2章:開戦
世界一の防衛力を誇る平和なトラルヨークの町中では、いつもの光景とは違う目の前の光景に町の人々は騒然としていた。
野次馬も含めた彼等の目の前には、人々が普段行き交う大通りを我が物顔で闊歩する赤い衣装で統一された集団がいたのだ。
総勢50人近い集団がそれぞれ武器を持っているのだ、騒然となるのは当然である。
誰しもが危険な集団と判断し、こっそり避難する者や怖いもの見たさで見物する人間、そして家の中で不安そうな顔で見つめる人間達の姿もあった。
「なんだあれは……?」
「最近軍を狙って行動してる集団がいると聞いてたが。」
「俺はこの前見たぞ、赤い衣装を着た連中だった、まさにあれだ!」
町の人々が各々様々な感情で視線を向けてくる中、彼らは気にすることも無くトラルヨーク軍基地の方角へと歩みを進める。
「よぉ、こちら<アルフ>!問題なく基地へ向かってるぜ、南門まであと少し。」
『こちら<ベダ>、同じく東門まで順調。』
『<ガマー>だ、こちらもすぐ北門……問題ない。』
『<デルダ>よ、西側は任せな。』
「よし……ビネフの為にしっかり働こうじゃねぇか!」
アルフという男は、そう言って隣を歩いている仲間の腰の移動式電話に受話器を置く。
マッド・ウルフの中で幹部の立場を任されているアルフは、同じ立場である他の幹部3人に攻撃の進捗連絡を行ったのだ。
彼等はビネフの指示の元、4人の幹部はそれぞれ部下の仲間達を引き連れ、トラルヨーク軍基地へと歩みを進めている。
アルフと呼ばれたマッド・ウルフ幹部の男は後ろを振り返り、自身の武器である巨大な戦鎚を仲間達に見えるように高く掲げる。
「もうすぐ基地だ!ビネフの目的の為に全力で暴れやがれぇ!」
50人居る仲間達はその大声に反応するように一斉に声をあげる。
そのただならぬ雰囲気にトラルヨークの町の人達は不安そうな表情で見つめ続ける。
しかしどれだけ不安に感じようと町人程度では赤い衣装のこの組織を止めることは叶わないであろうことも彼等は分かっている。
町の人間にとっての幸運は、マッド・ウルフが誰彼構わず襲いかかる残酷な殺戮者集団でなかった事だろう。
「報告!赤衣装の集団……おおよそ200人程度の組織が真っ直ぐ基地へと向かっております!」
「来たな不届き者どもめ!よし貴様ら配置につけ!!」
トラルヨーク軍トップのダルゴ司令官は、そう叫びながら自身の背後に視線を向ける。
その先には半分どころか完全に巻き込まれた形となるナム達と、彼の部下であるトラルヨーク軍の人間達がいた。
「さて、一時とはいえ上官の命令だもの、働くわよ。」
「けっ!気に食わねぇ!」
「お前は相変わらずだなぁ。」
軍の仮眠室で朝を迎えた三武家3人は、機嫌の悪い1人を除いて万全の状態であった。
「ひぃぃ!!そんなに居るんですか!?」
「予想以上の数だね、確か2人で軍の人間5人相手に勝つような強さだったよね……僕も流石に心配かなぁ。」
今日になって心配でガタガタ震えてるリィヤと、若干不安そうなタイフもナム達の後ろで2人して話していた。
「三武家のとその仲間の貴様らは昨日決めたそれぞれの出入口で陣取れ!部下達は近接部隊、遠距離部隊、そして魔術師部隊はそれぞれ4つの部隊にバランスよく別れ、奴らを援護せよ!」
突撃と撤退しか言わなそうな雰囲気を持つダルゴは以外にも的確に指示を飛ばす。
流石のナムも唖然とし始めた。
「だが勿論、援護する対象である奴らが役に立たん可能性も考慮し、全力でマッド・ウルフと戦闘を行うこともしっかり……いやほぼ確実と見て作戦を実行せよ!」
「相変わらず一言余計なやつだ!!」
「また貴様か!!ぼさっとしておらんでさっさと動け!」
昨日からもはや何度目かも分からない睨み合いを始めたナムを放置して、ミナとタイフは移動を開始する。
「に、兄様……わたくし1人ではやはりとても不安です。」
「昨日やり方を教えただろ?安心しろよ……今回に関してはリィヤが1番強い!」
「……そう言われても、不安なものは不安です!!。」
兄妹同士じゃれ合うかのようなその光景に、南を任された軍の人間達もかなり不安そうな顔をしている。
