2章:トラルヨークの危機
トラルヨークのダガンの鍛冶屋の店内で、ナム達はネネと対峙していた。
いや、厳密に言えば目の前の光景にナム達は絶句しているだけなのだが。
「非力君……皮鎧でも動けないの……ぷぷぷ……すぴー。」
「彼女の中の僕は一体どういう扱いなんだ!?」
ダガンの鍛冶屋に入ると同時に真っ先に目に付いた光景は、カウンターに突っ伏して眠っているネネだった。
何回かミナが肩を揺さぶるも、彼女が起きる気配がない事を確認したナム達は、カウンター後ろの部屋を勝手に覗いたが、主人であるダガンは運悪く外出中のようだった。
「まぁ、店番任されたんでしょうね。」
「その割にはぐっすり眠ってるけどな。」
呆れた様子のミナと、苦笑いをしているトウヤはぐっすり眠っているネネを観察していた。
気持ちよさそうに眠っているその様子と、明らかに子供にしか見えない幼い見た目から、彼女が20歳とはとても思えない有様だった。
「ダガンの奴が言ってたように、コイツ本当に時が止まってんじゃねぇか?」
「わたくしもそれを信じてしまいそうになります。」
リィヤも傍から見れば16歳にしてはかなり幼めに見える部類なのだが、そんな彼女からしてもそういう感想を抱くには十分な光景だった。
リィヤの場合は自身がそう見られているのを知らないだけかもしれないが。
「とはいえ、このまま起きねぇのも困るんだがなぁ。」
「そうねぇ、ナムじゃないから剣の柄で殴り起こす訳にも行かないし。」
「毎朝やたら痛てぇと思ったらお前そんな起こし方してやがったのか!?」
「毎朝そんな起き方してるお前も大概だけどな。」
トウヤが時限式の水魔法開発を本気で考え始めたその時、店の扉がゆっくりと開く。
その音に振り返ったナム達が見た光景は、まるで店の人間にバレないよう侵入するかのような速度で開く扉だった。
「……あっ。」
リィヤが思わず口元に手を当てて発しそうになった言葉を押し留める。
扉を開けていた人間はこの店の主、ダガンだった。
ダガンは店内のナム達を確認すると、口元に人差し指を当てて悪戯心満載のニヤケ顔でゆっくりと店内に忍び込むように侵入する、いや彼の店なのだが。
ナム達に眺められながら足音もさせずにネネに近付いたダガンは、拳を握りこみ口を少し大きく開けて息をその拳に吐きかけ、そのままネネの頭に振り下ろした。
「あんぎゃ!?痛ったぁぁあ!?」
「気持ちのいい目覚めだろネネ?……眠気覚ましのブラックコーヒー要るか?。」
「間に合ってるよ!!」
涙目で頭に両手を置いて悶えていたネネはナム達に気付く。
そして痛みに耐えながらもタイフの姿を確認すると、表情を綻ばせた。
「非力君とその仲間達じゃん!」
「なんか非力な仲間達みたいね。」
「今僕はとっても抗議したい。」
ゲンナリした様子のタイフに気付いてか知らずか、どこか上機嫌なネネだった。
「ちょうど良かった、実はお前達の案件以外に仕事がなくてな、早めに終わったんだ、確認してくれ。」
ダガンはそう言うとネネを連れてカウンター奥の部屋に1度入り、しばらくすると装備を複数個ネネと共に持ってきた。
危なげなく持ってくるダガンと、少しプルプルしながら持ってくるネネ。
「ほらよ、隙間の大きいプレートアーマーに同じ仕様のガントレットだ。」
「おう、助かるぜ。」
ナムはその2つを受け取る。
ちょうどそのタイミングで店の扉が再び開いて中にケンジが入ってきた。
「それとこの、なんだ……防御に不安が残るへそ出し太腿出しの軽装鎧、後投擲ナイフ8本。」
「いい感じね!これよこれ!」
ミナはその装備を満足そうに受け取る。
「珍しい装備で作るのに多少試行錯誤したぜ、これが金属プレート付きのローブだ、アンタ見るからに魔術師だが、近接戦もやるのかい?」
「おお、よく出来てる……先の2人よりは弱いけどな。」
トウヤはそのローブを受け取り、重さを確認し始める。
「そんでこれがお嬢ちゃん用のかなり軽めにした皮服だ、鎧程頑丈じゃねぇが不意打ちのナイフ位なら防げると思うぜ、その動きにくい服から早めに変えな。」
「ありがとうございます!」
リィヤもその服を受け取ると目を見開く、かなりの軽さに驚いているようだ。
リィヤの趣味に合わせてワンピース型にしてくれているが、スカートの部分は膝くらいまでの長さになっており、足先位しか出ない私服よりかなり短い。
「そしてこれがお嬢ちゃんのとは違ってガッチリした皮鎧だ、そこそこ重量はあるが金属製よりは全然軽い。」
「これなら僕の戦い方もそこまで邪魔しない、ありがとう。」
依頼していた装備は、完璧に再現されて仲間達に行き渡った。
三武家の3人はダガンの技術の高さに感心している。
「この腕ならもっと有名になっててもおかしくないのにな。」
「そうね、私達が使う装備としてもかなりいい物よこれは。」
ミナとトウヤの言葉に、ダガンは頭に手を置いて苦笑いをする。
「ウチは手作業をモットーにしてるんだが、その分制作時間が長い上に、最近の大量生産品と比べると値段も高い……その辺で負けてるんだよ。」
「大量生産品は質もあんま良くねぇんだけどな、まぁ仕方ねぇか。」
ナムはガントレットを装着し、拳を握ったり開いたりして使用感を確認しながらそんなことを言い始めた。
「後、ウチはアフターサービスも万全だぜ、作った物が破損したりした時にゃあ手軽に来てくれよ、ウチの収入にもなるしな!」
