2章:アグニスの真実
灼熱の炎を自在に操り、ナム達の猛攻をものともしないアグニス。
戦闘中の行動を見たトウヤは、ナム達にアグニスの能力を伝えた。
生まれつき持つことのある超能力の1つ、保持者の意思1つで鋼へと姿を変える炎、鋼火炎
人間が持って生まれても力を発揮しないその能力が、アグニスに対してはこれ以上無いほどに相性が良かった。
今までにない強敵との戦闘に苦戦するナム達。
戦闘中にアグニスが鋼火炎で作った鋼の矢じりの雨が彼らを襲うが、ナム達は辛うじてリィヤのバリアに隠れてそれを防いでいた。
「良いか、リィヤの体力も心配だから手短に話す……ミナは俺と変わらずアイツとやり合う、そしてトウヤは派手な水魔法を何度か放って欲しい。」
ナムは今尚自分達を守るために必死にバリアを張り続けるリィヤを一瞥してから仲間達にそう話した。
バリアには相変わらず鋼の矢じりが途切れることなくぶつかり続けている。
しかも矢じりだけでなく、炎自体も纏い始めていた。
リィヤの表情は険しく、長く会話をする余裕は無さそうだった。
「わかったわ。」
ミナの同意を聞いた後、ナムはトウヤの耳元に顔を近付け、短く何かを話す。
ナムから何かを聞いたトウヤは納得したかのように2度頷くと、ニヤリと笑い始めた。
「なるほど、それをやるって事は……やはりそうなのか?」
「俺の推測が合ってるなら、だがな……だがそう考えればアイツの不死身にも説明がつく。」
「わかった、上手くやるよ。」
トウヤのその言葉にナムは軽く頷くと、今度はタイフへと視線を向ける。
「そしてタイフ、お前も変わらず未来眼で避けられない攻撃を見切りながら、時々その武器であのアグニスを撹乱して欲しい。」
「了解。」
タイフは短く返答すると、圏を何時でも投擲できるように狙いを定め始める。
タイフの武器は特殊だ。
上手く使えばアグニスの気を引くには最適の武器である。
タイフ本人も長くその武器を愛用してるお陰で、投擲の精度はかなりの水準を誇る。
ナムはタイフを信頼の表情で見つめ、最後にリィヤの方向へ向くとリィヤの肩を叩いた。
「トウヤがこの矢じりを何とかする、敵の攻撃が止まった後にバリアを解除したら、タイフの指示を聞き逃さねぇように注意しながら出来るだけ休め……お前のバリアは俺達の生命線だ。」
「わかりました、すみません。」
リィヤのバリアは強力だ。
しかしそのバリアにも弱点がある。
リィヤ自身のスタミナだ。
彼女は最近まで一般人、しかもその中でも更にか弱い部類に入る。
単純な身体能力では仲間内で最も低い彼女だが、そんな彼女のバリアが無ければアグニスとの戦闘は成り立たない。
既に額に汗を浮かべているリィヤを見たナムはトウヤに合図を出し、合図を受け取ったトウヤはすぐさまアグニスへ向かって掌を向ける。
「水属性の最上位魔法を放つよリィヤ、サジスの時と同じで申し訳ないけど、少し堪えてくれ。」
「はい、兄様!」
リィヤの力強い返事を聞いたトウヤは事前に集中していた魔力を変換し始める。
威力は強力だが攻撃範囲が広く仲間を巻き込む危険のある最上位魔法は普段は使えない。
だがリィヤの力があればそれも可能となる。
この兄妹は血が繋がってはいないが、お互いがまるで本当の兄妹のように、両者に足りない部分を補い合う。
トウヤの膨大な魔力が消費され、彼の後ろに巨大な水の波が発生する。
「水属性最上位魔法、ハイドロ・ウォール!」
トウヤの背後から高速でアグニスへと侵攻する巨大な波。
それはナム達をリィヤのバリア越しに飲み込み、同時に鋼火炎で作られた大量の矢じりをも飲み込む。
