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ブレイカー  作者: フィール
2章
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2章:マッド・ウルフ

世界の中心に存在する大都市、トラルヨークに存在するダガンの武具屋に辿り着いたナム達は、そこの店主である<ダガン>と娘である<ネネ>と出会った。


その2人にベルアとの戦いでボロボロになった装備を新調してもらう話をつけたナム達。


それと同時に、町に入る時に門番をしていた軍の人間からトラルヨーク軍の基地へと来るよう言われていたのを思い出し、移動しようとした時にタイミング悪く現れた人間がいた。


ナム達を呼び出した張本人。


トラルヨーク軍副司令である<ケンジ>だった。




「んで……なんだ用ってのは、歩きながら話すって言ってたが。」



ケンジに連れられ、トラルヨークの町中を歩き続けるナム達。

そこそこ移動したのにも関わらず、中々用事を話そうとしないケンジに苛立ったナムが代表してケンジに話しかける。



「あ、あぁ……どうやって説明しようか決断出来なくてね。」


「嘘でしょ?そんな悩むもの?」



今だに悩み続けるケンジを困惑の表情で見つめるミナ。

特に悩む必要のない話題なので余計にミナは困惑しているようで、普段あまり見せない程表情が崩れていた。



「取り敢えず起きたことを話せば良いと俺様は思うんだが。」


「う、うーむ果たしてそれだけで良いのだろうか……軍の歴史から話すべきでは、いや……それより。」


「この方、歴史から話そうとしてますよ兄様!?」


「どんな事件が起きたらそうなるんだ!?」



トウヤの驚きの言葉に反応せずに、ケンジは再び悩み始める。

ナム達は話をされる前に軍の基地に着いてしまうのでは、と思い始めた頃だった。


悩むケンジとそれに困惑中のナム達の視線に、大きな人間の像が写った。


その像を中心に子供向けの遊具やベンチなどが設置されており、像の足元には巨大な噴水と呼ばれるオブジェクトが存在する。



「こんな場所もあるんだね。」


「不思議と落ち着く雰囲気の広場ですね。」



広場を見渡したタイフの独り言にリィヤが反応する。

トウヤとミナもその広場を見回し始め、感心したかのように声を出した。


そんな中風景には興味がなさそうなナムは、真っ直ぐ視線を人間の像に向けていた。



「ありゃ誰だ?」


「ん……彼を知らない?」


「知らねぇな、そもそも俺達はここに来たばかりだ。」



ナムの言葉に反応したケンジは手を打って納得したかのように頷いた。



「それではお話しよう、あれはだな。」


「いや待て……それは即効話すんだなおぃ、聞いた俺も悪ぃが先に用事をだな。」


「彼はこの町の英雄なんだよ。」



ナムの抗議に全く反応すらせずに話を続けるケンジに、ナムは諦めたかのように肩を落とすと静かに話を聞き始めた。



「このトラルヨークを長年に渡って魔物の脅威から退けてきた守護神……ランド・ガーディアンと呼ばれた男の像さ。」


「その名前はうっすらと聞いたことあるな……呼ばれた、てことはもう居ないのか?」


「あぁ、確か……15年前だったか20年前だったかに病死してしまったのだ、英雄も病には勝てなかったということだね……残念だよ。」



ケンジはその像へ敬礼をし始める。



「ケンジさん、それは1人で守ってたってことかしら?」


「あぁ、詳細は何故か伝わってないのだが、国をその巨大な魔法で守っただの、巨大な障壁で町を守っただの、1人で数百の魔物を1人で殲滅しただの……そこまで昔の話でもないのに何故かハッキリしていないんだ。」