当然だ、自分達の護衛対象が明らかに戦闘向きでない年若い少女なのだ。
彼らの中にはハズレを引いたと言わんばかりに露骨にため息を吐く人間も混ざり始めた。
「どうせなら三武家の誰かの護衛が良かったな。」
「しっ、聞こえるぞ!」
彼らがそうやってボソボソ話してる最中の話だった。
自身の上司であるダルゴと、今回何故か入口の防衛には参加しないブロウの跡取りであるナムが、互いに鼻を鳴らし視線を外して睨み合いが終息したのを空気で感じ取った彼等は、ダルゴに見つからないうちに会話を止める。
「貴様らまだ移動しておらんかったのか!さっさとしろ!」
「ひゃい!?」
驚いたリィヤは慌てて自分の担当である南の入口へと向かい、それにつられて南担当の軍の人間達も慌てて走り去る。
その様子を笑いながら見てたトウヤも、ダルゴに睨まれ移動を開始する。
「ちっ、めんどくせぇが依頼されたことはしっかりやらねぇとな……おっと忘れるところだったぜ。」
ナムはそう言うとおもむろに懐を探り始め、あるものを取り出す。
「貴様、なんだそれは。」
「てめぇには関係ねぇだろ……まぁ対人間用の俺の武器だ。」
ナムはそう言って取り出したブレスレットを左腕に装着する。
ナムの右手の3つのブレスレットは装着されているが、更に左腕に1つ増やしたナムの体はみるみる筋肉が衰えていく。
「む?急に頼りなくなったな。」
「うっせぇ、対人間用って言ったろ……4つめのリミッターだよ、鍛えてる一般人位まで筋肉を落とす為の筋力低下のブレスレットだ。」
「訳が分からんな!わざわざ弱くするなど……足を引っ張るなよ!」
「それはこっちのセリフだ、てめぇは大人しくこの部屋でガタガタ震えてやがれ!」
「儂より軟弱になった癖によく言うわ!貴様こそわんわん泣きながら隠れておれ!」
再び争い始めた2人を、遥か後ろから眺める2人の姿があった。
「もう奴ら来てるから争いはそこまでで頼みたいところだな。」
「ケンジ副司令官、そんな小さい声で言ったところで聞こえない。」
「聞こえないように言ってるのだよ、ジン。」
「ドヤ顔で言わんでください。」
執務室に残ったナムとダルゴ、そしてケンジにジンと僅かな部下たちは、とても攻められてるとは思えない空気感を漂わせるのだった。
執務室が微妙な空気感になってから僅か数分後、東の出入り口で敵を待ち構えていたミナの目の前に、血のような赤い衣装を着込んだ人間達が約50人ほど姿を表したのだ。
彼らの先頭にいる顔に刺青を入れた背の高い男の右手には、全長は1m程と長いが刃幅は細く、そして厚みの薄い剣が構えられている。
「オレはベダ……マッド・ウルフの幹部だ、貴様は軍の人間ではないな。」
「あら鋭いわね、傭兵みたいなものよ。」
「女を斬る趣味はない、今去れば怪我せずに済むぞ……オレたちの目的は軍の司令官のみだ。」
それを聞いたミナは驚いたような表情に変わる。
「あら……てっきりバレると思ったけど私の事を知らないみたいね、知ってたらそんなこと言えないはずだもの。」
「……何が言いたい、早く去るが良い。」
ミナは敵を小馬鹿にした表情になり、手をわざと大きく振って拒絶を示した。
「後悔しても知らんぞ、お前達コイツを動けなくしろ!!」
ベダという男の言葉を聞いたマッド・ウルフの仲間達は大きな声と共に武器を掲げ、その中から3人程がミナへと突撃する。
しかしミナは武器を抜く動作すらせずにその様子をただ見つめている。
「思ったより動きが甘いわね、これなら要らないわ。」
その言葉を聞いて、一瞬だがマッド・ウルフのメンバーの1人が言葉の意味を考えるが、それを首を横に振って振り払うと突撃を続行する。
この男が得意とするショートソードを、この謎の女に向かって振り下ろす。
斬ってしまっても致命傷にならずに動きだけを止める体の場所へ狙いをつけて。
「あー……筋はいいけどまだまだね、刃が完璧に立ってないわよ。」
「え……うごっ!?」
男は突然の顎への大きな衝撃に何が起きたかを理解出来ずにいた。
薄れゆく意識の中で彼が見た光景は、謎の女が右手を大きく掲げているものだった。
「安心しなさい、気絶するだけよ。」
