2章:誘い
たまたまた立ち寄った店で、予想以上に量が多い食事を終えたナム達。
それの処理に時間が掛かって夕方となってしまった為に、今日はダガンの鍛冶屋に向かうことは諦める羽目になった。
そのお店で偶然出会ったツヴァイ達も宿を取っていないとの事だったので、彼らと共に民宿で泊まる流れとなった。
食事後、店主に何故看板に名前が無いのかと聞いた。
それを聞いて顔を青ざめさせた店主は慌てたように店の外に出たのだ。
その時はナム達も流石に驚いたものだった。
そして店主が肩を落として店内に帰ってくると同時に、静かな声で看板が破損している事を告げてきたので、ナム達は再び驚くことになった。
その後に聞いたところによると、店の名前はビッグ・ミートと言うらしい事が判明した。
非常に安直かつ店の仕様が良くわかる店名である。
「またダブルに挑戦くだせぇ……実はここだけの話ですがね、裏メニューにトリプルが……」
嬉しそうな表情の店長から発せられたそんな恐ろしい言葉を全て聞く前に、ナム達は慌てて店を飛び出したのだが、それは別の話である。
「いや、ダブルを食い切ったお前もかなりの化け物だぞ。」
「思い出させんじゃねーよ。」
ナムのツヴァイであるラハムから発せられた言葉を聞いた彼は、表情を青くしながら思わず口元に手を置く。
流石のナムですら気持ちが悪くなる程の量だったようだ。
「あの量は私にはキツかったわ……リィヤちゃんは大丈夫だった?」
「明日も何も要らないかも……とか思っています。」
唯一、裏メニューであるハーフを食したリィヤですらこんな状態である。
勿論リィヤが少食である事は間違いないが、ハーフと言いながら普通の飲食店の料理の量があったことが原因であろう。
「それより、当主から聞いたがお前らなんか変なことに巻き込まれてるんだってな?」
食べ過ぎで体調があまり良くないナム達に向けてそんな質問をするラハム。
それに対して青い顔をしながらもナムはゆっくりと答える。
「あぁ……リィヤの屋敷で遭遇したベルアとかいうヒューマン……と言うには少しばかり変な奴と因縁があるな。」
「何が変なんだ?」
ラハムの隣に座るミナのツヴァイ、ガルドは変なヒューマンと言う言葉に疑問を持ったようだった。
それに対し、ナムは過去を思い出すように顎に手を置いて話しだす。
「体の1部を変化させたんだ、だからベルアはメタモラーである可能性が高い……というか確実だ。」
「ふん、そんな事魔物に詳しいとかいうブロウに言われるまでもなくわかることだ。」
腕を組んで椅子の背もたれに思いっきり背中を預けたガルドは、鼻を鳴らしてそんな皮肉を言う。
しかし、それに対して驚いたのはラハムだった。
「1部だけ……? なんだそれは、メタモラーなら元の姿の方が強い筈だ、1部だけ戻す理由がない。」
「流石だなラハム、説明が少なくて済む。」
ラハムは視線をガルドに向け、ガルドもその視線の意味をどう捉えたのかはわからないが、目を瞑って若干下を向く。
そしてガルドは1回大きく欠伸をすると、目を手で拭いてから目を開けた。
「変なのはわかる、だがその違和感になんの意味があるんだ?」
ガルドの言葉に、ナムは思わず頭を抱える。
確かにその違和感が何を示すのかと言われても答えが出ない。
しかしナムの頭の中にはその違和感が彼に何かを伝えようとするかの如く燻っていた。
「いや、わからねぇ……意味があんのか、無いのか、それすらわからねぇんだ、だが気になる。」
「ふん、相変わらず変な奴だ。」
ガルドは再び手を組んだ状態で目を瞑って俯いた。
その姿を見たミナは何故か大きくため息をすると、ガルドに対してジト目を向けた。
「アンタも相変わらずね……|そのお父さんの真似まだしてるのね。」
「黙れ。」
ミナとガルドはお互いに視線をぶつけ合う。
その光景に思わず冷や汗を流すタイフとリィヤは、2人の喧嘩にも見えるその状況におろおろしだす。
しかし、彼女と彼をよく知るナムとトウヤは落ち着いたものだった。
