2章:ホーネットの脅威
ミナのマケオの村でのネズミ騒動から数日後。
野宿を数度繰り返しながら、彼等はトラルヨークの東の森の近くへと到着していた。
ナム達の前に広がる巨大な森は、どことなく暗雲とした空気を滲ませている。
「ここがホーネットの森なのか?」
タイフは森を眺め、心配そうな声を出す。
ホーネットは蜂型の魔物である。
この世界において厄介な魔物として有名な種であり、腕の立つ人間でも彼等と戦うことを避ける傾向がある魔物だ。
彼等の生活は基本集団行動であり、多くのホーネットが巣の中に1体だけいるクイーン・ホーネットの為に働く。
「良いか、クイーン・ホーネットには手を出すなよ。」
「巣のリーダーかしら、見分け方は?」
ナムの言葉に、ミナは冷静に質問を返した。
「普通のホーネットよりでけぇな、1見強そうだがこっちに危害を加えることはしねぇ……取り敢えず無駄にでけぇ蜂を見つけたら警戒すればいい。」
「了解だ……それにしてもナムが手を出すな、って言うってことは相当やばいんだな?」
無鉄砲で粗暴なナムが警戒するクイーン・ホーネット。
その事実に気付いたトウヤはホーネットへの警戒を強めた。
「クイーン・ホーネット自体は強くねぇ、問題はそのクイーンを倒した後のことだが……まぁ手を出さなきゃいいだけの話だ、先に進もうぜ。」
説明も程々にナムは森に入ろうとするが、それを慌ててリィヤが止めた。
「待ってください!?流石に何が起こるかわからないと怖いです!」
「……あー……そうだなぁ。」
リィヤの言葉を聞いたナムは歩みを止めると、面倒くさそうに頭を掻き始めた。
「ホーネットの巣ってぇのは……そうだな、国みたいなものだ……クイーン・ホーネットはその国の王、いや女王か。」
ナムは振り返ってリィヤ、そして仲間たちへと視線を向ける。
「国の女王に何かあったら、その国はどういう行動を取るか……それが答えだ。」
ナムの言葉に、リィヤを始め仲間達は息を呑む。
「俺様達なら怒らせても勝てるんじゃないのか?」
「馬鹿言うなトウヤ……確かにホーネットだけなら簡単だ、俺達なら問題なく倒せるだろうよ、しかし敵はそいつだけじゃねぇ。」
ナムは一瞬だけ森へと視線を向け、トウヤ達へと再び向けた。
「巣に10匹前後存在するソルジャー・ホーネット、コイツは簡単には行かねぇ……だからこそクイーンには手を出すな、良いな?」
仲間達は無言で頷くと、我先にと森に向かって歩きだしたナムについて彼等も移動し始めた。
「ここは何処でござるか!?」
「迷ったでごわすかピード。」
「間抜けなヤツめ!」
「拙者と一緒に行動してるお前らも迷ってるでござる!!拙者をバカにするなら道を示すでござる!!」
「それはドーガが把握してるでごわす。」
「なに?吾輩ではなくワパーが把握してるだろう。」
「何言ってるでごわす!?おいどんは知らんでごわす!!」
森の中を歩き続ける3馬鹿、もといピードとワパーそしてドーガ。
彼等が護衛していた四天王の1人、ハルコンとはぐれて早1時間ほど経っていた。
暗い上に同じような景色が広がる森の中は、天然の迷路のようになっていた。
この森の中でも変わらずいつものように3人でいがみ合いをしていたのだが、そんな彼らの視界からいつの間にかハルコンが居なくなっていたのだ。
「全く、四天王であるハルコンが迷子とは困ったものでござる。」
「仕方ないでごわす、神は二物を与えずでごわす。」
「ゴーレムも迷うのだな。」
迷子になっているのは自分達であることに気付かないまま、彼等は好き勝手にハルコンのことを馬鹿にし始める。
四天王に対する敬意など全く持ち合わせてないことが良くわかる態度だった。
「とりあえず、さっさとハルコンの奴を見付けて人間の村に辿り着くでござる……む。」
