2章:闘技大会
「さぁさぁ、これが新しい防具だよ。」
ネネの……というよりダガンの騒動から2日後
再びツヴァイであるラハムとガルドと共に、ナム達はダガンの鍛冶屋へと足を運んでいた。
カウンターで座り込んでいた鍛冶屋の一人娘、ネネから新しい装備を受け取ったナム、相変わらずのダガンの腕の良さに感心している。
鎧の隙間が大きく体を動かしやすい、ナムの格闘術を阻害しないように作られた特注品である。
「同じように作ったつもりだ、満足か?」
「文句ねぇよ、素晴らしい出来だ……サンキューな。」
「まぁたすぐ壊さないでよ……とか思ったけどすぐ壊してくれた方が儲かるかな?」
ネネの悪戯な笑顔から放たれた言葉に、ナムは内心で怒りを僅かにだすが、ネネに対してそれが出されることはなかった。
その言葉にツヴァイの2人が笑った為に怒りは完全にそっちに向かったからである。
声を上げて笑いながら、わざとらしく指をさすラハムを睨みつけるナムだったが、ラハムはそう言う行為に対して全くの無頓着である事は、長年の付き合いであるナムにはわかっている。
しかし、僅かにでも抗議をしとかないと気が済まなかった。
「全く……三武家っていう凄い人達もいるんだから、君達ももうちょっとがんばふぎゃ!?」
「言い過ぎだネネ、すまんなうちのバカ娘がよ。」
脳天に拳を叩き落とされたネネが涙目で頭を抑え、ダガンは何故か少し機嫌が良さそうな表情でナム達に謝罪をしてくる。
先日のビレイドと名乗った男と深い関係では無かった事が余程嬉しかったのだろう。
高頻度で娘に拳を落としている彼だが、実は相当ネネの事を溺愛してるようだ。
「また何かあったら来るといい、前も言ったがウチはアフターサービスも万全だ……あと儲かるってのも間違いじゃないしな。」
「そうさせて貰うわ、ここの武器と防具はかなり良いもの。」
「嬉しいねぇ……またご贔屓に。」
ダガンはそう言ってカウンター奥の扉の方へと体を向け、まるで照れを隠すように足早に去ろうとした。
しかし、何かを思い出したかのようにもう一度ナム達の方へと顔だけを向ける。
「そういえば、この町からはもう出るのか?」
「あー……いや、しばらく居るつもりだ。」
ナムはビレイドから聞いた不穏な情報を思い出していた。
町の外で魔物達が活発に活動している。
それもただの群集の移動ではない、ビーストがノーマル達を率いている。
何か……そう、町を攻め滅ぼす為に戦力を集めるように。
あの後、ナム達はしっかりと話し合いを行い、現在で1番攻められる危険のあるトラルヨークにしばらく居ることを決めた。
ツヴァイ達にはまだ話せていないが、事情を話せば彼らも力を貸してくれるに違いない。
「そうか、なら丁度いい……この町である催し物が開かれるんだ、見て行く……または参加してみたらどうだ?」
「催し……? 祭りでもあるのか?」
疑問を口に出したトウヤだったが、その問いに答えられる前にカウンターに座るネネが大声で遮ってくる。
「ちょっと、流石にこの5人には荷が重いって、観戦だけにしときなよ。」
ネネの言った観戦と言った言葉に、ナム達は何かを察したようだった。
そしてリィヤはぽんと手を打つと、楽しそうに自分の知識を話し始める。
「昔読んだ本に、世界の中心にある大きな町には、立派な闘技場があると書かれていました!」
ネネの観戦と言う言葉と、リィヤの話した情報。
それで何が催されるは大体分かる。
「そう、明日の朝イチから闘技大会が開催される、腕に自信があるなら参加するのも良いが、勿論参加者も腕利きばかりだ、観戦だけの方をオススメするよ。」
そう言ってダガンは、カウンター奥の扉へと手を振りながら消えていった。
そして残ったネネはこちらを小馬鹿にしたように笑っている。
「参加するなら今日迄に受付しないとダメだよ?」
ネネの表情を見るに、暗に参加しない方が良いよ?
