光るカイム選手!
そして相手は今回初参加、Aチームで圧倒的な強さを見せたミナ選手の同門、ガルド選手だぁ!!』
進行役の紹介が終わると同時に、フィールドへの入場門から歩きだしたガルドとカイムという対戦相手。
2人はフィールド上に登ると同時に、所定の位置につく。
ガルドは武器を構える事をせずに腕を組んだまま立ち尽くし、カイムは腰から木製の剣を1本手に取る。
「随分余裕そうだね、舐められてるみたいでいい気分はしないよ?」
「……。」
カイムからの挑発とも抗議とも取れる発言にも反応しないガルド。
それを見たカイムの表情は怒りに染まっていく。
そんな2人の様子にも気にせず、進行役からの大きな声が辺りに響いた。
『ではBブロック5回戦、開始です!!』
進行役の言葉と同時に、うち鳴らされるゴングの音。
それと同時に、カイムと呼ばれた男は券を木剣片手に素早く走りだす。
しかし、ガルドは相変わらず動こうともせずに腕を組んだまま棒立ちしていた。
(やる気が無いのか!?)
ガルドのやる気なさげな態度にイラついたカイムだったが、やる気がないなら勝たせてもらうだけと気を取り直した彼は、全力で木剣を振り上げる。
その速度は一般人にしては早く、この大会に出るだけの実力を持っている事は間違いないようだ。
「舐められているようだと言ったな?」
「……!?」
突如言葉を発したガルドに驚いたカイムだったが、剣速は緩めず振り抜こうとする。
「舐めてるんだよ。」
「きさ…………まっ!?」
ガルドの言葉に怒りを強めたカイムだったが、それは長くは続かなかった。
目の前で腕を組んだままのガルドが彼の前から立ち消えると同時に、彼の首元に衝撃が走ったからである。
「雑魚相手を舐めて何が悪い。」
いつのまにか構えていた木剣を、ガルドが腰元に差し込むと同時に、カイムと呼ばれた男は地面へと倒れ伏す。
闘技場の喧騒が一瞬で静かになり、ガルドと呼ばれた男の実力に理解が追い付いていないようだった。
『か……カイム……選手ダウン!!トーナメント上位常連のカイム選手相手に、ガルド選手の圧勝だぁぁ!?』
進行役の雄叫びとも取れる言葉に、観客達は驚きつつも歓声を上げはじめる。
予想外の番狂わせに困惑と興奮が入り交じったその歓声の最中、ナム達はガルドの実力をしっかりと見ていた。
「実力は衰えてねぇな……それどころか更に洗練されてる。」
ナムの言葉に、仲間達は頷く。
アーツの跡取りには選ばれずとも、訓練を絶やすことをしなかった彼に感心していた。
「これは……ミナさんとの決着は、完全にわからないね。」
「あぁ……意外と面白そうな展開になりそうだ。」
ナムはここに来てようやく興味を示し始め、本気で観戦し始める。
勿論、興味あるのはミナとガルドの戦いだけだが。
「全く……見えませんでした。」
「僕もだよ……リィヤ。」
そんなナムとは真逆に、あくまで一般人であるリィヤとタイフの2人は顔を合わせ、肩を落として苦笑するのだった。
その後、トーナメントは長時間にわたり順調に進む。
合計30戦程が終わり、Aブロック代表はミナ、そしてBブロックはガルドが代表となり、決勝戦はその2人がぶつかり合う事となったのだった。
ミナとガルドはお互いになんの苦戦もなく突き進み、この大会の参加者を下し続けていた。
最後の戦いの為に、会場の控え室で待機していたミナは、フィールドの門近くへと歩みを進める。
自分のいる場所の向こう側に目を凝らすと、同じく待機するガルドの姿を捉えたミナは、期待半分と後悔半分の複雑な気持ちになっていた。
「参加者には申し訳なかったわねぇ……冷静に考えると。」
ガルドに挑発され、怒りのままに参加を決めてしまったミナだったが、何度も格下と戦うにつれて冷静になり、今では申し訳なさの方が強くなっていた。
ミナとガルドに至っては遊びのような参加だが、彼ら参加者にとっては人生を賭けたものでもあったかもしれない。