リィヤのバリアが無ければ仲間達も危なかっただろう。
「……そんな、ただでけぇ水の塊程度でこのアグニス様を止められると思うなぁ!!」
アグニスは少し狼狽したように見えたがすぐに自信に満ちた表情になる。
巨大な波に対抗するようにアグニスは頭から炎を大量に発生させると、それを自在に操って波へとぶつける。
両者の攻撃は見事に拮抗し、相殺し合いながら膠着する。
あわよくばハイドロ・ウォールでアグニスを倒すつもりで放ったトウヤは、敵の炎で膠着してしまった事に表情を歪める。
「くそ……俺様の最上位魔法すら止めるとは!」
「とんでもねぇ奴だ……クソ親父ども居なくなるタイミング悪すぎだろ。」
ナムはつい最近まで一緒にいた父親達、三武家の当主達を思い浮かべる。
しかし、いない人間を求めても仕方ないとナムは首を横に振ってその思考を振り払う。
「そろそろ行くぞミナ!」
「足引っ張らないでよ。」
「てめぇもな!」
トウヤの放ったハイドロ・ウォールとアグニスの巨大な炎が相殺し合って対消滅し、それを見たリィヤがバリアを解除したタイミングで2人はアグニスへと突撃する。
「人間は芸がないねぇ、また突撃かぁ?」
「炎ばっかりのアンタに言われたくはないわね。」
「ミナ、それは言えてるな。」
アグニスが鋼火炎で作製した2本の巨大な剣の猛攻を掻い潜ったナムとミナは、交互にそれぞれの拳や双剣をアグニスへと振るう。
巨大な剣をミナが払い、ナムがアグニスの胴体へと拳を叩き込み。
2本目の巨大剣の攻撃を今度はナムがアグニスの腕を掴む事で止め、ミナが敵の鎧の隙間へと刃を通す。
「何度やっても無駄だ、このアグニス様を倒す事はてめぇらには不可能だ!」
ナムとミナの猛攻の隙を突いて、アグニスは再び炎を発生させる。
そして2人を焼き払おうと動かすが、そこに何かが炎の中を通り抜けて2人を襲おうとしたそれを切り裂いた。
「助かったぜ、タイフ!」
「トウヤにやってもらった実体の無いものを切れる付与、もしやと思ったら炎も切れるんだね、勉強になった。」
アグニスの炎を切り裂いたもの、それは未来眼の力で事前に投擲したタイフの圏だった。
「ちぃ……雑魚がこのアグニス様の炎を!?」
タイフに怒りを向けたアグニスだったが、すぐに何かの気配を察知すると視線を上に向ける。
アグニスの視線の先にはトウヤの放った様々な種類の水魔法が空中を漂っていた。
「しゃらくせぇ、無駄だと何度言えば!!」
アグニスはすぐさま炎を発生させて空中にそれを噴出すると、トウヤの魔法を片っ端から相殺し始める。
そこにタイフの2発目の圏が炎を通り過ぎて切り裂くが、アグニスは舌打ちをしながらも間髪入れずに追加の炎を発生させ、難なくトウヤの魔法を全て消し去った。
「僕の力じゃここまでか。」
敵へ大した妨害をすることが出来なかった事を察したタイフは、戻ってきた圏を掴み取り、タイフはすぐさま圏を投擲する。
投擲された圏は、ナム達をそのまま焼き払おうとした炎を間一髪で切り裂く。
「雑魚が邪魔してんじゃねぇぞ!」
怒りに満ちたアグニスは炎をタイフへと向けようとするが、それをミナがすぐさま双剣で炎を切り払い、ナムがアグニスの胴体に拳を叩き込むことによって止める。
ナムの拳を受けて滑るように後ろに後退したアグニスは思うようにいかない戦いに苛立ち、そしてすぐに燃え尽きない人間に対して心の奥底では楽しんでいた。
怒りを滲ませながらも何処か楽しげにも見える表情に変わったアグニスは、両手の巨大剣を頭上でクロスさせ、そこに炎を集めた。
「人間の癖に楽しませてくれるじゃねぇか!」