と言いたげである。
しかし、ナム達も参加する気は全くない。
ナム達三武家は人間として最上位の強さを持つ。
そんな彼らが闘技大会等に参加してしまったら上位を独占する事は間違いない。
三武家の当主達から参加を禁止されている訳では無いが、暗黙のルールとして参加は好ましくないのだ。
「安心しろ、そもそも参加する気は……おい?」
ナムは後方で聞こえた足音に気付くと、その主へと顔を向ける。
そこには扉から足早に外に出ようとするガルドの姿があった。
別にツヴァイ2人とパーティを組んでる訳では無いが、今の話を聞いてから足早にこの店から出ようとした彼の行動は些か怪しい。
「ミナ、参加しないか?」
「はっ? 何を言ってるのガルド。」
「どっちが強いか、その闘技大会でハッキリさせようと言ってる。」
ガルドはニヤリとミナに笑いかける。
自分の方が強い事を手っ取り早く示そうとしてるのかはわからないが、参加する意思があるようである。
「私達が参加するってのはどういう意味かわかってる訳?」
「勿論。」
カウンターでネネは彼等の話を不思議そうに聞いている。
彼等の参加の有無についてではない。
何故かはわからないが、恐怖や緊張から参加を拒否してるわけでは無さそうな雰囲気に対してである。
どことなく、自分達の強さを知っていてわざと参加しないと決めているような口振りに、ネネの疑問はどんどん膨らんでいく。
ネネは偶然にもナム達の正体を知らない。
特にナムの鎧が毎回ボロボロになると言う現実を見ている彼女は、ナム達がそこまで強者に見えていないのだ。
「逃げるのか?」
「なんですって?」
戸惑うネネを他所に、ガルドとミナの間の空気はどんどん悪くなっていく。
何となくこの女性とあの男は仲が悪そうだと感じてはいた。
前回もそうだったが、この店に来てからもあの2人だけは全く会話が無かったからだ。
「ち、ちょっと? 喧嘩なら他所でやってよね?」
「あ、あー……すまねぇな……そろそろ出る、防具助かったぜ。」
「どうせすぐ壊すんでしょ。」
ネネの決めつけるような言葉に一瞬だけカチンとしたナムであったが、この先想定される戦いを考えると、ネネの言うことも否定出来ない。
ベルアとまだ見ぬ四天王の2匹、そしてあの3匹のネイキッド。
強敵はまだ沢山残っている。
「かもな……じゃ、行くぜ。」
カウンターに座ったまま、やる気なさげに手を振るネネを背を向けたナムは、いがみ合うミナとガルドに移動を急かして店から出ていく。
ナム達7人が店から出て行った後、残されたネネは大きなため息を吐いてから机に突っ伏した。
「うーーーん……なんでかなぁ?」
ネネは頭の中に残る疑問を解決しようと頭を働かせる。
先程のやり取り、そして何故か頭に引っかかり続けてる謎の違和感。
1ヶ月前位に彼らを見た時はなんとも思わなかったが、ここ数日の関わりでネネの頭に疑問が生まれたのだ。
「なんか……あの女性……見たことあるような……?」
しかし、そんなネネの疑問は静かになった店内の落ち着いた雰囲気の中で、強まっていく眠気に負けたネネの寝息となって掻き消えたのだった。
勿論この後に、再びダガンの拳で文字通り叩き起こされることになるのだが、それはナム達には関係の無い話である。
とある洞窟の最深部。
人目から隠されるように開発された研究施設から更に下。
白を基調とした、ただただ広いだけの部屋のど真ん中に1人の青年が立っている。
その青年、エイルは壁に唯一存在する窓を見上げると、向こう側に立つ神父のような男とアイコンタクトを取った。
ジカルと名乗ったそのヒューマンは、エイルがこの施設に保護されてから今までの長い時間、彼に戦う力を付けてくれていた。
ジカルいわく、エイルは相当強力な部類のネイキッドであるらしい。
身体能力もさることながら、なんと魔法への適正もあると言う事だった。
それも、魔法を得意とするジカルが驚く程に。
ネットの村にいた頃にはそんな自覚は全く無かった。
そもそも自分は人間だと思い込んでいたからだ。
窓向こうのジカルが拳を握ってから親指だけを上に立て、それを確認したエイルは、掌を前に出してそこへと魔力を集中させ始める。
最初は困惑しっぱなしであったこの魔力操作の感覚に慣れたエイル。
彼の掌には巨大な魔力の塊が発生し始めていた。
魔力を変換せず、ただ塊として放つ魔法であるショット。