それを聞いた男は、自身の顎を彼女の掌の手首近くで真上にうち据えられた事を悟り、何が何だかわからないまま意識を暗闇に落とした。
「さて……特別に武器を使わないであげるからあんた達の得意な武器で本気でかかって来なさい、腕を見てあげるわ。」
「え、あれ?え!?」
「狼狽えるな!相手は1人だ!」
仲間が一撃で気絶させられ混乱する1人を窘めながら、もう1人の男が中サイズの戦闘斧をミナに向かって袈裟斬りで振り下ろす。
「体の重心を考えてないわね、斧は刃が重く作られてるから外した時は隙だらけよ、立て直すためにも重心は大切。」
「な、何を……うぎゃ!?」
ミナは斧の攻撃を少ない動きで避けると、さっきの男と同じように下から顎を掌で打ち据える。
斧を持った男はそのまま後ろに倒れ込んだ。
「な、なんだコイツ!!くそぉ!!」
混乱していた男が咄嗟に自身の武器である槍をミナに突き出す。
「へっぴり腰……それじゃ槍の真価が出ないわ、敵を怖がるあんたには向いてないんじゃない?」
ステップを踏むかのように槍を交わしたミナは男の背後に回ると、首筋に手刀を叩きこんで3人目を気絶させる。
その様子を驚きの表情で眺めていたベダは、頬を思いっきり叩くと彼自身がミナの前に立つ。
「見くびっていた、お前は相当な強さのようだ……マッド・ウルフ幹部としてオレ自身が貴様を倒す!」
「やっぱりリーダー格は貴方ね、1人だけ動きがしっかりしてたからそうじゃないかと思ってたわ。」
ベダは厚みの薄い剣を馴染ませるかのように数度振るい、地面に刃を1度当てた。
彼が当てた地面は見事に切り裂かれ、剣にはダメージが無いように見える。
「オレの得意武器、フェザーソード……岩すらも簡単に切り裂くこの剣の前に、貴様は耐えられるか?」
「……面白いの持ってるじゃない。」
「ふっ、すこし驚かせすぎたか……だがもう遅いぞ!!」
ベダはフェザーソードと言う剣をミナに向かって高速で横なぎに振り抜こうとする。
ベダの頭の中には既に敵の命を危ぶむ思考は消えうせていた。
(何者かは知らんが!取った!!)
ニヤリと微笑んだベダの視界には、流れるようにミナの体に向かっていく自身の自慢の剣の姿が映り。
突然剣先がへし折れて空振りした。
「あー……その剣……確かに切れ味は凄いんだけど……強度がまるで薄いガラスだから注意してね、もう遅いけど。」
「え……あ……!?」
ベダの視線に映ったものは、ミナの右人差し指と中指に白刃取りされて折れた自分の剣の先だった。
「地面を斬る能力あるのは素直に褒めてあげる、普通の人が使ったらさっきので折れてるわ。」
そう言ってミナはベダに近付いて彼の首筋に手刀を落とすと、呆気なく彼は意識を手放した。
「べ……ベダがやられた!?」
「こんな呆気なく……!?」
血のように赤い衣装を着込んだ彼等は、自分達の幹部が呆気なく倒されたことにしり込みをする。
「さて……ほら、さっさと来なさい!武器の腕を見てあげるわ!」
「「「ひいぃぃぃぃい!?」」」
マッド・ウルフの構成員たちは、どうしてこんなことになったのだろうと混乱しながらも死ぬ気でミナに攻撃をし、そして昏倒させられていく。
その様子を見ていたトラルヨーク軍の人間達によると。
その光景は泣きながら教官にしごかれる訓練生のようであったと言われており、ミナにダメ出しされながらも健気に武器を本気で振り下ろす彼等に同情したものまでいたという。
マッド・ウルフは精鋭である。
個人の戦闘能力は軍の人間を超えているのだ。
相手が悪かったのである。
「有り得ない!!このデルダの部隊が!?」
マッド・ウルフの女性幹部であり、魔法に関しては組織内トップであるデルダは、自分担当の西側の入口での光景に混乱している。
彼女の部隊は選りすぐりの魔法部隊である。
全員が魔力集中箇所を最低2箇所……1部は3箇所も持っている。
下位魔法を2箇所、中位魔法も1箇所に集められるデルダは誰にも負けない自信があった。
しかし目の前の男を見た時にその自信は大きく崩れ去った。
「ほらほら、まだ行くよ。」
トウヤと名乗ったその男はデルダが観測する限り、同時に6箇所から魔法を放っており、しかもその使う魔法が更にデルダから自信を喪失させる。