「わかったよ、それで代金は?」
トウヤはローブを片手にダガンに1番重要な部分を聞き始める。
ナム達もそれを思い出し、依頼した時に値段を聞き忘れていたことを思い出し、少し緊張し始めた。
本来依頼する時に確認すべきところだったが完全に忘れていたのだ。
「あぁ、確かに料金の話をしていなかったな……オーダーメイド品5つ、投擲ナイフ8本とガントレットはおまけしてやろう……そうだな、ざっと100万って所だ。」
「100万……了解だ。」
「払えるのか!?一括じゃなくても良いぞ?」
「これでも凄く報酬の高い依頼の最中だから問題なく払えるわよ、まだ強盗の報酬は残ってる、ナム?」
「あぁ……ちょうど100万ちょいだ、後で引き下ろそうぜ。」
ナムがダガンに近付いて懐から料金を取り出すと、ダガンへと差し出す。
それを驚いた表情で受け取ったダガンは、まじまじとそれを見つめた。
「この金額を一括で払われたの初めてだ、流石に怖気付くな。」
「ねーねーウチにも見せてよ触らせてよ頂戴よ!」
「何さり気なく頂戴しようとしてんだネネ!?」
大金を前に取り合いを始めるネネとダガンの親子2人。
どっちが取っても結局は家族の金なのだが、その事にすら気付かない程2人は錯乱しているようだった。
「アレが普通の人間の反応だよね。」
「俺様達の報酬がどれだけ法外なのかよく分かるな、この光景を見ると。」
ナム達はそんな2人をとりあえず放っておくことに決め、店から出ようと移動を始めた。
「お!話が終わったか、なら今度は自分の要件をだな。」
「次はどうするの?まだこの町に残るか、次の町に行くか。」
「この町は広いし人も多い、もう少しだけ聞き込みをするぜ。」
「わたくしもまだこの町を回りたいです!」
楽しげなリィヤを微笑ましそうに見つめながら、ナム達は店から出ると辺りを見回した。
「ねぇ皆、わざと無視してるの?それとも本気で気付いてないの?」
「どうしたタイフ?」
「あ、後者なんだね。」
タイフは呆れたように指を後方に向ける。
それに釣られてナム達が目を向けると、視線の先に1人の男が見えた。
泣きそうな顔で手を伸ばしてるトラルヨーク軍副司令官、ケンジの姿だった。
「あ?お前店にいたのか!?」
「ナムさんが装備を受け取った辺りで店内に入ったんですけど、誰も気付いてくれなくて……じゃなくてちょっと話を聞いてください!!」
泣きそうな顔から一気に慌てた顔に変わったケンジを見たナム達は、ただ事ではない事を察する。
マッド・ウルフの時より切迫している空気を感じたのだ。
「何があったんだい?」
トウヤに疑問を投げかけられ、ケンジは少し躊躇った後静かに語り始めた。
「トラルヨークの北東に存在するマセヌの町が、恐らく……滅んだ。」
「なんですって!?」
ケンジの言葉に驚愕の表情に変わるナム達、そして驚きを隠しきれずに声を上げたミナに反応するようにケンジは再び声を上げる。
「自分達が観測した感じでは、炎を操る魔物……だと予測されている、最低でもビースト……下手するとヒューマンだ、ソイツが今トラルヨークの方向へ侵攻している、君達には申し訳ないがもう一度手を貸してほしい、頼む!」
ケンジの言葉を聞いたナム達は、真剣な顔で躊躇なく頷いた。
「万が一ヒューマンだとすると……人間に化けられるアイツらが真正面から馬鹿正直に侵攻して来てる時点で、自分の強さにかなり自信がある可能性があるぜ。」
「それってつまり、あのベルア並の強さがある可能性があるってことかな?」
「否定は出来ないわ、今回は本気でやらないと危なそうね。」
「魔物……まだ怖いですけど、力になります!」
「今度は僕もちゃんと参加するよ、前は大怪我して動けなかったからね。」
ケンジは彼等の言葉に頷き、基地の方向へ指をさして移動を促した。
「自分達の目測ではこの町に到着までに2日の猶予がある筈だ、作戦を立てよう。」
ケンジに連れられ、ナム達は再びトラルヨーク軍基地へと舞い戻ることとなった。
彼等はまだ正体を知らないが、この町へ侵攻するベルア四天王の1人、アグニスとの戦いの為に。
「見えてきたぜぇ!」
マセヌの町からしばらくのんびりと歩いていたアグニスの視界にうっすらと映る巨大な都市、トラルヨーク。
「トラルヨークを燃やし尽くしたら次は近くのサール、そしてそのままベルア様が失敗したドルブもついでに燃やすとしよう……ハッハッハっ!!」
自分の強さに絶対の自信を持つアグニス。
人間に化けることも出来るが、ナムの予測通り彼は本来の姿のまま侵攻を続ける。
「人間が燃える姿はとても素晴らしいものだぜ、矮小な生き物共が唯一このアグニス様を楽しませる……ロウソクみてぇなものだな?」
マセヌで相当な数の攻撃を受けたにも関わらず、着込んだプレートアーマーにすら一切の傷が残っていない彼は、実に楽しそうに炎を操って遊び始める。
「世界で最大の人間の町、燃えたらどんな光景を見せてくれるか楽しみだぜ!!」
これから綺麗な飾りを見るかのようなテンションで歩き続けるアグニス。
トラルヨークの危機は、ゆっくりだが確実に近付いてくる。
町と町人達の命運はナム達に手に委ねられたのだった。
まだトラルヨーク編は続きます。
次から次へとこんなに脅威が襲ってくる主人公たちの、運命はいかに。