2章:家族会議
トラルヨークのメイン通りにある5階建ての豪華な建物であり、この町の中でも最上級に位置する宿屋。
<神のゆりかご>という宿屋の1階のロビーに設置されたテーブルの周りにナム達と当主達は集まっていた。
「なぁるほどなぁ!それでてめぇらが旅してたのか!」
三武家の子供達の実力テスト、そしてついでにタイフの地獄のような訓練を取り敢えず終えた夕方、ナム達から旅に出るきっかけとなった依頼と、今までの旅路の話を聞いたガイムは、納得した事を大袈裟に両手を打って表現する。
「確かに、ココ最近の魔物の強さは異常だ。」
「……うむ。」
その横で静かに聞いていたドウハとザベルは、静かにそう呟く。
ナム達も当主達と向かい合うように座っている。
若干1名生気無くテーブルに突っ伏しているが。
「そんで、ドルブの町で偶然ヒューマンと遭遇してボロボロにされた挙句にこの町に来たってことかい。」
「なんか言い方が腹立つが、まぁそういうことだ。」
ガイムのニヤニヤした顔を見たナムは、彼がワザとそういう言い方をしてることに気付いて額に青筋を浮かべる。
「個人的にはその……リィヤを危険に晒したベルアとかいう憎いヒューマンが気になる……話を聞く限り間違いなくメタモラーだろうが、体の1部だけを元に戻す意味が分からない」
「やっぱ父上もそう思うか、ナムも同じ事を言ってたよ。」
リィヤの屋敷で、腕だけを黒い毛皮で爪の生えたモノへと変えたベルアの事を聞いたドウハは顎に手を当てて考え始める。
ベルアの特異性は三武家当主である彼にも違和感を覚えさせるのに十分だったようだ。
「流石の俺もそんなヒューマン聞いたことねぇな、よっぽど特殊個体なんだろうぜ。」
ガイムの言葉に、ザベルは腕を組んだ姿勢のまま静かに顔を上げる。
「……ヒューマンでは無い可能性は。」
「ザベル……それはねぇよ、人間の姿をしてる時点で間違いなくヒューマンだろうよ。」
「……ふむ。」
ガイムのその言葉にひとまず納得したザベルは、再び顔を少し下げて黙ってしまう。
ザベルはさっきから殆どこの姿勢のまま動きがない。
「でもよ親父、俺ですらちょっと違和感あるぜ?」
「かっ!てめぇの魔物知識程度で何言ってやがる!」
「……あっ!?」
「やるかぁ?また遊んでやるぜ。」
「ぬぐぐ……!!」
不愉快そうな顔をするナムだが、目の前のその不愉快の原因相手には全く歯が立たないので、ただ天敵を前にした獣のように唸るしか出来ない。
「はー、親子揃って似たもの同士ねぇ。」
「最近アイツ怒ってばかりだな。」
「何かストレスでもお溜めになってるのですかね?」
「むしろココ最近ストレスしか溜めてないと僕は思うけどね。」
好き勝手に思い思い話す仲間達の方をジロリとナムは睨みつけるが、仲間達はニヤニヤと笑っていた。
「まぁまぁ……折角の家族の再会じゃないか、ガイムもそこまでにしとけよ。」
「ガッハッハッ!なぁに……ただのおちょくりだよ。」
「……相変わらずだな。」
ドウハの言葉を最後に、ナム達と当主達はベルアの話も混じえながらも他愛のない話を始めた。
タイフを救うための作戦がミナのせいで失敗した事を話した時にはザベルが表情は変えなかったものの肩が少し動いて微妙に震えだし、それを見たミナが怒ったり。
サジス博士によって片腕をなくしたアンナの話を聞いたドウハが席を立って援助しに行きそうになるのをガイム達が慌てて止めたり。
そんな事を色々話していた時、ザベルが静かに語り出した。
「……そういえば君の家族は3人かな?」
ザベルの言葉が誰に向かっての言葉かわからず、ナム達は目を合わせる。
「がっはっはっ!ザベルおめぇは言葉が足りなすぎんだよ、タイフとか言ったか……おめぇの事だ。」
「え、いや父親と母親、そして妹のマイカが。」
それを聞いたザベルは表情は変えなかったものの、大きくため息を吐く。
「……そうか。」
ザベルはそれだけ言うとまた押し黙ってしまった。
「おいおい、そこは話してやれよ……私もザベルからの又聞きなのだが、彼いわく2ヶ月程前、町中を歩いていた時に偶然警察がゼンツ村の事を2人で会話してるのを確認したらしいんだ。」
ドウハからその村の名前を聞いて、タイフの表情が固くなる。
ビースト、シドモークに操られていたとはいえ、自分の体を使われての凶行が行われた彼の出身の村なのだ。
