2章:リィヤの覚悟
ベルアの仲間であるピードとの遭遇後、ナムは冷や汗を流しながら一人暮らしには無駄に広いエイルの家へと戻ってきた。
(ベルアか……あのピードというヒューマンは呼び捨てにしてたな、あの自信の塊のようなアグニスですら様と呼んでいたのに。)
本人がベルアへの忠誠など無いとハッキリ言っていたが、その言葉に間違いはなさそうだと確信したナムの内心で疑問が生まれる。
(じゃあなんで付き従ってる、魔物の思考はわからねぇな。)
そんな疑問よりも、先ずは村の中にエイルを抜いて最低でも4人もヒューマンが居るという事実を仲間に伝えようと考えた彼は、エイルの家の扉を手で押し開ける。
外にいたはずのミナとリィヤは確認できなかった。
恐らくエイルの家の中で先に夕飯でも取っているのだろうと考えてたナムの眼前に広がった光景は予想に反するものだった。
上に何も無いテーブルの周りを囲うように立つ仲間達の視線がナムに注がれる。
「やっと、戻ってきたわね。」
「俺様の可愛い妹からなんか話があるみたいだぞナム。」
「きっと驚くよ。」
何も知らないトウヤと、どこか困惑するタイフ、そしてそれよりも更に疲れ果てたミナを見たナムは自然と視線をリィヤへと向ける。
大事な話と言うからには真面目な顔をして待ってるのかと思えば、息を切らせて疲労困憊な様子のリィヤを見たナムは、頭の中で考えていたピードのことが一瞬吹き飛んでしまう程に困惑してしまう。
「話ってなんだ、当の本人疲れて死にかけてるが。」
「ちょっと待ってあげて。」
遠くからおそらくエイルが料理をする音が響く中、リィヤが落ち着くまでの短くない時間を待つことになった。
それから数分後、エイルがちょいちょいこちらに来てテーブルの上に料理を並べ始めた位でようやく落ち着いたリィヤは一言すみません……と呟いてから話し始めた。
「皆さんに見て欲しいものがありまして、あのアグニスという魔物との戦闘で思い付いたのです。」
「アイツとの戦闘で……なんだ?」
ナムの疑問の言葉に軽く頷いたリィヤは手を軽く前に出し、そしていつも通りに青白い膜のようなバリアを発生させる。
「リィヤの力だね、いつ見ても凄いものだ、俺様でも詳細がわからない。」
「驚くのはここからよ……。」
疲れ果てたミナの言葉に、仲間達は息を飲む。
「見つめられると緊張しますが、行きます!」
その言葉と共に、リィヤの発生させた青白いバリアの彼女の頭に近い1部の区画から、高速でトゲのようなものが飛び出す。
猫の爪のような感じと言えばいいだろうか。
バリアに根元はくっ付いたままだが、鋭く飛び出たトゲを見たナムは思わず声に出した。
「それは……まさか攻撃か!?」
ナムの驚愕の声を聞いたリィヤは、気恥しそうに頷く。
「一応そのつもりなんです、先程木材に当ててみたんですがなんと貫通しまして。」
「私も見たわ、普通に魔物にも通用するはずよ……それよりも驚くのはまだ早いわ、リィヤちゃん……アレを。」
「あ、はい!こちらはまだ慣れないのですが。」
リィヤは飛び出させたトゲを収納、と呼んでいいものかはわからないが引っ込めると、今度は周りに発生させたバリアを集約し始める。
そして集約させたバリアをまるで粘土のように自由自在に動かし、2m近い1本の棒のような物を作成した。
先が鋭くなっており、僅かに矢印のようにもなっている。
ミナとリィヤ本人を除いた仲間達は、その形作った物の正体を察する。
「槍か!?」
「はい、アグニスという魔物は炎で物を作っていました、そして気付いたのです。」
リィヤはバリアで作成した槍を構える。
「基地の入口を塞ぐように発生させたり、穴を開けて皆さんの攻撃は通したり、わたくしでも驚く程形を自由に出来るこの力なら同じ事が出来るのではないかと……まだ練習は必要ですが成功してしまいました。」
リィヤは構えを解くと、あっさりとその槍を消滅させる。
驚く仲間達を一瞥したミナは、リィヤの代わりに話し始める。
