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ブレイカー  作者: フィール
2章
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2章:友の気持ち

トラルヨーク軍司令官ダルゴ。

マッド・ウルフリーダービネフ。


2人は基地内の執務室でお互いの動きを注視するように対峙していた。


10年前に自身の友であったロイスというヒューマンを軍に討伐された事を根に持つビネフの表情は恨みに染まっている。


勿論、ダルゴは司令官に着任してから1年程度の新任である為、その時の事件に関して彼は知らない。


だがダルゴはそんなビネフの恨みを受止める為、彼との一騎打ちを望んだのだった。


そんな2人を遠くから軍の仲間達と共に見守るナム。



(正直……俺が出張ればこんな戦いはすぐ終わる、ビネフを速攻気絶させてそれでお終いだ……だが、そんな方法であのビネフとかいう男を捕まえても遺恨が残って、奴の刑期が終わった後にまた同じ事件が起こるかもしれねぇ……だったら。)



ナムはそこまで考えてこの戦いを傍観することに決めた。

マッド・ウルフの仲間はミナ達によってほぼ捕縛されているだろう今の状況では時既に遅しだが。


それでも、ダルゴが本当に死にかけた場合は手を出そうと考えていた。

勿論、逆も然りである。


2人とも死なせる訳にはいかない。



(あのビネフという男も……恐らく悪人じゃねぇ……奴を詳しくは知らねぇが、さっきの話を聞いた感じと、奴の纏う雰囲気が何となく俺にそう感じさせる。)



ナムがそんな事を考えてる時、彼の目の前で2人が動いた。



(始まったか。)