「姐さん、ありゃショットじゃないすか!?」
「ぐっ、わざわざ言うんじゃないよ!!折角違うって思い込もうとしてたのに!」
トウヤと言う男が使っている魔法は恐らくショットという魔法だ。
魔術師が魔力の練習をする際に使う魔法であり、簡単に言えば集めた魔力を変化させずにそのまま放つ、下位とも呼べないお遊びの魔法だ。
木を揺らしたり、敵に当てれば突然衝撃が来て驚く、程度の威力しかない魔法で全く戦闘向きではない。
「おかしいじゃないか!なんでショットで仲間が気絶してるんだい!?」
「マジック・ブラスターでは!?あれならば説明がつきます!」
「馬鹿言うんじゃないよ!!あんな速度で連発出来るマジック・ブラスターがあってたまるかぁ!?」
マジック・ブラスターはショットの上位版だ。
集めた魔力をそのまま放つという特性は変わらないが威力は桁違いであり、こちらなら戦闘にも使用出来るどころか、鉄壁の要塞にすら致命的な損傷を与えられるかなり強力な魔法だ。
問題は1発放つのに最上位クラスの魔力量が必要という事であり、ただの質量攻撃にそこまで使うならば変換して最上位魔法を放った方が無駄がないのだ。
普通の人間ならそもそも撃てない。
トウヤという男の間に壁を挟んで身を隠しながら部下と言い合いをしていたデルダの頭上にショットであろう魔法が通過し、彼女の額に冷や汗が出る。
「おいおい……なんか聞こえたけどこんなんで驚くなよ!俺様の父上のショットは人を殺せちまうんだ、気絶で済む俺様のは優しいだろう?」
とんでもない言葉を聞いたデルダは背筋が凍るような感覚に陥り、震え上がる。
(ショットで人が死ぬ……!?何言ってんだい!そんな奴が本気の魔法使ったら……!?)
そんな異次元の人間程ではないとはいえ、この男もそれに近い存在と知ってしまった彼女は恐怖に支配されるが、それでも負けられないと歯を食いしばる。
「上位魔法を放つよ!1箇所集中なら問題ない、あんたはその隙にアイツを何とかしな!」
「姐さん……分かりました!」
部下の尊敬するような顔を見たデルダは、自身の中で1番魔力を集中させやすい右手に大量の魔力を集中させる。
そしてそれが終わると同時に壁の後ろから体の半身を出し、トウヤという男に向かって右手を突き出した。
「くらいな!!風属性上位魔法!!エアロ・ブラふごぉ!?」
「あ……すまん。」
トウヤが適当にその辺にぶちかましていた当たるはずもない遊びのショットが
偶然にも体を出したデルダの額にモロに直撃して白目を剥きながら後ろに倒れる。
「あ、姐さぁぁぁん!?」
薄れる意識の中、デルダは部下の困惑の混ざった悲痛な声を聞きながら意識を暗闇の中に落とす。
「あー……ちょっとあの女性の魔法見てみたかったな……やらかしたな。」
トウヤは右手で相変わらずショットをあたりかまわず連発しながら左手で頭を搔く。
その時だった。
何か変な気配を察したトウヤが、おなじ過ちをしないようショットの連発を止めて様子を伺おうとした時に、目の前に両手を上げた赤い魔術師の衣装を着た集団が出てくる。
「あれ?どうしたお前達。」
「降参するからもう撃たないでくれ!!」
「えぇ……。」
困惑するトウヤの横を素早くすり抜けた軍の人間たちが、彼等を素早く拘束し始める。
何処かマッド・ウルフの連中の表情が、軍の人間達を救いの存在として見てるように見えた。
そして彼等は一切抵抗する様子を見せないまま、1部はありがとうと連呼しながら軍の基地内部へと連行される様子を、トウヤはただ眺めたのであった。
「5人目……!次は誰だい?」
基地の北の入口を死守しているタイフの足元には、血のように赤い衣装を着込んだ5名の人間が倒れ込んでいる。
「お前……何者だ、かなりの腕前だな。」
タイフの前に立つのはチャクラムをメイン武器とした肌黒い男、ガマーだった。
マッド・ウルフの投擲部隊を指揮する彼は、目の前の女のような見た目をした男に阻まれ、既に部下を5人も気絶させられていることに苛立ちを隠せていないようだ。
(何が起きている、我等の投擲武器をひとつ残らず避けた上に、奴はまるで何が起こるかわかっているかのように仲間たちがやられていく!?)