タイフとリィヤは落ち着いた2人のその様子を見て、顔面蒼白で、止めてとでも言わんばかりに喧嘩をする2人に指を向ける。
しかし、ナムとトウヤは苦笑いをして手を横に振った。
それもその筈である、この2人は元々そこまで仲が良くない。
理由はわからないが、昔からそうなのである。
昔から見慣れた光景であり、喧嘩とはいえ殴り合いに発展するようなことも無いため、放置することにしていたのだ。
むしろ仲裁しようものなら2人の怒りが飛び火するので放置安定である。
「たくっ……そうだ、お前達は明日はどうするんだ?」
「あ? 俺の格好をみやがれ……この町の鍛冶屋に行くんだよ、ダガンの鍛冶屋ってーところだ。」
ナムは鎧の胸元に出来た巨大な破損箇所をこれみよがしに示す。
ネットの村で遭遇したピードと名乗ったヒューマン達3人に付けられた傷だ。
そして、それを見たラハムは目を見開く。
「ヒューマンか?」
「あぁ。」
ミナといがみ合っていたガルドも、不意に視線をナムに向け、鼻で笑った。
「みっともないな。」
「アンタねぇ……とんでもなく強い敵だったのよ?」
「お前達の修行が足りないだけだ、これは跡取りの座が回ってくるのも時間のもんだ……」
ガルドがそれを言い切る前に、ミナに首を腕で押すように抑えられながら壁に押し付けられた。
その光景を見たタイフは目を見開きながら硬直し、リィヤに至っては思わず身を縮こませる。
2人だけでなく、流石のナムとトウヤも驚きて慌ててミナを止めようとする。
「いい加減にしなさいよ、そんなんだからアンタはお父さんに選ばれなかった事に気付かないの?」
「違うね、あの当主は自分の可愛い娘を跡取りにしたかっただけだ、当時からこのガルドの方が強かった……違うか?」
強い怒りを滲ませるミナの視線から、真っ直ぐに不敵な笑みで迎え撃つガルド。
壁に押さえつけられながらも余裕であるどころか変わらずに馬鹿にしてるようにさえ見えてしまう。
そんな2人を黙って眺めていたラハムだったが、痺れを切らしたのか大声で怒鳴り始めた。
「いい加減にしろよガルド、こんな所で争ってどうするんだ。」
「……ちっ。」
ガルドはミナの肩に手を置き、力づくで横へと飛ばすように押しのけると、ぶっきらぼうに椅子に座り込んだ。
元々力についてはガルドに負けていたミナも、よろめきながらも転倒しないように立て直し、ガルドを睨みつけながら椅子に座る。
直接的な争いは消えたものの、二人の間には険悪な雰囲気が残り続けていた。
「すまねぇな。」
「気にすんな。」
ラハムからの謝罪を適当に流したナムは、先程のガルドと同じように大きな欠伸をする。
そしておもむろに席を立つと、仲間達とツヴァイ達を置いて、この宿の部屋に向けて歩きだした。
「俺はもう休むぜ、明日どうせなら付いてくるか?」
「そうしよう、良いなガルド?」
同意を求められたガルドは、面倒くさそうに舌打ちを1回だけ鳴らしてから首を縦に振る。
そして、ミナを始めとした仲間達もナムに触発されるように席を立ち始めた。
「お休み、2人とも。」
「えーと……また明日……かな?」
「お休みなさい。」
トウヤとタイフ、そしてリィヤは手を振ってその場から離れ、ミナだけは無言でその場から立ち去り、彼らは2人の前から姿を消した。
その場に残されたラハムとガルドは、立ち上がることも無くその場で留まり続けている。
「どういうつもりだ?」
「お前は納得出来るのかよ……出来ねぇだろ? だからお前も……」
「やめろ。」
ラハムからの短い制止の声を聞いたガルドは、周りを一瞥してから大人しく押し黙る。
残された2人は、一気に静かになったこの民宿のエントランス内で何をするでもなく座り続ける。
さっきからこの民宿の主である男がチラチラと見ている。
ミナとガルドの先程の争いを見たのであろう彼は、どことなく心配そうに、どことなく不安そうに自分達を見ている。
