1章:それぞれの戦い 上
ナムとベルアが屋敷内で戦闘中、現れた2匹のビーストを相手するために屋敷の外へ飛び出したナム以外の仲間達。
通常であれば綺麗な花壇と装飾の庭が、今では戦いの場となってしまっている。
そんな庭の一角にタイフと、<スノーマン>と名乗った雪だるま型のビーストは睨み合っていた。
「ふん、三武家ならともかく……こんな女みてぇな男が相手とはな。」
「聞き捨てならないね。」
タイフの背中までの長い髪を見たスノーマンは鼻で笑う。
それを見たタイフは内心イライラしながらも、敵がタイフを舐めている今だからこそ、自身に勝機があると感じたタイフは怒りを表に出さない。
敵を本気にさせる意味は基本無いのだ。
「スノーマンとか言ったかな、お手柔らかに頼む。」
「はっはっはっ!!面白い人間だ、弱いなりに立場がわかってるらしい!」
スノーマンは大笑いし、タイフに向かって拳の氷柱を向ける。
「痛くねぇように、即死させてやるよ。」
「優しいね。」
ベルアがビースト最強と言うスノーマンと、3秒後の未来が見れる未来眼を持つとはいえ、元一般人のタイフ。
有利とは言えない戦闘だが、タイフの笑みは消えない。
(ナムに任されたんだ、負けられない。)
タイフは自身の武器、圏を強く構えた。
それと同時に同じく庭の一角、タイフと離れた庭の位置にいる、仮面と全身鎧、そして2本の腕と4本足の<ドロイド>と名乗るビーストとミナ。
ミナはナムから詳細不明と言われたこのビースト相手に油断することなく彼女のメイン武器であり、最強の装備、双剣を構える。
「ベルア様ヲ待タセル訳ニハイカナイ、サッサト死ネ、人間ノ女。」
「あら、そのまま返すわ、ナム1人にヒューマンを任せる訳には行かないもの、さっさと終わらせるわよ。」
ミナはそう言って、なんと右手に魔力を集中させる。
彼女は魔法がそこまで得意ではない上に、攻撃魔法は使えないが、魔力がない訳では無い。
「炎属性、中位付与魔法、フレイム・オーラ。」
ミナが魔法を発動させると、ミナの双剣に炎が纏う。
それをミナは双剣をまるで剣舞の用に振るい、剣の通った場所を火の粉が舞う。
「私の使える魔法はこれだけ、だけど甘く見ない事ね。」
これはミナの本気である。
彼女が最も得意とする武器に、少ない魔力で炎の付与を施す。
ただでさえ鋭いミナの剣捌きに加え、炎による威力上昇が加わるのだ。
しかし、それを黙って見ていたドロイドは、ため息を吐くような音を出した。
「魔法カ、浅マシイ。」
「なんですって?」
ドロイドはミナに答えず、両腕を前に出すと、腕が音を立てて変形し始める。
そして、まるで銃身のように変化した腕を見たミナは驚愕した。
「……ワタシハベルア様ニ改造シテ頂イタ、世界二2匹ト居ナイ魔物ダ。」
「機械化した魔物!?……なるほど、ナムが知らないはずね、コイツの相手を私が引き受けたのは正解だったわ!!」
ミナは炎を纏った双剣を、数回回転させ構える。
「かかってきなさい、私が全力で相手したげる!」
最後に屋敷から出たトウヤは、リィヤを地面へ下ろすと辺りを見回し始める。
トウヤの視界の先でタイフとスノーマン、ミナとドロイドが向き合っているのが確認できた。
「最後の1匹はどこに?」
トウヤは何度も庭を見回したが、それらしい存在が見当たらない。
リィヤの傍からなるべく離れないように注意しながら移動して別の場所も見渡すがやはり見つからない。
「どうなってやがる……まさか!?」
トウヤは、3匹目が存在すると見せかけてナム1人にするという、あのヒューマンの作戦ではないかと考えた。
