2章:強敵
トラルヨーク軍基地内にてナム達、そしてダルゴやケンジを始めとした数名の軍の人間達が作戦室内で会議を行っていた。
作戦室の机の真ん中に置かれた数枚の写真の1枚を手に取り、それに写っている魔物を眺めるナムは顎に手を当てて悩んでいる。
「悪い……こんな魔物は見た事がねぇ。」
写真に写る、火炎のような形をした頭を持ちプレートメイルを着込んだ人型の魔物を見たナムは、静かに首を横に振る。
軍の望遠で撮影した魔物の姿をナムの魔物知識で確認していたのだ。
「その写真随分ボヤけてるけど分かるのか?」
「確かにこの写真はボヤけちゃいるが、それでも分かる……今まで見たことも聞いたこともない魔物だ。」
タイフの疑問にそう答えたナムは、持っていた写真を無造作に机に放る。
「アンタでも知らないって事は、もしかしてリィヤちゃんの屋敷にいたドロイドのような魔物なのかしら。」
「いや、恐らくアイツとは毛色が違うと思うぜ、なんか秘密がある気がするんだ。」
仲間内で1番の魔物知識を持つナムが分からなかった魔物は今回が初めてではない。
リィヤの屋敷でミナが討伐したビーストのドロイドがそうだった。
改造魔物であったドロイドは、ベルアがリィヤのボディガードに紛れて密かに作り上げた魔物だった。
その為、ナムが知らないのも無理はなかった。
「今回の奴はなんとなくだがそうじゃないと感じてる、理由はわからねぇがな。」
「勘ってやつか……意外とそういうの馬鹿に出来ないよね、俺様も少し考えてみるか。」
「頑張ってください兄様!」
ナムとは違った観点から敵の正体を探るつもりのトウヤと、それを笑顔で応援するリィヤ。
それを見た作戦室内の軍の人間数名も静かに息を吐く。
マッド・ウルフとの戦い以降、ダルゴにも秘密で軍の中で結成されたリィヤ同好会のメンバーである。
勿論リィヤ本人もその事実は知らない。
「唯一分かっているのは、炎を自在に操るという事……勿論それは誰が見ても分かる事だが、貴方達はそれをどう考える?」
「炎を操る魔物ならノーマルのファイボが有名だ、あいつ程度なら大したことはねぇが……もしコイツがヒューマンならファイボの比じゃねぇ、相当手強いだろうよ。」
ナムが適当に放った写真をゆっくりと机の真ん中に移動させたケンジの問いにそう答えたナムは再び考え始める。
「炎を操る、それだけの情報があればなんとでもなるだろう?」
「ならねぇよクソオヤジ、さっきも言ったが俺達が一撃加えりゃ死ぬファイボと、未知の炎使いじゃ全く勝手が違ぇんだよ。」
「ふん……貴様らが未熟なだけでは無いのか?」
「ぐぬ。」
つい最近実の父親相手に未熟さを痛感したナムは、言い返すこともなく言葉を詰まらせる。
「……珍しいな、いつもの貴様なら言い返すだろうに。」
「うっせぇ、そんなことよりこの炎野郎の対処だ。」
ナムは机の上の写真の1枚を指で弾く。
その写真を咄嗟に止めたケンジは、静かに口を開く。
「マセヌの町には魔術師もそこそこの人数がいた筈だ、そんな町の守りが破られたとなると……。」
ケンジの呟きに、トウヤが反応する。
「余程戦闘慣れしてない奴でなければ、炎の魔物相手に水魔法は間違いなく使っただろうね……それを容易く打ち破るほどの火力を持ってる……そう考えられるよ。」
「そう考えると厄介ね……ねぇ、危険だけど私に提案があるの。」
ミナのその言葉にナム達は彼女に視線を向ける。
「どうせ敵の詳細が分からないのなら、下手に町に近いところで戦闘をすると万が一があるわ……こっちから出向かない?」
「こ、こっちからその魔物の元に行くのですか?」
ミナの提案に、魔物への恐怖心があるリィヤは及び腰になる。
「リィヤ、そこまで悪くねぇ提案だぜ、わからねぇままトラルヨーク近くで戦うよりは良いだろう、勿論ミナの言う通り敵の詳細がわからねぇから危険だがな。」
「僕も賛成だ、僕の村みたいな惨劇は二度とごめんだよ。」
「俺様達が負けたら結局同じ運命を辿るけどな。」
「なら負けられないね。」
ナム達はお互いに頷き合うと、ダルゴの方へ目線を向ける。
「わかっておる、貴様らが負けると思って守りは固めておこう。」
「相変わらず一言多いオヤジだぜ、だがそれでいい。」
ダルゴとナムはお互いに拳を軽く合わせ、それを皮切りにナム達は作戦室から退室する。
それを見送った軍の人間の1人、ジンは静かにケンジに話しかける。
「彼等が勝てるとハッキリ言わない敵……最早検討もつかないねぇ。」
「自分達は軍、対魔物のエキスパートだと思っていたが……今回の敵は我等では手が出ないかもしれない。」
「彼等に任せるしかないですねぇ。」