2本の巨大剣を包むように集まった炎は、僅かな時間で霧散する。
そしてアグニスの手には更に巨大な、全長5mはありそうな剣が1本だけ握られていた。
「まとめて切り裂いてやるぜぇ!!」
「剣を大きくしたから何?武器の大きさは強さには関係ないわ、浅はかね!」
「黙れ人間がぁ!」
アグニスが全力で横薙ぎに振るった剣がナムとミナに襲い掛かる。
しかしその剣をナムは片手で受け止める、強大な質量の暴力を容易く受け止めたナムはその剣をがっちりと掴む。
ナムに掴まれたままの巨大な剣は、アグニスが何度動かそうとしてもビクともしない。
「くそ、なんつー馬鹿力……!?」
炎から武器を作製出来るアグニスであれば、ナムに掴まれた剣を放棄して新たに炎で作り直せば済む話だった。
しかし、ナムの怪力に慌てたアグニスにはその考えは咄嗟には浮かばなかったのであろう。
彼が僅かな時間の後、その事実に気付いて剣を放棄しようとしたその時には既に彼の頭にはミナのバトルアックスが突き立てられていた。
アグニスの視界から外れて跳躍したミナが落下速度と共に振り下ろしたバトルアックスは、アグニスを容赦なく縦に両断する。
「ぐぅあぁぁあ!?……なんてな、このアグニス様にそんなものは通用しねぇって何度言えばわかるんだ!?」
縦に両断された筈のアグニスから炎が噴出し、ナムとミナは慌てて敵から離れる。
そしてその炎がアグニスの体を覆って体から離れると、ミナが両断したはずのアグニスの体は元通りになっていた。
「……やっぱダメね、効かないわ。」
「あぁそうだな、効かねぇ……。」
ナムとミナは、何処か達観したように動きを止めてしまう。
それはいくら攻撃しても無意味に終わる敵に対しての諦めのようなものにも見えた。
その様子を見たアグニスは笑顔を更に強くすると、炎を発生させて2人にゆっくりと近付いていく。
「どうした…もう終わりなのかぁ!?」
アグニスの挑発するような言葉に2人は、やれやれと言った様子で肩を竦めた。
「諦めたのか……三武家と言えどもこの程度……期待したこのアグニス様が馬鹿だったぜ。」
遊びは終わりと言う意味だろうか、今までよりも更に強く炎を発生させたアグニス。
そしてそれをゆっくりとナム達へと向ける。
「ならば燃え尽きろ……トーチとして最後に楽しませやがれぇぇぇえ!!」
そうして咆哮したアグニスは高速で炎を2人に突っ込ませる。
「……ホント馬鹿らしいわ……私達何やってたのかしら。」
「全くだ……騙された。」
ナムとミナは、面倒くさそうにその場から左右に炎を避ける。
ナム達の立っていた場所に炎がぶつかり、地面に生えた植物等を一瞬で消し炭にする。
「凄いな……まさか本当にナムの言う通りだったなんて。」
遠くで人差し指をアグニスへ向けているトウヤは、感心したように頷いている。
タイフもその光景に驚き、リィヤに関してはこの状況を理解していないのか首を傾げていた。
「俺も驚きだ……予測が当たった……こりゃ何も効かねぇ訳だぜ。」
諦めたはずのナムとミナが炎を避けたことに、ポカンとしていたアグニスだったが、彼らの表情が何処かムカついたアグニスは炎を自身の頭上に集める。
「どうした、死ぬのが怖くなったのか人間!!」
アグニスはそう言って高笑いする。
しかしナム達の表情が自身のある1箇所に集まっていることに気付いたアグニスは、そこへ視線を向ける。
「なんだってんだ……あっ!?」
アグニスは驚愕した、そしてこの状況をすぐさま悟った。
今まで首を切られようと、縦に両断されようと気にもしていなかったアグニスの表情が青くなっている。