「変な話だね、風化するような年月じゃない。」



タイフの言葉にケンジはゆっくりと頷き、像への敬礼を解く。


そしてそのまま肩を落としたケンジは独り言を呟き始めた。



「はぁぁー……彼が生きていれば軍に突然犯行声明を出してきた、マッド・ウルフ討伐の力になっただろうにな。」



ナム達は視線を一斉にケンジへと向ける。



「なんだって?」


「いや、だから数日前に軍の基地に謎の手紙が送られたんだよ、中身には司令官の命を頂戴する旨が書かれててね、いやいや本当に困った連中だよ。」



ケンジの言葉に固まるナム達。


最早呆れを通り越したであろうミナが手を震わせながら言葉を発する。



「え、えーと……もしかして……もしかしてだけど、それが用事かしら?」


「ん、いやそれは今どうやって説明しようかと悩んでて……あれ?」



ケンジは空を見つめながら、自分の言った言葉を反芻するかのように口を動かし、しばらくしてからナム達に向き直った。



「それが用事だ。」


「散々悩んでた話題をそんな口を滑らせるように……!?」


「いや!失敗したな。」


「最初からその位の簡潔さで話をしやがれ!?」



頭に片手を置いてしまったと言わんばかりに笑うケンジは、ナムの怒りの声にも臆することなく話を続けた。



「とまぁ、話してしまったからには普通に話そう……さっきも言った通りだよ、数日前にマッド・ウルフという恐らく犯罪組織から手紙が来たのだ。」


「本当にさっきと同じ内容だね。」


「確認だ、口を滑らせたような話し方になってしまったからな。」



ケンジの言葉を聞いたトウヤは納得したように頷く。


その様子を確認したケンジは基地のある方向へ1度指を指して移動を促しながら、再び静かに語りだした。



「その手紙の内容は、指定した日時に仲間を伴って基地へ襲撃をする、それが嫌だったら期日までに司令官を引き渡せ、という内容だった。」


「司令官ってぇのは軍のどんな立場なんだ?」


「嘘でしょ?その位は知っときなさいよナム……?」


「うっせぇ!」



ミナとナムのいつものやり取りに仲間達はまた始まったか、と言うように苦笑いをし始めた、



「司令官っていうのは軍のトップだよ、前任が最近引退してね、1年前くらいに就任した新たな司令官が今の<ダルゴ>司令官と言う人物だ。」


「そんな方が何故命を狙われているのですか?」



リィヤの疑問に、ケンジは顔を曇らせる。



「実は……ダルゴ司令官は、軍内では理不尽のダルゴと呼ばれていてな……言う事がかなり無茶振りばかりでかなり敵を作りやすい人なんだ……だから、その……どこかで恨み買ってても全く不思議じゃなくてね。」


「渾名で性格が見えてくるようだ。」



トウヤの言葉にケンジは慌てて手を横に振る。



「いやいや理不尽だが決して悪い人ではないのだ、理不尽だけど言ってることは間違ってない、理不尽だけど軍の指揮は間違わないし的確だ、それに意外と部下から慕われてるんだよ……理不尽だけど。」