トウヤは慌てて庭から目を離し、屋敷を見上げるようにリィヤの部屋へ視線を持ち上げる。
それは偶然だった、トウヤは思い込みで危機を感じ、ナムのいる場所へ視線を何気なく向けただけのことだった。
「……っ!?」
トウヤはみるみる目を見開く。
屋敷のリィヤの部屋……いや、そこよりもっと上。
屋敷の屋根の上に巨大な魔物が鎮座していた。
「やーっと気付いたか、マギスは気配を感じるのも下手らしい、あそこの女はこっちをずっと警戒してたぜ。」
屋根の上でのんびりとまるでうつ伏せで日光浴でもするかの如く寝転んでいる存在。
全長7m程の巨大なドラゴンだった。
体にはまるで亀のような甲羅があり、その甲羅を貫くように巨大な翼が生え。
頭や腕、足等はドラゴンそのものである。
ドラゴンとしては小さめだが、通常の魔物と比べると格段に大きい。
「オレの名は<トルドラ>、ドラゴンと言うよりはワイバーンに近い種族でな、よろしくなマギス、ベルア様の為に本気で行かせてもらおうかな。」
「ベルアの奴……こんな魔物まで屋敷に隠してやがったか!!」
トウヤはリィヤの方へ目線を向ける。
先程、ベルアからの激しい攻撃を全力で防いでいた彼女は、もう体力が限界なのか屋敷の上の巨大な魔物を見ても錯乱したりはせず、ただ目を見開いて震えているだけである。
(正気を保ってくれてるだけマシかもな。)
トウヤはリィヤの耳元に近付く。
そして震えるリィヤに向かって囁いた。
「安心しろ、アイツが俺様が倒す。」
「……は……い!」
リィヤは兄が近くにいるという安心感からか、少しだけ笑顔を浮かべて頷く。
その様子を嬉しく思ったトウヤは、リィヤを背中に隠すように移動し、屋敷上から音を立てて庭へと降り立ったトルドラと名乗る魔物をしっかりと見つめ、ベルアの時と同じく両肩と両手、そして両人差し指の先へ魔力を集中させる。
まだ全快ではないトウヤだが、怯むことなく自身の数倍の大きさの魔物へ掌を向ける。
「約束したからな、勝たせてもらうぜ。」
「ふんっ……2人まとめて焼き殺してやろう。」
トルドラは口を開いて口内に火炎を生成し始める。
それを見たリィヤは震える手を前に出し、トウヤの前を守るようにバリアを発現させ、その周りをトルドラのブレスが襲いかかる。
「動けるのか?」
「兄様が……いるので、頑張り……ます!」
「こんなに心強い守りがいるなら絶対負けないな!」
無傷の2人を驚愕の表情で見つめるトルドラと、不敵な笑みを浮かべるトウヤ。
まだ涙目で震えているが、魔物の恐怖を、近くの兄の安心感で無理矢理押し殺して意識を保つリィヤ。
彼等のこの行動を皮切りに、他のメンバー達も動き始めたのだった。
「アイス・ショット!!」
遠くの方で見えた巨大な魔物から放たれた業火に気を取られたタイフを確認したスノーマンは、彼に向けていた拳から氷柱を高速で発射する。
タイフはそれを慌てて倒れるように回避し、続けざまに放たれた2発目を地面を転がって避ける。
「仕留めるつもりだったんだけどなぁ。」
スノーマンは笑いながら彼の拳から消えた氷柱を再生成する。
この魔物は本来雪山のような雪原でしか活動出来ない筈の種族だったが、ベルアの謎の技術により、雪原でなくとも体が溶け始めることが無くなり、行動範囲を広げた特殊個体だ。
種族の中で最も氷柱飛ばし、アイス・ショットの速度と威力が高かった彼は運良く数年前に雪山へ現れたヒューマン、ベルアの目に止まったのだ。
