2章:エイルの苦悩
「どこ行ったのかしらあの馬鹿。」
村人達への説明を終えたミナは、集会所を兼ねた長老の家の外で辺りを見回している。
トウヤとリィヤ、そしてタイフも同様である。
長老と握手してすぐさま出て行ったナムを彼らは探すが、不思議と姿が見えない。
「僕の予想なんだけど、もしかしたらエイルの家に戻って昼寝してるかも。」
「有り得るね。」
閃いたと言わんばかりに手を打ったタイフの予想に対して、すぐさま同意を示したトウヤ。
その2人のやり取りを黙って聞いていたリィヤも微妙な表情をしているが、否定できないようである。
彼女もだんだんとナムの怠惰な性格を見抜き始めている証拠である。
ミナ達はナムがいると予想されるエイルの家へと移動を開始する。
村自体がそこまで広くないため、歩いて数分程度でエイルの家へと辿り着いた。
ミナが代表で近付き扉をノックするが、中から反応が無いことに気付くと首を傾げた。
「まさかアイツ家主いないのに勝手に入って寝てるわけ?」
「有り得るんじゃないかな。」
「兄様、流石にそこまでの人では……。」
「リィヤ……僕も有り得ると思うよ、残念だけど。」
折角のリィヤの擁護は仲間達の苦笑と言葉に無駄になり、彼女は再び微妙な空気になるのだった。
「仕方ないわね、失礼して一応中をみましょう。」
ミナが扉を開けて玄関から家の中を観察し始める。
それから数分の後仲間達に一言、中を見てくるわ、とだけ言い残したミナは家の中に入って行った。
そして更にそこから数分後、訝しげな表情で扉から出てきたミナを見たトウヤ達は、エイルどころかナムの不在すらをも何となく理解する。
「居ないのか、ミナさん?」
「ええ、何処に行ったのかしら。」
ミナ達はエイルの家から離れ、それぞれが村の中を見回しながら歩き回り、時々村人に話を聞きながら捜索を続けた。
「アンタらの仲間の1人なら、さっき村の中をほっつき歩いてたが。」
「エイルの家をノックもせず開けてたわ。」
「おれは見てないな。」
様々な村人達から色々な話を聞くが、ナムの所在が判明せずに焦り始めた頃の事だった。
村の西側から数人の子供の悲鳴のようなものが響き渡り、驚いたミナ達は慌ててそちらへと視線を向けた。
「何かあったんでしょうか!?」
「見に行ってみよう。」
お互いに同時に頷き合ったミナ達は、声がした村の西側へと向かう。
同じく悲鳴を聞いたであろう村人達も、男女関係なく数人家から飛び出したりしてミナ達と共に走る。
そして村の西側の出入口、そこで立ちすくんでいる子供達4人を発見したミナ達と村人達は、彼らが見ているものを視界に入れた。
「ナム!?」
そこには地面に出血を広げ、うつ伏せで意識を失ったナムが倒れていた。
咄嗟にミナがナムの元へと向かい、体の様子を調べ始める。
「背中に傷は無い……トウヤさん、手伝って!」
「分かった!」
倒れているナムの近くに寄ったトウヤは、ミナと協力してなるべくゆっくりとナムを仰向け側にひっくり返す。
トラルヨークで作ってもらった新しい鎧ごと切り裂かれ、体についた巨大な刀傷を見たミナ達は息を飲んだ。
「酷い傷です、エイルさんの家に運んだ方が。」
「待ってリィヤちゃん、先に応急処置よ!」
出血の酷さから危険な状態であることを察したミナは、トラルヨーク軍から支給された様々な救急道具を取り出す。
「タイフさん、簡易的に縫合するから鎧脱がすの手伝ってちょうだい!」
「あ、うん!」
2人でナムの着ている、隙間の大きいプレートアーマーを素早く脱がす。
そしてその後、取り出した物の中からミナは素早く縫合用の針と糸を取り出し、ナムの傷を素早く縫合していく。
