2章:ネットの村
ホーネット達が生息する東の森。
通称ホーネットの森の中を全力で走る集団が存在した。
ナム達である。
三武家のメンバー達は自らの足で走り、彼等に速度で追い付けないタイフとリィヤはナムとトウヤがそれぞれ背負って走っていた。
「ネットの村ってのはどうしてこんな危険な森の中にわざわざ?」
「良くはわかりませんが、外敵から身を守る為……と村の老人達が言っていた気がします。」
「ホーネット達を壁にしてるってことか。」
「恐らくそうですね。」
先頭を走るエイルはトウヤに対してそれだけ答えると同時に、突如手に持つ木こりの斧を投擲した。
投擲された斧は縦回転しながら進行方向に陣取っていたホーネットの頭へ見事に命中した。
「見事な投擲力ね!」
「この森に住むなら避けて通れない魔物ですから、ネットの村は対ホーネットに関してはトラルヨークにも引けは取らないと自負していますよ。」
エイルは力なく落下したホーネットの死骸の頭から斧を素早く抜き取ると、再び先行して村の方角へ走りだす。
「もしかして武器それしかないのか?」
「はい、木の伐採の為に村から出てただけなので……戦闘する気は無かったんですよ。」
「確かホーネットってぇのは木の上に巣を作るはずだが、大丈夫なのか?」
「ええ、ぼく達ネット村の住人は巣の有無を確実に識別出来ますので……お詳しいですね?」
エイルは少し照れくさそうに頭を擦り始める。
(そりゃそうか、ってことはあの音の原因は村の住人ではねぇってことだな。)
森の中を走ってる間に、いつの間にか消えていた落下音と振動。
ソルジャー・ホーネットが出撃した原因は間違いなく、巣のある木を倒壊させた事だろうと、そして音と振動はそれによるものと彼は予想していた。
それの原因が村人による伐採……つまりエイルによるものではないことは確かだ。
そう考えながら全力で走る彼の耳がエイルの声を捉えると、瞬間的に意識を戻す。
「ネット村はもうすぐです!」
先頭を走っているエイルの指さす先に、木で出来た防護壁が見え始める。
壁の周りに袋のような物が等間隔に並んでおり、僅かにだが特殊な香りが漂い始めた。
「この匂いはなに?」
「ホーネットが嫌う匂いです、ネット村の壁に等間隔で掛けられています、この匂いのおかげでこの村はホーネットには絶対襲われないんです。」
「なるほどねぇ……そして他の魔物はホーネットのお陰で近付かないと。」
「ホーネットは同じ魔物に対しても敵意剥き出しだからな、村を守る手段としてはかなり合理的だ、考えられてんじゃねぇか。」
彼等がそれを話す間にも村はどんどん近付いていき、とうとう村の出入口近くまでたどり着く。
「ま、間に合いましたね……わたくし背負われてるのに疲れてしまいました。」
「僕もだよリィヤ。」
いくら背中に背負われていたとはいえ、ナム達の超人的な速度の中で振り落とされないように必死に堪えていた2人。
村の中に入れる安心感で一気に蓄積された疲労が押し寄せたらしい。
「ふぅ……何とか無事つきましたね……さて、ソルジャー達の巡回が終わるまではこの村でゆっくりしてください。」
「助かるよ、俺様も流石に疲れた。」
普通の魔術師よりも圧倒的に体力に優れるトウヤでも、ソルジャーの脅威の中走り続けた事で疲れが出始めているようだ。
エイルが手招きをしながら村の中へと入り、疲れていたタイフとリィヤは我先にと村へと入った。
そしてナムも入ろうとしたところで、後ろで歩みが止まる仲間の気配を感じた彼は振り向いた。
「どうしたミナ。」
何かを考えるように立ち尽くす彼女は、頭に手を置いて唸っていた。
「ねぇナム、トウヤさん、なんか私違和感があるんだけど……なんか気付かなかったかしら?」
「んー……言われてみれば確かになんか変なものを見たような感じはするが、わからねぇ。」
「俺様は特になんも……いや待てよ、確かになんか変な引っ掛かりがある。」
「2人ともわからないか……なーんか引っ掛かるのよねぇ。」
ミナは何かを考えながら、上の空状態で村の中に入る
ナムとトウヤもそんな彼女の後ろについて行くように村の中へと入った。
その後、エイルの案内の元でネット村へと誘われるナム達は、こちらを訝しげに見つめる村人達の中を歩き続ける。
