1章:終結
仲間達がそれぞれのビースト達に辛くも勝利したその時。
リィヤの屋敷内部ではまだナムとベルアの戦闘はまだ続いていた。
お互いの体はそれぞれの攻撃で何度も傷つきながらも、全力の攻撃は止まらない。
「やるじゃ……ねぇか!!」
「貴方……もです、驚きましたよ。」
2人共既に息が上がり、極限状態で戦っていた。
ナムの息が上がるなどここ数年全く経験しなかったことであり、改めてヒューマンの強さ、厄介さをその身で味わうことになった。
だがそれでも負けるわけにはいかない彼は、既に悲鳴をあげている体を酷使して戦う。
パワー・ブースト、クィック・ベールで力と速度を上げたベルアの攻撃の隙間を掻い潜り、拳をその腹部へと叩き込み、衝撃で身体をくの字に曲げたベルアの顎へ渾身の膝蹴りを食らわせ、空中へ舞い上がったベルアの体へ素早くアッパーを叩き込むナム。
ナムの連撃を受けたベルアは口から血を大量に吐き、地面へ落下する前に、ナムの拳が顔の中心へとストレートで叩き込まれ、再び壁を破壊して別の部屋の床へと叩き付けられるベルア。
「がはっ……!」
ベルアは痛みに耐え、その場で咄嗟に横へと転がると、ベルアの倒れていた場所へナムの右拳が叩き込まれ、床を大きく破壊する。
トドメを指し損ねたナムが舌打ちすると同時に、今度はベルアは横になったままの体勢から爪をナムの体へと突き刺す。
ナムが爪の痛みで体を少し意識を逸らしている間に、自身の腕の力で即立ち上がり、ナムの顔へ蹴りを叩き込む。
「ちぃ!くそ!」
ナムの首元へ襲いかかるベルアの爪を、腕を掴んで止めたナムは、その右腕を一瞬で折って、ベルアの体へ真っ直ぐに蹴りを叩き込み、屋敷の壁へと激突させた。
今日何度目かわからない壁への叩き付けは、今回ばかりは違った展開となった。
その壁は外に向いているものであり、ベルアの体は壁を破壊して突き抜け、屋敷の外、庭へと放り出された。
「外だったか!必死すぎてやらかした!!」
ナムは慌てて外へ叩き出されたベルアを追って自身も外へ飛び出し、落下していたベルアの体へ近付くと、顔目掛けて下方向の拳を叩き込み、ベルアを庭へとたたき落とす。
大きな土埃と振動を発生させて落下した先へ、ナムはまるで踏み潰すように下向きの蹴りを腹に叩き込もうとしたが、ベルアは咄嗟に飛び退いてそれを避ける。
「避けたか!!」
「容赦がありませんねぇ!」
ベルアは大きく後ろに跳躍してナムと距離を取ると、折れた右腕を左手で支えながら庭を見渡し始めた。
そしてナムもそれにつられるように庭を見渡す。
「ば、馬鹿な……!?」
ベルアの視線の先に広がった光景は、スノーマンが放ったであろう最上位魔法のブリザード・エリアの効果により不自然に広がった、術者の姿が見えない積雪地帯。
不自然に広範囲に焼き焦げた庭の一角の中心で身動きせずに佇む部下。
見慣れた巨大な部下が屋敷の近くで首を失い倒れている光景。
「全員……やられたというのですか!?」
「残念だったな、だがトウヤとミナを気絶させるほどの強さとはな、俺も驚いたぜ。」
気を失っているミナと、同じ状態のトウヤを泣きそうな顔で介抱しているリィヤ。
積雪地帯の真ん中で座り込んでいるタイフ。
全員がかなりの重傷だ。
その様子を見たベルアは、珍しく顔面蒼白になり、口元を振るわせている。
「こ……の……!!」
ベルアの表情がみるみる変わり、その拳を強く握る。
