2章:親子対決
マッド・ウルフとの戦いを終えたナム達の元に現れた三武家当主達。
その1人でありナムの実の父親、ガイムは再会の喜びもそこそこに、彼等を引き連れてトラルヨークの町の広場へと移動する。
そして息子であるナムに対して手合わせする事を強制的に提案したのだった。
アーツの当主、ザベルの投げた投擲ナイフが地面へ突き刺さると同時に、ナムは全力でガイムへと突撃した。
高速で突撃してくる実の息子を見ながらも微動だにしないガイムだが、その瞳には一切の油断がない。
「来やがれ、どれだけ成長したか俺に見せろや。」
「ボロ屋しか買えねぇ金だけ持たせて放り出したクソ親父の顔に一撃お見舞いしてやるぜ!!」
「理由があんまりじゃねぇか?」
息子の完全に私怨の籠った発言に、流石のガイムも微妙な表情に変わる。
そしてその隙を突くかのようにナムは渾身の拳を振りかぶる。
腕を後ろに下げずに突き出す、スピードだけを重視した一撃である。
しかし。
「うーん……やっぱり思った通り、だなぁ。」
「あっ?」
ナムのスピード重視の一撃を、ガイムは首だけ動かしてあっさりと避ける。
そしてナムの腕を片手で掴むと、勢いを殺さずに回転させて後ろへ放り投げ、ナムは頭から地面へと激突した。
「遅せぇ。」
「……クソ親父ぃ!?」
ナムは頭を抑えながらも素早く立ち上がり、再びガイムへと近付くと、今度ほ連続の拳を彼へと繰り出す。
「……やっぱりてめぇ。」
ガイムは右手だけでその連続攻撃を全て捌き切ると左手でナムの肩へ左手を置くと、一回転させて地面へと転倒させた。
「うがっ!?」
「てめぇの性格を考えたら、もしかしたらそうかもと思ったが……まさか本当にそうだとはなぁ。」
「なんの話だクソ親父!!」
ナムは倒れた状態のまま足払いを仕掛けるが、ガイムはナムの足を自身の両足で挟み込むように止めると、その場で跳躍して一回転し、空中から地面へと叩きつける。
「何の話だっててめぇ……今のてめぇの状態でわかんねぇか?」
「……むぐっ。」
ナムは起き上がって悔しそうに表情を歪めるが、すぐに真顔に戻して再びガイムへと突撃する。
しかし、やはり数回拳を交えただけでナムは地面へと叩きつけられる。
その様子を見ていたミナ達、特にタイフとリィヤの2人は目を見開きながら観戦していた。
「今までの戦いでほぼ敵無しだったナムが……あんな子供みたいに。」
「あれが、ブロウの現当主さん……なんですね。」
「アレでもかなり手を抜いてるわよ。」
2人の感想を聞いていたミナとトウヤの2人は彼等の会話に口を出す。
「ナム以上の怪力、格闘技術……さらに長年の経験……はっきり言って化け物だよ。」
「私達3人纏めて掛かっても……多分勝てないわ。」
「ガイムさんだけじゃない、ザベルさん……父上相手にだって勝てないだろうね。」
それを聞いた2人は視線を再びナムとガイムの親子対決の場へと向ける。
視線の先では既に息が上がったナムと、至って平静のままのガイムが映った。
ガイムはおもむろにまるで散歩のようにな歩き方で移動を開始し、ナムへと近付く。
「俺は言ったよな、本気で来いって。」
「やってるじゃねぇか!」
「嘘つくんじゃねぇ、じゃなんでブレスレットを全部外さねぇんだ?」
「うっ……それはだな。」
急に狼狽える実の息子を見たガイムは、首を横に振ってため息を吐く。
そしてゆっくりと彼に近付いて頭に手を置く。
「皮膚ならしサボっただろ?」
ガイムの詰め寄りに冷や汗を流しながらナムは視線を横に向ける。
その様子を見て返答はなくとも状況を理解したガイムはナムの頭を鷲づかんで持ち上げる。
「てめぇが真面目に訓練やってりゃもっと強かったはずだ、今はブレスレット2個外しただけで皮膚張ってるだろ?