「本当は消毒やら麻酔やらをした方が良いんだけどね、まぁこいつ頑丈だから大丈夫よ。」
「え、えぇ……?」
困惑した顔でそう呟いたリィヤは、マケオの村でのネズミ事件の時と同じ表情でミナの処置を眺める。
タイフはミナに必要そうな物を次々渡してサポートしており、トウヤはミナが処置が終わるのを待つ間に、大量の血を見てしまって泣きそうな顔になってる子供達と話をしている。
「エイルのことを聞かれて……森に行ったよと伝えたんだけど。」
この中で最年長である女の子は、伏し目になりながらか細い声で呟いた。
その後ろで彼女の腕を掴みながら強く目をつぶる最年少の男の子。
何故か血まみれのナムを凝視する女の子に、普段見ない血の量に顔を青ざめる男の子。
若干1人を除いて全員が暗い表情をしていた。
「あんな筋肉でも斬られたらやばいんだぁ。」
1人だけ凝視していた女の子から不穏な発言が聞こえた気がしたミナ達だったが、あえて聞かないフリをしてナムの応急処置を進める。
彼女の友達であろう3人も流石に驚愕の表情を向けているが、本人は相変わらずナムを凝視し続けるのだった。
それから10分以上経った時、ナムの傷を縫合していたミナが糸を切り、抜けないように処置をした後に救急道具を片付け始めた。
ミナ以外の全員がナムの方を見ると、傷は見事に縫合されて出血がかなりマシになっている事がわかった。
「後はエイルさんの家に運んでしっかりと処置するわ、こいつ重いからトウヤさんとタイフさんに頼むわね。」
「え、ミナは武器振り回せるくらい筋力あるんじゃ。」
「何か言ったタイフさん?」
「いや、なんでもないや。」
何か言うのを諦めたタイフと、苦笑しているトウヤは2人で気を失っているナムを持ち上げると、エイルの家へと向かうのだった。
暗い意識の中、ナムは意識の外から聞こえる喧騒を聞く。
喧騒だけでなく、自分自身の体から出る強い痛みも覚えた彼は、少しずつだが意識を外に出そうとし始める。
(うるせぇし……痛てぇ……クソ。)
ナムは意識の中で何があったかを思い出す。
エイルを探しに森に入ると同時に、敵に遭遇し敗北したことは覚えている。
そこからの記憶は曖昧だ、必死に村に向かって走った記憶はあるし、門を見つけて安堵した記憶もある。
しかしその後の記憶が無いのだ。
(俺は……どうなった?)
自身の体に痛みがあるということは、間違いなく死んだということは無いだろうと確信したナムは、意識を起こそうとする。
何より、外から聞こえるこの喧騒の正体が気になったのだ。
体は動きそうにはないが、それでも無理矢理夢から覚めるかのように意識を覚醒させていく。
そしてナムの行動は実り、意識が覚醒したのを確認した彼は目を開けた。
ナムの視界に写った光景は、仲間であるミナ達、そして僅かな村人達。
そしてナムが探していた人物であるエイルだった。
ナムは目線だけを周りに向けて周囲を確認する。
どうやらここはエイルの家のようだった。
(村に辿り着いてたようだな。)
ナムはそれだけ確認して安堵すると、目の前で起こっているこの状況に意識を向ける。
どことなく暗い表情をしたエイルに対して、村人達が何かを話しているようだった。
「何処に行っていたんだエイル、今の森にはソルジャーが沢山いて危ないんだぜ。」
ナムが声の主である村人に向けて目を向ける。
聞いた事のあるその声と見た目からして、間違いなくこの村で岩を砕くパフォーマンスをしていたギーサという男だった。
彼の言葉の様子から、エイルが自宅に戻ってきたのはつい先程のようだった。
「ギーサさん、大丈夫ですよ……知ってますよね?」
「なんの事だ?」
「ぼくの事、知ってるんですよね?」