前でやられているのはガマーの部隊の前衛である。
投擲部隊は近距離を苦手するので、僅かな人数であるが前衛を用意しているのだ。
表情をあまり変えないガマーは、前衛を早々に倒されたことに内心では焦りを覚えながら、ハンドサインを出して仲間達に指示を出すと、後ろから数名の仲間が一斉に武器を投擲する。
チャクラムやブーメラン、そして手斧等は正確にタイフを狙う。
ガマーは仲間とのチームワークを美徳としている。
その為、部下とよく示し合わせて戦闘指示のハンドサインを事細かに決めてからこの戦いに臨んでいるのだ。
しかし、目の前の男は投擲された武器を異常なほど少ない動きで避け、凄い勢いで近付いてくる。
「くっ……!やれ!」
ガマーは自身もチャクラムを構え、右手を前に突き出す。
それに反応して鎖鎌、そして鎖ハンマーを持つ仲間2人がタイフに向かってその武器を投擲すると同時に前に出る。
事前に決めたハンドサインを的確に認識して最速で部下が動いた結果である。
「ミナさんに聞いた通りの見た目だ、ああいう武器もあるんだな。」
独り言を呟くタイフは、自らに襲いかかる鉄球と鎌をその場で跳躍して避ける。
それと同時に2人はそれぞれの武器の鎖を操作して挙動を急激に変えて鉄球と鎌を再びタイフに向ける。
「そう来るのは知ってたよ。」
タイフは空中で自身の武器を2つとも投擲し、体を捻らせて鎌と鉄球を再び避け、その鎖を空中で掴んだ。
「まるでそこに来るのがわかってたような動きだ!そのまま地面に叩きつけろ!」
ガマーはそう指示を出す。
ハンドサインだけでは今の前の部下のように背中を向けている状態では認識できないので、必要な場所では声を出すようにしている。
ガマーはこういう時にも使える合図を考案中である。
しかし前の部下2人は反応しない。
「おい!きいてるのか……な!?」
前の仲間2人はそのまま仰向けに倒れ込む。
その額にはあの男の武器が1つずつ命中していた。
「鎖武器の攻撃を避けながらこんな攻撃を!?」
「こういう武器は初めて使うなぁ。」
ガマーの目の前に降り立ったタイフという男の手には、仲間の1人が持っていた鎖鎌が握られている。
「ミナさんが言ってたよ、鎖だって鉄の塊だってね!」
タイフはそう言うと、鎖鎌の鎌で無い方を回転させながらガマーの方へ振り抜いた。
「馬鹿め、素人の鎖武器等簡単に避けられ……!!」
ガマーは咄嗟に姿勢を低くし、ニヤリと笑う。
「この能力ホントに便利だよ、特に今日は実感する。」
「!?」
姿勢を低くして避けた気でいたガマーの首筋に、クリーンヒットした鎖の衝撃にガマーは驚く。
「な……なんで。」
「最初からそこ狙ったに決まってるじゃん、そうするの知ってたし。」
「訳が……わからな……。」
言葉を全て言う前にガマーは気絶する。
仲間に的確に指示を出してのチームプレイを美徳としていた彼は、それに固執しすぎて自身は何もしないまま終わったのであった。
その様子を見ることも無くタイフは鎖鎌を手放すと、マッド・ウルフの仲間の額の近くに落ちている自分の武器を拾う。
刃の部分にカバーが取り付けられた圏を確認すると、頷いて再びマッド・ウルフ達に向き直る。
「さて、続きと行こうか!」
タイフがそう叫ぶと、マッド・ウルフ達は露骨に動揺し始める。
「だ、誰が指示を!?」
「お前がやれよ!」
「まさかガマーが倒されるなんて!こんなの初めてだ!」
「作戦にこんな展開無かったぞ!?」
ガマーという司令塔を無くした彼等は、まるで行列の途中を乱された蟻のようにあたふたし始める。