「弱気になってどうする、さっさと守りを固めろ!」
「はっ!!」
ダルゴの司令ですぐさま行動を開始する郡の人間達。
ナム達の力にはなれずとも、彼等は自分達の町であるトラルヨークを全力で守るため行動を開始したのだった。
ベルア四天王の1人、業火のアグニスは退屈していた。
灼熱の炎を自在に操る彼にとって、ベルアと他の四天王……それと一応あの3馬鹿
相手以外に敵は居なかったのだ。
3馬鹿も普段は抜けているが、ああ見えて戦闘に関しては使える奴らだ。
常に3人で行動するネイキッドの集団は伊達じゃない。
そんな彼の退屈は今まさに消えていた。
彼の視界に映るとある人間達を確認したのだ。
「あいつら……まさかな!」
そう、アグニスの退屈を紛らわせる人間、それは数少ない。
「三武家だ……間違いねぇ!!」
トラルヨークの門から飛び出してきた5人の人間達。
2人程背中に背負われているが、ベルアから聞いている2人、ビーストの1人を倒した一般人の男とリィヤお嬢様とかいう小娘であろう。
そんな彼らを眺めながら、アグニスは思わずニヤける顔を抑えられない。
「期待はずれだったら承知しねぇぞ……綺麗に燃えてくれよ!!」
ナム達は全速でアグニスに近付いていた。
速度に問題のあるタイフはナムが、リィヤはトウヤがそれぞれ背負っている。
彼等の全速力なら、のんびり移動で2日程度の道なら僅かな時間でたどり着ける。
それに向こうからもこちらへ近付いているのだ、遭遇するのは時間の問題だった。
「背負ってもらって申し訳ないな。」
「おめぇらの速度じゃ俺達には付いて来れねぇから仕方ねぇだろ。」
ナム達はなるべく早く近付き、前から迫る魔物へ先制攻撃を仕掛ける予定だった。
ナムの背中のタイフは既に未来眼を発動しており、的の攻撃に対して警戒している。
万が一敵に先制攻撃された際も、ミナとトウヤもタイフの指示を聞いて動くナムに追従して避ける手筈となっている。
「こういう時その能力は本当に便利ねぇ。」
「なんか最近……警報機みたいな役割になってる気がするよ。」
「その危険察知能力こそが役に立つんだよ、俺様は強さだけが全てとは思ってないよタイフ……勿論リィヤもな!」
背中であまりの速度に若干引き攣った顔をしているリィヤは、辛うじてトウヤの言葉に頷いた。
「にしてもアイツ……俺達の姿は既に補足してるだろうに。」
「驚いてるのか、それともかなりの自信があるのか分からない奴ね。」
遠くに見える魔物は、ナム達が近付いて来るのにも関わらず、相変わらずの散歩のようなのんびり移動だった。
「油断しない方がいいね、そろそろ掛けとくよ……中位付与魔法、ファイア・プロテクト!」
トウヤの放った炎の耐性を強化する付与魔法を受けたナム達は、うっすらと水色のベールに包まれる。
「一応言っておくが、炎を完璧に防げる訳じゃないぞ!」
「「充分!!」」
相変わらずのんびり歩く魔物との距離がだいぶ縮まり、顔等がハッキリ見えるほどになってきた。
タイフは魔物との距離を測り、事前の取り決め通りにナムの背中から飛び降りる。
それを確認したナムとミナは更に速度を上げ、ナムはダガンの鍛冶屋で新調したブレスレットを装着し、ミナは腰元から迷うことなく彼女の本気の双剣を抜き放つ。
ナムのブレスレットにだけは実体の無い存在への干渉を可能とするアンチ・マテリアルを移動中に取り急いでトウヤに付与してもらっていた。
走りながらの付与は流石に初めてだよ、と軽口は言われたがそんな事を気にするナムではない。
そしてニヤけた顔でのんびりと歩き続ける魔物の姿や背丈が最早ハッキリとわかるまでの距離に近付いた2人は、お互いに頷き合う。
「そろそろ行けるな?」
「問題ないわ、アンタこそ足引っ張らないでよ?」
「ほざけ!」
標的の魔物との距離が適正になったのを確認し、軽口を言い合った2人は同時にその魔物へと襲い掛かる。
ナムよりも前に飛び出したミナは双剣を振りかぶって未知の魔物の胴体目掛けて振り抜いた。
「あの距離をもうここまで詰めたかぁ!」
未知の魔物からの言葉を無視して振るった双剣は、見事にこの魔物の着ている鎧の隙間を捉え、鎧内部へと刃を到達させた。
「おお!?」
火炎のような形をした頭を持つ人型の魔物の驚いた声を聞いたミナは、更に双剣を振るって鎧の隙間を狙って何度も切り裂く。
「ちぃ!?」
魔物の顔は露骨に焦りだし、攻撃を続けるミナに向かって頭から発生させた炎を操り始める。
しかし。
「させねぇよ!!」
それと同時にナムもミナへと完全に視線を向けていた魔物へと近付き、顔や胴体目掛けて拳による連撃を見舞った。
