2章:ダガンとネネ
世界の中心であり、世界最高の防衛力を持つ巨大な都市。
トラルヨークの町中でナム達は聞き込みをしながらようやくこの町の最高の武具屋に到着した。
「殆どの人間に避けられて聞き込みに時間かかっちまった。」
「他の町や村と比べて、知らない人に話しかけられることに慣れてない感じだったね。」
ナムとトウヤは店の前で揃ってため息を吐いた。
ナム達の目の前にあるこの武具屋は店内に鍛治スペースを保有しているらしく、中で職人が制作したものを販売してるらしい。
最後に捕まえた割と気さくな青年から教えてもらった店だった。
「とりあえず中に入ってみましょ、実際に見ないと質がわからないわ。」
ミナに急かされ、ナム達は店内に入る。
店内は飾り気がなく、壁やテーブルの上等に様々な武器や防具が掛かっているだけの風景だった。
ナム達に気付いた店主……にしては幼い少女が慌てて本をカウンターの下にしまい込んで取り繕った。
「い……いらっしゃい!ダガンの武具屋へようこ……うわ!ボロボロ!?」
カウンターから身を乗り出した少女は、ナム達の防具の状態を見て驚きの声を上げる。
「なるほど!それでここにきたのね、ウチのものはいいものばかりさ!……あ、ウチは<ネネ>って言うんだ、ここの鍛治馬鹿親父の娘さ!」
「聞こえてんぞ!!」
奥から聞こえた男の声に肩を竦めたネネは、舌を出して頭に手を置いた。
肩くらいまでの長さのほんのり青い髪を右側でサイドテールにしている彼女は、140cmほどの見た目とその行動から14歳くらいの少女にしか見えない。
「わたくしより年下に見えます……!」
まだ16歳であるリィヤより背が小さい彼女が店番をしていることに彼女は驚く。
「ウチはこれでも20だい!!悪かったな小さくて!」
「同い年かよ!見えないな……あ、これは失礼!」
トウヤの失言にじろりと視線を向けたネネを確認したトウヤは咄嗟に言葉を正す。
そしてその様子を目の前で見たタイフはトウヤの後ろで笑い始め、トウヤが振り返ると表情を真顔に変える。
「ところでそこの人、もしかして鎧がボロボロのまま魔物と戦ったからそんなに包帯だらけなの?」
「気にしないで、これは自業自得の……そうね自傷みたいなものよ。」
「えっ……!」
それを聞いたネネは少し後ずさりしながらナムをドン引きの顔で見つめている。
「変な事言うんじゃねえ!なんか勘違いされてるじゃねぇか!?」
「一体何を勘違いされてるのでしょう……?」
「リィヤは気にしなくていいぞ。」
怒るナムと首を傾げるリィヤ、そして笑いそうになっているトウヤ。
(相変わらず面白いなぁ皆。)
彼等の後ろで必死に笑いをこらえているタイフは内心でそんな感想を抱いたのだった。
彼もその面白いメンバーの一人なのだが自覚はないらしい。
「おっと、凄く脱線しちゃったね……とりあえずそのボロボロの防具を何とかしないとね、ちょっと見せてよ。」
ネネはカウンターから出てくると、先ずはナムの防具を確認し始める。
彼女はナムが着たままの鎧をまじまじと見つめ、ナムは少しだが気まずそうである。
「随分この鎧隙間が大きいね、これだと関節とか狙われやすいんじゃない?」
「狙わせねぇよ、こうしとかないと動きにくくてな……それよりもう少し離れやがれ。」
「狙わせないってあんた、そんなボロボロの状態で言われても説得力無いよ!でもまぁ、あんたがそれが良いなら同じ感じで作るよ。」
「む……それで頼む。」
ネネは頷くと続けて他の仲間たちの鎧も眺め始める。
ミナの近くへ寄ったネネは、ナムの時と同じように近くで鎧を凝視する。
「えーと……へそと太もも出てるのはなんで?これだとこの部分完全に無防備なんだけど。」
「こだわりよ、そのままで頼むわね!」
「う……うん?わかった……?」
理解できなかったのか少したじろいだネネは気を取り直してトウヤの近くにより、もはや安定の近くでの凝視を開始する。
「さてあんたは……って、あんたもローブと鎧を合わせたような特殊なものだね、なんなのあんた達!?」
「俺様の鎧そんな変か!?」
「魔術師なのか戦士なのかハッキリしなさいよ全く……それ着てても普通に動けてる時点であんた相当鍛えてるね。」
ネネはトウヤから視線を外すと、今度はタイフとリィヤを流し見し、鎧を着てない事に気付くと興味無さそうに視線を外してすぐさま再び2人を凝視する。
「あんた達仲間に装備の差つけてんの?引くわー。」
「え、いや別にそんなんじゃ。」
「違います!?」
「あんた達別の仲間探した方がいいよ、2人とも私服なんて有り得ない!そうだ、オマケでいい鎧見繕ってあげるよ!」
本気でドン引きしたネネに対してナム達は誤解を解く羽目になった訳だが、それは1時間以上に渡ったことは言うまでもないことであった。
半信半疑だったネネがリィヤに立派な女性用の鎧を持ってきたが、リィヤが私服の上からそれを着込んだ途端に重さで足がプルプルし始めたのを確認したネネは、ようやく差別では無いことを悟った。
「そうならそうと早く言ってくれればいいのに!」
「言ってたじゃねぇか!?」
