序章:トウヤVSクラウン
ナムと別個体のクラウンがまだお互いに様子見をしている状況で。
<三武家>の1つの魔法戦闘術の権威<マギス>の跡取り息子であり、この屋敷の主でもあるトウヤとクラウンも対峙していた。
トウヤはこの個体と戦うのは初めてでは無い。
だがトウヤが倒した時は屋敷のボディガードへ襲いかかろうとしていた時に背後を取っての首の両断による絶命しかさせていない。
お互いを認識した上での直接戦闘は初めてである。
だがその時の光景によりこの魔物が格闘術をメインとすることは何となく察してはいた。
トウヤは右手に発動していた下位強化魔法の<魔法剣>を一旦解除すると、自身の両腕に自身の体に満ちる魔力を操作し始めた。
この世界の魔法に詠唱は必要ない。
体の何処かに魔力を集中させ、どの魔法を使用するかを選択し、名前を口ずさむことによりイメージを確定させ放つのである。
下位、中位、上位、最上位の順番で魔法の威力は高くなり、消費魔力も準じて高くなる。
例えば、集中させる魔力の最大を100とする。
右手に20の魔力を集中させれば、基本的には消費20の魔法を放てるが、戦闘状況に応じて消費10の魔法を連続2発に変えることも出来る。
右手と左手に魔力を同時に集中させられれば、それぞれで消費20の魔法を別々に放つことも出来る。
この世界の魔術師の力量差は、集中させることが出来る魔力量と同時に集中させる場所の多さも能力に直結する。
魔力量30を1箇所にしか集中させられない魔術師は、それ以上の魔力を消費する魔法を放つことは出来ない。
勿論、体にある魔力の総量が無くなっても集中させることは叶わない。
三武家のマギスの跡取りであるトウヤは右手と左手に膨大な量の魔力を集中させる。
それに気付いたクラウンは、道化師のような動きは辞めず、しかしかなりの速度でトウヤに襲いかかろうとした。
「いい動きだねぇ、魔術師は近付いてしまえば大した事ないと知ってるんだな。」
トウヤはそんな状況でも笑顔を崩さないままに集中させた魔力を一切分散させずに襲いかかるクラウンを眺める。
「だがそれは、一般的な魔術師の話だ、俺様相手にそれは愚の骨頂だと教えてやるよ!」
トウヤは右手に集中させていた魔力の半分を使用し、地面に向かって掌を突き出す。
「重力属性中位魔法、グラビティ・ホール!!」
トウヤの目の前に高い重力の力場が発生し、丁度そこに入っていたクラウンはその重力に足が重くなる。
クラウンの軽快な読みにくい動きが一瞬にして鈍重なものへと変わる。
そしてトウヤはすかさず、左手の魔力も半分消費し今度は天井へ向かって掌を突き出す。
「氷属性下位魔法、アイス・ニードル!」
トウヤの頭上に氷の鋭い槍のようなものが10個ほど作成される。
大量の魔力を下位魔法のアイス・ニードル10発に変えたのだ。
それを見たクラウンは慌てて逃げ出そうとするが、重力の力場がそれを許してはくれない。
「まずは小手調べ、喰らえ!」
同時に発射された10発のアイス・ニードルはクラウン向けて通常のものよりも異常に早いスピードと威力で襲いかかる。
そして守ることも出来ずに体の至る所へアイス・ニードルが突き刺さったクラウンは重力の力もあり、よろめいた。
「ほう?流石にタフだな……ならこれはどうだ!」
トウヤは左手の魔力と右手の魔力を全て消費し、両手から巨大な電撃の玉を作成する。
「雷属性上位魔法、ボルテック・キャノン!」
トウヤの手から巨大な電撃の玉が目にも止まらぬ速度で発射され、クラウンに直撃した。
大砲のような衝撃と雷を受けたかのような雷撃、それを同時に受けたクラウンは感電しながら壁に激突した。
重力の力場からも脱出してしまえるほどの威力であった。
辛うじて生存していたクラウンは壁から起き上がると、まだ痺れが取れない上に既に左手が衝撃で吹き飛んでいる姿にも関わらず、まだ戦闘を続行しようと構えを取る。
「おいおい!上位で生き残るとか今のビーストどんだけ化け物なんだ?!」
ここ数年で魔物が謎の強化を遂げているという話は聞いていたが、流石のトウヤもあれを受けて生存するとは思わずに驚く。
ボルテック・キャノンは雷属性の魔法の中でも威力が高く、速度も早いため非常に避けにくく、命中した時は生存など本来は有り得ないほどの強力な魔法だ。
しかもそれがマギスの膨大な魔力で作成され、通常よりも強化されたものだ。
勝負を決めるつもりだったトウヤは自身の甘さを痛感する。
「まだまだ……だな。」
トウヤは自身を戒めつつ、再び右手と左手に魔力を集中させ始める。
クラウンも今が好機とボロボロになった体に鞭打ち、トウヤへ全速でつき走る、勿論一直線ではなく、右へ左へ上へと変化自在な動きで、である。
そして一瞬のうちにトウヤの近くへ移動すると、残った右手でトウヤを狙い打つ。
格闘術を得意とする魔物なだけあり、一般的な魔術師であればこの状況なら死を免れぬほどの速度と威力だ。
拳がトウヤの頭部に直撃し、今度はトウヤが壁に向かって高速で激突する。
クラウンは確かな手応えを覚え、確実に仕留めたことを確信すると、ピエロ顔を笑顔に変えた。
そして、今もなお敵の片方と戦闘をしている同族の方を見ると、加勢しようと移動するが。
「よそ見するとは、お前も甘いな!!」
壁からトウヤが飛び出し、クラウンの背中へ降り立つ。
トウヤの体には土色の鎧のようなものがまとわりついていた。
「上位強化魔法、アース・メイル!一撃は確実に防ぐ強力な防御魔法だ。」
驚くクラウンが反応する前に、トウヤは右手に再度魔法剣を発動させる。
右手の魔力はアース・メイルに使用し殆ど尽きていたが、魔法剣を作成するだけの量は残っていた。
そしてそれを背中に突き立て、まだ残っていた左手に集中させた魔力を右手に一瞬で移動させる。
「良い一撃だったぜ!炎属性中位魔法!フレア・ボム!!」
魔法剣を通してクラウンの体の中へ魔法を流し込んだトウヤはクラウンの拳を避けるために急いで背中から飛び降りる。
背中を刺された痛みに怒り、トウヤへ向き直ったクラウンだったが。
「……?!」
突如としてクラウンの体が爆発と共に破裂し、跡形も残らずに消滅する。
中位魔法、フレア・ボムは普通なら火球をとばし、敵に当てると同時に起爆する爆弾のような魔法だ。
それをトウヤは発動を遅らせた上でクラウンの体内へ流し込んだのだ。
「あーあ……一撃貰っちまうとは思わなかったぜ、完封するつもりだったのに。」
トウヤは右手に作成した魔法剣を消滅させると、ナムの方へ振り向いた。
そこではナムもトウヤより少し早く勝負が着いたところだった。
頭が吹き飛んだ亡骸がナムの近くに横たわっている。
「終わったか。」
自分の屋敷へ突如として襲ってきたビーストを殲滅したトウヤ達。
特に苦戦した様子もないナムを見て、遊びすぎたなと反省するトウヤ。
屋敷はまだ燃えているものの、とりあえず一段落したことを悟った2人は
のんびりと部屋から退出して行ったのであった。
初のビースト、クラウン戦終了です。