ナムがこの魔物のことを知らなかったのは、常に雪の降る場所でしか生きられないはずの魔物がこんな場所まで現れるわけがないという先入観からだった。
「さっきも見たけど、すごい速さだ。」
「だろう?このスノーマンのアイス・ショットは鉄をも貫く!!」
「それは……恐ろしいねっ!」
タイフは圏を1個だけ投擲し、投擲した圏とは反対の方向からスノーマンに向かって走る。
それを見たスノーマンは、投擲された武器の方は全く気にもせず、タイフに向かって両拳を突き出し、アイス・ショットを2発僅差で放つ。
(そう来るのは知ってたさ。)
未来眼の力で敵の行動を完璧に読んでいたタイフは、敵のアイス・ショットを背を低くして2発とも避ける。
「ちっ!?随分勘が良い奴だ!!」
スノーマンはようやく飛んでくるタイフの武器を目視し、後ろに飛び退いてそれを避ける。
「そう来るだろうと思ったよ。」
「なに!?」
タイフは飛び退いた先に元々狙いをつけていたかのように跳躍していた。
「なんなんだコイツは、くそ!?」
スノーマンは跳躍したタイフへ拳を向け、素早くアイス・ショットを放つ。
しかし、それを知っていたタイフは空中で体をひねってそれを避けると、落下速度を乗せた攻撃をスノーマンへ振り下ろす。
縦に真っ二つにされたスノーマンは、まるで割られた薪のように左右へ倒れる。
その近くへ降り立ったタイフは、スノーマンから1度離れて、地面に落ちている投擲した圏を拾い上げる。
「僕にとって相性の良い魔物だったみたいだ。」
タイフは安心して、ほかの2人、ミナとトウヤの魔物を見る。
(……加勢するならミナさんのアイツかなぁ。)
そう思って移動を開始しようとしたタイフだった。
「待てよ、逃げるのか人間?」
「!?」
突然聞こえた声に驚いたタイフは振り向く、そこには縦に両断されたスノーマンが割れたままの姿で腕を前に出す光景が見えた。
「このスノーマンはまだやれるぜぇ!!氷属性最上位魔法!!
ブリザード・エリアぁ!!!」
「しまっ!?」
タイフは急いで止めを刺そうとしたが、自分の武器を拾うために距離を離してしまっていたせいで間に合わず、敵の魔法発動を許してしまう。
スノーマンを起点に、半径50m程の範囲に猛吹雪が舞い始める。
庭の端の方だったせいでドルブ町の1部にも吹雪が吹き荒れ、各所から悲鳴のようなものが上がり始める。
「これ……は!?」
「安心しろよ、周りの環境を猛吹雪に変えるだけのあまり害はねぇ魔法だ……直接的には、だけどなぁ!!」
タイフは周りを見渡し、スノーマンへと視線を戻す、するとタイフは目を見開いた。
そこにはいつの間にか完全に修復されたスノーマンが立っていた、体も一回りほど大きくなっている。
「おっと、勘違いすんなよ?大きくなったんじゃねぇ、元に戻ったんだよ!
このスノーマンのアイス・ショット、魔法でもないのにどこから氷柱を作ってると思う??」
そう言ってスノーマンは自身を指さす。
「自分の体の雪を凝固させて作ってんのよ、つまり、雪山とかの吹雪が舞う環境じゃなきゃな、どんどん小さくなっちまうんだ……この意味がわかるか?」
スノーマンの言葉にタイフは再び周りの猛吹雪を見る。
「人間にとっては地獄の環境、だがこのスノーマンには最高の環境ということだ!!!」
「くっ!」
タイフは慢心してスノーマンの生存をしっかり確認しなかったことを後悔した。
魔法によって生み出された猛吹雪は寒さや雪の冷たさもしっかり存在しており、タイフの体温が少しずつ下がっていく。
(このままでは……不味い!!)