「この役立たず共がっ!!何のために我が1年以上も時間をかけて貴方たちを強化したと!!恥を知れ!!」
「酷い言い草だな。」
「当然です!!無駄な時間を使わされました!!ここまであいつらが弱いとはね!!」
怒りの表情に変わったベルアは、ナムへと高速で突撃し、残った左腕の爪を真っ直ぐ突き出した。
それをナムは片手で受止め、腕を掴んだまま顔面へ拳を何度も叩き込む。
5発目の拳を首を曲げて避けたベルアは、頭突きをナムの額に食らわせ、怯んだ隙に離された左腕をもう1度振るい、ナムの体へ血飛沫と共に爪痕を付ける。
「ぐっ!?」
「この町を滅ぼすための戦力としてあの3匹を育てました。」
ベルアは更に爪をナムの顔へ向けて振るい、ナムはそれをギリギリで避ける。
「その為に、あの小娘の近くに近付いて屋敷を利用したというのに、それが全て無駄になりました。」
ナムの拳を左手の爪で受止め、蹴りを繰り出すがそれはナムの手で受け止められる。
そして、3度ほど拳と爪が衝突し、その衝撃でお互いに少し距離が離れる。
「そんな彼等を役立たずと呼ばずに、なんと呼ぶのでしょう?是非とも教えて頂きたいです。」
「知らねーよ、勝手になんとでも呼びやがれ、俺には関係の無い話だ!!」
一瞬で距離を詰めたナムの渾身の拳がベルアの顔に叩き込まれ、一回転して地面へと倒れるベルア。
「だが、俺の仲間を死ぬ寸前まで痛めつけた礼はさせてもらうぜ、俺も後先考えてねぇで全力で行かせてもらう!」
「今までが本気ではなかったと?」
「いいや、本気だ……リスクの無い範囲ならな!」
そう言ってナムは右腕に装着されている、筋力低下の付与がされた最後のブレスレットを、少しだけ考えてから取り外した。
既にブレスレットを2つ外している今でも、ナムの体は筋肉はかなり膨張しているが、それが更に肥大化していく。
「ほう、そのブレスレットはマイナスの付与がされているのですね、何故?」
「俺達ブロウは体が武器だ、事故や実生活への影響を減らす為に昔から着用するのがしきたりなんだよ。」
ナムの体の膨張が止まり、ナムは真っ直ぐベルアを見る。
「だからこれがあると俺は本来の力が出せねぇ。」
「おかしな話です、ならば何故すぐ外さなかったのです?」
ナムは拳を構える。
するとナムの肘や膝、体を動かして動く部分の皮膚が裂け、血が流れる。
「まだ修行中でな、全部外すと急激に成長した筋肉に皮膚が追い付かねぇから裂けちまう、だから普段は絶対に最後だけは外さねぇ、てめぇみたいな強敵を除いてな!!」
ナムはそう言って、腰を低くし先程よりも更に早い速度でベルアへ突撃する。
「更に速く!?」
ベルアは慌てて対処をしようとするが、間に合わなかった。
彼の喉元に通り抜けざまにラリアットを噛ましたナムは、一回転してベルアの背中へ拳を一瞬で10発近く叩き込む。
「ガッ!?」
「時間がねぇからな、まだ行くぜ!!」
後ろに振り向いたベルアの腹に5発の拳を叩き込み、顎へアッパーを打ち込み。
衝撃で浮いたベルアの足を掴み、地面へと叩き付け、高速で脚を振り上げ、頭へかかと落としを食らわせた。
「がっ!?あがっ!?」
ベルアは最早自分が何をされているのかも理解できないまま、大きな衝撃の連発に意識を刈り取られていく。
(ころ……される!?)
ベルアは反撃をしようと爪をナムに向け、まるで虫を払うように動かしたが、一瞬のうちに右腕と同じように折られたベルアは苦痛に呻く暇もなく顔面へ真っ直ぐ拳を叩き込まれる。
(馬鹿な!!この我が!?)