その理由は簡単である。
アグニスの右下腹部、プレートアーマーに守られたその部位に。
後ろの景色を覗ける穴が空いている
プレートアーマーだけの穴ではない、本来そこにあるはずのアグニスの生身の胴体すら貫通するような穴である。
「本当に騙されたぜ、アグニスとか言ったか……てめぇのその体。」
アグニスは視線をナムへと向ける。
その人間の表情は勝利を確信したものだった。
「全部鋼火炎で作られた偽物、だから傷も負わねぇし首切ったって死なねぇ…そりゃそうだ人形に攻撃してんのと変わんねぇんだからな。」
自身の秘密を暴かれたことに驚くアグニスは、いつもなら反応する攻撃に対処出来なかった。
トウヤが声を発することなく発動した水魔法をモロにその体に受けたのだ。
「……しまっ!?」
驚いたアグニスは慌てて炎を発生させようとした。
しかし遅かった。
水を受けたことにより、彼を形作っていた体はひとつ残さず消え失せる。
水魔法が消滅し手視界が開け、消えた鋼火炎で生み出された鋼が消え去り、最後に残っていたもの。
それは人の拳程度の大きさの火の玉。
ナム達も見慣れたその姿は、まさに本来であればノーマルの筈の、火を操る魔物。
ファイボの姿そのものだった。
アグニスは慌てて炎を展開し、自身を包み込むと再び元の人型、アグニスの姿に戻る。
そして怒りに満ちた表情でナム達を睨みつけた。
「それは流石に予想外だ、てめぇファイボだったんだな……そうか、鋼火炎を運良く生まれ持ち、その能力で人間に化けられることを何かで知ったお前は、どうやってかは知らねぇがノーマルからヒューマンに匹敵する力を得た。」
ナムは拳を構え、アグニスと対峙する。
「そんな小さな正体なのに人型に化けて戦ってやがった、性格を見るに猪突猛進にも見えるが、てめぇはかなり頭が良いと見える……完全に騙されたぜ。」
アグニスは言葉を発することなく、炎をひたすらに噴出し続ける。
ナムがそれを見て警戒するも、その炎はひたすらアグニスを包み込むように動くのみである。
「何を狙ってやがる。」
「……くっ……くく……そうだよ、このアグニス様は矮小な元ノーマルだ、だがそれがどうした、それでもてめぇらはこのアグニス様に勝てねぇんだよぉぉおおお!!」
アグニスを包み込む炎がどんどん膨張していき、とうとう見上げるほどの大きさにまで炎は成長した。
「このアグニス様の秘密がバレた時のための取っておき……隠す必要もなくなったからこそ使える最強の技、受けやがれぇ!!」
見上げるほどの巨大な炎が一瞬にして霧散し、アグニスが視界に入る。
そう。
見上げていたナム達の視界にアグニスが映ったのだ。
「フレイム・タイタンアーマー……これがこのアグニス様の取っておきよぉ!!」
20m以上の大きさになったアグニスの両手には、やはりその体に合うサイズで作製された二刀流の巨大剣が握られている。
「でっかいわね!!」
「なるほどな、その技は確かに秘密がバレてなきゃ使えないね!」
ナムとミナ、そしてトウヤは巨大なアグニスと向き合う。
「ただでさえ強敵だったのにあんなのありか!?」
「怖いですけど、ここであの魔物を止めないとほかの町も大変なことになります……勝たないといけません!」
圏を構え直したタイフと震えながらも決意を固めたリィヤもアグニスを睨みつける。
アグニスとの決戦がここに開始されたのだった。
次回、決着です。
ナム達は知りませんが、敵視点の時に書いたように。
魔物達は例えノーマルでも、人間の姿を取れるようになると力を増します。
アグニスはこのタイプだった訳です。