「私の見解だけど、さっき初めてこれを見せられた時に私の双剣でこの槍へ攻撃を加えたわ、正直に言わせてもらうと元が元なだけにバリアで作られた武器はかなりの強度を誇るわ、正直私が使いたい位よ。」
ミナはそれを言うと、少し時間を空けて見解の続きを話し始めた。
ナム達もそれを察してか一切口を挟まない。
「でもね、敢えて言葉を濁さずに言わせてもらうと、武器は強いけど……リィヤちゃんはあまりに戦闘に向いてないわ。
これを使うのは本当の緊急事態、それもリィヤちゃんが1人になった状況とかに限定すべきよ、その状況でも私達が助けに行くまでバリアで自分を守ってて欲しいけどね。」
「それには賛成だ、下手に近接戦させて怪我……最悪死なれても困る。」
ナムの言葉を聞いたリィヤは若干落ち込む。
しかし、自分の体力の無さは本人が1番理解しているので反論する気はないようだが。
「だけどさっきのトゲは良かったよ、アレは練習しておいた方が良いな……万が一俺様達が全滅してリィヤ1人だけになった時に何も出来ないよりは良いと思う。」
義理の兄からの擁護のような言葉を聞いたリィヤは、一気に表情を明るくさせる。
そして手を体の前まで持っていくと、拳を握った。
彼女なりのやる気の表現らしい。
「バリアからトゲを伸ばすから、基本的にはカウンターとして使う感じだね、僕の力があればかなり的確に当てられるんじゃないかな?」
ナム達はタイフの提案に一斉に頷く。
リィヤのバリアで攻撃する、というタイミングは基本的に仲間達が彼女に守られている状況が多くなると予想されるため、必然的に未来眼が使えるタイフが彼女の近くにいる可能性が高い。
何故ならば攻撃に関しては基本的には三武家の3人に任せればいいのだから、彼女が反撃をする機会は余程の強敵以外にはほぼ無いのだ。
サジスやアグニスとの戦いの中でリィヤのバリアの中に全員が入る事態が少なくなかったことを考えると、選択肢が増えることはありがたいことだった。
「良い発想じゃねぇかリィヤ、悪くねぇ。」
「ありがとうございますナムさん!」
ナムに珍しく褒められたリィヤはどことなく嬉しそうにしていた。
それを満更でもない表情で見つめていたナムが突然表情を強ばらせるのを見た仲間達は訝しげに彼を見る。
「意外な話しすぎて忘れるところだった、お前達に話さなきゃいけねぇことがある。」
ナムの言葉と表情を見た仲間達は、彼が余程不味いことを話そうとしている事に気付く。
「さっき、この村の中でサジスの所で会った青い鎧の男と再会した、あの独特な喋り方をする刀使いだ。」
「あー、私達がアンナちゃんとあの研究施設から出るキッカケになったあの男ね。」
「わたくしもよく覚えています、あの後に大変な事が起こったので。」
リィヤはサールの町以降耳に付けていたイヤリングに触る。
アンナに貰った、緑の宝石が6つ付いた花形の小さなイヤリングである。
耳に穴を開ける必要のない構造のものだ。
「その男がこの村に……確かに凄い偶然だが、どうしたんだ?」
「単刀直入に言う、奴はヒューマンだ。」
ここ最近で良くも悪くもよく聞くようになってしまった言葉に、仲間達は顔を強ばらせる。
「俺はサジスの時から怪しんでた、奴があの研究施設に来てからアンナのあの事件が起きたんだ、だがあの男がサジスの元に現れたのがあの時が初めてだった、という証拠がなかったから言及はしなかったがな。」
ナムはエイルが奥の部屋から出てきたのを確認すると言葉を止める。
「すみません、初めてこんなに作ったもので、もう少し掛かります。」
「なんか悪いな。」
「いえいえ、初めてのぼくのお客さんなので、もう少しゆっくりしててください!」
エイルはタイフの言葉に笑顔でそう返答すると、足早で奥の部屋へと戻る。
それを見たナムは、エイルの気配を気にしながら続きを話しはじめた。
「さっきその男と直に話した、本人からヒューマンだと言われたぜ。
あの男の仲間達が他に3人、しかもあの口ぶりだと全員ヒューマンらしい、つまりこの村には最低でもご……4人のヒューマンが居ることになる。」