「こいつ今何回理不尽って言った?」


「そんなこんなでマッド・ウルフへの対策を考えていたところに君達が来たという事だ……率直に聞くけど、受けてくれるかな?」



ケンジの言葉にナム達は微妙な顔になる。



「マッド・ウルフっていうのは人間の組織なのよね?」


「あぁ、そうだ。」


「はっきり言うと俺様達は人間相手に力を振るうことは基本的にしないぞ。」



それを聞いたケンジは肩を落として落胆する。


ナム達は人間としては破格の身体能力を持つ、それ故に人間相手との戦闘で力を振るうことに対しては三武家の中で暗黙に忌避されているのだ。


勿論例外はある、タイフの時のように魔物に操られている場合やヒューマンの可能性がある場合、そしてその人間の所業で大きな被害が予想される場合だ。


ナムが自身の町であるビギンで解決した武装強盗捕縛が良い例である。



「良いじゃねぇか2人とも。」



ナムの言葉にトウヤとミナは驚く。



「トラルヨークの軍の基地に喧嘩しかけるような組織だぜ、下手すると相当な装備や人数を整えてる可能性がある、それなら俺達の出番でもおかしくはねぇ。」


「なるほど……確かにそうね。」



トウヤも無言で頷いてナムの発言に同意を示し、タイフとリィヤの方向へ向く。



「2人はどうする、人間との戦闘になるが。」


「僕はゼンツ村の時の警備隊の模擬戦で慣れてるけど、リィヤは?」


「少し不安です……。」



警備隊として訓練をしていたタイフと違い、ベルアの事件が起こるまで戦いとは無縁の生活をしていたリィヤは不安そうな表情になる。



「安心してくれ、マッド・ウルフの構成員を殺すつもりは無い……とか言うと普通の人間には怒られるのだが、君達には逆にその方が助かるのだろう?」


「違ぇねぇ、人殺しは基本したくねぇからな」



殺さずに捕縛しろなど、普通に考えたらとても難易度の高い要求である。

普通の人間にそんな事を言えば怒って帰る話だ。



「そ、それなら……わたくしでもなんとかなるかもしれません。」


「今更だけど君も戦闘が出来るのだな、意外だよ。」



足先しか出ないほどの長く綺麗なワンピースを着こなす、見るからに戦闘等出来そうもない少女を見たケンジは驚きの表情になる。


しかし、ナム達三武家について来ている人間だと言うことを思い出したケンジは内心納得したのだった。



「特殊な武器を使う君も相当な手練なんだろうね……いやいや、自分も腕には自信のある方だったのだが、世界は広い。」



タイフを見てそんな事を言ったケンジの懐には、1m程の長さを持つ細く鋭い剣先を持つレイピアと呼ばれる武器が提げられていた。


斬撃もできるが、それよりも鎧の隙間を狙う事を目的とした、刺突専門の武器だ。



「僕の村では使用者が居なかった武器だね。」


「軍の中で使ってるのは自分くらいのものだ、他の皆は普通に剣や魔法、銃を使うんだ。」


「装備の統一はしてないのね。」


「それになんの意味がある?個人が1番使いやすい武器を使うべきだろ。

前の司令官は武器すら統一していたが、ダルゴ司令官が取り止めたのだ……味方識別の為に制服は別だが。

それでも部下の中には制服の下に鎖帷子や軽めのアーマーを着込んでいる者もいる。」



ミナはトラルヨーク軍の規則に感心したように頷いた。



「そのダルゴ司令官という人は確かに有能らしいな。」


「理不尽だがな。」



すかさずそう返したケンジに、トウヤは苦笑いをする。



そんな事を言いながら移動していた彼らの視界に巨大な建造物が移る。



「アレがトラルヨーク軍の基地だ。」



石を基調とした飾り気のない無骨なデザインの巨大な建物に、軍を象徴するドラゴン柄の旗が所々に掲げられている。



「ドルブの町の基地と比べ物にならないくらい大きいじゃねぇか。」



ベルアとの戦闘後に入院していた彼らが退院すると同時に、何度か軍の基地へ連れられたナム達はドルブの町の基地を鮮明に記憶に残していた。

そこもかなりの大きさだったが、その基地と比べても数倍巨大な基地なのだ。



「入口は4つ、内部はわざと迷路のような作りになっていて、侵入者が来ても重要な施設にたどり着くまでの時間稼ぎが出来るように設計されている。」


「堅牢だな、流石はトラルヨーク軍の基地だ。」



トウヤの感心したような発言にケンジは笑顔になり、そのまま腕に着いた小型の時計を確認すると、急に表情を曇らせる。



「しまった……<ジン>から5分で連れてこいと連絡があったのに、もう1時間近く経っている。」


「え……あの店からここまでで普通に歩いても30分は掛かるわよ……!?」


「言っただろう?理不尽のダルゴ司令官だと。」



