2章:アンナとサジス
アクセサリー職人を目指すアンナと出会ったナム達は、彼女の案内でサールの町を巡っていた。
そして最後にアンナが紹介したい人物として、この町の心理学者であり彼自身がデザインしたネックレスを販売している、サジス博士という人物の家に移動している最中だった。
「ほら、あそこだよ!」
アンナがそう言って指を差した先に、サールの町の中では一回り大きい建物があった。
装飾がどこも派手なこの町にしては珍しく、白を基調とした建物だった。
「アレがそのサジスって言う博士が居る場所か。」
「なんかこの町の派手な見た目に慣れちゃって凄く地味に見えるわね。」
そんなことを言うナムとミナに、アンナは思わず転びそうになる。
「い、一応研究施設だから……つかこの町の扱いそんな感じなの!?」
「まぁ、どの建物も……なんというか、個性的だと俺様は思うよ?」
「うんうん、僕も。」
「例えようがない感じですよね、はい。」
「褒められてるようでどこか貶されてるようにも聞こえてくるんだけど?」
アンナの講義の声を聞いたナム達5人は一斉に視線を外し、それを見たアンナはどこか不服そうに表情を歪めた。
しかし、確かにどこかこの町は装飾過多な気もしていたアンナは内心でやはり、と今まで目を背けていた事実を認識してしまったのだった。
「まぁいいや!サジス博士はいつもあそこにいるはずだから、呼べば出てきてくれるはずだよ、はやくいこ!」
「あいよ。」
気を取り直したアンナが早足にサジス博士の研究施設へと近付いていき、ナム達が近付く前に扉の呼び鈴を鳴らした。
「博士ー!いるんでしょー?」
アンナがそう言って、彼が出てくるのを待ってる間に、ナム達も玄関の前に辿り着く、そしてそれを狙ったかのように扉が開き、中からかなり高齢で、曲がった腰を支えるように杖をついた男が出てくると、アンナへと視線を向けた。
「おや、今日は休日の筈ではなかったかの?」
「紹介したい人達が居たから連れてきたんだ、ヤナスさんの店で博士のネックレスを見てたからね!」
「ほう、それはありがたいのぉ……さてさて立ち話もなんじゃ、入りなさい。」
そう言って男は研究施設の中へと戻っていき、アンナは1度こちらへ向いて手を縦に降ると、追うようにアンナも入っていく。
「アレがサジス博士なのかな?」
「意外とお年を召してましたね、兄様。」
トウヤとリィヤの言葉を皮切りに、ナム達もサジス博士の家に入る。
玄関から入ったナム達の目の前に広がった光景は、生活をするためと言うよりは、研究をする為のようなものであり。
木で出来たテーブルと簡単なキッチンがある事が逆に違和感を感じさせる内装となっていた。
「いらっしゃい、そこに座りなさ……椅子がないのぉ。」
木で出来た机の周りには、恐らくサジス博士本人と弟子のアンナ、そしてもう1人分の椅子しかない。
「あー、普段ここには博士とアタシとヨウコ位しか来ないから。」
「気にすんな、突然来たんだ。」
ナムはそう言いながら研究施設を見回し始めた。
複数個ある本棚には数多くの本。
大量に置かれた紙の束等が奥の机の上に置かれている。
そしてそことは反対の区画には犬などの数々の動物が飼育されているようだ。
「変わった研究施設ね。」
「あくまでワシは心理学者だからの、特に薬品を使うとかは無いんじゃよ、動物の心理の研究のための動物の餌が1番コストが掛かるかの。」
「動物の心理まで調べているのですね?」
リィヤは1番近くの檻の中にいる中型の犬を見つめる。
この世界の魔物は不思議な事に人間しか襲わず、同族ともたまに争う程度であるため、動物も町の外の平原に広く分布している。
1部はペットとして人間たちと接している種類もいる。