防寒着など着込んでいないタイフにとって、この寒さは致命的である。
のんびりしていたらどんどん体の動きが悪くなり、最終的には凍死してしまうだろう、しかし……凍死すらもスノーマンのアイス・ショットをその凍えた体で避け続けられればの話だ。
「やはり吹雪は良いねぇ、節約する必要がないもんなぁ!!」
スノーマンはそう言って、拳からアイス・ショットを放つ。
タイフは凍える体を無理矢理動かし、何とか避ける。
未来眼がなければ出来ない動きである。
しかし、そんなタイフですら驚く事態が彼の視界に映る。
(……なに?!)
タイフの未来眼の視界に見えたもの、それは先程とは桁違いのスピードで連続で放たれるアイス・ショットだった。
先程までは2発撃てば氷柱を拳に再生成する必要があった。
お陰でタイフはそのタイムラグを狙うことが出来た、しかし今見えている未来の視界には2発所ではない数が放たれている。
(節約……まさか!?)
「その顔、気付いたか!!」
未来眼の見せた光景通りに、10発近いアイス・ショットが広範囲にばら撒かれる。
それをタイフは唯一の隙間に体を滑り込ませたが、寒さで上手く体が動かず、1発だけ左肩に突き刺さってしまう。
「ぐあああ!?」
銃弾のような速度で放たれた氷柱の威力は凄まじく、左肩の酷い激痛に悩まされながらもタイフはスノーマンを睨みつける。
(こういう攻撃は下手に抜くと出血が酷くなる、痛いけどそのままにしとくべきかな。)
タイフは肩に刺さった氷柱をそのまま放置し、スノーマンへと上手く動かない足を酷使して近付く。
「いい判断だ、そうだよなぁ、血流すと人間は死ぬんだもんな、不便な体だぜ!」
スノーマンは笑いながらタイフに向かってアイス・ショットを放ち続ける。
放つと同時に氷柱が生成され、最早攻撃のタイムラグなどない。
自身の体を使う関係上、スノーマンは1発1発を非常に大切に使っていた。
しかし、ブリザード・エリアの効果により常に吹雪が降る環境になったお陰で、体を消費した途端に吹雪で補完されるのだ。
節約する必要なんて全くない。
必死に避ける人間をまるで見世物のように楽しんでいたスノーマン。
その人間が避けきれずに更に1発が彼の右太腿へ突き刺さり、再び絶叫を上げたのを確認すると、声を出して大笑いした。
「く……そ!!」
「こんなにいい環境なのになんで苦しそうなんだよ、訳がわからねぇよ!」
煽るようなスノーマンの発言にタイフは内心イライラしながらも、次々飛んでくるアイス・ショットを避けることで既に精一杯な自分の状態にも気付いている為、無駄に怒って判断を鈍らせるわけにも行かないタイフは感情を押し殺す。
(どうすればいい……どうすれば!)
「悩め悩め!ただしあまり時間はねぇぞ?」
思考していたタイフはスノーマンの意味があまり理解出来ない言葉を聞き、意識が戻される。
(時間ってなんだ、寒さのことか?)
「気付いてねぇ顔してんなぁ、このスノーマンにはあまり詳しくはわからねぇが、おめぇら人間は元々体温がそこそこ高いんだろう?