事前にブレスレットを2つ外したナムの拳は見事に魔物の体を捉え、僅かな時間で10以上に及ぶ殴打を見舞い、更に渾身の一撃を魔物の顔のど真ん中へと叩き込み、声なく空中で縦に回転した魔物の胴体へ更に蹴りを直撃させた。
「……!?」
大きく目を見開いて吹き飛び、地面に何度もぶつかりながら転がった魔物は最後に仰向けで地面へと倒れ伏した。
ナム達の先制攻撃を受けて地面へと魔物が横たわったその時、後ろからリィヤを背負ったままのトウヤと、自分の足で移動してきたタイフもナムの元へと近付いてきた。
彼等は横たわったまま動かない魔物を注意深く観察しながら、少しずつ近付いていく。
「まさか倒したのか?」
トウヤはナム達の猛攻を受けてから起き上がらない魔物を訝しみながらそんな事を言い始める。
「だといいけど、どう思うナム?」
全く油断していないミナにそう問われたナムは、ジリジリと近付き続ける。
「おめぇが1番わかるだろ、手応えはあったか?」
ナムに逆にそう問われたミナは、呆れたように苦笑する。
「ないわ。」
ミナの言葉にトウヤも表情を強ばらせ、すかさず手を横たわる魔物へとむけ、事前に集中させた魔力を変換し始める。
「水属性上位魔法、アクア・ブロウ!!」
トウヤの魔法により、圧縮された巨大な水のハンマーのような物が高速で横たわる魔物へと落下し始める。
「あぁ……バレてたか。」
横たわる魔物から炎が突如大量に噴出し、トウヤの放ったアクア・ブロウへと襲い掛かる。
魔物の放った炎とアクア・ブロウがぶつかり合い、消火と蒸発が同時に行われてアクア・ブロウは呆気なく消滅する。
「俺様の魔法が!?」
「流石に呆気なさすぎると思ったぜ、リィヤ!!」
「あ……は、はい!!」
ナムに名前を呼ばれたリィヤは、慌ててバリアを展開し仲間達を覆った。
そしてそれと同時にトウヤの渾身の魔法を消して尚燃え盛る炎がバリアの周りに纏わりついた。
その様子を見ながら地面に倒れ伏していた魔物はゆっくりと立ち上がる。
「油断しねぇとは流石だ、褒めてやるよ!」
全くもって効いていなさそうなその声を聞き、トウヤはすかさず事前に集めた魔力を再び消費し、新たな魔法を唱え始める。
「水属性上位魔法、アクア・バレット、5連射!!」
トウヤの指先から連射された圧縮された水の弾丸は、リィヤが僅かに開けたバリアを通り抜け、炎の中を真っ直ぐに突き抜けて未知の魔物へと襲い掛かる。
そして命中したと確信できる音をナム達の耳は捉えた。
「流石だぜ三武家、普通の人間ならここで全員炭にしてやれたのになぁ!!」
5発の水の弾丸を受けた為か、バリアを覆っていた炎が消え去って視界が確保される。
しかし、アクア・バレットが命中したであろう魔物は体に炎を纏わせて、その場で何ともなさそうに立っていた。
表情も笑顔のままであり、苦痛は一切見受けられない。
「……効いてない!?」
慌てて声を張り上げるタイフと、体を少し震わせながら目を見開くリィヤ。
その2人だけでなく、ナム達も流石に驚いた表情になっていた。
「てめぇは何者だ?」
構えを解くことはせずに真っ直ぐ睨みつけるナムを、にやけた笑顔で見つめる魔物は自分に纏う炎を1度消すと、両手を横に広げる。
「このアグニス様を知りたいのか?良いだろう!」
アグニスと名乗ったその魔物の聞き取りやすく流暢な言葉に、ナム達はこの魔物の種類に関して、最悪の状況になったことを悟る。
「ベルア様の親衛隊……通称四天王とも呼ばれるヒューマンの1人……業火のアグニス様だァ!!」
ベルア、それを耳にしたナム達は表情を強ばらせる。
特にその名を持つヒューマンとの因縁の深いリィヤは、珍しく怒ったような顔に変わる。
「ベルア……というのはあの?」
「てめぇはリィヤとかいう……ベルア様が利用した小娘だな、そうだよ。」
アグニスからのその言葉を聞いたリィヤは、自然に体の震えを止める。
恐怖より彼女の好きだったボディガード達の仇の仲間に対する怒りの方が勝ったようだった。
その様子を見ていたナム達は彼女の内心を悟ると、代表してナムが言葉を発する。
「負けられねぇな?」
「はい。」
リィヤの短くも決意の強い言葉を聞いたナムはニヤリと笑う。
ナムだけではない、ミナやトウヤ、そしてタイフも同じく真剣な顔でこのアグニスという魔物と対峙する。
その光景を見たアグニスは更に笑顔を強くし、頭上から炎を新たに発生させた。
「このアグニス様に勝つつもりか……おもしれぇ!!」
アグニスは広げた両手をそのまま構えると、頭上の炎を更に巨大化させる。
「あっさり死んでくれるなよ?」
その言葉を皮切りに、ナム達とアグニスとの戦いが始まったのだった。
四天王との初遭遇。
リィヤの珍しいお怒り。