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ブレイカー  作者: フィール
2章
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2章:ビネフ

世界の中心の大都市、トラルヨーク。


町の人々が行き交うメイン道路から外れたとある裏通りの道中に家主の居ない古ぼけた家があった。


誰も気にもとめないであろうこの建物は最早誰も管理しておらず、中は床から壁、家具までもボロボロになっている。


そしてその家具の中の1つのベッドの下に隠されるように隠し扉が設置されている。


かなりの長さを誇る梯子を降り、そこに繋がる通路を少しだけ進むと今度は壁に偽装された回転扉があり、その先には巨大な空間が存在した。


誰にも発見されていないその地下室内にて、血のような赤い衣装で統一された200人近くの人間達が各々で種類の違う武器を携えながら、巨大な集会所のような場所でひしめき合うように集まっている。


その人間達全員が着ている赤い衣装の背中に、凶暴そうな狼の絵柄が書かれている。


集会所内部は雑談等で騒がしい空気であったが、彼らの目の前に一人の男が現れると誰が言うまでもなく一斉に会話が止まる。




「諸君……とうとう明日が来るヨ、トラルヨーク軍は司令官を引き渡すことをしなかったみたいだネ。」



大勢の目の前に立つのは、彼等と同じく血のように赤い衣装を、彼等とは違い前をはだけさせた状態で着込み、両手にそれぞれサブマシンガンを一丁ずつ構えた男だった。


身長は155cm程で、前から見える体からは肋骨が浮かび上がるほどの細い体型だ。



「ならば予定通りに明日はトラルヨーク軍との戦いになるだろウ。」



赤い衣装を着た人間達は、目の前で演説をする男を真っ直ぐ、力強く見つめる



「我らノ……いや、ボクの為にここまでの人員が集まリ、明日の為の準備を今まで進めてくれたことを感謝するヨ……。」



前の男がそう言うと、赤い衣装の群衆達は大きく雄叫びをあげる。



「トラルヨーク軍との戦いは恐らく厳しいものになるだろウ……しかし、我ら<マッド・ウルフ>が負けることは無イ!」



全員から再び大きな雄叫びと歓声を受けた男は満足そうに笑うと、手を前に出す。



「地下にこもリ、明日の為に長年の準備と厳しい訓練……それを乗り越えたお前達ならば屈強なトラルヨーク軍ですら、まるで簡単な狩りをするかの如く散らせるだろウ。」



群衆それぞれが手に持つ武器を高く揚げ、3度目の大きな雄叫びがあがる。



「ボクの悲願の為……最後に力を貸して欲しい……ボク達は家族ダ、これが終わった後も手厚い報酬と生活を約束しよウ。」


「んなもんは要らねぇ!!」


「そうだぜ<ビネフ>、おれ達はアンタの力になるために集まったんだ!!」


「アンタに受けた恩はそれだけのもんなんだ、全力でオレたちを使え!」



ビネフと呼ばれた男は、マッド・ウルフの構成員達からの言葉を噛み締めるように頷くと、大きく深呼吸をし始めた。



「わかっタ……明日の戦イ……<ロイス>の弔いの為の聖戦!君達の働きに期待すル!獲物を前にした飢えた狼の如く奴らを噛みちぎってやレ!!」



4度目の雄叫びと、ビネフの名を繰り返し呼ぶ歓声は彼が集会所から退出して尚しばらく続く。



「待っていロ……トラルヨーク軍司令官!」



まだ続く仲間たちの雄叫びと繰り返される自身の名を背中に受けながら、ビネフは自身の部屋へと戻るのだった。





「ところで、そのマッド・ウルフって言う犯罪組織は今まで何をしてきたんだ?」



トラルヨーク軍の基地内部の執務室にて、トラルヨーク軍司令官のダルゴ、副司令官のケンジ、そして足をしびれさせていて自己紹介が遅れたジンという年配の軍の男相手に、ナムが質問を投げかけていた。