青い顔になったケンジは震えながらもナム達を基地へと促し、ナム達はそんな彼を同情の表情で見つめながら大人しく移動を再開する。


その後、ケンジの顔は基地の内部を進むに比例してどんどん青くなっていったらしいと言う話はナム達と、すれ違った彼の部下のみぞ知る話として静かに語り継がれた。





ケンジに連れられたナム達は、トラルヨーク軍司令官の執務室の扉の前で待機していた。



「ダルゴ司令官、三武家の方達を連れてまいりました。」


「声が震えてるわ。」


「顔もさらに青くなってるしな。」


「余程怖いらしいぜ。」


「どんな人なんだろうね。」


「わたくしも怖くなってきました。」



後ろから聞こえてくるこそこそ話を聞かない振りしているのか聞く余裕が無いのかは分からないが、無視して扉を開けたケンジ。



「ケンジぃ!!貴様ぁ!!」


「んひぃ!?」



ケンジと同時に肩を跳ね上げさせたリィヤと、驚いて視線を扉の中へ向けたナム達。


その部屋の内部では、歳を重ねたベテラン風の容姿の軍の男が床に正座させられおり、その向こうの机の前に腕を組んで怒りの表情をしたガタイの良い男が座っていた。



「5分と言ったな。」


「あ……その。」


「言ったな。」


「はい。」



ダルゴ司令官であろう男は目線を部屋のとある部分へ向ける。


ケンジもそれに釣られて目線を向けると、そこには壁掛け時計が存在した。



「貴様の1分は720秒らしいな?」


「あ、いえ、そんなことは。」


「ほう……?では何故1時間以上も掛けた?」


「店にたどり着いた時には既に20分ほど経っておりましてその。」


「ならば1分で着けるようにするのが基本であろう?」


「は、はぁ力及ばず……。」



ナム達は目の前の光景に唖然としたまま固まっている。



「全く……ケンジよ、貴様は儂が副司令官に任命したのだぞ、副司令というのは儂を待たせるのが仕事なのか?」



(予想以上のやべぇ奴じゃねぇか。)



ナムは目の前であんまりな尋問をする男に言葉を失っていた。



(本当に慕われてんのか……?ケンジのやつ……もう心がやばいのかもな。)



そんな失礼なことを内心で思いながら、ナムは持ち前の強引さで部屋に侵入し、仲間たちもそれに釣られて入る。



「よぉ、おめぇがダルゴか?」


「む……貴様は……中々良い鍛え方をしているな、ブロウの人間か?」



その位の判断能力はあるのだと、ナムは安心する。

彼の中では既にダルゴの能力が高いというケンジの話は半分以上嘘だと判断していたのだ。



「話は聞いた、俺達に説明もしながら移動したんだ、時間かかっても仕方ねぇだろ。」


「ふん、軍内部の問題に貴様は関係ない。」



ナムは額に青筋を浮かべるが、辛うじて理性で抑える。



「まぁ良い……これ以上言っても仕方あるまい、マッド・ウルフ捕縛に貴様らは役に立つ自信があるのだな?」


「問題ないと思うわ、私達に勝てる人間なんてほぼいない筈よ。」


「大きく出おったな、ならば貴様らを頼るとしよう。」



ダルゴ司令官は椅子から立ち上がり、ナム達の元へと近寄る。



「トラルヨーク軍司令官……ダルゴだ、短い間だが貴様等の上官として扱うように、良いな!」


「うわぁ……。」



あまりの不遜な態度に、トウヤは思わず声が出てしまった。



「んで、そのマッドなんたらはいつ頃攻めてくるんだ?」


「そんなことも知らんのか!明日だ!」


「えっ!?」



驚愕の事実にトウヤと同じく声を出したタイフ。


ナム達も全員目を見開いていた。



「ケンジのやつの仕事が遅いのと貴様らがさっさと来ないからこんなことになったのだ!早く明日の準備を開始せよ!」


「おいてめぇ……それが人に物頼む態度か?」


「貴様こそ上官に対する態度とは思えんな!」



ナムとダルゴはお互いに睨みつけ合う。


まるで視線の間に火花でも発生してると勘違いするほどの迫力だった。



その様子に慌てたケンジと、足をしびれさせて動けないでいる年配の軍の人間はお互いに顔を見合わせている。



「あーあ……ナムとは相性悪そうな人ねぇ。」


「彼を初めて見た時からこうなるんじゃないかと予想してたよ。」



ミナとトウヤはやれやれと言わんばかりに首を横に振り、後ろでタイフは苦笑い、リィヤもどこかソワソワしていた。



「先が思いやられるな。」



誰にも聞かれることなく、ケンジは独り言を呟くのだった。

軍の組織に関してはこの世界のオリジナルとします。

司令官はトップなのです!

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