「……あんまり歓迎されていないようですね?」
「仕方ないよ、こんな森の中にある村だから僕達みたいな余所者に慣れてないのかも。」
リィヤとタイフの会話を聞いたナムは、先程のミナの言葉の意味を考えるのを一旦辞めた。
「俺にはどうもそれとはまた違った空気を感じるがな?」
村の中は木をメインとした建物しかなく、村人の食料分を生産するには十分な畑、そして食料となる牛や鳥などの動物も飼育されていた。
トラルヨークとは比べるまでもなく質素な生活であるのが見受けられる。
しかし、そんな不満よりも突如来た余所者への警戒心の方が強い様子だった。
「すみません、この村は来客に厳しくて……ぼくに対してはみんな優しいし、村人同士は仲が良いんですけど。」
村の空気を感じ取ったエイルは、申し訳なさそうにそんなことを言った。
ナムはそんなエイルに対して、気にするなというように手を横に振る。
「それよりも、宿みたいなのはあるのか?」
「それが、お客様自体滅多に来ないので無いんです、ですがぼくの家の部屋が空いてますので女性2人が宜しければ。」
「問題ないわ、リィヤちゃんとは同室でね。」
「え……あ、はいそうですね!」
マケオの村での騒動を思い出したリィヤは、ミナの思惑に気付いて苦笑しながら頷いた。
確かにこの村の家となるとアレが出そうではあるとリィヤは感じ取ったのだ。
そんな彼らの前に、1人の老人が近付いてきた。
年齢は100近いことが察せられる程ヨボヨボしており、長い髭が特徴的な男性だった。
「エイル、その方達は?」
「あ、森の中でソルジャーに襲われてた所で会ったんですよ、セクト長老。」
「ソルジャーが出るということは、こやつらが森の中を荒らしたのでは無いか?何度も木が倒壊する音がしとったしな。」
セクト長老と呼ばれた男がそう言ってナム達を睨みつける。
どう見ても歓迎されていないどころか、ソルジャーが出る要因を作ったと疑っているようだ。
「一応言っとくが、あの音を出してたのは俺達じゃねぇぜ?」
「ふん、どうだか……まぁ良い、今日は余所者だらけじゃな。」
「余所者だらけ……他にもお客さんが?」
エイルの質問に、長老は長い髭を擦りながら答え始めた。
「うむ……先ずは紳士服を着込んだ男が1人、そしてその後に鎧を着込んだ人間が3人ほど慌ただしく、そしてそこの5人じゃ。
どうやら紳士服の男とその3人の男は知り合いだったようじゃったから適当な空き家に放り込んでおいたわ。」
「空き家なんてこの村にありましたっけ……もしかして倉庫ですか?」
「そうとも呼ばれとるの。」
「ひっどいですね、もう。」
エイルとセクト長老が和やかなやり取りをしながらどちらからでもなくゆっくりと移動し始める。
彼の言う通り、この村の住人である2人の間に険悪な雰囲気は無いようだ。
(本当に余所者に対してだけの態度みたいだな。)
ナムがこの村の余所者への警戒心を再確認していた途中で、突如エイルが後ろに振り返る。
「ぼくの家はこちらです、さぁさぁ!」
満面の笑みで移動を促すエイルを見たナム達は彼に従って移動を開始する。
「お世話になるわ、倉庫じゃなくて良かったわよ。」
「倉庫とかネズミのたまり場だからなぁ?」
「それ以上言うと剣で殴るわよ。」
言うと同時に振り下ろされた剣を片手の人差し指と中指で白刃取りをするナム、そしてそれに対して舌打ちをするミナ。
その光景を見て慌てふためくエイルと、唖然とした表情で固まるセクト長老。
2人の心配を他所に、また始まったよと言わんばかりに肩をすくめる仲間達を見た2人は、何となく2人のこのやり取りが日常なことを察すると、安心したように大きく息を吐いた。
「さ、さっさと来ないと倉庫じゃぞ?」
「すぐ行くわ。」
高速で剣を収めたミナは一番乗りでエイル達の元へと走り寄り、仲間達も苦笑しながら追従する。
(にしてもホーネットの森の中にあるとは思えない程、のどかな村だ。)
村人達は男女関係なくそれぞれ畑仕事や家畜の世話をし、中には戦闘訓練をしている集団もいた。
そしてそんな彼らの中で1番目立つ大男が、巨大な岩の前で拳を鳴らしながら対峙している箇所をナムは確認する。