ハルコンを探す為辺りを見渡したピードの視界。
鬱蒼と茂る木々の間の隙間にこの森の主である魔物が映る。
人間の上半身程度の体の大きさを持ち、木々の間を器用に飛び回る。
黄色をメインとした体色だが、体の尻部分は黒と黄色のストライプになっており、敵に自身の危険さを伝えるような見た目をした蜂型の魔物
ホーネットであった。
「ちっ、面倒な。」
悪態をつきながらも右手に持つ、厚みが10cm以上の体全てを覆えるサイズを持つ巨大なシールドを構え直したドーガは、2人の前に出ると守るように立ち塞がる。
ホーネットは敵を認識し、高速で木々の間を縦横無尽に動き回ると彼ら3人に向かって突撃を開始する。
「これだから知能のないノーマルは困るでごわす!」
「所詮動物と変わらんからな、同じ魔物だと認識も出来ない知能だ。」
「頭が悪いでござるからなぁ、仲間だと分からんでござる。」
全く同じことを言っていることにすら気付かない3人に攻撃できる間合いを確認したホーネットは、尻の先端についた巨大な針を向けると更に加速していく。
しかしホーネットの突撃がドーガの持つ盾に命中すると、呆気なく弾き返された。
「戦力差を考えるでござる。」
弾き返されたホーネットが3人に対して更に警戒度を高め、再度突撃をしようとしたその時だった。
自身の視界が急に空高く舞い上がり、視界が回転する。
そして地面に向かって視界が動いたその時、ホーネットは自分の体をその視界に捉えた。
「襲って来なければ同じ魔物のよしみで殺すことは無かったでござる。」
いつの間にかホーネットの背後に移動していたピードは、そう言うといつの間にか抜刀していた刀を鞘へと収める。
とはいえこの時点で既に鞘にはほぼ収まってはいたので、最後に金属音を鳴らしただけであるが。
高速でホーネットの首を切り落としたピードは森の中に敵の仲間がいないことを確認すると、大きく息を吐いた。
「同族殺しは良い気がしないでござる、さっさと抜けるでござるよ。」
「賛成でごわす、それにしてもやはりピードは早いでごわす、力はないでごわすが。」
「あぁ、流石だな……身を守る力には疎いがな。」
「うるさいでござる、この鈍足共!さっさと行くでござるよ!」
ひとしきり言い合いをした後、ホーネットの死骸を乗り越えるように移動する3人。
その3人の前に木々の隙間がほぼ無い場所が視界に入る。
迂回しようとしたが、その周囲も非常に木々の隙間が狭い。
身軽なピードなら問題無いが、腹回りが無駄に横に広いワパーと重装備と巨大盾を持ったドーガは進めなそうな幅だった。
どうするかと悩むピードの横をすり抜けて、ワパーが木々の近くへと移動した。
「邪魔でごわすな……よいしょお!!」
木にしがみつくような体勢を取ったワパーは、木の1本を力任せに根っこから引き抜くと、そのまま横に放り投げる。
巨大な木が地面へと落下した振動が3人に伝わり、ピードは少しよろめく。
「邪魔な木は引っこ抜いて進むでごわす。」
「アホか!道の木全部抜くつもりでござるか!?」
「吾輩はその方が助かるな。」
「クソ!この図体だけはデカイ連中めぇ!でござる!」
その後も3馬鹿達は進行の邪魔になる木を引き抜きながら進む。
ホーネットの巣は、木に作られるということを知ってか知らずか。
「なんの音だ。」
ナム達一行は、森に入ると同時に違和感を感じて歩みを止めていた。
「そこまで遠くない場所で、何か巨大な物が落下する音が不定期に鳴るわね。」
「少し地面が振動してる気もします!」
「森で何かが落下……山とかならわかるが、俺様には理解出来ないな。」
「ホーネット以外に何かが居るのか?」
最後のタイフの言葉を聞いた彼等は、警戒を強めて森を進み始めた。
大量の樹木に覆われた森の中は太陽の光があまり届かず薄暗いのだ。