突然自分の宿で喧嘩を始めたのだから、不安になるのもわかるが、それにしてもあからさまに見てくる彼に、ガルドは少なくない苛立ちを覚えて睨み返す。
それに気付いたここの主は、ガルドの睨み返しに驚いたように慌てて視線を外した。
(跡取りになるべきは……このガルドさ……だったんだ。)
ガルドがおもむろに自分の左の手首より少し下辺りを見る。
衣服の袖に隠されていたその刺青を見たガルドは、更に舌打ちをする。
「お前の気持ちもわかるが、ここでそれは辞めろ。」
「分かってるよ。」
ガルドは不機嫌そうに頭の横で腕を組んで、椅子の背もたれに体重を掛ける。
ラハムとガルドの2人は、この後10分程度留まった後、どちらかともなく席を立って部屋へと戻ったのだった。
ガルドとミナが衝突した翌日のこと。
ツヴァイ2人と共に、ナム達は朝早くから町の中を歩いていた。
昨日予想外の事態で寄れなかったダガンの鍛冶屋へと向かっているのだ。
「しかし、今の時代に手打ちの鍛冶屋がこの町に残ってるとはな。」
トラルヨークだけの話ではないが、この世界の技術はどんどん進み、武器の大量生産が可能となっていた。
1から全てを手作業で剣などを作るより、型を作って大まかに形を作った後に仕上げだけを手作業でやる方が効率が良いのだ。
少ない時間と手間で大量に作れ、値段も安く済む。
しかし、ダガンの鍛冶屋はそうでは無い。
この時代において、1からの手作りに拘る珍しい場所だった。
「大量生産品は脆いからね、私の武器に使うには少々力不足なのよ。」
昨日と違って機嫌を治したミナが、ラハムの言葉にそう返す。
機嫌を治したとはいえ、ここまで来る間にガルドとは一切会話をしていないのだが。
「偏屈だねぇ……余程変な人間なんだな。」
ガルドは相変わらず悪口のような事を言い放ち、ミナがそれを睨みつける。
相変わらずな空気に、ナム達は大きくため息を吐くのだった。
「あ、あそこですよ!」
重い空気を払拭するように、わざと明るい声を出しながらリィヤが指さした先、そこに見慣れた建物が見えてきた。
ホーネットの森に行く前にも訪れた場所。
ダガンの鍛冶屋である。
「うぅ……ネネ昼寝してないかなぁ。」
ダガンの一人娘である彼女から非力君呼ばわりされているタイフは、本当に嫌そうにそんなことを言い始める。
前回の時にも彼女は昼寝をしており、父親であるダガンにゲンコツを下ろされていたのを思い出したナム達は、全員小さく吹き出す。
急に笑いだしたナム達を見たラハムとガルドは驚いて視線を向けて来たが。
店の扉の前に着いたナムは、いつものように遠慮なく扉を開けて中へと入り込む。
見慣れた店内の奥に存在するカウンターに、1人のこれまた見慣れた少女……ではなく女性がくねくねと変な行動をしていた。
「うへへへへへ。」
心ここに在らず、と言わんばかりににやけた顔でくねくねし続けるネネを見たナム達は、本気でドン引きするような視線を彼女に向けていた。
「ね……ネネさん?」
「ネネさんだなんて……もうーこの人はぁ……ん?」
くねくねしていたネネは、リィヤの呼ぶ声に反射的に反応すると。
目の前にいる集団にようやく気付いたようで、顔を真っ赤にする。
それから凄くわざとらしくくねくねを続けた後に不意に辞める。
「いい運動だったわ!」
「苦しすぎる言い訳やめろ!?」
ネネがどんなに取り繕うとしても、既に先程の謎の行動はバッチリ見られているのだから無駄である。
しかしそんな事にも気付いているのか気付いていないふりをしているのかわからないが、1度咳払いをしただけでネネはナム達へと視線を向ける。
勿論、顔はまだ真っ赤だが。
「い、生きてたのね……来なくなったからてっきり全滅したかと思ったわ。」
「失礼すぎない?」
普段そこまでツッコミをしないトウヤが珍しくすかさずそう言い返す。
しかしネネはそれを軽く流すと、あの時のようにカウンターから出てきてナム達の装備を見回し始めた。