魔術師の練習用として最適である代わりに、人間に命中させても僅かな衝撃しか与えないショットの上位互換魔法。
町の防壁にすら強力な破壊と言う結果を与える、マジック・ブラスターである。
異常な破壊力を持つものの、魔力を最上位魔法レベルで消費する為に、大体はその魔力で最上位を放った方が便利な事が多い魔法である。
しかし、エイルの掌の前に生成されたそれ。
マジック・ブラスターで間違いない筈のその魔法は、本来のマジック・ブラスターのサイズを2倍近く超えていた。
(素晴らしいです)
窓からエイルの様子を見ていたジカルは、彼のその異常なサイズのマジック・ブラスターに感心していた。
彼を戦力にする際、魔法への適性がかなり高い水準……いや、下手するとこの極魔と言う2つ名を持つジカル並にあるということはわかったものの、彼はその才能を人間の村では全く使用したことがなかった。
魔力適性だけはやたら高い素人当然のネイキッドに、1から魔法を教えるとなると相当な労力と時間が掛かってしまう。
そこでジカルは考えた。
それならばその膨大な魔力をただ放つ訓練をするべきだ、と。
数々の魔法を習得させるのは骨が折れる。
しかし、彼に魔力操作だけを教えてそれを放つ、つまりショットやマジック・ブラスターならば苦労しない。
普通であればそんな魔法ばかりでは魔力効率は非常に悪く、直ぐに魔力切れを起こす。
しかし彼の魔力量は膨大であり、そうそう魔力切れは起こさない。
しかも、魔力切れを起こそうが彼の身体能力も相当高いのだ。
戦士としても十分過ぎるほど適性がある彼ならば問題ない。
しかし、そんな彼には1つ問題があった。
戦いの訓練をさせろとの命令であったが、彼のその問題は、永らく彼の頭を悩ませた。
エイルと言うネイキッドは優しすぎる。
特に人間を殺すという行為に関しては非常に難色を示したのだ。
「ぼくは……ネット村の人達を恨んでる訳ではありません、確かにショックでした。
でも……かと言って報復してやろうなんて全く考えてないんです。
ぼくを狙う軍から保護していただいたことには感謝していますが、そこは譲れません。」
これがエイルの考えだった。
ジカル達はエイルに対しては善良な集団を演じてはいるが、本来の目的は三武家達の抹殺である。
そして闇の騎士達との戦いにも彼を起用したいと考えていた。
彼の希望とベルアの希望は真逆の方針となるのだ。
しかし、ジカルはとある嘘を彼につくことでそれを僅かに解消したのだ。
最初は難色を示していたエイルだったが、それならばまだ……と折れてくれたのだ。
「マジック・クラッシャー、打ちます!」
窓の向こうからエイルの声が響くと同時に、彼の放ったマジック・ブラスターは施設の壁へと命中する。
巨大な地震と共に施設の壁は瞬く間に崩れ落ち、その衝撃は窓向こうのジカルにも僅かに届く。
(耐衝撃構造をふんだんに使ったこの部屋の壁をこんなにあっさり……やはり素晴らしい。)
エイルのマジック・ブラスターの威力を見た彼は笑顔で方針が間違っていなかった事を悟った。
施設の崩壊が止まると同時に、顔を綻ばせたエイルが窓に近付いてくる。
「凄い威力ですね……流石は対人工物最強魔法です。」
「ええ、その魔法は建物に対しては異常な威力を誇りますからね。」
ジカルがついた嘘。
それはマジック・ブラスターの効果であった。
エイルの放った魔法はマジック・クラッシャー等という存在しない魔法ではない、正真正銘のマジック・ブラスターである。
「でも、こんな威力の魔法……生き物には無力とはいえ、崩落で命を落とす人間も出るのでは?」
「それは有り得ます、ですが普通の魔法より全然被害は少ないです、軍の機能を止めるくらいしか出来ませんよ?」
「……なら良かったです、死者はなるべく出したくありませんから。」
安心したエイルを、ジカルは表面上は満面の笑みで見つめる。
しかし、その内心では上手く行った事をほくそ笑んでいた。
(トラルヨークの壊滅……彼のお陰で簡単に終わりそうですね?)
ジカルのそんな邪悪な内心を露知らず、エイルは偽りの素晴らしい魔法の習得が完璧に終わった事に対して本心から喜ぶのであった。
もしエイルが敵としてナム達の目の前に現れていれば、苦戦は免れません。
四天王クラス、潜在能力的にはその位の実力者です。