ナイフを構えて走り出したビネフは高速でダルゴに近付き、全力でナイフを横薙ぎに振るう。



「早いな!」



ダルゴは驚きながらもそれを何とか避け、そして体勢を立て直すとビネフへ正拳を繰り出す。


しかしビネフは姿勢を低くして拳を避けるとダルゴに足払いを仕掛け、それをモロに受けたダルゴは倒れはしなかったものの大きく姿勢が崩れてしまう。



「むっ……!?」


「ナイフだけの男だとでも思ったのカ!」



姿勢を崩したダルゴに、ビネフはナイフで突きを繰り出す。



「ふんっ……!!」



ダルゴは崩れた姿勢をワザと正さずに、更に大きく体を傾けるとビネフのナイフを蹴りあげ、ビネフに向かって拳を振りかぶる。



空中を舞ったナイフを一瞥したビネフは、悔しそうにダルゴの拳を首を動かして避けると、彼から距離を取ってナイフを受け止めた。



「どうした、この儂を殺すのでは無かったのか?」



「黙れェ!大人しく死ネ!!」



ダルゴの挑発に怒りをあらわにしたビネフは、再び距離を詰めると数度ナイフを振るい、ダルゴはそれを自身の腕だけで捌き始めた。



「ロイスの無念はボクが晴らす!!」


「ならば早くやるがよい、言葉だけでは無念を晴らせんぞ!」


「減らず口ヲ!!」



捌ききれずに時々体に切り傷を作りながらも、致命傷だけは避けるように動くダルゴ。


ビネフの動きは軽やかで早く、ダルゴの拳が全く効果を生していない。

そもそも当たらないのだ。



「ロイスの苦しみが貴様に分かるカ、普通に生活していただけで無惨に殺さレ、記録にはただヒューマンを討伐しタ、とだけ残されル!!」



ビネフの振り上げたナイフは、見事にダルゴの腕を深く切りつける。



「本人のことを知ろうともせず二、ヒューマンだからと命を奪われル……こんな不条理があって良いのカ?えェ!?」



ダルゴの蹴りでの反撃を容易く避けたビネフは、ナイフでの激しい攻撃を繰り返す。



「ロイスが何をしタ、ヒューマンは確かに恐ろしい存在ダ……町を滅ぼしたなんて言う話はよく聞くヨ、だがその恐ろしい所行をロイスはやったのカ!?」



ビネフの猛攻にたまらず後ろへ下がったダルゴを確認すると、ナイフを順手に持ち替えて突進した。



「答えてみロ!!トラルヨーク軍司令官!!アイツは何をしタ!?」



ビネフとダルゴの距離が大幅に縮まり、あと少しでナイフが深々とダルゴの腹部を貫こうとした。



「お前達に連行される時ですら全く暴れることの無かったロイスが何をしたぁぁぁ!?」


「……ふっ、良い友を持ったな?」



ダルゴは不敵に笑い、ナイフが刺さる直前でビネフの手を左手で掴んで止めると、もう片方の拳でビネフの顔へと渾身の一撃を見舞う。


ビネフは無意識のうちに滲んだ涙を拭うこともせずに、痛みに耐えながら咄嗟の力でダルゴの左手から逃れる。



「ぐッ……今なんと言っタ?」


「聞こえなかったのか、良い友を持ったなと言ったのだ。」


「それ八……どういう意味ダ!?」


「わからんのか、流石は無法者だな!」



ダルゴの言葉を聞いて怒りを増幅させたビネフは、憎悪を込めた視線をダルゴへ向ける。



「貴様にロイスの何がわかル!?」


「少なとも貴様よりは理解しておるつもりだ、良い友では無いか!」


「ふざけるナ!!」





再び激突したロイスとダルゴを、彼の部下であるケンジはハラハラしながら眺めていた。



「ナムさん!手を貸すべきだ!このままではダルゴ司令官は!」



必死な訴えをしたケンジを一瞥したナムは、返答することも無く視線を元に戻す。



「貴方が何もしないなら、自分が!!」


「手を出したら止める、全力でな。」


「何故だ!?」



ナムは面倒くさそうにため息を吐くと、視線をケンジに向ける。



「ビネフとかいう男の狙いはトラルヨーク軍司令官だ、そこで俺達が手を出してみろ……ビネフは納得しねぇ。」


「そんな事を言ってる場合では無い!ダルゴ司令官を守るのが我らの、そして貴方の役目だ!」


「黙ってろ、お前にはあの2人の信念が分からねぇのか、手を出したいなら先ずは俺を倒しやがれ!!」



ケンジは自身の前に躍り出たナムの表情を確認し、彼が本気だと悟ると息を呑んだ。



「……くっ、貴方を倒すには軍を大勢動員する必要があるな。」


「それでも勝てるかわかんねぇぞ……?しっかりあの2人を見てやがれ!安心しろ、死にかけるようなら助太刀する。」



そう言って無防備にケンジに背を向けたナム。

ケンジはその様子を見て、今なら不意打ちすれば勝てるのではと考える。


自身の武器であるレイピアを握る手を強くするが、彼はすぐに構えを解く。



(……ふっ、無理だな。)