ベルアは必死に地面を転がり、ナムから離れようとする。
「逃がさねぇ!」
「く……そ!!」
必死に離れようとするベルアの視界に映るのは、ナムの体の傷がみるみる増え、体中が赤く染っている姿だった。
心做しか疲労感が見えた気がしたベルアはほくそ笑む。
(長くは……もたないようですね!)
そんな事を考えてる間にもナムは一瞬の内に距離を詰め、再び格闘術をベルアへ、向けて炸裂させてくる。
(まずい……これは……死……!)
意識が薄れる中で死を覚悟したベルア。
三武家を敵に回したことが、こんな事態を呼び起こすと想像出来ずにいた彼は内心悔しさを露わにする。
(おのれ……!!)
ベルアにとってこれ以上の攻撃は命に関わる。
ナムの攻撃でベルアは再び吹き飛ばされ、屋敷の壁に強く叩きつけられた。
大きく吐血したベルアが最早これまでと、諦めを滲ませたその時だった。
(……?)
ベルアへの攻撃が止まったのだ。
それは異常なまでの耐久を持つベルアだからこそ引き出せた奇跡のようなものだった。
(耐えた……!!)
ベルアは薄れていた意識を何とか戻すと、ナムの方を見る。
やはり彼はその場で膝をつき、右腕にブレスレットを装着し直している所だった。
ベルアにトドメを刺す前に、自身の体に限界が来てしまったナムは、これ以上は命の危機があると判断し、ブレスレットを腕に戻したのだった。
「くそ……最初に血を流しすぎた。」
ベルアとの戦闘中に何度も爪による攻撃を受けていたナムは、既にそこそこの血液を失っており、結果的に本気の力の持続時間が短くなってしまっていた。
そんなナムの様子を見たベルアは、笑みを浮かべながらフラフラと立ち上がる。
「ふふふ……運が良かった……ということ……ですかねぇ。」
ベルアは折れた両腕をだらりと下げながら、その場から離れていく。
「待ちやがれ……何処へ……いく!?」
「もうやめましょう、お互いに限界でしょう……?」
ベルアは笑みを浮かべたまま、ナムへ向かってそんな事を言い始めた。
「我も死にたくはない、これ以上は流石の我でも死んでしまうので休戦です、悪くない話だと思いますが。」
「ふざけんじゃねぇ!てめぇを見逃せるかってんだ!」
ナムは無理矢理立ち上がるが、血を失ったことにより体が上手く動かない。
それでもトドメを刺そうと前へと進む。
しかし、途中で足が崩れ、その場で倒れるナム。
「ここでの計画は完全に潰されました、もうこの町にいる意味はありません。」
ベルアも上手く動かない体を何とか動かしてナムから離れる。
「貴方も運がいい、そこで倒れていなければ死んでいましたよ。」
「その……セリフは……そっくり……返すぜ……覚えてろよ、次は必ず倒す。」
「怖い怖い、その日が来ないことを祈っています。」
そう言ってベルアはリィヤの屋敷の屋根へと力なく飛び、ナムへ一瞥して微笑むと、そのまま姿を消した。
「くそ……逃がした……か、情け……ねぇ。」
ナムの目の前から姿を消したベルア。
トドメを自分の失態で刺し損ねた事を悔やんだナムは拳を弱々しく地面へと叩きつけた。
それだけで地面の土が舞い上がり、ナムの体へ土が降り注ぐ。
「ヒューマン……恐ろしい……敵……だ。」
初めての瀕死状態を経験したナムは、知識にはあったが実際に戦ったことはなかった存在のあまりにもの強さに戦慄する。
「次は……負けねぇ……!」
ナムがその言葉を誰に聞かせるでもなく、呟くと同時だった。
薄れる意識を自覚し、そのままの流れで意識を失ったナムは、庭で横たわって動かなくなった。
後日、ドルブの町の病院で目を覚ましたナム達。