本来てめぇの年齢ならその現象は3つ全部外した時に起こるモノだ、俺がそうだった。」
ガイムはわざと頭を掴んだまま横に振りナムの体をブラブラさせ始める。
「その傷だらけの体を基地の前で見た時に、ピキーーンと来てな……その傷は明らかに訓練不足によるものだ、てめぇ3つ外すと皮膚が裂けんだろ、違うか?」
「うっ……。」
「言わねぇでも分かるぜ、基地前で疑って……本気で来いって言ったのに2つしか外さねぇ事で確信して、案の定技術の方も荒削り……馬鹿でもわかるぜ。」
ガイムはナムを空中に放り投げ、慌てるナムを見上げながら拳を構える。
「なんで基地前で疑ったか?そりゃ答えは1つだ。」
引き攣った顔をして、辛うじて抵抗しようと体を捻らせながら落下してくるナムのタイミングを測りながらガイムはニヤリと笑う。
「てめぇが今回の基地襲撃程度でボロボロにされた可能性を捨てきれなかったからだよ!!」
ガイムは落下してくるナムのみぞおちに拳を真っ直ぐ叩き込む。
目を大きく見開きながら吹き飛んで英雄の像の根元にぶち当たり、舐めるように地面へと滑り落ちたナムは、痛みで悶絶しながらその場で倒れ伏した。
「そこだけは合格だ、その傷が訓練不足なだけの自滅だと分かったからな……ダメダメの中の唯一の希望だぜ!!」
ガイムは大きな声でそれだけ言い放つと、腕を組みながらナムの元へと近付く。
そして彼の近くに立つと、ナムの頭を掴んで無理矢理立たせた。
「跡継ぎならもっとちゃんとやりやがれ、てめぇがこのままなら特例として<ラハム>に跡継ぎの権限を寄越してもいいんだぜ?」
「……分かったよ……しっかりやるぜ、言われねぇでもここ最近、力不足を感じてたんだ。」
「遅せぇよバカ息子。」
ガイムは頭から手を離してナムを解放すると、距離を取っておもむろに両腕のブレスレットを全て外す。
それと同時にガイムの体が一回り以上肥大化し、タダでさえ貫禄のある見た目に威圧感が現れ始めた。
「おい、何してんだ親父!?」
ガイムはナムの言葉に答えることはせず、その場から姿を消す。
それに驚いたナムが慌てて辺りを見回そうとしたその時。
ナムの顔の目の前、もう少しで接触するであろう場所に、いつの間にか移動していたガイムの拳が迫っていた。
ナムは言葉を発することも出来ずに、眼前の命中していたら確実に命を落としていたであろう拳を、冷や汗を大量に流しながらただ見つめるしかできなかった。
目視することも反応すら出来なかったその拳を。
「てめぇにはこの位の強さになってくれることを俺は期待してるんだぜ……分かったな?」
「お、おう。」
ナムは思わず後ずさりし、それを見たガイムはゆっくりと両腕に合計6個のブレスレットを装着していく。
「だがまぁ、今の攻撃を見て漏らさなくなっただけ昔よりは成長してるな。」
「こんな所でそんなこと言うんじゃねぇ!?」
全てのブレスレットを装着し終えて元の筋力に戻ったガイムはナムの恥ずかしい過去をいきなりばらし始め、慌てたナムは声を荒らげて吠える。
「そこまでで良いだろうガイム、実の息子をあまり厳しくするのも考えものだ。」
「ドウハ、てめぇは甘すぎんだよ!?」
「……それには同意する。」
「だろうザベル、お前からもなんか言ってやれよぉ!」
「……任せた。」
ザベルは短くそれだけ返答すると、2人から離れ始める。
「てめぇはいつもそうやって逃げやがるぅ!?」
「……いつもでは無い。」
「会話が必要な場面でてめぇがビシッと決めたところ全く見たことねぇけどな?」
「む……。」
「それぞれの方針があるで良いだろう?それで終わりだ。」
「ドウハてめぇサラッと終わらせんな!?」
そんな言い合いを始めた当主達。
昔からの長い付き合いである彼らには、軽口を言い合いながらも何処か強固な絆があるように見えた。
「俺様達もああなれたら良いな。」
「そうねぇ。」
散々ボコボコにされたナムが肩を落としながら戻ってくるのを眺めながら、ミナとトウヤはそんなことを呟く。
それからしばらく後、当主達の言い合いが終わると同時に、今度はザベルとドウハがナム達に近付いてくる。