そう考えると自分の浅はかさに嫌気が差しそうだった。
「まぁ……ここまで来ちゃったんだから、ちゃんとやらないといけないわね。」
後悔は強いが、自分のツヴァイであるガルドとの決着を楽しみにしている彼女は不敵に笑う。
腰元にあるのは木剣である。
しかしそれは相手も同じであり、武器が同じなら勝敗は後は実力差だけなのだ。
「ん……そろそろね。」
外ではミナ達に対する紹介のような物が響いている。
やれ初参加にて無数の猛者を打ち倒したなど、女性でありながらなど観客を盛り上げるような言葉ばかりである。
女性でありながら、と言われるのにはミナは少々不満げだが。
そして、進行役の大声の後に目の前の門がひとりでに開け放たれる。
既に5回同じ行動をしたことにより、慣れたように門から外に出ると戦闘フィールドへと登る。
最初こそ戸惑ったが、動くタイミング等は相手と同じ行動をし、立つ位置に関しても初回は分からず、対戦相手に指を刺されてようやく気付く有様であった。
しかし、その後フィールドをよく見ると自分が立つべき場所には小さく目印が付いている事を発見した彼女は、3回目からはスムーズに行動出来るようになっていた。
控えで観戦していたが、ガルドは慣れたように行動していただけに、こういった大会への参加に慣れている疑惑さえ浮かんだのだ。
(……絶対参加してるわね、これだからアイツは嫌いなのよ。)
父親であるザベルの真似をし、三武家としての暗黙のルールすらも彼は基本守らない。
ミナはそんなガルドが苦手であった。
勿論それは軽い理由であり、苦手な理由にもっと大きな問題があるのだが。
(あの態度を見るに……根本は変わってなさそうね……猫かぶりめ。)
所定の位置に立ったミナは、全ての対戦相手にもしたように腰元から2本の木剣を抜き取り、強敵を前にしたように真剣な顔でしっかりと構える。
彼女は相手への礼儀として武器を本気で構えていた。
いくら自分にとっては赤子のような相手でも、ガルドのように舐めた態度では失礼だからである。
そして、今までミナとは真逆に対戦相手に対して舐めた態度をとっていた彼も、初めて木剣を事前に2本抜き取り構える。
実力が互角である対戦相手の前では、流石に舐めた態度は取れないようで、それが更にミナをイラつかせる。
お互いに二刀流の構えを取った2人の表情は、真剣そのものである。
『それぞれのブロックで、圧倒的な強さを持つ両者がとうとうぶつかり合います!!
決勝戦まもなく開始です!!』
進行役の言葉の間、ミナとガルドは互いに睨み合う。
大会の規定で合図をしてからの開戦、というものが無ければ既に戦闘を始めているであろう程に。
「戦いを見てた、あんな雑魚相手に剣を構えるとはな……これはこのガルドの勝ちだな。」
「私はアンタみたいに無礼な人間じゃないのよ。」
2人が油断なく睨み合う中、観客達の興奮は更にヒートアップしていく。
そしてそれを見計らったように進行役が突如大声を出した。
『開始!!』
ゴングの音と共に、ミナとガルドは一瞬で距離を詰め、激しい攻撃の応酬を始めた。
「この勝負、このガルドの勝利だ……ヒャ……おっと。」
「相変わらずうるさいヤツね。」
ガルドの上段からの振り下ろしをミナは両手の剣で受け止める。
その衝撃はかなりのものであり、ガルドの腕力の強さ示していた。
ガルドは剣を1本、ミナは2本で受け止めてようやく互角である。
ガルドはもう1本の剣を横薙に振るうが、ミナは素早い身のこなしでそれを避ける。
力では負けているが、速度は完全にミナの方が上のようだ。
「相変わらず速さだけはある……!」
「相変わらず馬鹿力ね……まぁあの馬鹿とは比べ物にならないけど。」
2人の強さの前に、観客達はどんどん燃え上がりつづけ、両者の応援が会場に木霊する。
アーツ同士の戦いは始まったばかりである。
この回で大会を終わらせるつもりが予想以上に長くなってしまいました。
ミナとガルドの決着は如何に。