「それがねぇ。」


「そんなことも知らんでここに来たのか!貴様らにはガッカリだ!!」


「彼らは今までに。」


「この町に来たばかりなんだから知るわけねぇだろ!?」



説明をしようとするケンジの言葉を消し去る勢いでダルゴ司令官とナム再び言い合いを始める。



「あのうるさい2人はほっといて私達に話して。」


「あー……話が進まないしそうするとしよう。」



ナムとダルゴを除いた6人は無言で2人から距離を取って会話を強行し、遠くで2人がまだ言い合いを続けているのを確認するとため息が出た。



「それで、そのマットウルフさんは一体どんな悪いことを?」


「リィヤ……それじゃなんか可愛らしい名前になってるぞ、俺様も聞きたいな。」


「うむ……さっきも言おうとしたのだが、実は彼らが表立ったのは手紙がここに送られた時期からなんだ。」



ミナ達はそれを聞いて驚く。


今までは犯罪行動を行っていないかのような口振りだったからだ。



「それって犯罪組織っていうの?」


「これだけ聞くと確かにそう思うだろうが、手紙が送られてきてからは度々軍の施設や車両が襲われる事件が多発しているのだ。」


「軍……のものだけなのか?」


「そうだ。」



タイフの確認にすかさず返事したケンジの様子から、余程腹に据えかねてるのが伝わってくる。

事実ケンジの表情は強張り、少しばかり苛立っているかのように見えた。



「奴らは狡猾でなぁ、少数ながら個人の能力が高くて、不意をつかれて襲撃されると一般的な軍の人間では太刀打ちが出来ないのだ、既に多数の施設や装備の被害、そして怪我人も出ている。」



ジンと呼ばれた軍の男は一見穏やかだが、やはり怒りを滲ませた声色で語り出す。



「それでも怪我人なのね。」


「そうなんだ、不思議と死者はまだ出ていない……しかし時間の問題だろう、このまま放置するには彼らの戦闘能力含め危険だ。」


「マッド・ウルフの構成員の戦闘能力について実際に相対した軍の人間に聞いたことがあるが相当な手練らしいねぇ、拘束しようと5人がかりで攻撃したけど、たった2人の構成員にやられたと聞いているよ。」



ケンジとジンの発言に考え込むミナ達。



「それは相当な手練ね、まぁ私達程じゃなさそうだけどね。」


「俺様達と比べたらいけないと思うよミナさん。」



ミナとトウヤは遠くで言い合いを続けるもう1人の三武家の仲間に視線を向ける。

不遜な態度で怒鳴りつけるダルゴと、それに青筋を浮かべながら反論するナム。



「アイツもあんなんだけど相当強いわよ。」


「強さには一切疑いはないが……あの様子で果たして力になってくれるのだろうか。」


「問題ないと思うよ、なんだかんだ面倒くさそうにはするけど頼まれたことや、やると決めたことを放棄することは無いよ、僕の時もそうだった。」



タイフの言葉に露骨に安堵するケンジとジン。


自分たちの上官との相性が最悪なことにかなり冷や汗をかいていたのがよく分かる反応だった。



「むしろ心配なのはわたくしなんですか……力になれるでしょうか。」



マッド・ウルフの強さを聞いたリィヤはかなり不安そうである。

そもそも人間との戦いの経験もない彼女にとっては当然の反応であった。



「心配するなリィヤ、この戦いでは下手すると最強なのはお前かもしれないぞ?」


「えっ?」



笑いながらそんなことを言い始めた兄であるトウヤの言葉にリィヤはぽかんとした表情を向ける。



「確かにそうかもね、リィヤちゃんにうってつけの戦いよ。」


「えっ?えぇ!?」


「そういうことか、なるほど……僕にも分かったよ。」


「タイフさんまで!?どういうことですか!?」



混乱するリィヤに、仲間達は笑いながら後で説明すると言って落ち着かせ、今度は作戦について話し始めたのだった。



「マッド・ウルフの目的はトラルヨーク軍の司令官……つまりあそこのダルゴ司令官よね……つまり彼等を私達が食い止めれば勝ち、この認識で合ってる?」


「恐らく間違いないだろう、少数での襲撃ばかりで組織内に何人いるかもわかっていないのが問題なのだが。」



ミナの言葉にケンジは同意すると、頭を抱える。


そこにすかさずジンがミナ達にも見えるように大きな地図を広げる。

それは軍の基地の上面図のようだった。



「この基地の入口は4つ……ここさえ防げれば基地内部にマッド・ウルフの連中が入り込むことは無い、そこで貴方達には危険なことをお願いして申し訳ないが、この入口の何ヶ所かの防衛をして頂きたい。」



ジンの説明を聞きながら、ミナ達は頷きながら上面図を見る。



「1人が1つの入口を死守すれば問題なく全部私達だけでいけるわね。」


「1人1箇所!?いやいや流石にそんな危険な仕事を任せる訳には!!」


「はっはっは!俺様達を見くびってるのか、問題ないぞ。」



ミナの言葉に慌てて大声を出したジンは、トウヤにそう言われて固まってしまった。


ジンとケンジは元々彼等全員に1つ、我儘を言って2つ任せられればと考えていた。


残りの入口は軍の人間を大量に配備することで防ごうとしていたのだ。



「この中だとあまり集団戦に向いてなさそうなのはタイフだけど、行けそうか?」


「問題ないよ、僕の力は忘れてないだろ?」


「そうだったわね、じゃあ任せちゃおうかしら。」



そう言ってミナは上面図の基地の東の入口を指さす。



「ここ私。」


「じゃあ俺様は西。」


「あー……じゃあ僕は北いくよ。」


「え、そんなに簡単に……!?あ、ではわたくしは南でしょうか?」



呆然としていたリィヤを最後に防衛箇所を決めたミナ達。



「南が1番堅牢ね、そこに来たマッド・ウルフに合掌しとこうかしら。」


「はっはっは!間違いない!」


「北側だけ突破されたなんてことがないように気を引き締めようかな。」


「なんで皆さんわたくしの防衛箇所の心配を一切なさらないのでしょうか?」



困惑するリィヤに笑顔を向けるミナ達と、やたら簡単に防衛箇所を決めた彼等に思わず呆然とするケンジとジン。



(この人達ヤバいな。)