しかし、外には同時に魔物も存在するため捕獲難易度が高く、現代と比べると飼おうとするならば、かなり動物の値段は高い。
「こんなに動物を飼えるなんて、思ったより金があるんだな。」
「ほっほっほ、ワシのアクセサリーが有難いことに多く売れとるからのぉ、お陰様でワシの実験も進むわい。」
サジスはそう言って簡単な台所に設置してある茶葉をお湯で煎じる。
「博士、アタシ手伝うよ。」
その様子を見たアンナは誰に言われるまでもなく手伝いを始める。
サジス博士が容れたお茶のコップをトレイに置いて木のテーブルまで持ってくる。
その後ろを杖をつきながら歩いてきて、椅子に座った彼は大きく息を吐く。
「すまんの、腰が悪いから座らせてもらうよ。」
「えぇ、その様子じゃ歩くのも大変そうね。」
「年には勝てんのぉ。」
サジス博士だけが席に座り、アンナを含めた6人は立ったままテーブルの周りを囲んでいる。
そして一斉にお茶をすすると、全員が一息ついた。
「ところで、アンナとサジス博士はもう師弟の関係は長いのか?」
一息ついたタイフが思い出したかのように2人にそんな質問を投げかける。
それを聞いた2人は顔を合わせて同時に首を傾げた。
「去年の話さ、博士が商品として指輪を作ったのが、今のネックレスは3作目だね。」
「ほっほっほ、思い出すのぉ……金に困って研究成果を元にして指輪を作って少し経ったらコヤツが訪ねてきてのぉ。」
「店で見つけてさ、気になって製作者聞いたんだよ、まさか心理学者だとは思わなかったけど。」
アンナとサジス博士は楽しそうに過去を振り返っていた。
「なるほど、1年は経ってるのか……ならアンナの腕もかなり上がってるんじゃないのか?」
トウヤの言葉に、アンナはすかさずドヤ顔をして腰に手を当ててふんぞり返った。
「小さい簡単な物ならかなり良く作れるようになったさ、見るかい?」
「あら、ここにあるのね。」
アンナがテーブルから離れ、玄関を除いたこの部屋唯一の扉の中へ入る。
そして暫くしてから部屋の中から出てくると、再びテーブルの近くまで戻ってきた。
「ほらこれだよ、イヤリング。」
アンナが右手をテーブルの上に出して、その手に握られている花形の金色の枠に緑の宝石のような物が6つ嵌められたイヤリングをナムたちに見せる。
直径は1cm程でかなり小さいが出来はかなり良い事が、こういうものに興味のないナムでもわかる仕上がりとなっていた。
「最初の1年は腕を上げるためにも手作業で作っててね、博士は新規以外はもう機械で量産してるみたいだけど。」
「新規だけは機械では無理だからのぉ、金型やデザインが決まるまではな……とはいえワシが持てる機械など小さくて1日20個作れれば良い方じゃがな。」
人気のあるサジス博士のアクセサリーが1日それだけしか作れないせいで、この町の店の中で欲しい人間たちの中で争奪戦となっているのだった。
「人気があるのに数が作れない……もどかしいですね!」
リィヤも今日手に入れることが出来なかったことを思い出して残念そうに肩を竦める。
その様子を見たアンナが、手元をじっと見つめてしばらく考えたあと、その手をリィヤに差し出した。
「あたしので良ければいるかい?」
「えっ、良いんですか!?」
「うん、まだ商品にするにはあたし的にはまだまだかなぁと思ってる段階ので悪いけど、良ければね。」
リィヤの目が輝いたのを確認したアンナは、笑顔でリィヤに花形の緑の宝石の付いたイヤリングを渡す。
「ありがとうございます!」
「なんかすまないな、ありがとうな。」
「ふふーん、あたしはアクセサリー職人だよ、また作れば良いさ!」