ケンジは首を横に振ってレイピアを腰元の鞘に収めた。

不思議と背中から不意打ちしても勝てる未来が全く見えなかったのだ。



「良い判断だ。」


「お見通しか、攻撃しなくて良かった。」


「されても怪我はさせねぇよ。」



そんな2人のやり取りを心配そうに見守っていたジンは、安堵のため息を吐くとケンジの横に立つ。



「ヒューマンとはなんなのでしょうな。」



そんなジンの言葉に、ケンジはしばらく考える。



「最強の魔物、町に潜伏する厄介な存在、自分はそう考えている……発見次第討伐するべき存在だ。」


「しかしそれを強行した結果……あのような復讐に取り憑かれた人間を生み出してしまった。」


「そうだな……しかし、そうやって情に負けて失う命があってはいけない。」


「難儀ですな。」



ケンジとジンのやり取りを黙って聞いていたナムは、2人の戦闘へ意識を戻す。


視線の先で傷を少しずつ増やすダルゴと、最初の頬への一撃以外目立った外傷のないビネフ。


ケンジが心配するのも良くわかる程の戦況だった。


軍の人間達はハラハラしており、マッド・ウルフの構成員達はリーダーの猛攻にどこか浮ついていた。




そんな彼らの視線に晒されながらも2人の戦闘は続いていた。



「ロイスに会ったこともない貴様二、アイツの何がわかる!!」


「貴様は親友と言いながらそのヒューマンのことを理解しておらんようだな!」



ビネフが突き出したナイフを彼の腕を抑えることで止め、返しでビネフの腹へと拳を叩き込む。



「がッ!?」



ダルゴはそのチャンスを逃すまいと、腕を掴んだまま再度2度3度と拳を叩き込む。



「貴様の無い頭でよく考えろ、何故ロイスが黙って連行されたかを!!」


「……!?」



ビネフは腕を振り払って4発目の拳を避け、ダルゴの肩へとナイフを突き立てる。


しかしその痛みに耐えたダルゴは、肩のビネフの手を再び掴むと、ダルゴは渾身の拳を顔へと叩き込む。



「ヒューマンは強い、黙って連行される意味などない!何故そこをおかしいと思わなかった!」


「ぐッ……黙レ!!」



顔を全力で殴られたビネフは、ナイフを無理矢理引き抜いて飛び退くと、出血している鼻を押さえ、ナイフの刃先を向ける。



「ロイスがもしあの時暴れたとして……貴様はどうしてた?」


「当然、ロイスに加勢しタ!!」


「ロイスは貴様のその性格をわかっていた、連行される時も恐らく……怒る貴様を窘めた、そうじゃないのか?」



ビネフは一瞬何かを考えるように顔を下に向ける。

しかし顔を横に振ると、再びダルゴへ視線を向ける。



「確かにそうだっタ……アイツが止めたからボクは渋々軍と争わなかったんダ……おっト、そうやってボクの戦意を削ごうとしても無駄ダ、貴様は何をしてでも殺ス!」


「ここまで言ってわからんか、そこまで馬鹿者とはな……あそこに立ってる男の方が数倍マシだ。」


「懲りずにまだそんな事ヲ……命が惜しくなったカ?」



そう言ってダルゴを真っ直ぐ見つめたビネフは、姿勢を少しだけ低くすると、ナイフを背後へ移動する。



「そろそろ不毛な戦いは終わりにしよウ、貴様が大人しく死ねば他の人間には手を出さなイ、安心しロ。」


「ふっ、ならば貴様を撃退したあかつきにはマッド・ウルフの構成員達の安全は保証しよう。」


「必要なイ、貴様を殺して無理矢理にでも逃げ仰せてやル!」



姿勢を低くしたまましばらく硬直していたビネフがその言葉を発すると同時にダルゴへと突撃する。


ダルゴはその動きに反応し、ビネフの速度を計算して来るであろう場所へ拳を振るう。

その拳は見事にビネフのタイミングと合っていたが、それを読んでいたかのようにビネフは跳躍してその拳を避ける。



「むっ!」



驚いた表情で自分へ視線を向けるダルゴを見下ろしながら、ビネフは空中でナイフを下に向け、落下と共に振り下ろす。



「取っタ!これでロイスも浮かばれル!!」


「まだそんなことを言っておるのか、この大馬鹿者がぁぁあ!!!」



ダルゴは拳を強く握りこみ、腰を低くし拳を下げ、そして全力で空中へと突き出す。