ミナ、トウヤ、タイフにリィヤと順番に装備の状態を確認したネネは、これまたわざとらしい動きで首を傾げる。
「まだ使えそうだけどなんの用……あぁ、アンタね。」
最後にナムの鎧を見たネネは、全てを察したかのようにジト目を彼に向ける。
胸元を大きく破損させた鎧を見たネネは、やれやれと首を振る。
「なぁにが狙わせないだよ、ガッツリやられてるじゃん!」
「ほっとけ!?」
軽口を言い放ったネネは、小走りでカウンターの奥へと戻り、奥の扉を開け放つ。
「例の100万の人達また来たよー。」
ナム達は自分達のあまりの覚えられ方に、思わず体の力が抜ける。
普段からそんな呼び方をしているのが良く分かるようだ。
「てめぇ……!? その呼び方は辞めろとアレほど……ゴホン、ちょっと待て。」
カウンター奥の部屋から慌ただしい物音と足音が響いて少しばかりの時間が経った頃、この鍛冶屋の主であるダガンが姿を現し、流れるようにネネの頭にゲンコツを落とす。
「あいたぁぁぁあ!? 暴力反対だよ!?」
「自業自得だ、バカ娘め……おっと、久しぶりだな。」
髪型をスキンヘッドにし、身長もそこそこ高い為に威圧感すら覚える風貌をしたダガンは、その見た目に反して親しげにナム達に向かって手を振る。
しかし、彼らの後ろに見慣れない2人を見たダガンは、ナム達へとおもむろに何かしらの合図を送り始め、それに気付いたナムは後ろの2人を呼んだ。
「こっちがラハム、これがガルドだ。」
「雑過ぎねぇか?」
「これとはなんだこれとは!」
雑に紹介を受けたダガンだったが、名前だけしか聞けなかったことを残念そうにしながらも、店主らしく彼ら2人に店内の商品を勧めようとする。
「ウチの武器と防具は良いものばかりだ、何せ全部手作業だからな、良かったら見てってくれよ。」
ダガンの営業トークを受けたラハムは手を振って返事をして店内をおもむろに回り始め、ガルドに至っては真っ先に武器のあるコーナーへと足を運んだ。
「そんで……凄いな、あの時作った鎧がもうそんなにズタボロに……どんな状況をくぐり抜けてきたんだ?」
「ま、まぁ、色々あってな……それより頼みたいことは分かるだろ?」
ダガンは無言で頷き、ナムに向かって指を2本立てる、所謂ピースの形だ。
ナムはそれの意味を掴みかねていると、ダガンは静かにそれの意味を話し始める。
「2日だ、2日後に作ってやる……そんだけ壊れてると新しく作った方が早いからな、前回もここで作ったから……本来はオーダーメイド品は1個20万貰うが、10万にまけてやるよ。」
「助かるぜ。」
商談が決まり、後はラハムとガルドが店内の見回りが終わったらここから出るつもりだったナム達だったが、それは不意な来客に止められることとなった。
突然、店の扉が開け放たれると、一人の男が店内に入ってくる。
ナムからしても美形と思えるほどに顔立ちが整ったその男は、ナム達を無視してカウンターの近くへと近付いて行く。
そして真っ直ぐダガンではなく、その横で頭の痛みに耐えているネネに近付く。
「約束通り、良いパフェが食べれる店を見つけたから以行こうか。」
痛みに耐えていたネネは来客に気付かなかったようだが、流石に声を掛けられて気付かない程では無い。
その声を聞いたネネは、急に頭から手を離すと目を輝かせた。
「ほんとに来てくれたの!?」
「勿論、女性との約束は違えないさ。」
その突然の来客に、ナム達は勿論のこと。
何故かダガンまで目を丸くしていた。
彼はこの男を知らないのかもしれない。
「さぁ、デートに行こうか。」
そしてこの発言を聞くとともに、目を丸くしていたダガンは更に目を丸くし、口を大きく丸くあんぐりと開けて固まってしまう。
勿論、それはダガンだけでなくナム達やツヴァイ達もである。
店内で唯一固まっていない当事者であるこの男と、ウキウキと準備を始めるネネ以外は、まるで時間が止まったかのようになり、それは2人が店から出ていくまで続いたのであった。
ネネの春到来……?