「あれ……おーい?」
困惑するタイフの目の前では、混乱するマッド・ウルフのメンバーが誰を指揮担当にするかで悩み始め、その隙に後ろから軍の人間達が出動して彼等を片っ端から捕縛していく。
「……司令塔が有能すぎるのも問題なのかもな。」
タイフはその様子を見ながらそんな事を呟きながら空を見上げたのだった。
「どうなってんだくそぉ!?」
南の入口を任されたマッド・ウルフ幹部、アルフはがむしゃらに武器を振り回している。
その後ろでは息を切らせて座り込む部下達、そしてあまりの疲労で地面に倒れ込む部下達、絶望的な状況に四つん這いで肩を落とす部下達。
かなり混沌とした状況であった。
「お前ら!!諦めんな!!ビネフのためにオレたちは!!」
「でもどうやっても突破出来ないぜアルフ……。」
そうやって弱音を吐く巨漢の男は、地面に置いた巨大な戦鎚を撫でるように俯いている。
完全に自信をなくした男の姿だった。
「あ、あれー?」
その光景を既にそこそこの時間眺めたリィヤは混乱しながらも彼女の能力を発揮し続ける。
そう、入り口全てに蓋をするように展開したバリアを維持し続けるのだった。
「あの大きな男の方のハンマーより、前に受けたナムさんの拳の方が強いって……。」
リィヤが混乱しているのはそこである。
巨漢の男が全力で戦鎚をリィヤのバリアへ命中させた時はかなり身構えたが、かなり拍子抜けだったのだ。
ナム達と初めて出会った時に兄であるトウヤの勧めでナムの拳を受けた時は腕に衝撃が残ったのに、戦鎚の一撃には全く何の被害もなかったのだ。
「……あの方の本気の力をわたくしは耐えられるのでしょうか…恐ろしいです!」
手をバリアに当てながら上の空でそんな事を恐れているリィヤと、バリアの向こうで死にそうな顔で武器を振り回し続けるアルフと名乗った人間。
あまりの温度差に軍の人間たちは呆然としながらも、床に座り込んで談笑をし始めている。
「外れだと思ったらこれだよ……。」
「外れどころか大当たりじゃないか。」
「誰だよあの子を悪く言ったやつ。」
「見た目は強さに関係ないんだなぁ。」
「凄いな、惚れちゃいそうだぜ。」
「お前そういう趣味だったのか?」
リィヤは後ろから聞こえてくる言葉など耳に入らずに、上の空のまま今後の自分の立ち位置を思案し続ける。
勿論、アルフというマッド・ウルフの幹部はまだ泣きそうな顔になりながら段々と弱くなる攻撃を繰り返している。
しかし、リィヤはそんな彼を完全に眼中に入れていない。
既に危険として見ていないのだ。
「ナムさんの本気の拳……受けてみたいような受けたくないような。」
「おい、なんかあの子不穏なこと呟いてるぞ。」
「まさかそんな趣味が!?」
「いやどう見てもあの不思議な力のことだろ?な?」
「動揺してんじゃねぇよ。」
南の入口の戦い……と呼べるか分からないこの状況は、アルフという男が失意のうちにその場で座り込んでブツブツと何かを呟き、リィヤが我に返ってそれに気付くまで続いたのだった。
軍の人間達にあっさりと捕縛された彼等は何処か死人のような顔になってたらしいが、詳細は不明である。
こうして基地の入口の侵攻はかなり呆気なく防がれたのであった。
ギャグ回です。
一応言っときますと、マッド・ウルフはかなり危険な集団です。
チーム内の絆が強く、個人個人が強く、幹部に至ってはかなりの猛者です。
ナム達が来ていなければ軍にもかなりの被害が予想されるレベルの組織なんです!
これが年内最後の更新となります。
それではまた来年!