「注意しろ……この視界じゃ、突然敵が前に出てくる可能性がある。」
「了解よ、武器は構えといた方がいいわね。」
ミナはおもむろに双剣を引き抜くと、辺りを見渡しながら歩き始める。
「ネズミに投げんなよ。」
「やらないわよ!しつこいわねあんたも!?」
「あ、あははは……。」
あの宿の部屋で見た彼女を思い出し、やらないと言ってるが間違いなく武器を投げるであろうミナに向かって、リィヤは乾いた笑いを発する。
それからしばらく森の中を歩き、ここまで特に異常なく進めた彼等。
しかし、目の前に広がった光景を見た彼等は目を見開いて立ち止まった。
「ホーネットの……死骸ね、しかも首を落とされてる。」
大地に転がるホーネットの死骸を指さしたミナは、そのまま近付いていくとホーネットの首元を調べ始める。
「かなり鋭利な武器で斬られてるわ、傷口がとても綺麗ね。」
「他の魔物にやられた……ってのは考えにくいな、森の中にあるという村の警備隊なのか戦士なのかわからねぇが、その辺りか?」
「そうなるとかなりの腕前だね、ホーネット相手にこんな綺麗に首を落とせる人ってことだし。」
ナム達はホーネットの検死を終えると、辺りを見渡し始める。
その近くには倒木であろう木の残骸が転がっており、トウヤはそれに近付く。
「この倒木……根ごと倒れたのか?」
「それにしては根が綺麗に下に向いてるね、まるで引き抜かれたみたいに。」
「おいおいタイフ、こんな木を引き抜くとかナムじゃないんだから。」
「だよねぇ。」
トウヤとタイフの会話を聞いていたナムは、強い違和感を感じながら考え込み始めた。
(木が引き抜かれてるとなると相当な怪力だ、俺クラス……だとすると魔物か、しかもヒューマンの可能性があるかもしれねぇ。)
いまだに不定期に聞こえる落下音と地面の振動、そしてこの倒木とホーネットの死骸。
それを不思議と無関係と思えなかったナムは、仲間達の方へ振り返ろうとする。
しかしそれは叶わなかった。
「ナム!あれって!?」
「あっ……?げっ!」
振り返ろうとしたナムを引き止めたミナの指先へと視線を向けたナムは、そこに現れた集団を見ると同時に狼狽する。
それは人間の上半身程度の大きさの蜂型の魔物の10を超える集団。
それだけでなく5匹ほど別の種類のホーネットもいた。
人間サイズ位の大きさで、尻だけでなく6本存在する足の上側2本の足にも鋭い針を持った蜂型の魔物だった。
「5匹程度大型のが居るけどナム……あれはなんだ?」
「最悪だなタイフ、あの5匹が……ソルジャー・ホーネットだ!」
ナムが冷や汗を流しながら、質問してきたタイフにそう答える。
そして油断することなく拳を構えた。
「気を付けろ、ホーネットはノーマルだが……ソルジャーはビーストだ、手強いぞ。」
「ビースト……だって!?」
「それは不味いわね……特にリィヤちゃんは常にバリア張ってるくらいで良いわ、見た感じ素早そうだから危険よ。」
「は、はい!!」
リィヤは慌てて自身だけにバリアを纏わせ、少しナム達を心配そうに見つめる。
「気にするなリィヤ、ビーストなら俺様達なら問題ない!」
「普段大活躍だからね、たまには観戦しててよ。」
「いい判断だ、アイツらを舐めちゃいけねぇ。」
ナム達が臨戦態勢を取ったのを本能で悟ったホーネット達は彼らへ警戒を示す羽音を響かせ、ソルジャー・ホーネットは両手の針を動かしながらホーネット達へと指示のようなものを飛ばす。
戦闘時の司令塔の役割も持つソルジャー・ホーネットは、的確にホーネット達を統率し始め、軍隊のように規律掛かった動きを始めた。
「来るぞ!」
ナムの号令を元に、リィヤを除いた4人はホーネットの群れに突撃したのだった。
はい、ネタ元は兵隊蜂です。
見た目はポ○モンのスピアーがモロに似てるのでアイツを想像してくれれば割と良い感じかも知れません