ビネフのナイフがダルゴの額に刺さる直前、ダルゴの拳は見事にビネフの顎を捉えていた。



「……!?」



驚いた表情をしたビネフを見てニヤリと笑うダルゴ。



「儂の勝ちだ。」



ビネフは顎への強い衝撃に意識が朦朧とし、あと少しで突き刺さっていたであろうナイフを力なく取り落とした。



「ロイ……ス……すまな……い。」



床へと大きな音を立てて仰向けで落下したビネフは、辛うじて気絶することなくそのまま倒れ込んだままとなった。


ダルゴは額の汗を拭うと、ビネフに近付くようにその場でしゃがんだ。



「馬鹿な貴様に分かるように説明してやろう、ロイスは貴様を守ったのだ……親友であった貴様を守るために、貴様が罪を犯さないように!」



ビネフは大きく目を見開く。



「貴様は、そんな親友の気持ちを理解しようとせず、自ら犯罪者へ落ちて奴の気持ちを完全に無駄にした……ビネフ!貴様は大馬鹿者だ!!」



目を見開いたままのビネフの目には僅かながら涙が浮かぶ。



「親友と言うなら、ロイスとやらの気持ちをしっかり考えるべきだったな。」



ダルゴの言葉を聞いたビネフは、腕で目元を抑えながら嗚咽を漏らした。



「ロイ……ス……ロイス……!!すまナ……イ。」



それを見届けたダルゴは背を向けるように立ち上がると、軍の仲間たちの元へと歩き出した。



「ロイスの件は完全に軍の手落ちだ……前任に変わり謝罪する、10年もたってしまったがな。」


「遅すぎるヨ……貴様があの時の司令官であれバ……違ったのかもナ。」


「当然だ、儂なら間違わない。」


「もっと早く就任しとケ。」


「儂の才能を見抜けなかった軍が悪い。」


「違いなイ。」



ダルゴはそう言ってニヤリと笑うと、目線をケンジに向ける。


それを指示の合図だと叩き込まれたケンジは飛ぶようにダルゴへと近付いた。



「マッド・ウルフを捕まえて投獄せよ、罪状はトラルヨーク軍基地への無断の侵入罪だ。」


「はっ?しかし!」


「2度言わせるな!侵入罪だ、酒に酔った勢いで基地に無断で侵入した不届き者だ、なに……1年程度の投獄で許される、何か問題があるか?」



眼光を光らせて睨むダルゴに、ケンジは背筋を反射的に伸ばすと敬礼をした。



「あ、ありません!?」


「なら早く動け!投獄前にしっかり怪我人は治療するように。」


「はっ!……みんな聞いたか、ジン含め手伝ってくれ。」



ケンジの指示で、軍の人間達は音に驚いた小動物のように各々動き回る。

ダルゴの理不尽な指示に慣れた彼らは行動を開始するのがとても早いのだ。



「やるじゃねぇかオヤジ。」


「ふん、もう1人馬鹿者がおったわ……いや、最後まで手を出さなかった事は褒めてやろう。」



腕を組んだまま立ち尽くしていたナムから声をかけられたダルゴは、視線を向けることも無くそう答えた。



ナムの視線の先では、怪我をしたマッド・ウルフの構成員の治療、気絶した彼らの仲間の介抱をしている軍の人間達が忙しそうに働いている。


ビネフもケンジの肩に担がれながら移動していた。


そしてその途中で目線をダルゴに向けた彼は、軽い笑顔で言葉を発する。



「貴様の名ハ?」


「ダルゴだ、そんなことも知らんで命を狙ってたのか?」


「そうダ、ボクは司令官の名さえ知らなかっタ……これから長い間よろしく頼むゾ、ダルゴ。」


「さっさと罪を清算して出ていけ。」


「相変わらず冷たい男ダ。」



ビネフはそう言って笑うと、ケンジに連れられて執務室から出ていった。



「終わったな。」


「一応ご苦労だったと言っておこう。」


「一応お礼を言っといてやるぜ。」



ナムとダルゴのそんなやり取りのしばらく後、執務室に無傷で戻ってきたミナ達も合流した。



こうして、トラルヨーク軍とマッド・ウルフの戦いは幕を下ろした。


投獄される時のビネフの表情はどこかスッキリしたように穏やかだったという。

マッド・ウルフ編完結です。

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