ギーサは言葉を詰まらせ、そして辛うじて返答する。
「そりゃ知ってるとも、この村の大事な仲間だしな。」
「ぼくがヒューマンだとしても?」
エイルから発せられた言葉に、ギーサを含めた他の数人の村人達は硬直してしまう。
エイルは彼らに目線を合わせ、それぞれの表情を見た後、更に表情を暗くする。
「その反応、やはり知っていたんですね。」
「いやいや、エイル何を言うんだ?君がヒューマンだなんて……いつの間に冗談が上手くなった?」
「とある方に、ぼくはヒューマンだと言われました……ぼくも最初は訳が分からなくて理解出来なかった。」
エイルは俯くと、その手を強く握る。
その手に持った木こり用の斧の柄から響き渡る破砕音はどんどん大きくなっていき、最終的には斧の柄は見事にへし折れ、頭の部分が音を立てて床に落下した。
それを見たギーサは冷や汗を流し始め、俯くエイルにどうやって声をかけようか悩んでいるようだった。
「こんな事……普通の人間が出来ますか?ギーサさん……同じ事やってみてくださいよ。」
「うっ……それは、その。」
しどろもどろになり、目線を泳がせるギーサを見たエイルは本当に悲しそうな表情になると、自宅の玄関に体を向ける。
それは村人達に背を向けるような形となる。
「あの方の言うことを……ぼくはまだ信じきれていなかった、いや……信じたくなかったんだ。」
エイルは自分の手を見つめる。
「だけど、流石にぼくにもわかるよ、この力は異常だよ。
それに皆の反応を見る限り、あの方が言ったもう1つの話も本当のことなんですよね?」
エイルはそう言って玄関の扉に近付いていき、ドアノブに触れる。
立ちすくむギーサの横を通り抜け、1人の村人が咄嗟に動こうとするが、エイルに睨むように見つめられ足を止める。
「真実を確かめる為にぼくはこの村に戻ってきたんだ……でも、あの言葉に嘘は無かったんだ!!」
そう叫んで自宅から飛び出したエイルを、村人達は誰も止められなかった。
彼が何を知ってしまったのか、そして何をあの方とやらに吹き込まれたのか。
それは彼らにはわからない事だった。
「おい。」
そんな彼らの後ろから、急に発せられた声を聞き、全員がその方向へ振り返る。
ボロボロの状態でベッドに横になっていたナムが目を覚まし、そしてその彼から発せられた言葉であることを全員が理解するまで、多少の時間を要した。
「目を覚ましたのね、やっぱアンタ頑丈だわ。」
「んなことは……どうでもいい……それよりも早くエイルを……追え……アイツをあいつらの元に行かせるな。」
力が入らないのか、途切れ途切れのか細い声を発する彼の言葉を聞いたトウヤは、彼の近くに寄る。
「まさか、例の4人が?」
「俺が……こうなったのもそいつらの仕業だ……サジスの野郎と話していた時に……出会ったアイツだ。」
「あの青い鎧の奴か?」
「あぁ、それと赤い鎧の巨漢……黒い鎧の大盾持ちも居る、気を付けろ……相当強いぞ。」
トウヤは頷き、そしてナムの傷を見る。
「お前をそんな状態にした相手だからね、充分気を付けるよ。」
トウヤはそう言ってナムの傍から離れると、身支度を整え始めた。
それを見たリィヤとタイフも慌てたように、それぞれ革製の鎧と衣服を自身が着ていることを確認し始めた。
その様子を見ていたナムは、仲間の中で1番近くにいるミナに声を掛ける。
「ミナ……最後の一人……は俺もまだ会ってねぇ……から不明だ、だが……恐らく。」
「四天王とか言う奴ってこと?」
ナムが真剣な顔で発した言葉の意味を察したミナは、ナムの返答を待たずにそう答えた。
「その可能性は高ぇ、油断するなよ……俺も少し休んだら行く。」