リィヤとトウヤの感謝の言葉を聞いたアンナは、誇らしそうに鼻を鳴らし、リィヤはそれを自身の右耳に取り付ける、耳たぶに穴の要らないタイプのようだった。
「あら、似合ってるじゃない?」
「俺にはそういうのはあまり分からねぇが、良いんじゃねぇか?」
ナムとミナに褒められたリィヤはどこか嬉しそうにしている。
「しかし良い出来だね、もう売り物にしても良い気がするけど、僕の村で売ってたら妹の為に買って帰ってたかもしれないレベルだよ。」
タイフは元々、自分の妹であるマイカの為に良くアクセサリーを買っていた。
サールで一緒に見て回っていたのはその名残である。
タイフは過去を思い出しどこか悲しげな表情になるが、それを悟られないうちに元に戻す。
「そうかなぁ、そう言って貰えると嬉しいね!」
「ワシももうかなりの腕じゃと思うが……中々自分を認めんのじゃよコヤツは。」
サジス博士はそう言って軽く笑う。
その時だった。
この研究施設の玄関がノックされたのだ。
「おや?あたしが出ようか?」
「その必要はないぞ、お前はその人達と話していなさい。」
そう言ってサジス博士は立ち上がり、杖を持つと玄関へ向かう。
そして扉を開くと、その先にいたのは見知らぬ男だった。
「失礼するでござる、ここはサジス殿の家で間違い無いかでござるか?」
そこに立っていたのは、簡易な青色の軽装鎧を装備し、刀と言う武器を腰に装備した侍のような男だった、顔にもフルフェイスの兜を被っており顔は見る事は出来ない。
「ほっ、そうじゃが。」
「良かったでござる、要件が……おっと来客が居たでござるか!?」
「そうなんじゃ、ワシの弟子とその友人が来ていての。」
「そうでござるか、これは参ったでござる。」
サジス博士とかなり変わった口調で話す男がそんな会話をしているのをテーブルで聞いていたナム達は、黙ってテーブルから離れる。
「邪魔みてぇだな?」
「あいや!そんなつもりは無かったでござるが!!申し訳ない!」
「私達もそろそろ宿を取らないといけないからね、丁度いいわ。」
ナム達が、帰り支度を始めたのを見たアンナは、結構な時間になっていることに気付き慌て始めた。
「あー、ごめーん!かなり引き止めちゃったね!」
「構わないさ、俺様は結構楽しかったぞ。」
「僕もね。」
「アンナさん!イヤリングありがとうごさいました!!」
トウヤとタイフ、そしてリィヤはそう言いながら支度を始める。
アンナもそれに続いて支度を開始したのだった。
「急かしてしまったようでござるな、けど助かるでござる!」
「ほっほっほ、また来るが良い。」
「あぁ、あんま長居はしねぇが……この町にいる間は宜しく頼むぜ。」
ナムの言葉を最後に、彼等6人は侍のような男の近くを通り、玄関から外に出る。
「ん?ちょっとそこの女性、待つでござる!?」
「え?」
急に呼び止められたミナは、不思議な顔をしながら侍のような男に向き直る。
そしてそのミナを見ながら頭を傾げ続け……しばらく経った時だった。
「あいや、申し訳ない!気のせいだったでござる!何処かで見た事のある顔でござったから!」
「あ、あー……そ、そうね!」
ミナは歯切れ悪く返答する。
ミナは自分が三武家の中で1番の知名度を誇ることに気付いていたのだ。
それが原因で奇襲がバレたことすらあることを彼女は気にしていた。
「引き止めて申し訳ないでござる!それでは良い夜を、でござる!」
侍のような男はサジスと共に研究施設へと入っていった。
「さて、帰ろうか!いい宿教えたげるよ!」
「それは助かるな、宜しく頼む!」
6人はすっかり暗くなった町中を歩きだした。
ナム達は宿へ、アンナは自身の家へ。
それぞれが目的地に着くまでの間、彼らはまた会話を開始したのであった。