(まるで遊びのようだ、あの少女ですら肝が座っているねぇ。)



あまりにも異常な流れに思わずコソコソ話をし始めた2人は、苦笑いをしながら彼らの人外っぷりを再認識した。



「ふん!!今日はこの辺にしておいてやるわ!!さっさと明日の準備をせよ!」


「ほざけ!てめぇの言いなりになんかなるかよ!」



遠くから聞こえた大声に、ミナ達はそういえば彼らを忘れてたと言わんばかりに視線を向ける。


イライラした感じでミナ達に近付いてきたナムは、彼らの中心にある上面図を確認すると、何を話してたかを悟ったようだった。



「すまねぇ……熱くなっちまった、作戦はどうする?」


「アンタはやることないわよ?」


「はっ?」



ナムはミナから投げられた無慈悲な言葉に目を丸くする。



「もう担当の場所決まったから、ナムが守るべき場所無いんだ……すまないな!」


「喧嘩し続けて参加しなかったのが悪い……のかな。」


「わたくしはいつでも変わって頂いても。」


「「「それはダメだ。」」」



リィヤの発言を、すかさず3人がまるで訓練をしたかのように一斉に遮る。


3人の様子にリィヤはわけも分からず更に困惑するのだった。



「そうね、1人だけサボられるのもムカつくし……あ!いい場所あるじゃない!」


「なに、ミナさん本当か?」


「どこだろう。」


「ここよ!」



ミナが笑顔で力強く指さした場所、そこは基地の中心だった。



「おいミナ……そこってまさか。」


「アンタは残りものってことでここの防衛に任命するわ、有難く受けなさい。」



ナムは上面図のその場所とミナの顔へ何度も視線を動かすと、わなわなし始める。



「そこは……ここじゃねぇかぁ!?」



ミナが指さした場所は、今まさにナム達がいる場所。


そう、ダルゴ司令官の執務室だ。



「保険って奴だな、防衛対象を近くで防衛してもらう、良いじゃないかミナさん!」


「僕も賛成。」


「確かに……それならかなり安心です!」


「まてこら!そこって事は……あのオヤジと一緒にいろってかぁ!?」


「そういうことになるわね、頑張るといいわ!」



頭を抱えるナムと、その様子を悪戯心溢れる表情で笑う彼の仲間達の様子を遠くから見ていたケンジとジンは再びコソコソ話を始める。



(これは自分達が見張らなくては。)


(何が起こるかわからないねぇ。)



2人は自ずと担当場所を決めると、2人して力強く頷いたのだった。



「作戦は決まったのか!?ならばとっとと準備に移れ!……ケンジ!ジン!貴様らは何を遊んでおるのだ!部下を呼んで明日の作戦を立てろ!グズグズするな馬鹿者!!」


「「はっ!!」」


「5分だ!さっさと軍の人間全てを集めろ!いつもの場所だ!遅れは許さぬぞ!!」


「「ははぁっ!!今すぐに!」」



ケンジとジンは大慌てで執務室から飛び出す。


その様子を鼻を鳴らして見送ったダルゴ司令官は、ナム達の方向へ視線を向ける。



「軍の人間ではない貴様らでは時間にルーズな可能性がある!今日は軍の仮眠室に泊まれ、良いな!?」


「またてめぇは勝手に……!!」


「はいはいわかったわ、仮眠室貸してくれるのね助かるわ!」


「宿代が浮くな!」



また喧嘩を始めそうになったナムを遮るようにミナとトウヤはそう答えると、無理矢理ナムを執務室から出そうとする。



「覚えてやがれ!!」


「ふん、貴様の顔など覚える義理等ないわ!!」



窓の方向へ体を向けて最早会話は終わりと言わんばかりの態度をとるダルゴ司令官にナムはイラつきながらも、仲間たちに連れられて執務室から出る。



「凄く仲が悪いですね。」


「わからないよ、案外相性良いんじゃないかなあの2人。」


「わたくしにはとてもそうとは思えないのですが。」



イライラしながら前を歩くナムを眺めるリィヤとタイフはそんな雑談をナムに聞かれないように小声で話している。


明日、マッド・ウルフが攻めてくるという時でもナム達は平常運転なのであった。

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