教えてやる義理はねぇが、さっきの絶叫が面白かったから特別に教えてやろう。
お前に刺さってるそれ、氷だからな?」
「……あっ!?」
タイフはその言葉の意味に気付き、最初に突き刺さった左肩の氷柱を見る。
先程までは鋭利な尖った綺麗な氷柱だったが、今はタイフの体温で少しずつ溶けている。
「突き刺さったものが処置無しで抜けると、どうなるんだっけか?人間は。」
スノーマンはニヤニヤしながら最後にそれだけを言うと、再びアイス・ショットをタイフに向けて放ち続ける。
体に刺さったナイフ等はそれ自身が出血への蓋の役割を担っている。
事前準備無しに引き抜くと蓋が外れて大量に出血してしまい、最悪失血死してしまう。
だからこそタイフはわざと氷柱を引き抜かなかった。
「時限式で溶けて、不味いことになるってことか!」
タイフはそれに気付くと、焦りだす。
先程から放たれ続けているアイス・ショットをギリギリで躱し続けている彼に、攻撃に転ずる機会はあまりない。
更に時間経過でどんどん寒さで体力は失われ続けており、時間が経てば経つほどタイフにとって不利になる。
避け続けることで疲労も溜まり、アイス・ショットの1発がタイフの脇腹を掠める。
(くそ、この吹雪のせいでアイツの雪の体がどんどん修復されて……ん?)
左肩と右太腿からの痛みからだろうか、たった今掠めた脇腹の痛みからだろうか、少し意識が鮮明になったタイフの思考に1つのヒントが出る。
(雪……そうだ、アイツの体は雪なんだ。)
タイフはスノーマンのアイス・ショットを避けた後に、急に地面の積雪へ目掛けて自分の腕を突き刺す。
そしてすぐに引き抜くと、自分の手を眺め始めた。
それを見ていたスノーマンも、人間のあまりの謎の行動に訝しみ動きが止まる。
「……これなら。」
「ヤケにでもなったか、それならとっとと死ね!!」
スノーマンは人間の動きを訝しみながらも、有利な立場であることを確信し、迷うことなくアイス・ショットを放つ。
そしてそれを見たタイフは、最小限の動きで避けると同時に、自身の武器である圏を投擲した。
「はっ!その武器よりこのスノーマンのアイス・ショットの方が威力も速さも上なんだよ!!」
まるで挑戦のようにまっすぐ放たれた圏を見ると、スノーマンはわざとその圏を狙ってアイス・ショットを放ち、圏を弾き落とす。
「無意味……だっ!?」
スノーマンが圏に視線を向けていた時、タイフは既に走り出していた。
しかし、その足は遅い。
足元の積雪と寒さで思うように体が動かないようだ。
「意識を武器に向けるってか?浅はかな考えだ!!」
タイフはスノーマンの言葉を無視し、再びもう1つの圏をスノーマンに向かって左側に大きく投擲する。
大きく円を書いて飛ぶ圏の挙動を見たスノーマンは、それが横から自身を切り裂く挙動だと気付き、左手だけを圏に向け、右手はタイフへ向けると同時にアイス・ショットを放つ。
1つは圏を撃ち落とし、もう1つは避けたタイフの頬に掠めた。
そしてタイフはギリギリで1回目で投げた圏を地面から拾い上げると、それを間髪入れずに再び左側に大きく円を書くように投擲した。
「何度やっても同じなんだよ!!」
スノーマンはそれを先程と同じようにアイス・ショットで圏を撃ち落とし、またもやタイフに向けて放つ。
しかし、タイフはそれを避けると、地面の雪の中から何かを拾い上げ、それをスノーマンに向けて、3度目の投擲をする。
「しつこいやつ……うお!?」
スノーマンはその飛んできたものを確認すると、体を自身から見て左側に傾けて避けた。
あの人間が飛ばしてきたもの、それはスノーマンが放ったアイス・ショットの弾、氷柱だった。
「ちぃ!?つい避けちまった!?」
自分の技の威力を知っている彼は、自分の放ったものの姿を見て、つい反射的に避けてしまった。
アイス・ショットの威力は自身が放つことで得られるものであり、人間が投げただけではタダの氷柱だと知っていながらも、体が勝手に動いたのだ。