あの後、リィヤの屋敷での騒ぎを聞きつけた軍によって全員が介抱され、病院での治療を受けていたようだった。
事の説明は戦闘後も意識を保っていたタイフとリィヤがしたらしい。
かなりの重傷だった三武家の3人はあれから5日程寝込んだとの情報も、傷の手当を受けたタイフとリィヤの口から知らされた。
ドルブの病院の大部屋の病室で、右からナム、ミナ、トウヤの順番でベッドの上で包帯だらけの体を休めていた。
「結局あいつだけは逃がしちゃったんだな。」
「すまねぇ、俺の失態だ。」
トルドラから受けた傷が思ったより深く、まだしばらく安静の身のトウヤの言葉に、ナムは悔しそうに答えた。
「何言ってんのよ、問題はビースト程度に大怪我負った上に気絶した私達が悪いのよ。」
ミナもドロイドとの戦闘で受けた両腕の火傷や左の腹部の大きな傷が原因で安静である。
「元々ヒューマンは俺様たち4人がかりで何とか1人倒せるかどうかの相手だったんだ、それを1人であそこまで追い詰めて結果的に全員生存した、悪くない結果だと思うよ。」
トウヤはナムに向かって励まそうとそんな言葉を投げる。
トウヤも心配事が残っていた。
あの後、軍が屋敷内を捜索した結果、10人分の遺体が見つかったのだ。
ボディーガード達全員が屋敷から逃げようとした痕跡は無く、リィヤを守ろうと最後まで戦っていた事がわかったのだ。
それを聞いたリィヤは大泣きし酷く落ち込んでいた、また昔のように暗い彼女に戻ってしまうのではないかと心配している。
「ベルア……か。」
ナムは今回の黒幕のヒューマンの名前を呟く。
トウヤとミナはその呟きを聞いて首をナムに向ける。
「あいつだけは……必ず見つけて倒す……今度こそ。」
ナムは拳を天井に向ける。
「ビーストの強化をしてたみたいじゃない、もしかしたら魔物の超強化の謎も何か知ってるかもね?」
「かなり疑わしいやつだな、絶対見つけなきゃな。」
ミナとトウヤの言葉に、無言で頷くナム。
「まずは怪我治さねぇとな。」
ナムはそう言って、そのまま寝始める。
「ちょっ、合理的に昼寝出来るからって!」
「図太いやつだなおい!?」
体の痛みはまだあるだろうに、関係なく眠るナム。
そんな彼にため息を吐きながらも、大人しく横になり続ける2人。
2人は今ここにいない仲間と身内のことを思案する。
タイフの怪我も大きいがこの3人ほどではなく、リィヤも疲労が大きいだけなので、彼らとは別の病室である。
「ここまでの被害で止められたのは奇跡かもな。」
「そうね、奇跡ね……ナムが1人で踏ん張ってくれてなかったら危なかったわ。」
前座程度に考えていた取り巻きの三匹のビーストに苦戦し、大怪我を負ってナムを援護出来なかった2人は悔しさを滲ませる。
勿論彼等が弱いのではない、ミナが戦ったビーストはかなりの特殊個体であり、トウヤもベルアとの戦闘でボロボロだったからこその苦戦である。
しかし、それでも三武家の跡取りとして初めての苦戦をした2人は、力不足を意識してしまう。
「もっと強くならなくちゃ。」
「そうだな。」
2人は目線だけ合わせて、頷き合う。
こうして、ナム達の初のヒューマンとの戦いは終結したのだった。
ベルアとは引き分けに終わりました。
ヒューマン編、完結です。
軍がヒューマンを倒せるという話が過去にありましたが、町の被害等を度外視して超火力の武器を連発することによって倒しています。
勿論敵も大人しく食らうわけがないので被害はかなり出ます。
三武家が異常なだけで本来はソロで戦うなど自殺行為です。
こういう設定を時々書こうと思いますが、要らないなら感想等で言ってください、むしろ欲しいなら頻度増やします。