「ギーサさん、今日も格闘の訓練してるんですね!」
「ん、おーエイル戻ったのか!そうだぞ!」
そう言ったギーサと呼ばれた男はエイルに向けていた視線を目の前の巨大な岩へと向け直すと、腰元辺りに拳を動かして精神集中を始める。
そしてまっすぐ拳を巨大な岩へ叩き付けると、時間差で巨大な岩は見事に崩れ去った。
ギーサと呼ばれた男の周りの村人達は、不思議とどこかわざとらしいほど大袈裟に拍手を始める。
「すげぇさすがギーサさんだ。」
「よ、かいりきおとこ。」
「エイルもギーサみたいにもっと強くならないとな!」
「はい!」
その村人達のやり取りを眺めていたナム達は、タイフとリィヤ、そしてトウヤを除いて固まっていた。
そしておもむろにナムの耳元にミナが小声で話しかける。
「ねぇナム、あの岩最初から砕けてたみたいだけど。」
「やっぱそうだよな、何が狙いだ?」
ギーサは片腕を上げながら、異常なほどのドヤ顔をエイルに向けている。
そして周りの村人達も異常にわざとらしく盛り上げていた。
(あんなへなちょこパンチであの巨大な岩が壊せるわけねぇ、しかもそれに関して村人達も知っててわざとらしく盛り上げてやがる感じだ。)
ナムは格闘の専門家だ。
拳の振り方1つでその人間の力量を測ることは難しくはない。
そんな彼の目にはとてもギーサと呼ばれる男が強く見えなかった。
しかし目を輝かせるエイルの姿を見たナムは、敢えてそれは言わないことにしたようだ。
「凄いですね……ナムさん程じゃないでしょうけど、あの方かなりの力持ちではないでしょうか?」
「僕も見習わなきゃなぁ。」
岩のカラクリに気付いていない様子の2人を流し見たナムは、そのままミナの方へ向き直る。
ミナは相変わらず何かを考えているように見えた。
「岩の亀裂……演技……しかも村人達全員……エイルさんだけ本気で尊敬して……。」
そうブツブツと呟いていたミナを一瞥したナムは、横にいるトウヤの方へと視線を向けた。
「パフォーマンスかな?」
「まぁ、何となくそれが1番納得行く理由だな。」
「この村には娯楽が無さそうだし、あのギーサという男もそれ知っててやってるんじゃないのかな、多分。」
トウヤとナムがそんな雑談をしている中、突如隣から声が上がる。
それに気付いたナムとトウヤは、声を上げた本人であるミナへ意識を向けた。
「どーした。」
「思い出したわ……村に入る前から抱いてた違和感の招待!!」
「なに、本当かミナさん?」
ミナはナムとトウヤに対して手招きすると、小声で言葉を発し始める。
「私達ってお父さん達を除けば人間の中では最強に近いわよね?」
「そうだろうね、俺様もその位の意識は持ってるよ。」
「人間と基本的にやり合わないのはそれが理由だ、だがそれがどうした。」
ミナは2人へと交互に視線を向けると、更に声を小さくする。
「おかしいと思わない?私達あの時逃げるために必死に全力で走ってたのよ、それなのに付いてきてたどころか。」
ナムはミナの言葉に目を見開く。
「それだ、違和感ってのはそれか!」
「なるほど、確かに変だ。」
ナムとトウヤはミナの言いたいことを察すると、先程の逃走時の光景を思い出す。
「なんで、エイルの奴……先頭走ってたんだ?」
3人は、ナムの言葉と同時に視線をエイルへと向ける。
大笑いするギーサの前で、本気で尊敬をする彼。
「もしかしなくても……まぁそうよね。」
「あぁ、可能性はあると思うぜ。」
「だが2人とも?偶然才能に恵まれた人間の可能性もあると俺様は思うぞ。」
トウヤの懸念は真っ当であり、2人はその言葉を聞いて躊躇なく頷いた。
「確かにそうだ、だがこの村人達の行動を考えると……俺は黒だと思うぜ。」
ナムはあまりに不自然な村人達のやり取り眺めながら、ゆっくりと口を開く。
「村人達は……エイルがヒューマンだと知ってて隠してる、そう考えると辻褄が合う。」
「下手に刺激して暴れられても困るし……暫くは知らないフリね。」
「俺様も賛成だ。」
3人はエイルの動向を油断なく探りながら、表向きは気付いていないような振る舞いを続けることを決めた。
村の好青年は、ナム達を放置したことに気付くまでのしばらくの間、満面の笑みでギーサやセクト長老、その他村人達と交流を続けるのだった。