「……ついでだ、見てやる。」
「成長が楽しみだな。」
それを聞いたミナは顔を綻ばせ、トウヤは引き攣らせる。
そして再び当主の力が見れると感じたタイフとリィヤは完全に観客気分で何処か楽しげだった。
「……先にやらせてもらう、時間は掛けん。」
「わかった、トウヤ!後でな!」
先に試験?のようなものを実施すると言ったザベルを置いて、ドウハはその場から離れる。
そしてナム達もミナを置いて距離を取った。
「私はどうするの?」
「……ナイフと双剣で良い。」
「分かった……あ!投擲ナイフ全部無いんだったわ。」
ザベルの指示通りまずは投擲ナイフを取り出そうとしたミナは、リィヤの屋敷で全て喪失していたことを思い出すと苦笑いをする。
それを見たザベルは表情を変えることなく懐から5本の投擲ナイフを同時に投げてミナの足元へと突き刺した。
「……まだ甘いな、それを使え。」
「ありがとう。」
ミナは5本のナイフを拾い上げると、それをいつも通りの姿勢で構え始めた。
「……何時でもいい。」
ミナはザベルの言葉に頷いて、少しの時間の後に全力で5本のナイフを同時に投擲した。
同じ場所ではなく、それぞれが別の場所を的確に狙うよう投擲されたナイフは、一直線にザベルへと襲いかかる。
しかしザベルは腕を組んだままの姿勢から微動だにしない。
「……腕を上げたな。」
自身に襲いかかる5本のナイフを見ながらも、微動だにしないザベルに、タイフとリィヤは不安そうな顔をしていたが、次の瞬間に驚きの顔に変わった。
ザベルは一切動きが無かったにも関わらず、5本のナイフは金属音と共に全て地面へと叩き落とされたのだ。
腕を組んだままの直立姿勢のままである。
「久しぶりにそれを見たわ、どう?」
「……悪くない、精進しろ……次だ。」
ミナはそれを聞いて少しだけ顔を綻ばせたがすぐに戻し、腰元の双剣を抜いて構え、ザベルに向かって突撃した。
一瞬のうちに距離を詰めたミナは、ザベルに向かって剣舞のような動きで次々と攻撃を繰り出し続ける。
しかしそれでも相変わらずザベルは腕を組んだまま動かず、立つ位置すら動かない。
それにも関わらず、ミナの剣は全てザベルには届かず不思議と弾かれ続けるのだった。
そしてミナの本気の攻撃を開始してから数分後、ザベルは口を開いた。
「……更に早くなったな、良いだろう。」
その言葉と同時にミナは攻撃を止め、双剣を鞘に収めた。
そして悔しそうな表情に変わる。
「うぅ……その技使われてるのに当てられないなんて!」
「……この調子ならすぐだ。」
ザベルはそれだけ言うと踵を返してミナから離れる。
それを見たミナもナム達の元へ帰ってくる。
「な、なんだあれは?」
「全く動いてないのに全ての攻撃が防がれてました!?」
タイフとリィヤの質問にミナはきょとんとした表情になり、そして何かに気付いた顔になる。
「見たの初めてだったわね、アレはお父さんの得意技の幻影斬よ。」
「げんえいざん?」
「魔法か何か?見えない壁でも張ってるとか。」
ミナは何処か言いにくそうに顔を顰めると、静かな声で説明し始めた。
「魔法じゃないわ、あれは技よ……剣のね。」
その言葉に2人は驚いた表情に変わる。
「で、でも動いてなかったし剣すら抜いてなかったように見えたけど。」
「わたくしにもそう見えましたが。」
ミナは落ち込んだような表情に変わり、何処か弱々しそうになる。
「簡単よ……腕組みを外す、剣を抜く、斬る、鞘に収める、腕を組む、これを目にも止まらない高速で繰り返してるだけよ。」
ミナから出た予想外の言葉に、2人は唖然とした表情に変わる。
「私が落ち込む理由がわかるでしょ?……はっきり言って無駄な動作ばかりの技なのよ、それ相手に攻撃が届かないんだから……はぁ。」
「な、なんの意味が。」
「タイフさんには見えてなかったでしょ?目の前で全く抜剣してないように見える人間に次々と仲間が斬られたらどう思う?……恐らく混乱すると思うわ、それが狙いよ。」
「そう聞くと大変恐ろしい技です。」
「やってることは遊びに近いんだけどね、昔何となくカッコイイと思って練習したら極めちゃったらしいの、ああ見えてお茶目なんだから。」