「嫌な記憶を思い出させてすまない、しかしこれは話しておきたかった……世間話をしていた警察の話だと、タイフ君……君の家からは2人の遺体しか見つからなかったらしい。」
「……え。」
タイフは思わず言葉を漏らし、そしてテーブルから立ち上がる。
「そんなはずはない!僕は両親の無惨な姿と、妹が血濡れで倒れた姿を……!」
「遺体はしっかり確認したのかぁ?」
「……!?」
タイフは震えながら記憶を辿る……確かに自分はマイカの血濡れ姿を見たが死までは混乱して確認していなかった。
むしろ狂ったように村から即出て逃げ出してしまったのだ。
それを思い出し、タイフは震える声で辛うじて声を発する。
「遺体は……誰のが?」
「中年の男女とだけ聞いたらしい、そうだなザベル。」
「……若い女性の話は一切無かった。」
会話の異常性に気付いたナム達は驚愕の表情に変わる。
「そ、それって……もしかして妹さんは。」
リィヤは思わずそう呟く。
しかし、それには誰も反応せず……いや出来ないまま少しばかり会話が止まる。
タイフはそんな彼等の様子に気付かないまま、過去を思い出していた。
(……シドモークから解放された後に見たあの夢……あれが本当に起きたことなら。)
『許さない。』
『絶対に許さない……!』
『いつか……絶対に殺してやる……!!何があっても!!』
タイフは夢の中で、操られていた自分を前にしてマイカから発せられた言葉を思い出すと、自嘲気味に笑う。
(……まだ生きてると決まったわけじゃない、けど希望はある。)
タイフは顔を上げると当主達へ視線を向けた。
「ありがとうございます、ちょっと希望が持てた。」
「……なら良い。」
ザベルはそれだけ返答し、再び押し黙った。
それを確認したガイムはワザと大きく笑い、他の話題へと変える。
そして彼等の会話は夜遅くなるまで続いたのだった。
どことなく不穏な空気を残しながら。
「あぁ!?サジスが死んだかもしれねぇだとぉ!?」
「確証は無いでござる、しかしここまで連絡が途絶えたとなると可能性は高いでござる。」
青いフルフェイスの軽装鎧を着込んだピードという男は、目の前にいる火炎のような形をした異形の存在の前で片膝をついて平伏している。
その後ろでは同じく赤い軽装鎧で巨漢のワパー、そして黒の重装鎧と大盾を持つドーガも同じように片膝で平伏している。
「たあく!お前達は勧誘すら出来ねぇのかこの役立たず共が!!」
火炎型の頭の先から炎を少しずつ噴射させながら怒るベルア四天王No.3のアグニスを先頭にNo.4のジカル、そしてNo.2のハルコンが立っていた。
「彼の技術はとても貴重なものでした、何故警護して連れてこなかったのです?」
「頭の良さから戦闘力は大したことない可能性もちゃんと掲示したはずだ。」
人間そのままの姿をしたジカルと、4m近い宝石のように煌びやかな人型ゴーレムであるハルコンに詰め寄られ、ピード達3人、通称3馬鹿はたじろぐ。
「何とか言ったらどうなんだおいぃ?」
頭の先から火炎を噴出させ続けながら、平伏しているピードに合わせてしゃがみ、彼の顔に自身の顔を近づけるながら睨みつけるアグニス。
顔を近付けられたことにより熱を顔に感じて汗を流すピード。
「てめぇらそれでもネイキッドかぁ?しかも3人もネイキッドが集まってるくせにその体たらく、こりゃ燃やしちまうのもアリだぜぇ?」
「やめて差しあげなさい、確かにこの3人は馬鹿だが腕は立つ……奴らとの戦いに必須です。」
「なんでNo.4のお前にNo.3のこのアグニス様が命令されなきゃいけねぇんだ?」
怒りに満ちたアグニスの言葉を聞いたジカルは、すぐさま頭を下げる。
「これは申し訳ありません。」
ジカルの謝罪をニヤニヤとした表情で受け取ったアグニスは、ピード達3人へと顔を向ける。
「ならオレから言おう、やめておけアグニス。」
「……ぬ、わぁったよ。」
No.2のハルコンから止められてしまい、自分の言った難癖の手前否定も出来ずに大人しくなるアグニス。
それを見た3馬鹿はほっと息を吐いた。
「仲間割れをしている場合では無いだろう、サジスが倒れたならその相手の対処をしなければ……まぁ大体候補は絞れるがな。」
「例の三武家の跡取り達とその仲間2人でしょうか。」