「バカ言ってんじゃ無いわよ、傷が開くわ。」
ミナに止められたナムは、自身の体の痛みの度合いから相当なダメージを負っていることを自覚する。
普段細かいことを気にしない性格である彼も、流石に今の状態で戦いに出たら足を引っ張る可能性があることがわかった様子だった。
「ちっ、それもそうか……エイルを頼む。」
「任せなさい。」
それだけ言ってナムから離れた彼女は、エイルの家に置いてあった武器をそれぞれ素早く装備する。
それを黙って見ていた村人達も、漏れ聞こえた会話の意味を理解したのか皆一同に不安そうな表情になっていた。
その空気を感じ取ったミナ達は、村人達へ笑顔を向ける。
「行ってくるわ、貴方達はナムをお願いね。」
「あ、あぁ……すまないが頼む、アイツは……エイルはこの村の大切な仲間なんだ!」
「了解だ、俺様達に任せな!」
トウヤがそう返答すると同時に、ミナ達はナムと村人達に見送られながら外へと飛び出す。
走り去ったエイルを追う為、そして彼を目的としたベルアの仲間である4人を止める為。
ナムが欠けた状態であるが、彼の回復を待つ訳にもいかない。
「見つかるでしょうか。」
「エイルが居そうな場所を順番に回ろう、まずは倉庫から。」
「敵の4人が住んでいた場所ね、いい案だわタイフさん。」
村の倉庫を最初の目的地としたミナ達は、素早く移動しようとしたが、そんな彼らの視界に子供達が映る。
仲の良い4人の子供達の中で最年長である女の子は、人差し指を西側へと向けていた。
「エイル……あっちに行った……悲しそうな顔してた、でも止められなかった。」
暗い表情で落ち込んでいた女の子は、か細い声でミナ達にそれを伝えた。
指の先は、ナムが倒れていた西側の門に向けられている。
「仕方ないわ、教えてくれて助かったわよ。」
ミナはそう言うと、その女の子の頭を撫でる。
うっすらと涙が浮かんでいるのを見たミナは、自然にそうしていた。
「エイルお兄ちゃんもどってくる?」
「筋肉のひとはあたしにまかせて!」
「お姉さんたち、おねがい!」
子供達から向けられた言葉に対して、彼らを安心させる為にミナ達は笑顔で一斉に頷く。
それを見た子供達4人は明るい表情に変わった。
それを確認したミナ達は子供達に別れを告げ、彼らに大きく手を振られて見送られながら移動を開始する。
倉庫に向かうのを取りやめ、子供達が教えてくれた方角へと走る。
未だ姿が見えないエイルを探して。
(間に合って……!)
内心でそう願うミナ、そしてそれは恐らく仲間達も同様であろう。
エイルはヒューマンとは思えないほど好青年であった。
そんな彼だからこそミナ達も全力で助けようとするのだ。
そしてそれは村人達も変わらない、むしろミナ達よりもその思いは強い筈だ。
(余計な事をして……許さないわよ。)
ミナは内心で敵の4人への怒りを向ける。
そんな時、ミナ達の前に村の門が見えて来た。
そして、その門を素早く通り抜けた人影すらをも捉える。
「いたわ!」
「俺様にも見えた!」
「はぁ……はぁ……早く……追いつか……ないと……ですね。」
「大丈夫、リィヤ?」
若干1名完全に疲れ果てた表情になっているが、それでもミナ達は足を止めない。
折角村から出る存在を捉えたのだ、リィヤには申し訳ないがもう少し頑張って貰うつもりらしい。
リィヤも文句を言わず付いてきており、多少は体力もついてきているように思えた。
それでもかなり貧弱なのだが。
その後、彼らは素早く門を通り、目の前の広大な森の中を進む。
先の見えない森の中を、ミナ達はソルジャー・ホーネットを警戒しながら進み続けるのだった。
村人達の行動が結果的に勘違いを増長させたようです。