真似しようとは思わないけどね、と言葉を締めくくったミナに視線を一瞥したトウヤは、前に歩き出す。
それを見たドウハはザベルに一瞥すると、同じく前に出てきた。
「リィヤも出てきなさい。」
「あ、はい!」
声をかけられ、慌てて歩き出したリィヤはトウヤの横に立つ。
そしてそんな2人の前に立ったドウハは、そんな2人の頭に手を乗せた。
「うーーん、大きくなってる!合格!」
「「えぇ!?」」
「言っただろ、成長が楽しみだって!トウヤは5年!リィヤは1年も会ってなかったんだ!」
「わたくしはそんなに変化してないと思いますが。」
「いいや大きくなってるね!数cm!」
「細すぎます!?ちょっと怖いですよお父様!?」
困惑する2人をドウハは笑いながら頭を撫で続け、そして笑いを止めると言葉を発した。
「冗談はさておき、トウヤ……スティール・ウィングを習得したな?」
「あ、そうだ……リィヤを守ろうとして成功したんだ。」
「ハッハッハ!それでいい、あの魔法はかなり柔軟なイメージが重要になる、もっと訓練して使いこなせ、強いぞ?」
「分かったよ父上。」
「それと……同時集中箇所6箇所、全てに最上位魔法クラスの魔力を集められると、よし……次は8箇所目指せ。」
頷くトウヤを一瞥したドウハは満足そうに頷き返すと、今度はリィヤへ視線を向ける。
「ここまで来れたということは、魔物へのトラウマを少しは克服できたと考えている、よく頑張ったな。」
「は……はい、まだ完璧では無いですけど。」
「ゆっくりでいい、トラウマは完治しないものだ……少しずつ慣らせば良い……あと少しは体力付けた方がいいな。」
「はい……善処します。」
体力の話をすると同時にかなり弱気になったリィヤを見たドウハは笑顔になる。
そして、本当にそれだけを確認したドウハは2人から離れた。
拍子抜けしたような顔のトウヤとリィヤはナム達の元へ戻ってきた。
「おい、アレでいいのかよ?」
「俺様もびっくりだよ。」
コテンパンに叩き直されたナムにとって、トウヤとリィヤの扱いにはかなり不満そうである。
「ドウハさんの強さが見れなかったなぁ。」
完全に観客気分のタイフは少し残念そうにそう呟く。
「ああ見えて魔力集中箇所は20近いんだ、しかも全身どこにでも出来る、流石に全てに最上位は無理みたいだけど、下位から中位、数箇所に上位くらいなら同時に集中させられるらしいね。」
「うわぁ……。」
「そして何より怖いのが、全身に魔力を集中させて全方位に無差別に様々な魔法を放出するという得意技がある、ザベルさんとガイムさんにはよく怒られてたらしいけど、殲滅力は凄まじいものがあるみたいだね。」
そのあまりにもの無差別さを想像するだけで2人の苦労が透けて見えるようである話を、トウヤは苦笑いをしながら思い出していた。
「……はっ!完全に観客気分で楽しんでたよ僕。」
「タイフさんにとっては中々会えない人達と出会ったんだから仕方ないわよ、まぁ今後何度も会えるかもだけど。」
「だといいなぁ。」
タイフはそう言って今後の楽しみが増えたと言わんばかりの明るい表情をしている。
しかしそれはすぐに終わるのであった。
「……圏を使ってるのか。」
「えっ!」
タイフは声のした方角に視線を向けると、そこにはいつの間にか近付いていたザベルが居た。
「……ちょうどいい、訓練してやる」
「え、僕はあくまで普通の人間で三武家の方達みたいな強さは望むべくも。」
「……ミナ達の仲間なら強さを求めろ、来い。」
ザベルに腕を掴まれながら引っ張られていくタイフは、視線をナム達へと向ける。
「良いじゃねぇか、やってもらえ。」
「その武器を更に使いこなせるようになるかもしれないわ。」
「中々無いぞそんな経験!」
「えーと……頑張ってくださいタイフさん!」
仲間達からの無慈悲な言葉を聞いて、タイフは涙目になりながら引っ張られていく。
その日、トラルヨークの広場からは1人の男の悲鳴のような声がしばらく響き渡ったらしい事は言うまでもない。
お休み回のようなものです。
タイフの運命はいかに。