「間違いない、いや三武家の当主の誰かという線もあるがな。」
煌びやかに光る腕を持ち上げ、指を顎に当てて考え込むハルコン。
人型ゴーレムでありながらその仕草は人間と大差ない。
「まどろっこしいなぁ!さっさとそいつらを殺しちまえば良いだろうが!」
アグニスはイライラした様子で頭から何度も火炎を放出する。
そして部屋の出入口へと移動し始める。
「おい、どこに行く。」
「決まってんだろ!奴らを殺すのさ!」
アグニスのとんでもない言葉を聞いたハルコンとジカルは慌てて近寄る。
「お待ちください、殺そうにも奴らが今どこにいるのか。」
「ドルブの町からは既に居なくなってたとピード達も言ってただろうが。」
2人からの引き止める言葉に、アグニスは不敵に笑う。
「大体わかんだろ、ベルア様と1戦やりあったんだ……それにピードが会ったとかいう5人組……もし奴らがその集団だとすると奴らはサールの町に居たと推測出来るだろぉ?」
「サジスの家で会ったという5人か、確かに1人とんでもない筋力を持った男が居たらしいな。」
「おいおい、それで気付かないとかあの青馬鹿はマヌケかぁ?」
アグニスはやれやれと言ったふうに首を横に振る。
「確定だな……ドルブからサールと移動してるなら、移動してる方角的に奴らがいきそうな場所は1つだ!」
ジカルは部屋に飾られている世界地図へと視線を向けると、指で軌跡をなぞる。
「……トラルヨーク、ですかね。」
「だろうなぁ……ちょうどいいじゃねぇか、ベルア様の目的の為の腕試しにもならぁ。」
アグニスはそれだけ言うと、再び移動を開始する。
慌てた2人が止めようと近付くが、アグニスが自身の周りに炎を展開するとその足を止める。
「このアグニス様の能力的な都合で普段は仕事がなくて暇なんでな、止めるなよ?」
「ベルア様の言いつけを破って単独行動するつもりか!?」
「そこはハルコンとジカルで上手く言っといてくれよ、なぁに……奴らを焼き殺せばお咎めはないだろうぜ。」
アグニスはそれだけ言うと、自身の周りに炎を纏わせ続けながら部屋から出ていってしまう。
ジカルとハルコンはお互いに目を合わせながら、どうするべきか悩んだが、結局放置することに決めたようだ。
「オレ達にはまだ仕事がある、ジカルも魔物の強化の研究があるだろ?」
「はい、ハルコン様はこれから東の森へと向かわれるのでしたよね?」
「もうちょい先だがな、噂によればかなりいい人材がいると聞いている。」
ジカルとハルコンはお互いに頷きあい、その場から移動を開始した。
「ベルア様の目的、<闇の騎士>の殲滅……そして彼等の首領を屠る事。」
「はい、そして世界の掌握……邪魔な人間どもには早々に立ち去ってもらわなければ。」
ヒューマンだけでなく、ビースト達を強化して戦力の底上げを狙い、ついでに防衛力がかなり高いドルブの町を滅亡させる、前者と後者の目的を同時に進めるベルアの計画は、あの5人のせいで潰されてしまった。
「闇の騎士も厄介だが、人間達も侮れんな。」
「ええ、確かに……三武家さえ居なければ後者は楽なんですがね。」
2人はそんな会話をしながら彼等のアジトの中を移動し続ける。
単独行動をしたアグニスのことを多少心配しながら。
「そうだよ、元からこうすりゃ良かったんだぜ。」
洞窟から出たアグニスは方角を確認し、トラルヨークを目指して移動を開始した。
「ベルア様は慎重すぎてダメだぜ、このアグニス様が居りゃあ町の1つや2つ簡単に滅ぼせるってーのに。」
自身の周りを纏わせている炎の量を増やし、まるで火炎の竜巻のようになる。
アグニスの周りにある植物を一瞬で枯らせたり灰にしたりしながら、のんびりと歩き始めると、彼の表情はどんどん笑顔になる。
「三武家……どんだけ強いんだろうなぁ、楽しみだぜ。」
アグニスは鼻歌を歌いながら上機嫌でトラルヨークを目指す。
自身の周りに纏わせる炎は、竜巻から直線の火柱、そしてその次にはまるでダンスを踊るかのように陽気に動き始める。
自由自在に炎を動かすその光景は、もし人間が見ていたら恐怖以外の何物でもないだろう。
強大な敵が動き出し、それは真っ直ぐナム達を狙っている事を、当の本人たちはまだ知らない。
記念すべき50話
正直ここまで続けられるとは思ってませんでした。
ここからベルア達も少しずつ動き出します。