リィヤとタイフにはまだエイルがヒューマンの可能性が高い事を明かしていなかった事を思い出したナムは、慌てて4人と言い直す。
タイフは大丈夫だろうが、魔物へのトラウマを持つリィヤがこの事実を知った場合に、エイルに対してどんな反応をするかわからず危険なのだ。
「それは不味いな、俺様達でも流石にその人数に勝てるかわからないぞ。」
「ヒューマン1人でもキツイのにね、本人からそう聞いたって事は相手もアンタを確認してるわけだけど、どうする気?」
「よ、4人も魔物が……!?」
不安がるトウヤと、今後の動きを考えるミナ、そして若干震え始めたリィヤに黙って聞いているタイフ。
仲間達のそれぞれの反応を一瞥したナムは、ピードと話した内容を淡々と明かし始めた。
「奴らはこの村になんかを探しに来てるらしい、そしてその男……名はピードと言うらしいが、ベルアに忠誠を誓ってるわけでもねぇときた、今の所俺達を敵として見てる訳では無いようだぜ、邪魔したらその限りでもないがな。」
「あのベルアの仲間か……嫌な予感がするね。」
リィヤの屋敷でのベルアの所業を思い出したタイフは、敵の仲間である彼らのこの村の用事もろくなものでは無い事を理解していた。
「その嫌な予感は当たってるぜ、用事が終わったらこの村を滅ぼすつもりらしいからな……何とかして奴らをこの村から撤退させられねぇかと考えてる。」
「全滅させるのはきついけど、何とか妨害なら……って感じかしら。」
「しかし、妨害するにしたって用事とやらが分からなきゃ俺様達だって何も出来ないよ。」
ナムは少しだけ思案すると、彼にしては自信なさげに言葉を紡いだ。
「予想出来なくはねぇ、だがはっきりとは言えねぇ。」
「とりあえず話してみたら?」
タイフの言葉に、ナムは軽く頷く。
「サジスを思い出せ、奴らがアイツに何かを話した途端にアイツはいきなり行動を開始した、それに確か言ってたよな、研究施設ごと爆弾で破壊する予定だったと。」
「言っていた気がします。」
「つまり、奴がアジトである研究施設の破壊を決意するようなことだ……例えば新たなアジトが見つかった、とかな。」
ナムの例え話の意図を掴んだミナは手を叩く。
「ヒューマンを探して仲間にしてる?」
「恐らくな。」
ナムの肯定を聞いたミナとトウヤは、意識を部屋の奥へと向ける。
エイルの憶測話を知らないリィヤとタイフはそんな彼らを見て首を傾げているが。
「そうか、なるほど……狙いは。」
「私にもわかったわ、これはチャンスかもね。」
「明日、俺はこの村の住人達に話を聞こうと思ってる、その時にはタイフとリィヤにもちゃんと話そうぜ。」
「賛成よ。」
名前を出されたタイフとリィヤの2人は目を合わせて唖然としていたが、奥の部屋からエイルが出てくると視線を彼に向けた。
「出来ました!皆さん食べましょう!」
「おう、おつかれさん……じゃあ頂こうぜ。」
「今日はよく動いたのでお腹がぺこぺこです!」
「訓練時間10分もなかっ……いいえなんでもないわ。」
テーブルに並べられたサラダや肉料理、スープ等をエイルと共に楽しむナム達。
(間違いねぇ、狙いはこの村のヒューマン……つまりエイルだ。)
主食のパンを齧りながら内心で考えを纏めるナムは、それを悟らせないように食事を続ける。
(確信はねぇ……だが可能性は高い、村の奴らに詳しく事情を聞いて協力してもらう必要すらある、間違いなく彼等はエイルの正体をなんかの理由で隠してやがる。)
ナムは内心助かったと思っていた。
村総出で隠し通してくれてるからこそ、まだピード達が発見出来ていない可能性があるのだ。
その点に関してはナム達に有利に働いている。
(さて、やぶ突っついて何が出てくるやら。)
翌日の村への追求による結果を想像しながら、表向きは楽しく食事を続けるナム。
そんなことも露知らず本気で楽しそうに笑いながら過ごすエイルを眺めながら、この村での初めての1日が終わろうとしていた。
物語が中々動かない気がする……これでいいのか?
リィヤの成長がメインのお話でした。