「この……人間風情がこのスノーマンを騙すなど……!!」
怒りの表情に変わったスノーマンは、氷柱をつい目で追ってしまったために、正面にいたタイフから視線を外してしまったことに気付き、彼のいた方向へ視線を戻した。
しかしそこにタイフはいなかった。
「どこ行きやがった……そうか武器を拾いに行ったな!」
スノーマンは人間の武器が二つとも落ちている自身から見て右側の方向へ再度向き直すと、武器の落ちている辺りへアイス・ショットを放つ。
しかし、そこにも人間はいなかった。
「なに!?」
スノーマンが人間を探そうと視線を動かそうとしたその時。
「かなり博打だったが、上手くいったな!!」
「な!?」
スノーマンの左側から人間の声がし、慌てて振り向くと
そこには拳を振りかぶるタイフが近くにまで来ていた。
タイフの拳がスノーマンの顔の部分に突き刺さり、頭の後ろから雪の残骸が飛び出した。
「やはりな、お前の体は脆いんだ、だから僕程度の拳でも通用する!!」
「てめっ!?最初からこれを狙って!!」
タイフは敵の体が雪で出来ているという意味を考えた時、スノーマンの体は非常に脆いのではと予想したのだ。
それと同時にタイフは1つの作戦を考えた。
遠距離攻撃は基本的に敵を視線に捉えなければ命中率が格段に下がる。
ならば敵の視線を上手く操作しようと、タイフは考えたのだ。
「僕はわざと武器を全部左へ投擲した、そしてお前の放った氷柱も真ん中から若干左側を狙って投擲した、無意識に狙った方向へ視線を向けさせるためにそう……お前から見て右側だ。」
「なんだと!?」
「狙い通りお前は右側に意識が向いて左側への注意が散漫になってくれた、だから僕は死角を狙って近付けたんだ!」
遠距離攻撃の弱点と敵の体の脆さ、それに気付いてからは自分の武器である圏を視線操作の囮に使い切ろうと決めたのだ。
自分の拳で崩れるかもしれない相手に、刃物で攻撃するようでは非効率だ。
自分の拳や足の方が破壊面積が広い。
「このスノーマンを出し抜いたつもりか!?」
スノーマンがタイフに拳を向けようとしたところを、タイフは腕を蹴りあげて体から切り離す。
そしてそのままの勢いで回し蹴りをすると、スノーマンの頭の部分が体から蹴り落とされ、地面で崩れた。
「くそ!?吹雪の回復が間に合わねぇ!!」
「近距離戦は致命的に苦手みたいだな……そりゃそうか、雪だもんな!」
スノーマンの種族は元々防御力は皆無な魔物だった。
吹雪が無ければ崩されてしまった時に対処のしようがない。
だからこそ遠距離戦に特化した能力を持っているのだ。
タイフはもう一本の腕を掴むと、引きちぎって地面へと放り投げる。
同じく雪で出来た腕はあまりにもあっさりと砕け散る。
「ま……まてまてまて!!な!!話し合おうぜ!ベルア様に命令されただけなんだ!!これ以上壊されたら死んじまう!!」
「そうか、いいこと聞いたよ。」
タイフは足を大きく振り上げる。
「やめてくれ!!やめ……!?」
タイフは躊躇することなくかかと落としを最後に残った体へ落とす。
ナムほど力はないとはいえ、一般人よりは強い筋力のタイフの攻撃を喰らい、スノーマンの体は木っ端微塵に崩れ去る。
スノーマンの残骸に吹雪がいくら振り注ごうとも、もう修復されることはなかった。
「最初真っ二つにした時に踏み壊しとくんだったよ……!」
タイフの苦笑しながらの呟きとほぼ同時のことだった。
術士であるスノーマンが絶命したことにより、ブリザード・エリアの効果も薄まり始める。
「こういう魔物もいるんだね……もっとナムから勉強しとかなきゃ……な。」
タイフは力なく座り込み、左肩と右太腿の傷跡を抑える。
「助太刀……は無理そうかなぁ。」
タイフは予想以上に大怪我を負ってしまったのを悔やみながら、他のふたりの戦闘を眺め始めたのだった。
スノーマン撃破。
ギャグみたいになってしまいましたが、これがこの魔物の大きな弱点です。