やれやれと言わんばかりに首を振りながら手を肩の辺りで横に広げるネネと説得に疲れ果てたナムが力の篭ってない抗議をしている。
その横で肩で息をしているリィヤとそれを介抱するトウヤとミナ、そして同じく鎧を着込んだ途端に動きが鈍って思いっきりネネに笑われて落ち込むタイフ。
安定の混沌とした空間であった。
「とても重くてもう脱げないかと思いました……。」
「腕をあげるだけでも震えてたものね……やっぱり多少体力つけないとだめじゃない?」
「善処します……。」
「あんなに重いんだな鎧って……僕はそんなに非力だったのか。」
そんな彼等を流し見て微妙な顔になったナムは、ネネに向き直る。
「とりあえず頼んだぜ、いつ頃出来る?」
「んーと、隙間の大きいプレートメイルに同じ加工のガントレット、へそと太もも出しの軽装鎧に投擲ナイフ8本、金属プレートを装着したローブ、非力君の為の革鎧に、生地薄めの同じく革服、以上で良い?」
「あぁ、問題ない。」
「1週間かな、その辺で来てくれれば渡せると思う。」
「随分早いね!?」
驚くトウヤに対して人差し指を立てて横に振り始めるネネ。
「ウチの鍛治馬鹿親父を舐めんな、楽勝さ。」
「聞こえてんぞ!」
「もー、地獄耳なんだか……うひぃ!?」
ネネが苦笑いしながら振り返ったが、そこにはここの店主であろう、細身だが引き締まった体に、頭をスキンヘッドにした男が頭に青筋を浮かべながら立っていた。
「ダガンだ……すまねぇなウチの馬鹿娘が、特に……えーとヒリキ君?」
「……もうそれでいいや。」
鍛冶屋のダガンからトドメを刺されたタイフは最早心ここに在らずという表情でそう答える。
失言したことを悟ったダガンはネネを睨みつけると、ネネは咄嗟に踵を返してダガンが出てきたカウンター裏の扉から逃げ出し、顔だけを出して舌を出した。
「かー、20にもなってガキみたいな奴でな、見た目もあんなんだから実は時が止まってるんじゃねぇかと疑い始めててよ……それより装備は任せな、期間内にしっかり仕上げるぜ。」
「頼もしいわね、お願いするわ。」
ダガンは短く返事をすると、カウンター裏の扉へと入る。
途端に中からネネの悲鳴のようなものが1回響き渡り、中で1発ゲンコツでも貰ったのだろうと悟った。
「さて、装備はもう大丈夫だな……次はどうする?」
「そうね……割と時間経ったから1回軍の基地に行った方が良いかしらね、消耗品は明日でも。」
トウヤの質問にミナが答えたその時だった。
鍛冶屋の扉が突然開かれ、驚いたナム達がその方向に視線を向ける。
そこには黒を基調とした軍服を着込んだ若い男が立っていた。
門のところで出会った軍の人間のものより装飾等が多い。
突然現れた軍の男とナム達はまるで時が止まったかのようにお互いを見つめ合い続け、軍の男の視線が戸惑うかのようにあちこち落ち着きなく動き始める。
「あ、あー!忘れてたーここで頼んでた物をー。」
あからさまに怪しい程視線を動かしながらそんなことを言い始めた男の言葉に、ナム達は一切返答できずに困惑する。
「い、いやー自分は本当におっちょこちょいだなー、もうすぐ軍の基地に来客がくるのになー。」
軍の男は更に挙動不審になりながら非常に怪しい動きでわざとらしく店内に入り、これまたわざとらしく商品を眺め始める。
頼んでた物を受け取りに来た筈の男がだ。
ナム達はさっきの言葉で何となくこの男の正体が分かったものの、誰が代表で話すかを目線だけで議論し始める。
そして眼力だけで肩を落としたナムがその男に話しかける。
「おい、何の用だ?」
「あ、そろそろ来てくれないかと……じゃなくてなんの事だい?自分はここに受け取りに来ただけで。」
「下手な演技やめろ!?」
「……バレたか。」
軍服の男は軍帽をおもむろに被り直すと、ナム達に向かって敬礼をし始める。
「実は自分は軍の人間でね、君達を読んだ副司令官さ。」
「いや、何処からどう見ても軍の人間なのはわかるが……いやなんでもねぇ、ここに来たということは行くのが遅くなっちまったか?」
ナムの言葉に副司令官を名乗る男は慌てたように片手を振る。
「そんなつもりはない、あくまで自分は偶然ここに立ち寄ったのだ!」
「あー……なるほど、貴方強く出れないタイプね?」
「なぜバレたのだ……ではなく、そう受けとってもらっても構わないが……あくまで偶然なのだ、それより用事は済んだのだろうか?」
無言で頷くナム達を見て露骨に安堵した軍の男は、嬉しそうに表情を変える。
「急かすようで済まないが、いや偶然だぞ!偶然会ったのだぞ?我らの基地に来ていただけるだろうか?」
「い、良いんじゃないか、ねぇ?」
「お、おう……構わねぇが。」
あまりにもな状況に落ち込みから回復したタイフの発言に、狼狽えながらも辛うじて返答するナム。
「それは助かる、では移動しながら要件を軽くお伝えしよう……申し遅れた、自分はトラルヨーク軍副司令官<ケンジ>だ、よろしく頼む。」
ケンジと名乗った男はそう言うと、先導するかのように店から出ようとする。
「頼んでた物はいいの?」
「なんのことだ?」
本気で何を言ってるか分からないと言った顔をしたケンジを見て、ナム達はやはり演技だったことを悟ると揃って苦笑いをするのであった。